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狂気と共に異世界転移  作者: 二式山
第一章 異世界転移と老人
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第一部 異世界転移

 


 青空に雲がのんきそうに流れている。

 そんな白雲を見ながら、

 (何も考えなくていいんだろうなぁ……)

 と、思いながら歩いている。


 時刻は昼ごろ。

 夏に力を使い果たした木から枯れ葉が一枚、風に吹かれて散っていった。


 (暇だなぁ……)

 この平穏な現代日本ではそれが叶わないことを知りつつも、何か身を焦がすような出来事がないかと思う。


 伊庭流永は今年十七歳になる。黒目黒髪で、丸めだが、きれの長い眼をしている。

 父親が多少豪快ではあるが、ごく一般的な家庭の生まれである。


 そんな流永は秋空のなか、近所を散歩していた。

 今日は月曜日なのだが、流永は学校を休んだ。かれは週初めの月曜日によく休む癖があった。

 理由というほどのものではないが、面倒くさかったし、高校で習う教科を必要のないものと嘲ってもいた。


 しかし、それでも高校へ通うのは、とりあえず高校は卒業しよう、と考えていたからである。が、それもだんだん億劫になり始めていた。


 どうも、かれは平穏な世の中には不適合な人間らしい。

 というのも、流永自身、魚が水を欲するが如く、動乱や乱世を欲していた。有体にいってしまえば戦争や秩序の崩れた世界、というのだろうか。


 不謹慎な話だが、かれは血の気が多すぎるのである。

 ただ、そんな感情を流永は周囲におくびにももらさなかった。

 


 流永は近所を散歩している。


 彼は、上はロゴが入った白いTシャツに綿の黒い上着を羽織っている。下は、裾がダボダボの真っ黒いズボンをはいている。どちらもサイズは少し大きい。

 彼はよく黒と白の衣服を好んで着た。


 気ままな性格で、この日の散歩も気の向くまま散歩をしていた。

 ふと、

 

 おもしろき

 こともなき世を

 おもしろく

 

 と、つぶやいた。

 幕末の志士高杉晋作の辞世の句である。


 (本当につまらない世だ)

 高杉晋作は幕末という動乱期に生まれたが為、面白くない世の中でも生を燃やすがごとく動けたが、流永は現代日本の生まれである。

 流永はため息を吐いた。


 

 散歩の途中、近所の公園に立ち寄った。

 ブランコと滑り台、ベンチがあるだけの小さな公園である。


 流永は、所々腐って欠け落ちているベンチに座った。

 まだ夏の残りが暑さをもっていたが、秋の空っ風に吹かれるとそれも消えた。


 流永は深呼吸を一回し、

 ——快晴、快晴!

 と、大きく二度叫んだあと、ケタケタと笑い声を上げて笑った。


 先程の鬱屈した感情があるとはいえ、元来楽天家である流永は、そもそも普段そんな暗い感情は忘れていた。

 それゆえか、流永は後悔するということがほとんどない。

 流永はベンチでごろり、と横になった。


 仰向けで漂う雲を眺めている。

 (暇だなあ)

 再びそう思った。



 流永は眼を開けた。

 最初に目に映ったのは煌びやかな星あかりだった。

 どうやら随分と寝てしまったようである。


「よいこらせ」

 流永は、のそっと起き上がった。

 ぐるりと周りを見た。


「………」

 流永は顔をしかめた。

 周りを見渡して見えたのは、ブランコでも滑り台でもなかった。

 一面の草原、そして流永を囲むようにして立つ木々である。


 ここはあの公園ではない。そう理解するには、そう時間はかからなかった、

 流永はゆっくりと顔を伏せた。


 ちなみに、流永は読書家である。

 一番の好みは歴史小説だ。


 また、ライトノベルも娯楽の一環として読んでいる。

 ただ、多読はせず、気に入った本を何度も繰り返し読むという読み方をした。


 ライトノベルの中に異世界転生というジャンルがある。

 小説としてはあまりその類いのものは読まなかったが、よく見ていたアニメで覚えがある。


 (異世界転生かなぁ)

 あくびをしながら思った。


 他の可能性も考えられるが、流永にとっては起こってしまったことは仕方がない、と自分の身に何が起こったかはあまり考えなかった。過ぎたことをいくら考えたところで意味がないと思っていたからである。


 (とりあえず、ここがどんな所か)

 知らなければならない。


 流永は立ちあがろうとした矢先、何かにつまづいて、ばたんっと前のめりに倒れてしまった。


 (痛たた)

 流永は自分の服につまづいてしまったようだ。


 一度、ぶんぶんと腕を振ってみた。すると、上着の肘より先が、ヘビの抜け殻のようにむなしく空をきった。

 流永は締められる感覚がいやで、少し大きいサイズの服を好んできたが、さすがにここまで大きくはない。


 どうやら背が縮んでいるようだ。

 (とりあえず移動しよう)

