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 他サイトにも重複投稿。


(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」


 お願い:誤字、脱字がありましたら報告頂ければ幸いです。


 注意:改稿版です。元の話とは話の流れは変わっていないです。

    若干グロいけど18Gを付けるべきか迷う。

    問題があれば付けようと思います。

    個人的には問題ない範囲だと思っております。

 七人目の国会議員が殺害された日。

 平日の午前中にも関わらず、高等学校の制服を着た少女が都心の一等地、それも高級と言って差し支えのない飲食店から堂々と出てきた。

 居てはならないはずの身分だが、彼女には何ら気後れするような素振りはなく、後ろめたさを感じさせるような表情もない。その店から悠々と出てきた事実も彼女には至極当然であるようにしか見えない。

 彼女が店から出て数歩歩いたところでよそ行きの衣服に身を包んだ中年の女性達とすれ違ったが、その女性達は制服を着た少女を振り返って目で追ってしまう。何故この時間に、こんな場所に制服を着た少女が居るのかと疑問に思った事も一方の事実である。だがそれにも増して彼女がそこに居る事がなんとなしに当たり前にも思えてしまったからだ。

 中年の女性達は両手でケースを重そうに携えた少女を見てその姿に憧れを覚える。経年にて手に入れた社会的地位も、それに相応しい身の振りも、それに見合うだけの服飾も、どれもが彼女の前には霞んで見える。

 年の頃は娘の、なんなら孫のような少女の立ち居振る舞いは彼女を見送る女性達にはどうしようもなく恋いこがれる時間に見えた。

 品行方正を書いたように見える歩き姿に、往来へ見せる気遣い。楽器のケースと思しき物を提げていても行き交う全ての人に気を遣う様は確かであるが、それでも物腰の柔らかさとは本来相容れないような、背筋の通った歩き方をする。

 年相応に幼さは残っているものの、恵まれた容姿を少女は鼻に掛けるような高慢な態度など無い。それでも自身の曖昧な成熟さは自覚して、他人の目に映る『肯定されるべき』自分自身を彼女は演出している。

 そこに誰かが付け入る隙はない。往来の誰もが彼女を不可侵のように扱い、男女の別なく注目を集める存在だった。

 送り見た中年女性達が少女を見送った後、その彼女が出てきた店に入れ替わるように入る。店舗入り口の風除室には具合の悪そうな外国人が頭を壁面に当ててうな垂れていた。

「あら、あなたどこからいらしたの?」

 その後に具合が悪そうだけどと続かなかったのは、まだ彼に余裕が見えたからかも知れない。




 二十数分前に某有名料理店兼喫茶店で別れたはずの男がある建物の一室にのこのこと現れ、今まさに少女の前で小さくなっていた。

「一時間後に帰ってきなさい、って言ったわよね」

 腰に手を当て、尊大を書くように胸を張って男の前に立つ。二メートルに近い大男が日本の少女としては比較的背の高い、その彼女の前で萎縮している。

 学校の制服姿であることを除けば彼女の振る舞いは浮気を咎める様に近く、男は少女の比較的大きく形の良い胸を視線に入れぬようにひたすら彷徨った。

 これで男が開き直るような軟派な人間であればテキトウに言い訳でもしているのだろうが、彼の生きてきた方法はそう言ったモノとは異なにしている。

「……」

 彼にも言い分はあるのだが、それを言葉にする事は彼には難しいのだ。そもそも彼と彼女の用いる言語が違い、彼の思いの丈を齟齬無く伝えようと思うのならフランス語でなくてはならない。だが少女にはフランス語を理解するだけの素養はなく、その意味不明な言語で言い訳をしたところで彼女の不評を買うだけだ。

