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 他サイトにも重複投稿。


(株)三上人材派遣会社 広報担当:左松直老「この前書きおよび本文はフィクションです。実在の人物、団体、国家とは一切関係有りません」


 お願い:誤字、脱字がありましたら報告頂ければ幸いです。


 注意:改稿版です。元の話とは話の流れは変わっていないです。

    若干グロいけど18Gを付けるべきか迷う。

    問題があれば付けようと思います。

    個人的には問題ない範囲だと思っております。

「ああぁ~、あっづぃ~」

 フランツは目のやり場に困る。思慮深く品行方正で勤勉、思いやりのある民族である。そう思い描いていたフランツはこの少女に出会ってから考え方を改めた。

 やはり、人間には個人差があるのだと。

 リュウは暑い暑いと不満を顔に貼り付けたまま、ワイシャツの襟首を開けて手で空間を作り、そこめがけて下敷きで扇いで風を送り入れていた。

 十六歳の平均より大きめの胸を持つ少女なのだが彼女には恥じらいなどと言う感情は無いのか、一切の臆面無く野郎四人の前でそれを行う。ちなみにこの部屋が暑い理由は主にこの少女のせいだが。

 隣の席で趣味か仕事か分からないがコンピュータを組み上げる金髪の若い男は作業がおろそかになるほどチラチラと彼女の胸元を盗み見、少女の机の向かいに座る無機質な表情を崩さない男は斜め四十五度視線を固定して天井を見上げ、完全に無用な被害を受けぬように逃げ出す。そしてそれらの席を総括するように存在する部長席ではシャツを汗で貼り付けた体格の良い男がフランツに目線で助けを求めている。

 少女の斜め向かい、どうにも彼女に態度のあり様を指摘する事を他三名に暗に強要された状態のフランツは、仕方ないので少女に向かってこう言った。

「何で黒なんだ。もっと年相応――」

「……」

 少女の下敷きの動きが止まり、半眼の視線がフランツに八つ、突き刺さる。

 ちょっとした冗談のつもりで言ったのだが、彼女はおろか他三名にも不興であるようだ。

「それはもちろん、アナタに見せる為よ。って言えばいいのに。ヨシムラから聞いたわよ~」

「……なに言ってるのよ。お母さん」

 一応、会社にいる間は母親として接さないと決めているらしい女傑は、この娘の発言でも怒ることはなかった。意外にも娘の反応が冗談を真に受けたような態度だったからである。そして社長がこの部屋に唐突に現れた事を誰も気にはしない。

「フランス流のジョークに乗っただけじゃない。ねぇ、フランツ」

「助かりました……」

 まあフランツとしては完全なジョークと言うより、実際に疑問に思った事を冗談半分で言っただけだが。

「何がジョークよ。セクハラじゃない、セクハラッ! こういうのってアメリカじゃあ慰謝料取れるのよね、ギ――」

 訴訟大国出身のギアにネタを振ろうとしたリュウだったが、ギアはすでに手を止めて彼女の胸元をガン見している事に今気が付いた。

 しかも、生唾を飲んだ。

後で虫の息状態のギアに事情聴取した所、フランツの『年相応じゃない黒』という発言に興奮し、ぷんすか怒る彼女の動きでとても揺れていたとの事。

まあ、制裁はすぐに受けたのでそれで穏便に。




「何故、流以が三上大尉の下に居るのです」

 薄暗い部屋。暗い部屋で文字を読んだりモニタを凝視することは目に良くないと知っているだろうが、この部屋の主には目を労わるとか、衰えるということを気にした素振りはない。

 白髪交じりで銀縁眼鏡の男が、その部屋、諜報局統括責任者である松本卿一中将に詰め寄った。

「キミには知る権利がない」

「私は、あの子の父親です。権利なら有るでしょう」

「父親? はて、身元不明の少女のはずだが……」

「……自分の姪を身元不明と、よく言えますね」

「ふうん、知らんなぁ」

 あのとき、三上元大尉は言った。谷田を撃った弾丸は唯一男が守れたものだと。男が守った自負があるのは娘の流以だけだ。そしてそれは、元々の用途として男の娘を「運用している」という事実を伝えていた。

