第二十部 試験
試験当日、流永は普段より早く起きた。彼なりに緊張していたのだろう。
「さてッ」
流永は玄関を開けた。
服装は質素な上着とズボンを着ている。街で買ったものだ。
今日はいつになく空が地上を呑み込むほど青い。
流永の家の周りはいつも通り、少しうるさい程度だったが、街の中央に近づくにつれて流永と同年代くらいの人がよく目についた。
彼等も流永と同じ試験生なのだろう。
学園は街の北側にある。
ちなみに、領主が住む館など、公的なものは北側に置かれている。南側は主に住宅街である。
この小さな街に似合わず、学園の敷地はかなり広大だ。
校舎の他にもいくつか建物がみえる。
流永は校舎の受付に老人に予め貰っていた試験用紙を差し出した。
入試諸々の手続きは老人がしてくれた。流永はただこの書類を出すだけでいいのである。
流永は校庭へ行くよう指示された。
指示された通りに移動すると、校庭にはすでに三十人ほど集まっていた。
もう少しいるとは思ったが。意外と少ない。
彼等の前には、お立ち台が、まるで使われるのを待ち焦がれるように、置かれていた。
「ねぇ、ねぇっ」
流永は肩をポンと叩かれた。
流永は振り向いた。
「おう、久しぶり」
「久しぶりかなぁ…?」
流永の肩を叩いたのは先日の彼であった。
彼と前回会ってから十日も経っていない。
「とにかく、また会えたね!」
流永はうん、と頷いた。
魔法の検査は的当てである。
試験生は十メートル離れた的めがけて魔法を放っていく。
的は縦に連立していて、いくつ魔法で貫けるかが評価の基準となる。的の数は五つ。
ちなみに、的には防御魔法がかけられていて、それは奥にいくにつれて強くなっていく。
数人の試験生を経て、まずレイの番になった。
今までに撃ち抜かれた的は、だいたい一つか二つである。
レイは構えた。
「烈火は青天、ゆめ須く神の帰するもの、息吹を齎す恩寵なりて万象を撃ち破らん、イグニス!」
すると、レイの前方に魔法陣が現れ、ゴォォと炎が飛び出した。
それは凄まじい勢いで的を打ち砕き、着弾した所から砂塵が舞い上がって、皆の視界を消した。
やがて、砂塵が風にさらわれ、全貌が見えてきた。
「「おお〜」」
周りから感嘆の声が聞こえてきた。
的は、四枚打ち砕かれていた。
惜しくも五枚砕くことは叶わなかったが、今までの試験生達の成績からみれば、かなりの好成績である。
レイの周りに人が集まっている。この街の友人だろう。
レイはチヤホヤされて、えへへと照れていた。
流永はあまり興味のなさそうな顔でで、それを遠巻きに見ていた。
また、何人かの試験生が、的へ魔法を撃っていった。
ほとんどが一枚か二枚を撃ち抜くだけで、何人かが三枚撃ち抜いたが、レイを超える人はいない。
流永の番になった。
「はっはっはっ」
流永は諦めた笑いをこぼした。
最後に魔法を使ったのはいつだっただろうか。
その時は試しに使ってみたのだが、その時は今にも息絶えそうな魔法であった。
あれから練習もしてない。
流永は所定の位置につくと、懐から一枚の紙切れを取り出した。
そこには日本語で、詠唱の文句が書かれていた。
書かれている詠唱は偶然にも、先程レイが放った魔法と同じである。
流永は片手を前に出した。
かれは目を細めながら、紙切れに書かれている詠唱を唱え始めた。
「えー、烈火は青天、ゆめぇ、すべからくぅ神の帰するものー、息吹のもたらすぅ、おんちょうなりてぇ、ばんしょうを打ち砕かんーー、いぐにすー」
さっきのレイの勇ましい詠唱とはうって変わって、ゴミのような詠唱である。
流永も我ながら、
(うーわ)
と、引いてしまった。
流永の目の前には、一応いっぱしの魔法陣は展開された。
ただ、そのあとは、レイの場合とは逆の意味で皆の注目を浴びた。
流永の魔法陣から出たのは、炎と呼ぶにはあまりにも幼く、親指サイズの火の玉だった。
それは生まれたての赤ん坊のように、のたのたと進み、的の二メートルほど手前で、まるで線香花火が消えるように消滅した。
試験生も試験官も唖然としている。
「も、戻っていいぞ」
試験官が、憐れむようなあり得ないものを見るような目で言った。
「カカッ、イカれてらァ」
と、流永は自嘲ぎみに独り言をほざいた。平均にも満たず、我ながらおかしいという意味である。
流永が元いた場所に戻ると、あちこちから嘲笑のような声が聞こえてきた。
それも仕方ないだろう。なにせ平均未満だったのだから。
流永は、その嘲笑を内心せせら笑って無視していた。流永は他人の評価が一切、気にならない性格であった。