 彼の任務は彼女の護衛と補佐だった。それを命令したのは彼の、今の上官であり、目の前で怒り心頭たる彼女の『母』である。

 少女自身には彼の上たる資格はないものの、護衛対象であり、補佐をしろと言われたのだから彼女の指示は聞かなくてはならないという事でもある。

 散開と集合の時間を限定されたのだからこれは守るべき「命令」である事は重々承知していたのだが、彼にもこの場所へ帰らなければならない理由があった。

 単純に具合が悪く、その理由も目の前で憤慨している彼女の責任である。だがその責任を問い詰めたところで彼女はそれをある程度理解しているものの、悪びれたり反省することはない。いかに不当な理由で怒られたとしても、命令を履行できなかったのなら彼自身が反省すべきである。

 そもそも、彼、フランツ・ジュベールが彼女の命令を履行できなかったのは彼女のワガママの押しつけに他ならず、ここまで過度に怒られるなど思っても居なかった。多少大目に見て貰えるだろうとそれほど気にせず戻ったらこれだ。

「はあ…… 誰にも見られなかったでしょうね」

「それは、もちろんだ。尾行は無い」

「そう、なら良いわ」

 吐いた息と共に肩が下がる。少女の胸元も吐いた息の分だけ下がる。同室に居合わせた男三名も無意識のうちに彼女のそれを目で追い、無論、失礼極まりない視線に気がついた少女が半眼で皆を睨む。フランツ含み四名が視線を余所に飛ばして『気にしていない』そぶりで責任逃れをしようとするものの、追撃のように溜め息を一つするのだから皆いたたまれない。


 彼らの居る場所は都内某所、六階建てのビルの上部には三上人材派遣会社の看板が掲げられている。

 1階から三階までには喫茶店、美容室、個人の設計事務所、探偵事務所、他にも司法書士事務所など様々な店舗が入っている。

 四階から最上階である六階までをビル所有の企業、三上人材派遣会社が占める。

 その最上階にあるのは社長室と情報処理部がある。学校の制服を着た少女が日中に不満顔で居るような場所ではないはずだが、彼女と彼らは情報処理部と銘打たれた部屋にいた。

 男四人居て、彼女へ何か文句を言ったり、なだめるような人間は居ない。それを出来る人間はこの四人の中には居ないからだ。

 机を四つ突き合わせ、更にもう一つの机が四名の横っ面を拝むように配置されている。そのまとめ役たる部長も困り顔で、彼女の機嫌を伺うのが仕事だとでも言うように机上に両肘を付いて手を揉んでいる様である。