 男が、伊藤龍が本当に守れたものは何だったのか。惨めな自尊心だけなのかも知れない。




 三上人材派遣会社の裏家業であるそれら全ての行為は三上代表取締役が統括している。

 仕事も全て三上社長から各員に下るだけで、集団自体の中に総意はない。完全な独断で決定され、仕事の内容に口を挟むことも許されなかった。

今回の仕事の内容は敵対した集団から会社を防衛する事。そして被害は最小限に抑えるべく、谷田喜十郎のみの殺害に限定されていた。

三上人材派遣会社はその存在を肯定される為に庇護下に入る必要性があった。政府の信頼を得る事を第一目標とし、政府からの仕事を受けた。それが、結果的に谷田喜十郎の暴走を助長する結果になったが、同時に重犯罪者である谷田に全ての責任を負わせて退場をしてもらう事で、秘匿性を保ったまま政府容認機関として三上人材派遣会社は確立する。

それが三上社長の思惑であり、結果的に上手く行った。

 それはあくまでも「結果的に」であり、予想外の出来事も存在していた。

 軍部からの情報を得ていたとはいえ、伊藤龍が新設した内調部が予想に反して性急に事を運んだことである。三上としては谷田の死亡後に調査を引き継がせる予定であり、谷田を存命中のまま捕らえに来るとは思ってもみなかった。

 彼らに与えられたのは低予算の表向きな公的機関であり、動員人数も多くないために情報処理とリークに重きを置いた行動をとると三上愛花は予想していた。

実際、三上人材派遣会社と自衛軍諜報局内調部はほぼ同じ理念の元に存在する。三上人材派遣会社のように攻勢に組織犯罪やテロ行為に対応するか、諜報局内調部のように水面下で穏便に事を済ませるかの違いがあれど、結局の所似たような人間が組織した集団だった。

 なにせ三上愛花元大尉は、伊藤龍中佐の元上官なのだから。




 その日。三上流以はフランツ・ジュベールと共に社屋から八百メートルほど離れた建物の屋上に陣取っていた。三上社長の護衛にはサイが付き、ギアはたこ焼き屋に偽装したバンの中で各自のナビゲーション、バックアップを担当していた。

「あまり訊きたくないんだが――」

「訊きたくないなら訊かなければ良いと思うんだけど」

 彼女の傍らに座り込んだフランツが彼女の銃を組み立てながら話し始めたが、リュウは暇そうに膝を抱えて三角に座り、ただ暗いだけの夜空を眺めたままフランツの言葉を遮る。深夜だが街中にあっては夜空は星とは無縁であるようにただ単色の黒だった。

「……そうは言ってもな。……どうしてリュウはこんな仕事をしているんだ」

「言うと思った。サイにもギアにも、ヨシさんにも同じ様な顔で、同じ事を言われたわ」

 国民は総じて平和ぼけ。この国に来て、そんな事を言っていた日本人の自衛軍人隊員を思い出した。国際ニュースには殆ど疎く、下らない他国の慣習や食べ物ばかりを紹介する。

 世界は「それだけ」ではないのに。

 そして少女は「それだけ」ではない、別の世界に居る。

「気が付いたら居たのよ。ここに」

「気が付いたら?」

「物心ついた時っていうのかな、ちょっと違う気がするけど。最初から居たの」

 星も見えない程、街の光に包まれた空を、少女はただぼおっと眺めている。フランツはこの銃を組み立てたく無くなった。だがそれは仕事であり、手を抜いた行為は自分の死に繋がる。止めることなど、出来ない。

