きみはわたしの保存食
「――……今思えば、変な出会い方だったね」
「そうかしら」
「そうだよ」
「あなたがビルの屋上から飛び降りようとしている時に、声をかけたから?」
「というより、その言葉の内容がさ……」
――あなた。そんなに死にたいなら、わたしの保存食にならない?
「……言ったわね、そういえば」
「言ってたよ。堂々と」
「わたしのこと、変な人だと思った?」
「思わない方が変でしょ。これでそっちが男だったら、もっと変な方向にしか考えられなかったね」
「食べる、の意味が?」
「うん」
「……まあ結局、わたしは女の人でもおいしくいただけるタイプだったけれど」
「うん、やめてねその言い方。誤解を招くから」
「――ごちそうさま」
「え、もういいの? もしかして私、まずくなった?」
「いいえ。ただ……いつもより鉄分が少なかったかしら」
「ええー、なにそれそんなの分かるの? なんだか血液検査みたい」
「食事に気を付けた方がいいわね。レバーやひじき――」
「いやもういいよ。今日で終わりだし」
「――……あなたは」
「うん?」
「後悔、していない?」
「契約したこと?」
「……ええ」
「んー。正直してない」
「…………」
「えっ。今まできみと契約した人ってみんな後悔してた?」
「……さあ」
「分からないの?」
「訊いたことがないから」
「……今まで訊いたことないのに、今日は訊いたの?」
「ええ。……気が向いたから」
「――私、というか自殺志願者ってね。結構これ考えると思うんだけど」
「なに?」
「安楽死できる装置が欲しいなあ、とか」
「ああ……」
「なるべく苦しくない死に方がいいなあって。でも、どの方法を選んでも安楽死できる確証なんてないでしょ。それどころか、確実に死ねるかどうかも分かんないし」
「……あの日も、あなたはそれを考えていた?」
「そうだねー。屋上に来たはいいけど、みたいな。それで、どうしよっかなあって悩んでたら、背後から急に美人が声かけてきたわけよ」
「わたしの保存食にならない? って?」
「そうそう。ほんとに変な人だったわー」
「その『変な人』の話に食いついたあなたも、相当な変人だったんじゃないかしら」
「否定はできないね。でも結果的には、あの時ちゃんと話を聞いといてよかったな」
『あなた。そんなに死にたいなら、わたしの保存食にならない?』
『……どういう、こと』
『わたしは一か月に一度、ひとの血を吸わないと死んでしまう。もしもあなたがわたしと契約をして、一か月に一度、新鮮な血液をくれるのなら』
『――なら?』
『一年間の命を保証する』
『……えーっと、今の状況わかってます? 論外ですよそんな話』
『わかった、言い方を変えるわ。あなたがわたしと契約をすれば、あなたはあと一年しか生きられない。一年後、確実に死んでしまうわ』
『……どんな風に?』
『――――安楽死、よ』
「契約しちゃうよねえ、そりゃ」
「変な吸血鬼相手でも?」
「変な吸血鬼相手でも。……ただ正直、そっちが鼻の下伸ばしたおじさんだったら、もうちょっと躊躇してたかもねえ」
「それこそ『食べる』の意味が変わるでしょうね」
「吸血鬼というかさ、女としてはどうなの? やっぱりイケメンの血のほうが好き?」
「あくまでわたしはだけれど、性別に特別こだわりはないわ。端正な顔立ちの男性だからって、血液もおいしいとは限らないしね。まあでも確かに……男の吸血鬼は女の血を、女の吸血鬼は男の血を吸うことが多いかしら」
「ってことは、今までは男の血ばっかり吸ってたの?」
「ばっかりではないけれど、多かったのは事実ね」
「へー。……なんとなく嫌な予感するけど聞いていい?」
「なにかしら」
「私の時は『安楽死』だったけど、男の人相手に契約する時は何をエサにするの?」
「…………」
「…………」
「一年間、好きな時に好きなだけわたしとヤれ――」
「ごめんもういい。聞いた私が馬鹿だった」
「――……ついでにもひとつ、質問していい?」
「ええ、どうぞ」
「次の保存食は、どういう人間にするつもり?」
「……特に決めてはないけれど」
「一か月以内に次の人探さないと、きみ死んじゃうんでしょ? なのに目星もつけてないの?」
「ええ、まったく。……あなたが思っている以上に、世界には人間が溢れているのよ。次の契約者なんて、一週間もあれば見つけられるわ」
「へえ。余計なお世話だったかな」
「そうね……。どちらかといえば、無用な心配かしら」
「それだけ豪語して、一か月後にお腹空かせて死んじゃってたら相当ダサいよね」
「そうならないよう努力するわ」
「うん。……ならいいや」
「――……ねえ」
「なにー?」
「本当に、後悔していないの?」
「後悔してほしかった?」
「…………」
「んー。でもね、やっぱり全然後悔してないや。これでよかったんだよ」
「…………」
「『もっと』とか『これ以上』とか思えないからさ。だからもう、いいの」
「……そう」
「そっちは?」
「え?」
「後悔してる? 私と契約したこと」
「……そうね。少しだけ」
「なんで? 私の血があんまりおいしくなかったから?」
「いいえ。あなたが、想像以上に面白い人間だったからよ」
「……それって褒めてるの?」
「そうよ」
「ならいいけど……それじゃあ次も、私みたくお喋りな人間を探さないとね」
「それから、吸血鬼に『私B型だけど大丈夫?』なんて聞いてくるような変人」
「吸血鬼は太陽の光を浴びると死ぬんだと思いこんで、暗室を用意するひととか」
「あと、わたしが血を吸う姿を見て、『エロい』なんて言いだす変人」
「……さっきから変人ばっかじゃん」
「これでも褒めてるわ」
「…………ふーん」
「――……いないのよ」
「あなた以外、そんな人、いないの」
「世界には人間が溢れているけれど、あなたと同じ人間はどこにもいないの」
「だから後悔しているわ。あなたと契約したことも」
「最後まで、生きたいと言わせてあげられなかったことも」
「…………ごめんなさいね」
「……返事、しなくなったわね。どこまで聞こえていたのかしら」
「…………」
「…………明日から」
「あなたのいない一か月は、死ぬほど退屈なんでしょうね」