雷坊やの誕生
雷様夫婦は、とても仲良し。三ヶ月前に婚礼をあげたばかりの新婚ほやほやです。
お嫁さんはよその雷様がうらやむほどきれいなのですが、頭に角がありません。人間なのです。雷と人間が一緒にうまく生活できるのか、雷界の注目の的になっていました。
昔にも、人間と結婚した雷様がいらしたようです。雷様の婆様の兄上だったらしいのですが、詳しくは分かりません。雷様はいつか祖母から話を聞いてみたいと思っています。
ある日、仕事に出かけようとした雷様をお嫁さんが止めました。自分のお腹を指し、唇で「ぼ・こ」と形作ります。お嫁さんは生まれつき耳が聞こえないのです。
雷様は意味がさっぱり分かりません。遠くから二人の様子を見ていた雷様の母上が近づき、祝福しました。そこで、雷様も気がつきます。大喜びで、お嫁さんを抱きしめました。
それから、雷様の家族は一層お嫁さんを大切にしました。雷様の母上はお嫁さんの為に美味しいご馳走を作ります。姉上や妹はせっせと赤ん坊の為におむつをこしらえます。
雷様は仕事もろくにしないでお嫁さんの下に早く帰ってきてしまいます。そこで人間たちは雨乞いを始めました。雷様は仕方なく、雨雲に乗って出動します。
雷様の家族じゅうが喜んで浮かれている中、婆様だけが落ちついていました。ある日、婆様がそっとお嫁さんを自分の所に呼びました。
お嫁さんは雷様の婆様の所から静かに戻ると、暗い顔をしていました。いくら雷様が訳を聞いても、答えてくれません。それどころか、実家に戻りたいと伝えてきます。
雷様は反対しましたが、お嫁さんは実家で赤ん坊を産むと一点張りなのです。母上たちに諭されて、雷様はしぶしぶお嫁さんを人間の里へ送ることにしました。
「雨が降り過ぎて作物が腐る」とお嫁さんの母親に叱られるので、これからはなかなか会うことが出来ません。雷様は泣く泣くお嫁さんと別れました。赤ん坊が生まれるまでは辛抱、と仕事に励みます。
娘が戻ってきたので、母親は大喜びです。
「天で、大事にされておったな。怠けとったら、楽におぼこ産めんぞ」
娘も母親と一緒に、薪割りをしたり、田んぼに稲を植えていきます。
雷様は天上からその様子を見て、気が気で仕方がありません。母親に何か言おうものなら、「男は黙っとれ」と言われてしまいます。
娘の腹が日に日にふくらんでいきます。しかし、娘が沈みがちでいるのに母親は気になっていました。
ある日、母親が娘を問いただしました。
すると悲しい事実が発覚しました。雷様の婆様が娘にこんなことを告げたらしいのです。
腹から出る時に、雷の子が発する電気に人間の母親は耐えられずに死んでしまう。だから腹の子をあきらめなさい、と。
しかし娘は死んでも良いから、赤ん坊を産むつもりだと伝えます。ただ生まれた子に会えないのが悲しいのだとさめざめ泣きました。
母親は娘に子供をあきらめろ、と言いますが、娘は首を縦に振りません。そこで母親は腹の子が死ぬ薬草を煎じ、こっそり茶に混ぜて毎日飲ませました。
ところが娘の腹はどんどん大きくなり、腹の子が死ぬ気配は全くありません。雷の子には効かないのかもしれません。とうとう生まれる時が来てしまいました。
「お・ぼ・こ・の・こ・と・た・の・む」
娘が痛みをこらえながら、唇で伝えます。
「馬鹿言え。雷様のばあさんが言ったことは嘘だ」
母親は泣きながら、娘の腹をさすります。
すると娘は悲鳴を上げて、母親を突き飛ばしました。次の瞬間、赤ん坊が生まれ出て元気な産声をあげています。
母親はあわてて娘に近寄りました。娘は息をしていません。赤ん坊の出す電気から守るために、娘は母親を突き飛ばしたのです。
母親はしばらく娘を抱きしめて泣いていました。夜が明け、いつのまにか明るくなっています。娘の言葉を思い出し、泣いている赤ん坊を見に行きました。
元気な可愛らしい男の子です。赤ん坊の頃の娘と同じ顔をしています。娘の生まれ変わりだ、と母親は思いました。抱きあげると、娘の時と同じ、柔らかな温かい感触がします。少しずつ悲しみがいやされていきました。
そのうちに雷様が様子を見に来るでしょう。娘が死んだ今、この子まで連れて行かれたら、生きていけません。
冷たくなった娘に別れを告げ、母親は赤ん坊を抱き、荷物を背負って小屋を出ました。
雨が降ってきました。早くも息子の誕生に気づいたのか、雷様がこちらに向かっているようです。雷様が娘の亡き骸を見つけ、大切に葬ってくれるでしょう。雷様に見つからぬよう、出来るだけ遠くへと旅が始まりました。