「理由はよく解らないんだけど、銃を撃ったら思った通りに当たるのよ」

「思った通り?」

「そう、思った通り。初めは銃を撃つのは嫌だったんだけど、大切な人たちの為にわたしは撃つって決めたの。わたしが撃たなくても誰かが撃つんだし。誰かが失敗して、わたしの大切な人たちが死ぬより、わたしがその人たちの責任を持った方が早いんだって気が付いたの」

 わがままは裏返し。それにはかなり前からフランツは気が付いていたが、それが親しい人との不器用なふれあいだという事は信じないことにしていた。そうでなければこの少女は最大の不幸を持ち歩くことになる。誰かがいなくなった時、この少女はそれに耐えきれるだろうか。いや、それは本人しか解らないだろう。勝手にこの少女の人生を他人が語っても、少女は喜ばない。

「……」

「ほら、貸して」

 いつの間にか、フランツは銃を完成させていた。

別段部品単位にまでバラしたものではない。バレルやスコープなどを取り払うわけにはいかないのだから。単純に彼女の体格に合わせた特別な銃床用のパッドを付けたり、収納に邪魔なバイポットを取り付けたりしたに過ぎないが。

組み上げたのはオーストリア、ユニークアルペン社製TPG-1。使用弾丸は.338ラプアマグナム弾。八・五八ミリの大口径銃身であり、射撃時の衝撃の大きさはこの少女の体格には見合わない程。

それを愛銃として長年連れ添っているらしい。自分で組み立てた訳ではないので、少女は違和感がないように自分でチェックを始める。

「みんなわたしの事を可哀想な目で見るけれど、本人としては不幸だとは思ってないのよ」

「どうして」

「そういう人はみんな、一緒に居てくれるのよ」

 この部署は皆、プランセスのわがままに仕方なく付き合っている訳ではない。

自分は傭兵だという自負がある。だが、この会社との契約期間はない。それはあの女傑が自分を社員として迎えたいと言ってくれた事と、自分なりの考えが有っての事だ。

そして社員として働き始め、ある種の連帯感や安心感を得たのは事実。そして、このままでも良いかと思い始めたのは、フランツにとって驚くべき事でもあった。

「ほら、出て来たわ――って、あの人……」

「あの男、誰だ」

 ギアによる合図の後、少女は谷田の左側頭部を――




 即時撤収。それは当たり前のこと。狙撃手としての有用性は相手の可視領域外から隠密性を維持しての先制攻撃、そして射程圏外からの友軍のバックアップである。狙撃手自身は近接戦闘能力が他の隊員よりおろそかになりやすく、観測手などを置いて相互に助け合う。

この場合、リュウとフランツが相互に助け合うのだが……

「ちょっ! 変な所触らないでよっ!」

「う、動くなっ! 手が股に入るっ」

「だから変な所触るなって言ってるでしょっ!」

「こ、ここはヘンなところなのか?」

「ぶっ殺すッ!」


 十二階建ての建物の屋上から降りる。時間は深夜の三時頃で、建物内部を通って降りることは出来ない。もちろん屋上に来る時は明るいうちに堂々と屋上に上がり、閉鎖時に見つからないように隠れていた。中を通って降りることも出来るが、警備会社の人間と格闘することを念頭に置かなくてはならない。

 まあそれもフランツ一人ならば問題ないのだが、問題は片割れであるリュウの方。銃器の扱いはフランツが舌を巻くほどに上手いが、近接戦闘はてんで駄目。十六歳の女の子に近接戦闘を完璧に教え込んでいてもおかしくはない特殊な企業なのだが、こればっかりは本人のセンスがモノを言ったらしい。悪い方に。

 仕方ないので誰とも遭遇しないであろう壁面からの降下にした。ラペリングという、ロープを使って垂直面やヘリコプターから降下する行為。リュウも学んでいて、実際フランツやギアと共に土日、登山で訓練しているのだが……

「大丈夫か?」

「……だ、だ、だだだい、だいじょーぼに決まってるじゃじゃいっ」

 作戦の隠密性を考えて安全策をとらず、一人につきロープ一本で降りることにした。馴れているフランツが装備一式を抱えてスムーズに降りているのだが、リュウはまあ、なんというかその……