 彼女のわがまま、酷いときは暴虐に近いそれを四名誰もが甘んじて受け入れているのは彼女に相対すべき人間は彼らではないからである。

「リュウ、フランツ。帰ってきたのなら報告しなさい」

 目まぐるしく変面する彼女の平静は、その人によって生まれる。

 年の頃は熟年の女性であり、背に鋼でも差し込んだのかという程に居住まいが正しく、この会社であらゆる物事を取り仕切る絶対存在である。

「報告は社長室で聞くわ」

「……はい」

 先ほどまでこの場で女王様のような振る舞いで居た制服姿の少女は彼女の存在が明確になった途端、借りてきた猫のようになる。

 とぼとぼと彼女の後ろを付いて歩いて行く姿に、男四人は若干の安堵を覚える。


「それで、何がどうしてリュウが怒っていたのかしら」

「えっと、あの、その――」

 怒っていた当人が困惑しきりで、報告が疎かになってしまう。少女と共に呼ばれた男は、よかれと思って上司である、厳密に言えば社長である女性に理由を告げる。

「私が予定帰投時間よりも早くここに戻ったことに対してのお叱りです」

 流暢に日本語をどこからどう見ても外国人である男、フランツが巧みに操るのは昔取ったなんとやらである。それが実に生きているのなら彼に不満はない。

 ただ彼の言葉には無駄がなさ過ぎてそれ以上の情報を得たいのなら更に追求するほか無い。

「設定した帰投時間はいつなの」

「……あと二十分後くらい」

 怒られた子供がしぶしぶと言った感じで少女が口を挟む。フランツに対して問われたものを、自分の行いが糾弾されるのではないかと焦って少女は我慢ならずに答える。

「長くないかしら? 後、それほど時間差を設定した理由は」

 少女の目が泳ぐ。帰投までの時間がえらく長い事もそうだが、彼女自身との時間差でここに帰投することも本来なら「必要」がない。単純に目立つフランツと一緒に歩きたくないという事もそうだが、男と歩いている所を誰かに見られるのが嫌だったなどとは口が裂けても言えるはずもない。目的と手段として別れて行動することが最良であると思ったのは確かだが、それも彼女のワガママと言えばその通りでもある。

 フランツは自分の言葉からどれだけの類推を呼び込むか全く理解していなかったものの、少女の慌て様からなにやらただごとではない感を受ける。

「えっと、深い、理由は…… 無い、です」

 選んだ言葉だったが、何をどう選ぼうとも結果は変わらないだろう。

「そうじゃないわよね。何かあったんじゃないの」

「別に何もない、です」

 よそよそしい態度があからさますぎ、バカにしているのかとすら思える少女の焦りように、なんだか良く解らないうちに共犯なのかアリバイ工作に使われたのか理解が及ばないフランツが少女の態度に酷く同情を禁じなくなった。

「本当に何もないです。仕事が終わった後に店で別れて――」

 隣に立っていた少女が雷に打たれたように止まった。それは空間中に敷設された機雷を踏み抜いたような衝撃で、身は吹き飛ばずとも十二分に少女の気を削ぎきった。

「店。みせ、ね」

 柔和に微笑む社長。フランツは彼女に会ってからこの方、ボスと呼ぶようにしているがそんな笑顔で居るところを始めた見た。いつも険のある顔で、外国人であるフランツが表情の読み解きにくい日本人の中でも最も感情を読み難い人間であるボスが、柔らかな笑みを浮かべたのである。

 フランツは直感にして思った。少女の雷に打たれた様な態度に、普段笑わない女帝が優しく微笑む。それは正しくナントカの尾を踏んだのではないかと。

「今日あったことを、一から順に説明なさい。フランツ」

「う、うぃ。ぼす」

 女性の笑顔が信じられないくらい恐いと思ったのはこれが始めてである。恐怖に対して思うに答えたのだが、日本語なのだか、フランス語なのだか、英語なのだか。全く解らない返事になった。


 フランツ、そしてリュウと呼ばれた少女が仕事に向かったのは午前七時。

 仕事に向かうと言っても現場に到着した時間ではない。この会社へ出社したのが午前七時である。普通ならば少女は学校へ行く支度でもしている。それが一時間以上早く支度を済ませ、女帝が呼びつけた会社まで眠そうな顔のまま現れた。

 リュウは到着してすぐに呼びつけられた社長室に行くとフランツもその場に待機して彼女の到着を待っていた。最近新しく入ってきた「強行班」の一員であり、少女以外のメンバーは四名、机の分だけ男性だけで埋まった。女は自分一人だとそれで解った上に、自分の立場上文句を言う事も出来ず、他に女性が居ないことに一抹の不安を覚えつつ彼と共に社長を待つ。

 社長が書類を手に部屋に現れ、二人に本日の職務内容を伝達する。

 その書面を読み上げる様に悪びれたモノはなく、同様に慈悲もなければ慈愛も介在しない事務的な言葉だった。

「指定座標にて対象の狙撃。リュウを現場指揮に。フランツ、貴方は補佐、スポットとこの子の護衛ね」

 人を殺せと年頃の娘に命令する様を見てフランツは不安と哀れみを覚える。同時に彼女の存在は自分と似たようなモノなのかと同類を見るようなものとなり、同じようなモノなのにフランツは彼女の補佐に徹しろと命じられた事に不満も覚えた。