「だ、大丈夫だよ。ほら、魔法を使えない人だっているんだから、使えるだけですごいよ!」
流永が落ち込んでいると思ったのか、レイは友人達から離れて、ぎこちない笑みで流永の方へすり寄ってきた。
流永はレイを見やると、ニヤリと、レイの予想に反した表情をした。
「なぐさなくても、落ち込んでないよ」
流永は明るくケラケラ笑った。
かれにすれば、とりあえず入学できたらそれでよかった。
「どうせ魔法が使えないのは分かってたからな」
「え、じゃあ、なんで魔法科に志願したの……?」
レイは半ば呆れるように訊いてきた。
学院には、この街だけでなく他の学園も同じように、魔法科、研究科と大きく二科に分かれている。
魔法科は流永が志願したところで、ここは魔法の実技が重視される。
もう一方の研究科は主に魔法が使えない、もしくは流永のように殆ど使えない人が主に入る。この研究科は魔法の開発や改良などを中心に行い、また商人になるための商業科もこの研究科に付属している。
確かに魔法がほぼ使えない流永は研究科の方が至極真っ当に思えるが、流永の性格は研究という、重箱の隅をつつくようなことには向いていないし、そもそも文字が書けなかった。
老人の家で練習はしたのだが、読むことはできても、書くことはどうしてもできなかった。
文法や単語のスペルも重箱の隅をつつくようなものだからだろう。
それなら魔法重視の魔法科が最適である。
それに流永は、
「とっておきの秘策があるからね」
と、ニヤリと意味ありげな、笑みをした。
レイは理解できず、こてん、と首を傾げた。
「まあ、追々わかるさ」
と流永は、またケラケラ笑い、ふと、忘れかけていた試験の方に目を向けた。
レイも流永に倣って試験に目を向けた。
「ルイ・ソークランド!」
次の試験生はそんな名前のようだ。
茶髪で野犬のような鋭い目つきに、首元にマフラーを巻いている。
流永は彼に、何か他の人とは違った雰囲気を感じた。
と思う内に、ルイはいきなり魔法陣を出した。
(……無詠唱)
魔術は慣れてくれば大体は無詠唱で唱えられるのに対し、魔法は、かなりの修練と、なにより才能がものをいう。
故に無詠唱を使える者は限られている。ただ、無詠唱の術者は個人魔法よりは多い。
流永含め、入試生全員が目を見開いてルイを凝視した。
だが、彼等の驚愕はそれだけで終わらなかった。
一瞬、何が起こったのかさえわからなかった。
流永達が見たのは、ルイの魔法陣から現れたほとばしる閃光とそれに伴う轟音、跡形もなく消えた五つの的であった。
試験官は、驚きの表情のまま硬まっていた。
ルイは、驚きでそまる周囲を尻目に、元いた場所に戻った。
「あらら…」
流永は言葉にもならない声を漏らした。
「つ、次ッ。チャーリー・フロウ!」
しばらく経った後で、ようやく硬直から覚めた試験官がさけんだ。
「ねえ、すごいね!」
試験官同様固まっていた流永もようやく元に戻った。
そして、開口一番、隣のレイに嬉々とした顔でいった。
「うん…」
レイは、まだ衝撃がとれないらしい。
「ボクもあんなの初めて見た……」
「いやぁ、すげぇ……。こわれてらぁ」
こわれてる、とは常識外れというほどの意味で流永はつかった。
流永は身の内が震えるのをおぼえた。子供のようにはしゃいだ。
「ルイくんってリュウエイくんの知り合いなの?」
ルイの魔法に対する流永の異様なはしゃぎ様に、レイが思わず訊いてきた。
「いや、ぜんぜん」
流永はかぶりをふった。
ルイの他を圧する魔法に驚き感激した、いわば彼のはしゃぎ様は子供の羨望のようなものなのだ。
つまり、
「だって、すごいじゃん?」
と、いうことになる。
子供がヒーローに憧れるのと少し似ているのかもしれない。
ルイのあとは小粒揃いだった。目立った人物は、良くも悪くもいなかった。
春の風が、校庭に集まっている初々しい入試生と試験官に春の暖かさを教えてくれている。
今は昼を少し過ぎたあたりだろうか。
魔法の試験が終わった。
衆目を引いたのは、なんといっても凄まじい魔法を見せたルイ・ソークランドに、的を四枚抜いたレイ・メイルートである。
逆に悪目立ちしたといえば、流永の愚にもつかない弱々しい魔法だろう。
その他は、的を一、二枚抜いた程度であった。
「おわったね」
「まだあるじゃないか」
「え?」
レイは、ぽかんと口をあけた。
確かにまだ残っている科目がある。
ただ、それに該当する人はまずいないだろうと、レイ含め入試生全員がそう思っていた。
個人魔法という。
そもそも、それを使える人間が僅かなのだ。
世界で百人もいればいいと、いわれている。