「おわああっ! おちっ、おちるっ」

 運動音痴なのだ。仕方ないので近寄ってリュウを抱えて降りようかと思ったのだが、そのリュウがもの凄く嫌がる。自分にはこれくらいできると言い張り、頑として助けを断るが――

「あ」

「っ!」

 落下。リュウが落ちる。フランツは慌てて飛びつき、なんとか助けようとした。有る程度降りていて落下位置が高くなかった事と、落下した場所は歩道脇の植え込みであり、高さ二メートルほどの低木に二人で落ちたのだが……

「……」

 すぐ横の通りに黒塗りのタクシーが一度止まった。

運転していたのは二人を回収しに来た部長のヨシムラだが、二人が組んず解れつの状態に見えたらしい。

「ああ、若いって良いねぇ。ごゆっくりどうぞ」

 白い手袋をした右手で口元を押さえ、ぶぅんと噴かして去って行った。

「「ちょ……」」




 女傑に先日の話を蒸し返され、それを笑いながら報告したヨシムラがリュウに酷い責めを受けるというイベントを一通り見終えると、女傑はフランツだけを社長室に呼び出した。

「なんと言いますか、その、アレは事故で……」

「何をいきなり言い出すのよ。そんな話じゃないわ」

 社長の娘に手を出したなどと先ほどギアとヨシムラから散々言われたフランツは、正直、呼ばれた理由がそれなのではないかと恐々としていたが、どうやら違うらしい。

 困った風に笑いかけてくる女傑の顔を見て安堵する。

「お礼を言っておくわ。あの子を助けてくれてありがとう。フランツ」

「ああ、いえ……」

 そんな言葉を彼女の母から、掛けられた。

 ただ助けた本人からは肋骨にヒビが入るほど殴られたのは黙っておく。骨折くらい大したことではないが、その話を女傑にしてまたリュウに殴られるのはそれこそゴメンだ。

 まあリュウと一緒にビルから落ちてヒビが入ったのか、その後に殴られたからヒビが入ったのかはわからないが。

「アナタ、前にあの子は何者か聞いたわよね」

「ええ」

 女傑は自らの席に着き、フランツはその真向かいに立つ。長らく続けてきた行動からの性だ。フランツの後ろに椅子が用意されていたとしても、上官が許可を出されない限り座ることはしない。そして、彼女も同類であるように部下が立っていても何も不自然に思わず、ただ言葉を続ける。

「ワタシも正確には知らないのよ」

「知らない?」

「あの日、谷田を撃つように命令した日。黒いコートの男があの場に居たでしょう」

「ええ」

 谷田という標的の前に陣取り、バスの陰に居た男の事だろう。夏とはいえ、フランスから来たフランツには都内のビル群が発する熱帯夜にコートなど、男の正気を疑ったりもしたが防弾用の特殊防具と後に聞いて納得したものだ。

「リュウの、流以の父親よ」

「……は?」

 突然、あの場に父親が居た事を、本人ではなくフランツに教える。女傑のどういった思惑でフランツにこの事実が伝えられたのか、まったく解らない。

「それをあの子には言うつもりはないのだけれど。ワタシは彼の頼みを聞いてあの子を育てたのよ。伊藤龍の頼みを聞いて」

 伊藤龍に直接頼まれたというのは事実だ。ただ彼が、伊藤が思い描いたとおりに『彼女』の処遇が決まったわけではない。

 父親と同じ名前をこの会社で少女の呼び名にしているのはおそらく、本当の親を伝えられない事を、この女傑は苦々しく思っているからだろう。どうあれ、本当のことを言うべきだと思うのだが……

「あの男に別段問題はないのよ」

「と言うと……」

「あの子は人として、生体兵器として生まれたのよ」

 生体兵器。通常言うところの生体兵器とは訓練された軍馬や軍用犬など、訓練の後に軍事利用されるものが一般的だ。生まれながらにして、軍事利用される生物はそう多くはないが、幼少の頃から人間に戦闘訓練をすることはある。少年兵なども考えようによっては人間を生体兵器として育成していると言ってもそれは過言ではないだろう。

