第13話 第一魔王(に)、発見(される)
「昼飯中だとは知らず、申し訳ないことをしたのじゃ!」
「はは……食材はまだあるし、大丈夫だ」
魔王と名乗った少女が腰を折り平謝りする。意外と常識的な魔王だな。
腰をかがめた際、空にいた時に見えなかった上頭部に小さな角が二つ生えていたのが見える。
おお、本当に人間じゃないんだな。何故か感動。
ちなみに、コグー、トラ家族やズンダーは、巨石の後ろに移動して隠れてしまった。
時々、こちらを見ているようだが、視線を感じると顔を引っ込める。
……逃げたな。
この間も、魔王はずっと頭を下げている。これはこちらから許す条件を出さないと行けないパターンだ。
「まあ、飛んだテントとかをもとに戻すのを手伝ってはもらおうか」
なにせ、住居も炊事場も材料もバラバラだ。これをもとに戻すのは一日仕事になるだろう。
なら、立っている魔王に手伝ってもらうのは悪い話ではない。
「ふむ、もとに戻せばいいのじゃな?」
「え?」
「【世界再現】」
魔王が呟き、指をパチンと鳴らすと、世界が停止した。
再生中の動画を一時停止したときのように。
再び、魔王が指を鳴らす。
今度は、物が、生物が、俺でさえも体が勝手に動き、高速で逆再生される動画を見るように、すべてが元に戻っていく。
用意していた料理も元に戻り、強風で破けて飛んだテントやタープも元通りに修復されていく。
「ここくらいじゃな。『再現は成った。再生せよ』」
パチン、と三度目の指鳴らし。
こうして、世界は数分前の、魔王が来る前の状態に戻った。
俺の目の前に立っている彼女を除いて。
「なんだ、いまの」
「なぁに、タダの魔法じゃよ。ちぃとMP消費が多いだけの、な」
呆然とする俺に対して、魔王はニッと微笑んだ。
○□○
「では、お詫びもかねた宴じゃあ!」
そういって、魔王は虚空からテーブルを出したのを皮切りに、ぽんぽんと料理を出してくれる。
すごい。まさしく魔法。ステーキ、ローストチキン、シチュー、パン、おいしそうな豆類、ご飯に玄米まで!
まともな味がある料理に感動する俺、匂い慣れない料理に誘われて出てくる魔物達。
「まだまだあるからのう。いっぱい食べるのじゃ。酒はいける口かえ?」
「酒があるのか!」
「もちろんじゃ」
ぽぽん、とガラスのぐい呑が二つ現れる。
「どんな酒がよいかの。目醒めたときに厨房からかっさらってきたのじゃが」
「酒の好き嫌いはないな。流石にウォッカ直飲みとかはやめてくれよ」
「そんなん妾も無理じゃ。無難にミードじゃの」
「はちみつ酒か」
なかなかいい選択だと感心する。
万人に飲みやすい、味の調整もしやすい、それなりに濃い酒精と宴の席にはもってこいの酒だ。
黄金色に輝くボトルが魔王の手に出現する。
「なんか光ってるんだが」
「金光花の花粉を集めた蜂蜜の蜂蜜酒らしいのう。まま、一献」
トクトクとぐい呑に注がれる。
透明なぐい呑が黄金の光に染まる。
まるで手で光を掴んでいるような、幻想的な光景だ。
「綺麗だな……」
「ほれほれ、惚けとらんで飲むのじゃ」
「お、おお」
軽く嗅ぐと鼻を駆ける香りは花畑の上で寝そべったときのそれだ。これだけ香りがでるということは、飲み頃の温度らしい。
くい、と一口。
蜂蜜とは思えない、マスカットのようなスッキリとした、それでいてなめらかな飴玉がコロコロと転がるような重さもある甘さが舌を流れた後、爽やかな酸味とキリリと利いた酒精による辛口が口に残る。
一口でアメとムチ、甘さと鋭烈な辛さが癖になり、もっと繰り返したいと口と手を動かす。
二口、三口と飲んでいき、いつの間にかぐい呑の中は空になった。
俺は、はァー、と一息ついて、
「うまいな!」
率直な感想を言った。
「いい飲みっぷりじゃの」
「この酒だからこそだ、というか、かなりの銘酒じゃないか?」
仮想現実でこれほどの酒を呑めるとは思わなかった。
こりゃあ、リゾートでのバカンスも楽しみになってきたぞ。
「うむ、妾のお気に入りの酒じゃが……飲みすぎるのが困りものじゃ」
「あー、それはありそうだ」
酒は飲んでも呑まれるな、とも言うしな。
それにこの辛さ、結構アルコール濃度も高い。16%はあるだろうか。
今回はストレートで楽しんだが、本来はロックや水、もしくは炭酸で割るべきだろう。
サングリアのように果実を漬けるのも良さそうだ。
いや、絶対うまい。
「なので、ストレートは食前酒としてよく出されるの」
「確かに。これを飲むと……」
「「肉を食いたくなる」」
じゃろう、な、と語尾以外の声が合わさる。
スッキリとした甘さと、酒精からくる辛さで、口の中は塩分と油分を欲した状態が出来上がる。
ここに塩分が利いたステーキ肉をかっこめば、至福の時間になるだろう。
食べてる最中はぜひ水割りでいただきたい。最近美味しい湧き水を見つけたんだ。
「わかっとるのう。どれ、もう一献」
「ありがたい」
トクトク、と二杯目の黄金の光が注がれる。
今度はゆっくり飲もう。食事前に酒で腹を満たしたらもったいない。
「そういえば、きちんと自己紹介しておらんかったのう」
黒ビキニを着込んでいる小学生がぐい呑でちびちび酒を飲んでいるといういろんな意味で危ないシーンが目の前で流れている。
それでも普通に話している魔王はすごい胆力の持ち主だな。
だが、非日常に慣れきった俺も、そんな魔王と普通に話せるぐらいの胆力が付いてしまったようだ。
「ああ、そういえばそうだな」
「再びだが、妾は魔王アヴィーベルティーという。酒を呑んだ仲じゃ、アヴィと呼ぶがよい」
「この森の主、ハセハヤだ。よろしくな、アヴィ」
「うむ、ハセハヤか。よろしくのう……ん? 森の主?」
ぴたり、とアヴィが止まる。
「ああ、成り行きでそういう事になっているな」
「この森の?」
「そうだが?」
「半径500kmくらいあるこの森の?」
「……ん?」
あれ、この森ってそんなに広いの?