 だが命令は命令であり、新参者の人間が重要な任務を代わるようには具申できない。少女に人を殺せと言う命令が心苦しいのは事実だが、なにより自分の能力を低く見積もられたようでこの場では消化不良だった。

 会社を出たのは午前七時五十五分。装備の準備や点検、確認を厳にし、現場で起きうる不測の事態を最小限にしなければならない。仕事の性質上、彼らの行動は神経質になって当然のモノである。

 だが装備品の全てを少女が持つという。その理由は訊いても答えることはなく「あなたの荷物が無くて楽でしょう」などとはぐらかされた。装備品の重量は十キロ近くにもなるのだが、チェロケースに収められたそれを両の手で重そうに携え、やはりそれはフランツには一切持たせようとはしなかった。

 替わりに与えられた仕事は先行して現場の確認と固守である。普段着で来いとの命令であり、道すがら誰かに不審がられたり、彼を呼び止めるような人間は一人も居ない。

 日本人は基本的に外国人を珍しいと感じる民族だが、それで詰め寄ったり、過度に話しかけてくるような事はしない。一瞥の後に自分たちが向かうべき場所へ歩いて行くし、目で追ってもその先にまで付いてこようとは思わない。

 フランツにしてみれば彼らの目は好奇と無関心を併せ持つが、それは両端の功罪を持っているように思う。外国人であるという偏見にも似た視線を受けるものの、話してみれば大抵の人間が友好的で外国人に対して出身国も民族も含めて公平中立な言葉だけが並ぶ。それは概して気を遣っているとでも言えば聞こえが良いが、上っ面だけで対面されている事に他ならない。

 上っ面の取り繕いは「美徳」らしいのだが、フランツには職業柄その「美徳」は単純な害悪にも相当すると思うのだ。

 少女がチェロケースを抱えて現れたのはあるビルの屋上だった。屋上までの経路は途中まで屋内のエレベーターで、途中から外部に露出した非常階段を用いた。

 フランツが暇を持て余してここまでにすれ違った全ての人間に対して思案しているなどとも彼女は知らず、少女は目的の地点に立つ。

 時刻は午前九時四十五分。指定時間の十分程前に彼女はケースを降ろした。

 フランツはこれも不安に思う。

 狙撃は事前に準備することが重要である。

 射角が取れるかどうか、事前情報にない阻害要因は無いか、風の影響を大いに受ける為、事前に向きと凪のタイミングを計り、天候と気温から予測を立てなければならない。

 この上、求められた仕事は長距離の狙撃である。地球には自転があり、物体を投射しても着弾位置がずれる。日本は北半球故に北へ撃てば弾は僅かに右に曲がる。

 風に曲げられる弾丸と地球の自転によって曲げられる弾丸の軌道を算出しなければならない。必要なのは反復された実経験、実銃の長距離射撃練習と風やコリオリ力を算出する為の座学である。

 フランツの目の前で屈み込んでケースを開け、会社で収めた部品を取り出す。その動きに無駄など一つも存在せず、そこには習熟した銃器への理解と技能を見る。手早く組み立て、ボルトを引いてチャンバーを確認する。何度か閉めては開けを繰り返して稼働に不備がないか確認して行く。

 高等学校に通う女学生が本物の銃を前に淡々と作業する様を見て日本では当たり前のことなのかとフランツも幻惑されるような感覚に陥ったものの、流石に仕事の内容を知っていて、淡々とそれを組み上げる心理を本来なら少女に持たせる様な社会では無いだろう。

「方向は」

「北西、アレだ」

 眼下に見えるのは式典場。

 少女はフランツの持っていた双眼鏡を奪い取り、替わりとばかりに銃を押しつける。撃てと言う意味ではなく、持っていろという事らしい。渋々受取ると少女は肉眼による目視と双眼鏡による確認を交互にする。指定された目標地点に対象を見つけ、指定結構時間まで待機する。