 ぐだぐだ考えても仕方がないと、流永は辺り一面が見渡せる所まで移動した。



 どうやら、流永のいた場所は小高い丘のようだ。

 流永はぐるりとあたりを見渡した。月明かりや星々のおかげで視界には困らなかった。

 遠くに山脈が見え、流永の足元には平野(周りが山に囲まれているあたり、盆地だろう)が広がっており、そこに一条、河が流れている。



 (あれは……)

 平野の一点にポツンと光があった。

 よくよく目を凝らしてみると、街のようである。


(なるほど)

 ここは昔の地球のいずれかの時代か異世界か。

 まだどちらとも分からない。

 流永は身震いする感覚をおぼえた。


「ククククッ……」

 流永は掌で顔を覆った。そして、

「アーハッハッハハハッッーー!」


 目の前の虚空へ、背を反るようにして大きく笑った。


 ラノベを読む分、そういう世界への憧憬が少なからず彼にはあった。

 また、これから面白いことが起きるのではないか、と鬱屈した思いが、地平線の先まで晴れ渡る気がした。


「いいねェ!おもしろい!イカれてらァッ!」

 側から見れば狂っていると思われただろう。


 真夜中、星の光がてらすなか、独りで笑う姿は狂気を漂わせる。

 しばらく、流永は誰もいない中笑っていた。


 

 (あそこに行こう)

 流永は目の前の要塞都市へ足を向けた

 かれは考えるということが少ない、思った時には既に歩き出している。


 あそこならば人がいるだろう。いなかったら幽霊船ならぬ幽霊都市だ。

 流永はトコトコと、要塞の方へ降りていった。月明かりが出ていたが周りの木々が影をつくっていて見通しは悪かった。


 ただ、流永は夜目がきいたのでそこまでの不便はなかった。



「あれま」

 要塞都市へ足を運んだ流永であったが時刻は夜中。

 門は閉まり、要塞の周りに掘られた河の水を利用した水堀に架けられた架け橋も上げられていた。


(まぁ、朝になれば開くか)


 流永はそう思い、一々あの丘に戻るのも億劫なので、とりあえずその場に横になった。要塞の周りは整地されており、草が丁度よく刈られ、天然の芝生となっていて横になると気持ちが良かった。


 仰向けになった。


「綺麗なもので」


 淡白にそう思った。現代社会のような光は無い。その為か、夜空は満点の──まるでテレビで見るような──星空だった。


 星あかりが電気的な明かりに邪魔されることなく輝いていた。


 先程までぐっすり眠っていたのだが、まだ眠気が取れていなかったのか、流永は再び夢の中の人になってしまっていた。



 ……大丈夫か……⁉︎……

 流永は朝日と、聞こえてくる声で目が覚めた。


「…だれぇ……?」

 流永はまだ寝ぼけながら、うわ言のように言った。どうやら寝てしまっていたようだ。日差しが眩しい。


「大丈夫?親はどうしたの?」

 声がした方を向くと、片手に槍を持った軽装の者達数人が流永を取り囲んでいた。彼等はまるで中世ヨーロッパの兵士のような格好をしている。


(親…?)

 流永にはその言葉のみが聞き取れた。瞼をごしごしと擦って目を強引に覚まそうとする。


「でぇ、おやがなにぃ……?」

「親はいないの?一人?」


 兵士のような軽装の者は腰をかがめて対応している。


「おや……おや………?」

 流永はとぼけるような仕草をした。そんなことよりも自分が今置かれている状況を早く理解しようとした。


「ここじゃあれだし……とりあえず後は番所で聞こうか。行くよ」

 流永は兵士たちをまじまじと見た後、こくりと頷いた。彼等が悪い人には見えなかったからだ。


 別に人相見ができるわけでは無いが、善人悪人の区別を彼はできた。


 流永が兵士の言うことを了承したと見ると、その軽装の彼はひょいと流永を幼児のように軽々と持ち上げた。

 流永は本来は十七歳である。大の大人であれ、やすやすと持ち上げられるわけがない。


——なるほど──

 流永の理解は早かった。

 彼は自分の手を流永を抱き抱えている兵士の顔の横に近づけてみた。

 兵士の顔が異様に大きい。また流永の手が、かなり小さく見える。


 自分が着ている服も見てみた。この世界に来る前から着ていた服だが、前の世界では少しぶかぶかだった程度が今は全体的に2、3倍の大きさになっている。


 身長が縮んだ、もしくは年齢が下がった。そのどちらかだと流永はすぐに理解した。

 流永は物事を俯瞰的に見ることがうまかった。


 (異世界転移の方か)

 先程までは異世界転生だと思っていたが、前の世界の服を着ているので、転移だと思った。

 過去にタイムスリップしたとは考えなかった。もし、過去にタイムスリップしているのなら、そもそも言葉が通じないはずであろう。


 流永は兵士に抱っこされたまま、要塞の中に入ろうとする。

(魔法とかあるのかな〜……)