だが、この場合。女傑は違うことを言っている。

「あの子は頭の中で弾道計算が出来るのよ。正確にはあらゆる計算を無意識に一瞬で解いてしまうのよ」

「は?」

 弾道計算は今現在もスーパーコンピュータで演算し、シミュレーションし続ける価値のある計算だ。ロケット技術や航空技術、もちろん軍事利用する為にも。

 女傑の話は続く。リュウは、あの少女、三上流以は人為的なサヴァン症候群の様なものだと。普段生活しているとそのようには見えないが、女傑曰く概念に対する理解が通常の人間とは違うらしい。彼女は体験したこと以外の現象、事象を理解する事が難しいらしいのだ。

 彼女の運動能力の低さはそれが如実に表れたものだという。頭の中で演算する自身の動きと実際に彼女に出来る動きとの齟齬を、理解し難いものとして軽度のパニックを起こすらしい。実際、フランツは先日それを見たのだ、狙撃技術の高さとあのラペリング時のパニック具合を見ては否定しづらい。

 そして最大の問題点。

「あの子は死を体験したことがないから、人を殺すことを何とも思っていないわ」

「しかし、リュウは大切な人が傷つくのが嫌だと……」

「それはあの子自身、傷ついた事があるからよ。でも、死んだことはないの」

 人間には出生とほぼ同義、死が定められている。その概念に人間は怯え、抗うために種を残し、やがて個体はそれを受け入れる。そういう生命の基本倫理。いや、真理に近いモノを彼女は欠いているという。

 彼女が欠いているのは自己保存の為の危機感とでも言えばいいだろうか。

 一度痛みを味わって恐怖する。普通の人間ならば痛みの先に死という最上の恐怖を予測し、予感出来るが彼女はそうではないという。彼女に出来るのは痛みを受けた経験から、次の板名を受けにように注意する程度、という恐怖感まででしかなく。痛みの先、怪我をしてそれが悪化したとしても、死に直結するという恐怖感を得ることはない。

「軍人としての能力は、他の人間より圧倒的に優れているの」

「運動能力は低いようですが」

「それは違うわ。あくまでも齟齬を許容できていないだけなのよ。齟齬が無ければ、許容できれば。だから、ワタシは普通の子として育てたいのよ」

「言っていることの意味が解りかねます」

 この会社でリュウを使っている時点で、どうも納得できない。なぜ一般の娘と同じように育てたいという理想を語り、現実ではそうなっていないのか。

「ワタシはあの子を守る人々をチーフスと名付けたの」

「チーフス? 主任達……ですか?」

「それもあるけれど。もう一つ、盾の上辺という意味も込めて。守る人々の象徴であるように」

「象徴……プランセス……囚われの姫ですか」

「そうよ。あの子は、自分の無能さを実戦でアピールしなければ『彼等』に奪われるわ」

 有る程度の優秀さは既に理解されてしまっている。だが、汎用性を伴わない優秀さは軍人としての能力には足りない。

女傑曰く、スポンサーである『彼等』には「流以の能力開発、実戦でのデータ収集」をしていると言い、実際には彼女を守る為「実戦で死なない程度に無能を装わせている」のだと言う。