それに、人通りは活発だが、魔法に関して特に秀でていることがないこの小さな街で、個人魔法を使える人がいるとは誰も思わなかった。
まず、個人魔法を使えるのなら、こんな人通りが多いだけの小さな街でなく、この国の首都や魔法の活発な都市の学園に普通は行く。
それを使える人間が希少な為、個人魔法を使える(内容も加味するが)というだけで、騎士団や、能力の内容次第では宮廷魔法師(魔法が使える者の中で特に優秀な者。騎士団の魔法専門職が三万人の内三千人に対し、宮廷魔法師は五十人)になれる道がある。さすがに卑賤の身分ではなれないだろうが、それでも、他の道なら山ほどある。
それには上からの目がかかり易い主要都市や魔法が活発な都市の学園に行くことが都合がいい。
流永のような普通の魔法がまともに使えなくても、個人魔法が使えるだけで入学できる学院は、トップクラスの魔法使いが集う首都は無理だろうが、主要都市でならいくつかある。また、個人魔法が使える者の学費は全額国が補助し、生活費も多少でる。
なので、卑賤の身でも学業に支障はでない。以前も述べたノーステール公の功績である。階級を問わず人物を引き上げるという意志より生まれた。大抵は信心深い人間が手に入れるが、時々例外もある。
また、個人魔法とはその名の通り、同じ魔法を使える人間は二人といない。その術者が死ねば、その能力が他の人物に渡ることもあるが、死の直後ということもあるし、百年以上経ってからということもある。そのため個人魔法の術者は時代によってばらつきがある。
ちなみに、個人魔法とは神の祝福といわれている。
ルキス教の主神ルキスが、異教徒を封じるための特別な魔法を人々に差し下したものとされている。
それを使える人間は生まれた時から持っているが、実際に個人魔法が使えるかどうかは、本人が自覚するまでわからない。
最後に、流永の龍化は龍の血の影響なので、正確には個人魔法ではない。が、個人魔法と偽った方がなにかと便利なので、個人魔法ということにしている。
閑話休題。
「リュウエイ・イバ!」
試験官の声に、入試生の目が流永へ一斉に向けられた。
流永はレイへ微笑を残して、先程魔法を撃った時と同じ場所に立った。
「お前の個人魔法はなんだ?」
試験官の問いに、入試生の中でどよめきが起こった。
当然だろう。あのゴミの様な魔法を放った人物が、扱える者が希少という個人魔法を扱うというのだから。
試験官自身も難しい顔をしている。
ただ、これは先程の流永の魔法云々よりは、なぜこんな街の学園に志望したのか、だろう。
「これだよ」
流永は右手を見せた。
それは黒い鱗に覆われている。
「そうか、じゃあアレに個人魔法を撃ってみろ」
と、試験官はさっきまで撃っていた的の横にポツンと立つカカシを指さした。
どうやらあのカカシも防御魔法がかけられているようだ。
流永はいわれた通りにカカシの近くに寄ると、黒い拳を握りしめ腰を落とした。
思いっきり殴った。
流永の拳は防御魔法を壊し、カカシを真ん中からまっ二つに折った。
「これでいい?」
「ああ、戻っていいぞ」
まだ、入試生達の間のどよめきは、おさまっていない。
流永はレイの隣に戻った。
「こ、個人魔法つかえたんだ……」
「うん」
「なんで魔法使えないのに、それは使えるんだろうね……」
「なんでだろうね」
流永はとぼけた。
個人魔法を使える人間は普通の魔法も並以上に扱えることが多い。
と、いうより個人魔法を使う者の全てが、普通の魔法もかなり使える。
流永のように個人魔法だけが冴えているのは珍しいのだ。
まあ、それは流永のが個人魔法でないからなのだが。
これで全ての試験が終わった。
流永達は再びお立ち台の前に戻るよう指示された。
雄偉な体格の試験官がお立ち台に立った。
はじめ、その試験官は睨みつけるように見渡し、
「諸君、ご苦労であった。各々クラスはのち、手紙で伝えられる」
と、試験官はその険しい顔を和らげ、
「辛いこともあるだろう、自分より上手い者へ嫉妬することもあるだろう……。だが、諦めず自分は何が得意かを見つけ出し磨けば、必ずそれは人生の役に立つ筈だ。励め!」
と、最後にカッと笑った。
ぽつぽつと入試生たちが不安な面持ちで学園の敷地から去りはじめた。
レイは友人達と話しているようである。
流永は両手を頭にやり、ふらふらと学園を後にした。
(腹へった)
後日、Aクラスと書かれた手紙が家に届いた。
ちなみに、魔法の練度によって、A、B、Cとクラス分けされるそうだ。
流永はAクラスのようだ。
入学式は一週間後にある。