 自分もそういう能力などがあるのだろうか。そもそも魔法などの類があるのか。


 そう思いつつ、担いでいる兵士と共に要塞都市の中へ入ろうとした時、

「おい待て!」

 と、不意に声をかけられた。

 兵士は声に気づき振り向く。


 声をかけたのは一人の老人のようだ。老人は白く豊かな髭で口元が見えず、目元は老人とは思えないほど、ぎらぎらと光っていた。


「……?」

 流永は首を傾げた。


 すると、流永を担いでいる兵士とは別の兵士が老人の前に立ち、

「……耄碌ジジイ、一体何の用だ…?今はお前にくれてやる時間はないぞ」

 と、明らかにいやそうな顔でいった。口が悪い。


 この老人は嫌われているのだろうか。

 しかし、老人は兵士の言うことは無視して、流永を担いでいる兵士を見、そして顎に蓄えられた立派な白い長い髭を撫でながら、

「おぬしは孤児というやつか?」

 と、訊いた。


 流永はその小さな人差し指で自分を指した。

「そうじゃ、おぬしじゃ」

 どうやら老人の要件は流永の方らしい。


「おいじじい、まさかこいつを引き取る気か?」

「うるさいのう。少し黙ってくれんか?」

 老人のつっけんどんな態度に兵士は、元々していた嫌そうな顔をもっと深刻にした。


「それで、孤児なのじゃろう?」

「こじ……?ああ、親がいない奴のこと?」

「それ以外に何がある」

「そうだな。孤児だね」


 流永は何が面白いのかケタケタ笑った。笑った理由は流永でさえよくわからない。大方、自分の立場に滑稽さを感じて笑ったのだろう、この世界には知り合い一人すらいないのだから。


「で、一体何?」

「いや、孤児ならば儂が引き取ってやろうかと思うてな」

 老人はマントの中から手だけを出し、その立派な白髭を撫でつついった。


「………」

 流永は黙って老人を眺めた。 

「嫌なのか?」

「………」

 流永は老人を指差して自分を担いでいる兵士に、

「悪い人?」

 と訊くと、

「悪い人じゃないけど、山の中で一人で暮らしているお爺さんだよ」

 と、子供をあやすような声で答えた。


 流永は腕を組んで天を仰いだ。

「で、要塞の中に入るならどうなるの?」


「孤児院に入れられるね。でも、ここの領主さまはとってもいい領主さまで孤児院って言っても悪い所じゃないよ」


 流永を担ぐ兵士は子供慣れしているようである。彼には今の流永と同じくらいの子供がいるのだろうか。

「へぇ……」

 流永はため息を吐いた。


「どうすっかね」

 素直に迷った。

 普通ならば老人のいうことは無視して要塞都市の孤児院に入るべきであろう。


 兵士は要塞の番兵のようで、要塞の門(今は架け橋が下りている)の前にも彼等と同じ格好をした兵士が槍を携えて立っていた。


 また、流永を担いでいる兵士は優しげな顔をしており、その言っていることは嘘ではないだろう。


 素性怪しげな老人より、この街の孤児院に入るのが無難というものである。

 子供の身体といえど中身は十七歳の立派な青年だ。理性的な判断はできる。


 しかし、流永は老人の元か孤児院か、身の置く場所をどちらにしようか迷った。

 孤児院が無難ということは頭では分かっている。だが流永の感性は、老人の元に行く、と叫んでいた。


 叫んでいる、としか言い様がない。その感性は常日頃から流永の理性、思考とは別個の人格をつくり、流永の心の奥深くに座り込んでいる。それは普段はものをいうことはないが、時たまに流永の行動を決定づけるほど暴れてしまうのだ。


 今がそうだった。

 流永が理性で孤児院の方がいいと思っても、心の奥の座り込むもう一人の流永が老人の元へ行け、というのである。

 そして、このような場合流永は、

「爺さんとこにしよう」

 と、感性の方に従う。たまにしか騒がない分、流永の勘はよく当たった。


 その答えに皆が驚いたようだった。

 訊いた老人本人は髭を撫でて、ほうと呟き、流永を担いでいる兵士は目を丸くし、老人に雑言を言っていた兵士はあり得ないものを見るような目をした。


「やめとけ!こんなジジイに付いてもなんもいいことないぞ!」

 口は悪いが親切心からか、老人に向き合ってた兵士がいった。


 流永はニタニタ笑って「別にいいよ」と言った。


「なんでお爺さんの所に行こうと思ったの?」

 と、流永を担いでいる兵士が優しい口調で訊いた。

 当然の疑問だろう。誰が好き好んでやつれた老人の元に行こうとするのか。


 流永は兵士の問いにニコニコ笑顔で返すと、

「勘」

 と、さも当然かのようにいった。

「かん?」

「そう。爺さんの所の方が良いと思ったから」

「……」

 兵士は黙ってしまった。


「面白いのう……」

 老人は髭の中でニタリと笑った。老人自身ダメ元で流永に訊いてみたようだった。


 流永は兵士たちに別れを告げると、老人のあとをテクテクとついて行った。

 別れ際、口の悪い兵士が、本当にいいんだな、と念を押してきた。口は悪いが根はいいようだ。

 流永はすでに決めたことだからと兵士の方を向いて頷いた。




 







 

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