 狙撃は腹這いになって行う。もちろん姿勢そのものは場所や状況において変わるモノだが、ビルの屋上で棒立ちになって銃を撃つ必要はない。単純に手で持って保持するよりも銃に二脚を取り付けた方が単純に安定する。その脚を安定させるために腹這いになると言うだけのこと。

 だがその腹這いになる事前、彼女はモノトーンのプリーツスカートからハンカチを取り出し、地面に敷いた。

 それはフランツには全く理解の及ばない行為である。学校の制服姿で平然と現れた少女の行いにも疑問があるが、それに加えてハンカチを敷いた事もそうだ。

 ハンカチの用途は腹這いになったとき、膝に丁度当たるように敷かれたらしい。

 少女がそうして腹這いになり、転落防止柵越しに腹這いの状態で対象を狙えるか確認し始めた。もちろん出来そうな位置にフランツは待機していたし、そのつもりでここに居る。

「……ん」

 少女は腹這いになったまま双眼鏡は要らないとばかりにフランツのすねに突き当て、仕事をするように促す。フランツは銃を持ったまま同じように腹這いになり、ビルの屋上、縁の突起で丁度二脚が隠れ、銃口だけが柵から突き出る状態であることを確認する。

 余所から見ても細い金属の棒が飛び出ているだけにしか見えず、彼らの居る場所など他の建物からは殆ど見えないはずである。

 フランツの与えられた仕事は補佐と護衛であり、彼女と彼自身を欺瞞することも彼の仕事であるのだが、

「なにしてんの、早くそれを寄越しなさいよ」

 フランツの気苦労など取るに足らないモノのように彼女はフランツの持っていた銃を器用に奪い取った。手持ちぶさたになったフランツは渋々替わりとばかりに押し与えられた双眼鏡を持って指定位置の状況を確認する。

 彼らの居るビルは地上六十メートル。林立するビルの間を抜けて目標地点に陣取る人間を狙わねばならない。当然、銃はただ撃てば真っ直ぐに飛んで行く弾丸を撃てるわけではなく、先に挙げたように風、自転の影響を受ける。

 自転の方は居る場所の緯度が解れば計算すればよい。

 だが問題は風の方だ、特に開けた気候の安定した場所なら風を「読む」ことに難儀しないが、場所は都市中心部、群居するコンクリートの空間であり、不測の熱量が眼下から湧いていて風の向きが安定しない。

 時たま吹き抜けるビル風が建物の二階に掲げられた店名の旗をそよと薙いだと思えば、次の瞬間に上空では突風が吹く。長距離狙撃をするには悪条件とも言える環境下で彼女は平然と銃を構え、対象を据える。

「ビル風が複雑で読めないが、どうするつもりだ」

「大丈夫よ。見えているもの」

 白いうさぎのプリントが入った淡いピンク色のハンカチを敷いて膝が擦れないように気を遣うものの、平然と屋上の汚れも気にせず制服のまま腹這いになって両の目を開いたまま他に気を一切向けることはない。狙撃をする際に必要なのは瞬発的な集中力と、集中力を長期間持続させうる強靱な精神力である。

 出会ってからそれほど長く共に居た事はないが、フランツから見れば彼女は短気で気分屋であるように思える。それでも彼女の横顔には感情や思い入れと言った人間的な一切を感じない。デスマスクの様な純粋な少女の横顔がそこに存在するだけで、フランツにしてみれば気味の悪い、精巧に出来た少女の形をした人形のように目に映る。

 その少女の横顔を見てフランツの気が変わった。

 この仕事の始終を、隣で見届けたくなった。




「ここ、ここよ」

 本社に帰投する。あとはそれだけなのだが、少女はフランツを引き連れてある店の前にいた。彼の仕事は彼女の補佐、護衛。彼女が行くというのだからそれを無視することは出来ないし、付いていかないという選択肢は取れない。本来なら早々に現場より離脱することが急務なのだが、彼女はそんな事にはおかまいないらしい。