そしてこの話をされたとき、フランツは理解した。

「だから、アナタを呼んだのよ。フランツ・ジュベール、元フランス陸軍大尉。いいえ、サーヴァント計画。オプス、ヌル」

 創られた囚われの姫、奪われた忘却の騎士。




 谷田喜十郎。職業警察官。

 所属、警視庁公安部部長。

 階級、警視監。

 彼の名が有名になったのは夏の青葉が涼やかな風に揺られ、初秋を思わせる頃だった。

「よかったね」

「うん」

 被害にあった当人からすれば良かったなどとは到底思えないだろうが、死人には今更口もない。

 ただ良かったねと声をかけた彼女の言葉には、声を掛けられた側の少女が考えるようなただ親友を心配するといった至極真っ当な意味合い以外も含まれていたが。

 事件の終わりは夏の終わり。そう言い換えても差し支えのない酷暑が鳴りを潜め、ただ心地よい日和が増えたころ。


 国会議員連続暗殺事件の真犯人は警察上層部および政府に通達され、市井に公表されたのはかなりの時間を経てからだった。公表が遅れた理由は単純に警察関係者が犯人であったこと。

 関係各所との折衝の上、間違いなく谷田喜十郎と、その谷田と志を同じくする特定思想に染まった公安捜査員達が犯人である事を確定した上での事だ。

 警察機関からの社会的影響の大きい犯罪者を出したとあって、まず政府、関係省庁での統一見解をまとめる為に時間を要した。更に警察の自浄能力、監察制度の問題点や警察内部にまだ谷田の息がかかった人間がいないかを互いに疑い合うという足の引っ張り合いをし続けた結果、公表がままならなかった為でもある。

 政府から関係各所に箝口令が敷かれたが、マスメディアが事件捜査の進捗を嗅ぎ付けないはずもない。大手メディアは記者クラブ制度の弊害か、横一列に欺瞞された捜査状況を垂れ流すという一定の成果を上げた。

 だが世の中には金のためであったり、大勢に抗う反骨精神を持った者は大手のメディアから外れ、フリーの記者として嗅ぎまわる。

 そんな彼らの執念は時折真実を見出すことがある。実際、公表される前に警視庁公安部が不適切な捜査、情報操作を行っていたのではないかという疑惑までたどり着いた者もいたが。

 それは関係各所の連携、そして事件の詳細を知っているのは陸上自衛軍諜報局と政府だけだという情報規制を徹底したために詳細をは公表されるまで広く知られる事はなかった。

 それに安堵感を覚えたのは他でもない警察関係者である。谷田という不穏分子を内包していた当の機関であり、最も谷田の扱いに苦慮した機関でもある。

 そしてその警察関係当事者として石川つくしの父、石川繁貴警視長がいた。

 彼は元警視庁公安部の人間で、現在は監察官として内務省に出向している。

 元公安部というと谷田との関係を最初こそ疑われたものの、そもそも元部下である谷田にその座を追われるようにして監察官へと異動することとなった。有り体に言えば谷田との権力闘争に負け、階級的に問題のない役職へと追いやられた。

 石川繁貴本人は政治の人ではなく、ただ単純なキャリア組警察官である。野心もなければ、身内に追い落とされるとは夢にも思わなかった彼は監察官へと異動されられた人事を不思議には思っても悔しいとか、異を唱える気は全くなかった。

 谷田が死に、これまでの国会議員連続暗殺事件の犯人が谷田だったと聞かされるまでは。


 三上流以は一介の女子高生でありながら国会議員連続暗殺事件の顛末を始終知っている。主に母親の家業のせいであるが、彼女自身も事件に直接的に関わっている為に否応なく知る立場にあるというだけだが。

 そんな話を八月の終わり、曇天が三日続いたある日の昼食時。机を突き合わせて女子高生同士の話題にすべきではない。それでも三上流以は石川つくしへ彼女の父をねぎらう言葉をかけた。

 それは流以自身も関わったからわかる面倒ごと。その事後処理に駆り出されているだろうつくしの父が不憫で、同情を覚えたこともそうだが。何より友人であるつくしの雰囲気から険が取れた事を喜ばしく思えたからだ。

 既に大手メディアで大々的に報じられ、被疑者死亡として処理された事件の真相は谷田と共に闇の中に消えた。これ以上誰が何を言おうと、誰が何を勘ぐろうとも何の意味もない。そこまで時間が流れて初めて流以は心からつくしへと言葉を掛けられた。