 フランツが店の入り口を一目見たところで少女は重そうにケースを提げたまま店に入って行く。帰投しなければならないのに、寄り道とは彼女の余裕はどこから来るのだろうか。

 店に入って店員に席に案内されて着席するなり、彼女はその言葉を放った。

「抹茶メテオありますか?」

「ございますよ」

 にこやかな女性の店員が、一瞬不安な反応を見せた。表情筋が僅かに引きつったのである。食事をする店でなぜ穏やかな日本人が嫌そうな反応を見せたのかフランツには疑問であり、不安で仕方なく思う。

 そのままその「マッチャめてお」なるモノだけを注文した。フランツは連れ立って何か食べようと思うこともなく注文しなかったものの、なぜかその「マッチャめてお」なるモノ一つだけで注文を終えることに店側から文句はなかった。

 二人が待たされたのは十分ほど。その間に彼らは何一つ話すことはなく、通りに面した大きな窓の外をただ眺めて待っていた。目の前に重量物が置かれる音がして、事の大きさに気がついたのは少女が一口目となるアイスクリームを掬った所である。

「一人で食べるのか」

「そうよ、それが」

 怪訝そうな顔で少女は睨みを利かせるが、それは盗られるとでも思ってのことだろうかと若干不安に思うものの、一人で食べると聞いて安堵もしている。

 少女の目の前には面を付き合わせて座る二人の、衝立に成りうるような堂々たる偉容がある。緑色の本体に色とりどりのフルーツやクリームが添えられていて見紛うこと無い巨大な甘味である。フランス人のフランツにしてみればそれは元来の「パルフェ」とはかけ離れた造形であり、日本人が独自にアレンジしたという「完璧」な甘味に違いないだろう。

 そして悲劇が訪れたのは十数分後のこと。


 真っ青な顔をしたフランス人が紫色の口の端から、緑色の汁を垂らしながらストローから口を離す。

 初めは意気揚々と子供が欲しい物を手に入れたかの如く彼女はスプーンで掬い、ひたすらに口へ運んでいたのだ。

 だがそんな勢いよく口に緑色のマッチャアイスクリームを運べる物ではない。

 当然だが「アイスクリーム」である。短時間で大量に頬張ったそれは頭痛を彼女に与える。

 今年は冷夏であり、暑い日が少ないにも関わらず夏と言えば「コレ」と胸を張って注文したものの、短時間でその凶悪な大きさのアイスクリームなどに太刀打ちできるはずもないのである。

 冷房が入っている店内であっても、時間は刻一刻と室温で融解するマッチャアイスクリームを止める事は出来ず、大窓の席で直射日光を受ける間にも緑色が底面に沼のような空間を作り始めていた。

 異変に気がついたのはそれが起きてからだ。少女の手がそれを掬うこと自体が少なになり始め、グラスの器の底面に「カオス」が生まれ初めた頃合い。

 中段部分に八分の一カットにされたメロンが載せられていたが、緑色の沼にするずると沈み始めたのだ。他にも同じく中段部に彩りと酸味の為だろう、添えられていた果物達がずるずると緑色の沼に引き込まれて行く。

 いくつか悲惨な場所に行ったことのあるフランツだが、醜悪な底なし沼は未だかつて見たことはなかった。

 城のように美しい造形であったパルフェが、いつの間にか緑色の混濁した沼に足下から掬われて崩壊して行く。

 その様に流石の少女も食欲を減退されたらしい。半分以上食べてはみたものの、ほぼ液状化したそれに手が止まった。躊躇い、葛藤し、渋々掬い上げたフルーツ(緑)を見て口に入れるかどうか迷う。迷った後、なんとか口に入れて咀嚼し始めるものの、その表情は芳しくない。苦虫を噛みつぶしたまでとは行かないが、それでも好きだったはずの物が変容して見た目に恐ろしいならば食欲が減退してもいたしかたない。