「それにしてもさ、公安の人? なんで国会議員殺したんだろうね」

 机を突き合わせたうちのもう一人。日比野秋は単純に彼女自身の純粋な疑問を口にした。なぜ国会議員を殺さねばならなかったのか。それはどこのメディアも犯行動機を報じていない。そもそもその犯行動機自体を国民に知らしめた時点で谷田の目的が『達成』されてしまう。それでは谷田をわざわざ舞台から引きずり下ろした意味がない。

 故に犯行動機は市井に周知されることなく、ただ単純に谷田は「国会議員をなぜか殺した」犯罪者とだけ周知されている。

「そんなのわかる訳ないじゃない」

 秋の疑問にそっけなく答えた流以は本心からそう思っている。彼女自身、人を殺すことを何とも思っていない。思っていないが故に理由なく人を殺す意味が全く理解できない。

 政治思想を携えての殺人だったがそれが理由としてそもそも理にかなっているのか。

 それが三上流以には理解できないし、したくもない。

 彼女に理解できたのは谷田に関わる事件で谷田を含め『八人』を射殺したという事実だけだ。

 谷田など彼女にはどうでも良い。彼女の関心事などそこらに居る普通の女子高生と大差ない。家族の事、食べ物の事、将来の事。いくつか彼女には欠けてしまったものがあるが、それは普通の人間でも多少欠ける人間は居るものだ。

 三上流以、彼女を『良く』知る者の大半は普通の女性としての人生を送って貰いたいと考えてはいるものの、それは出来ないだろうという諦観も持ち合わせている。

 故に彼女が、三上流以がこの 聖マリー私立女子高等学校に通うことを夢想して止まない。

それを理解しているが為に、彼女は学校生活で当り障りのない言動を心掛けているつもりだった。

「なんか流以は冷めてるよね」

「は? わたしが? なんで?」

 自分では普通に返したつもりだったが、なぜか秋には冷めているなどと評された。

「だって、人を殺したんだよ? 本人には何か理由があっての事かもしれないじゃん」

「何かって、それでも人殺しは人殺しよ」

「だからさぁ。実は正義の人でインボーとかで、トカゲのしっぽ切的な感じで犯人に仕立て上げられたとかさぁ……」

 日比野秋は変なところで勘のいい女である。正義など人の数だけあるとは言うものの、大勢から見て谷田の行為は『正義』には該当しないだろう。だが陰謀でしっぽ切というのは当たらずも遠からずと言ったところだろう。

 三上愛花。流以の母たる彼女に文字通り『しっぽ切』の様な扱いを受け、それも政府暗黙の了解であるというのだから。広義で言えば確かに『陰謀』で切られたのかもしれない。

 ただそれらを知っていたからと言って秋の陰謀論に付き合う必要もない。

「人が死んでるんだから、面白おかしく話をするのは不謹慎だと思うわよ」

「う~ん。そう言われると謝るしかないわ」

 日比野秋という少女を知らない人間からすれば、彼女の態度はあまり反省したようには見えない。ただ知らない人間が見たらそうだが、三上流以も石川つくしもこの日比野秋が半笑いで声をあげなくなった時は相当に困っている事を知っている。

「反省してるならよろしい」

「はーい」

 これ以上この殺伐とした話題は華の女子高生の昼食時に相応しくない。

「じゃあ、話題を変えまして――」

「切り替え早いわね」

「取柄なんでぇ。で、あの外国人さんとはどうなの?」

「んんっ――」

 咀嚼しようと口に放り込んだミートボールがさほど噛まれずに流以の喉に引っかかる。

 先日、ラぺリング中に流以が体勢を崩した際、胸を真正面から鷲掴みされたのだが、あの男は一切気にも留めない様子だった。フランツからすれば単純に「掴みやすかった部分」をつかんだに過ぎないが。