 時間と共に変容したそれと少女をフランツは眺めつつ、やっていることはそこらに居る少女達と何ら変わりないのだと彼女の事を不思議に見ていたのだが。

「ん」

 グラスの器が滑るようにフランツの前に現れる。器に向けた視線をそのまま真正面へと向けると、顔色を悪くした少女が言う。

「すこし、少しだけ食べて」

「すこし……」

 少しとは、微量である事やわずかばかりである事を言う。「少し」とやらの定義が物体の原型量に対して何割くらい減ればすこしなのかフランツは厳密には知らないが、確かに元あった分量から比べれば「少し」ではある。

 緑色の沼地がいまだにリンゴやイチゴなどを溺死体の様にいくつか浮かべてはいるものの、言われれば少しである……かもしれない。

「しかし……」

 スプーンを彼女は渡さない。自分で口をつけたのだから、フランツには死んでも渡さないという意志を彼女の眼中に見て彼は困った。食べたくても食べられないのだから、彼女の責任として押しつけてしまおうとひらめいたとき、少女は替わりとばかりに緑色の沼へ紅白のストローを突き刺した。

 飲めという事らしい。

 眼力が、世間一般の少女達が怒って睨むというそれとは違い、本物を知るフランツもが恐怖感を覚える戦術的な目である。おそらくこの「命令」を履行できなければあの会社での立場が危ういだろうと思える、そんな目だった。

 チャバシラというモノが日本にはある。フランツはなんとなしに思い出したのだが、これは正しい「チャ」なのだろうかとストローに恐る恐る手を伸ばす。もしチャバシラというものが幸運の印ならこれは何だろうか。悪魔との契約、地獄の門を開くおまじない。どれもこれも悪方向にしか物事が浮かばず、掴んだストローを吸うのかそれとも何かに吸われるのか解ったものではない。

 マッチャなるものをまだ体験した事のないフランツは好奇と不安に口をつけた。

 緑色の汚濁のようなものが紅白のストローからせり上がってくる。上がってくる間に本当に飲んで良いモノかと逡巡したものの、気がついた頃には舌先にそれが触れていた。

 紅茶などとは違うマッチャ成るものの苦みに、ツブアンとやらの舌に絡みつく甘さが彼の味蕾を蹂躙する。

 それはこの世に顕現した「カオス」だった。


 店を出てからというもの、フランツはちゃんと覚えていない。

 実際、酷い顔色で口の中に甘味の暗黒が広がっている様な余韻を噛みしめつつ歩いていると良く話しかけられた。大抵の人間は親切心から彼に声を掛けるのだが、その度に彼はフランス語でまくし立ててあしらう。

 日本人で英語が出来る人間はそれほど多くなく、フランス語ともなれば希と言って差し支えない。頭のおかしな外国人だとでも思われても致し方ないほど、彼の胃と脳は混乱していた。

 早く安全な場所に帰りたいという元来の仕事の領分を念頭に、胃の中に入れ、迫り上がらないことをひたに祈って街を歩き、電車に乗り、彷徨うように会社へと道縋った。




「えっと……」

 仕事終わりに甘いものを食べて帰ってきたという。それ自体は年頃の娘としては普遍的な遊びに他ならないが、仕事の内容が内容である。無駄な行為は厳に慎むべきであり、安全圏にまで即座に帰投すべきである。にもかかわらず、彼女は一駅分しか離れていない店で平然と甘味を味わっていたのだから問題行為に違いない。

 社長はいつも通り険のある顔に戻ったかと思うと溜め息を一つ。吐いた分の空気を取り入れた後、狼狽える少女に向けて言葉を掛ける。

「下らない時間調整なんてしてあなたは何をしているの。 はぁ、もう良いわ。学校があるでしょう。行きなさい、リュウ」

「は、はいぃ」

 日本語としてはおかしな語感にフランツは少女の並々ならぬ焦りと恐怖感を感じ取ったが、この後一人この女帝の前に残されるのかと思うと心細くなる。

 首を引っ込めて小さくなりながら、彼女はそっと社長室から出て行く。

 一緒にいれば振り回され、ワガママに付き合わされた上に強烈な衝撃を覚えるくらいには彼女のことをフランツは苦手に思うのだが、どうしてか居なくなってしまってからは急に寂しく思えた。うら若き乙女は残り香だけをその場に、彼の孤独を助長させる。

「フランツ。それであの子の事はどう思ったの」

 問われたとき、とっさに悪態をつこうかとも思った。だがそれはボスである彼女の思うところではないだろう。仕事のことを問われているのだと、日本語を選んでいる間に思い至る。

「その、おてあげです」

 日本語の表現として間違っていないはずである。それはある種、皮肉としても受け取れるような回答だったがそのどちらでも良い。ワガママに振り回されてのお手上げであり、それなりに経験を積んだ人間がお手上げというのだ。コレが皮肉と取られない訳がない。

「そう。あの子は特別なのよ」

 社長である彼女、三上愛花は表情一つ変えずに当たり前のように言い放つ。そこには身内贔屓などの様な余念は一切無い。単純に最もこの会社で特別であるのが彼女だという。

「それでもあの危機感の無さはどうなんです」

「あの子にもそれなりには危機感は在るわ。今回、そうしても十分だという確たる自信と実績があるからこそのワガママよ」

 何が根拠となるのかフランツには理解出来ない様な事を平然と言われた為、社長の険を訝しんで見るくらいしか出来ることはない。

「市街地で一キロ超の狙撃。まず誰かに見られない限り捕まることはないわ、捕まらなければ硝煙反応は調べられない。持っていた銃だって、弾丸が見つからなければそれが射撃した物だとは確定されない」

「弾丸が見つからない?」

 撃てば出るのだから、終端には痕跡たる弾丸が存在する。

「あの子の弾道計算は完璧なの。だからこそ着弾位置から物体を通過して抜けて行き着く先まであの子は完璧に算出できるのよ」

「まさか」

 だがそれでも疑いはしても否定できなかった。現に難度の高い狙撃を成功させた瞬間を彼は見てしまっている。狙撃の腕が実戦に耐えうると言う事実を知っていたとしても、彼女にそこまでの能力があるのかとは疑ってしまう。

 それでも、もし本当にその能力があるのなら彼女は化け物ではないか。そうフランツが言いかけた時、先に継いだのは社長の方。

「今は信じなくて良いわ。回収させるから、後で確認しなさい」

 悪びれもせず、さも当然のように女帝は言ってのける。そこに迷いや不安など無く、間違ったことは言っていないという信念だけが目に宿っている。

 狙撃の能力を目の当たりにし、弾道計算などと言う超能力の話を聞かされてフランツは考える。本当にそんな能力があるのなら砲兵としても優秀であろうし、狙撃の優位性から長距離対人戦闘、偵察、猟兵としての能力に事欠かないのではないか。

 思案顔のフランツに女帝はいつもの事だと認識する。彼女の能力は天恵に近い。欲しくとも得られるような才ではないし、外部に計算させたとしてもそれを単独で行える優位性には絶対に勝てない。必ず「リュウ」の能力を知ればフランツのように果てない拡張未来に思いを馳せることは致し方ない。

 社長である三上愛花、自身がそうだったのだから。また他に知る者も「リュウ」の能力には必ず嫉妬に近い憧れを覚える。

 フランツもまた女帝の顔を見て、それこそ真に「おてあげ」である事を悟る。

「あの子は何者なんです」

「ワタシの娘よ」

 フランツはなんとなしに、そうだろうなと思えた。この親あってのあの娘だろうと思えたのだ。

 だが同時に、絶対に違うという確信も得ていた。

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