 ギアの様に分かり易く本人が悪びれているのなら怒ってやろうと思っていたのだが、フランツは特にそんな素振りもないのだ。

 それで流以が一人で勝手に怒ろうものなら「被害妄想じゃないのか」と逆に皆に言われてしまう。母にもあまりにも傍若無人が過ぎると怒られたばかりで、自分自身の不出来を助けてもらっておいてそれを批判するというのは恩を仇で返すだけになりそうで憚られた。

 会社でも母や彼らにやんやと言われたが、まさかこんなところでも余計なことを話題にされるとは思いもよらない。

「どうって、どうもないわよ」

「ほ~ん? どうもない、どうもないねぇ」

 先ほどの反省していたさみしそうな笑顔に対し、いやらしい笑顔を浮かべて秋は笑う。流以によくおっさんみたいだからやめろと言われる笑い方をし始め、隣のつくしまで話に割ってきた。

「やっぱり、そういう関係なの? るーちゃんとあの人」

「いや、つく。待ちなさい、あなたが何をどう勘ぐってるのかよくわからないけど、どういう関係でも無いって。お母さんの会社に居る外国人ってだけよ」

「ほんとうにぃ?」

 流以には初等科からの親友であるつくしと、高等科に入ってから親しくなった秋の好物は大抵男女の話だ。しかもこの二人に限らず、同年代の同性は皆そういう話を好んでするが流以には理解できない。

「馬鹿な事ばかり言ってないの」

「お母さんか」

「ふふふ」

 他愛ない。他愛ない話だけが、本来ここにあるべきだ。





 ビルの合間を抜けてゆく風に、冷えを感じるようになった。おそらくここから谷田を撃ったのだろうと思しき建物の屋上に陣取る。

 確かに谷田のいた場所が見えるものの、それは四棟あるビルの合間、広告看板の下に辛うじて横長の長方形型に現場が見える程度だ。当然、不確定なビル風に弾が煽られれば逸れてしまってもおかしくはない。

 こんなにも射線が通らない場所から何故狙撃しようと思ったのか見当もつかない。そもそも直線距離にして九百メートルほどもある距離からの市街地での狙撃など現実的ではない。

 何もない平野や山間部からの高低差のある射撃ならまだしも、途中に射線を阻害する要因が多すぎる。建物そのものもそうだが風、距離的な問題からコリオリの力も考慮に入れなければならない。試射して練習するなどもってのほかで、射撃後にこの場所から逃げるにしても不自由極まりない。

「ここからですか」

「おそらくな」

「あんな小さいですけども」

 彼女が狙撃したと思われる場所まで伊藤に付いてきたのは諜報局へ新たに入った黒木だった。彼は元警察官で、あまり実戦に対する理解度は高くない。

「銃撃戦の距離は三、四百メートルなど大した距離でもない。実戦投入される狙撃手など専門に育成された化け物ばかりだぞ」

「そんなものですか」

 黒木は一般人的感覚しか持ち合わせていない。

 自分自身を客観的に評価して実戦闘の能力がそれ程高くないと自負している伊藤から言わせれば、実戦経験を経た専門の本物達は皆化け物のように映る。そんな伊藤の実経験を踏まえた評価など、物差しそのものが違うのでピンと来てはいない。

「同業が始末したと聞きましたけど、殺す必要があったんですかね。普通に警察に逮捕させて罪を償わせる方が良かったんじゃないですか」

「そこは上の問題だろう。どこの世にも誰かに生きていて貰っては『都合が悪い』人間がいるものだよ」

「ああ、そういう。俺はそういうのとは無縁に生きてきたんですけどね」

「これからはそう言ってられんよ」

 秋築の死の真相が知りたくて。それは建前で、完全に弔い合戦だと息巻いて鞍替えしてきたものの肩透かしを食らった気分だった。だが、前の職場では黒木は真実を見る機会は得られなかったに違いない。その点に関しては秋築の為にも自分が鞍替えしたことに間違いはなかったと納得できる。

「まあ、そうでしょうね」

 夏の終わり、秋空の下。黒木は後悔はしているない。まだ、後悔はしていない。

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