第4話 人間は室内に籠るべき生き物ではないだろうか?
「122……123……124…」
異世界に来て相も変わらず引きこもってしまった俺はすることもないので、部屋の天井のシミを数えていた。
異世界引きこもり生活にも、すっかり慣れてしまった自分がいることが悲しい。
もっと来る前は志高かったはずなのだが。
まあ、仕方ないよな。異世界に来たからといって、人間早々変わるものではない。
引きこもりは引きこもりだし。ニートはニートだ。
異世界に来てもその事実は揺るがない。
それを知れただけでも十分俺は頑張ったではないか……いや、頑張ってはいないな。
なんてセルフツッコミをしていたところ、マイハウスの扉が叩かれる音がした。
どうやら、朝飯の時間のようだ。
なるべく外に出たくない俺は異世界引きこもり生活を決めた時、町のあらゆる食品店を回った。
そして、食事を家まで持ってきてもらえるように契約したのだ。
金だけは沢山あったので、特に問題はなかった。
本来の倍の値段を払うと言ったら、喜んで俺の家まで宅配してくれている。
やはり……俺は天才か!
「はいはーい!」
そんな返事をして、扉を開け―――
「わーーっ! 入っていいのっ!?」
開いた扉が無理矢理押し広げられた。
「は? は!?」
俺は状況を理解できずに固まった。
無理矢理押し広げられた扉から入ってきたのは一人の少女。
パッと見て、目についたのは真っ赤な髪だった。
いや生活には赤というより―――紅だった。
深紅。血に染まったような色をしている。
地毛だろうか?
身長は俺より若干低いと言ったところか。
俺が男子の平均より高いことから考えると、女子としては高い方だろう。
全体的に痩せ気味な感じか。
へそ出しのファッションに身を包んでいる。
いや、そんな情報はどうでもいい。
問題は彼女の顔だ。
控えめに言っても―――凄く可愛い。
猫のようにクリッとした目。
そんな大きな目とは対照的に小さな鼻と口がちょこんと小顔に乗っている
童顔というのが正しいのだろうか。
子供っぽさが若干残っているのも可愛さを助長させている。
そんな可愛さに不覚にもドキッとしてしまった俺は、一瞬固まってしまった。
その一瞬が命取り。
なんと彼女はずかずかと俺の城に押し入ってきたのだ。
覚悟はできているのだろうか……?
まあ、特に何かするつもりはないが……。
「お、おい! 何勝手に人の家に入ってきてんだよっ!」
入って来ようとする彼女を、阻止すべく前に立ちふさがる。
「えっ! 入れてくれないのっ!?」
「いつ、俺が入れるって言ったんだよっ!」
「でも、開けてくれたから……」
トタンにしゅんとした顔になる。
「それはだな……ああっ! もういいっ! 入れ!」
「いいのっ!? やった!」
彼女は嬉々として、俺の家に入ってくる。
宅配のことを説明するとなると、引きこもり生活のことも説明しなくてはならなくなる。
流石に初対面の奴に引きこもっていることは説明したくなかった。
なので、俺は彼女の話くらいは聞いてやることにした。
まあ、ちょっと聞けばそれでおしまいになるはずだ。
というのは建前で、本当は彼女の可愛さに魅了されたからなのかもしれない……。
いかん。早々に失恋したのは忘れたのか!
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「へえ、ここが一級冒険者の家なんだねっ!」
「はっ!?」
何言ってんだ、こいつ……。
「わーーっ! すごいっ! 二階建てなんだねっ!」
確かに二階建てではあるが……。
「うわー! 部屋も一杯あるっ!」
天使様の用意してくれた家は天界から支給されたものなだけあって、非常に大きな家だった。
部屋は一階に5部屋。巨大なリビング、トイレ、風呂等々。二階に七部屋。
ちょっとした屋敷である。
東京でこれほどの家を建てようと思ったら、それなりの額が必要になるはずだ(ここは東京ではないが……)。
「で、お前は何しに来たんだよっ!」
「あーーっ! そうだった!」
くるんと回って、俺の前に立って顔に向かって指を差してきた。
「ねえ! あなた、私とパーティ組んでくれないっ?」
「いやです」
俺は即答した。
「えーーーーっ!! 何でっ!?」
「何でもクソもあるかっ! 何なんだ! お前は! 突然、来て!」
この子は何なのだろうか?
もしかしたら、詐欺師かなんかなのかもしれない。
いや、そんな賢そうには見えないが……。
「私ね! 今日、冒険者になったの! それで黒魔術士がここに住んでるってギルドで教えてもらったの!」
「答えになってない!」
「それでね! 仲間には絶対、黒魔術士が欲しいと思ってたのっ! だって、とっても格好いいんだもん! クロだよっ! クロっ!」
「クロの何がそんなに格好いいんだよ?」
「凄く格好いいよ! 上手く言えないけど、凄く格好いいよ!」
一つ分かったこととしてあげられるのは、彼女の頭が悪い。それも途轍もなく悪いということである。
馬鹿というのは、同じことを何度も言うものである。
「何かお前は勘違いしている。俺なんかと関わると碌なことにならないぞ!」
「格好いい! もしかして、あなた壮絶な闇を抱えてるんでしょ! すごいっ! やっぱり、本物の黒魔術士さんなんだねっ!」
そう言って、彼女は俺の手をギュッと握りしめる。
その手は俺の手よりもずっと小さい。だが、俺の手よりもずっと暖かい。
「―――あなたが絶対欲しいっ!」
彼女の顔は興奮で真っ赤だった。
「いいよ。一回だけクエスト行ってやるよ……」
気づくと、俺はそんなことを口走ってしていた。
俺は愚かだ。あんな単純な言葉に惑わされるなんて……。
“絶対欲しい”なんてこと、生まれて初めて言われた。
気づくと、彼女の姿はない。
「じゃあ、私はギルドに行って、なんかクエストの依頼受注してくるね!」
遠くで小さくなった彼女は俺の家を飛び出してそんなことを言っていた。
行きたくねえな……。
面倒くせえな。どうしよう。
でも、行くって言っちゃったしな。
一回だけ適当にこなして、終わらせよう……。
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「というか、すまん。名前、教えてもらっていいか?」
「いいよ! 私の名前はアリサ・ルールロード! アリサって呼んで! それであなたの名前は?」
俺達はアリサのとってきた依頼―――レッドゴブリン10体の討伐クエストに向かっていた。
レッドゴブリンはいわゆる初心者向けのモンスターである。
一撃はまあまあ重いものの、動きが遅く、癖があるため慣れるとすぐに倒せるようになる。
特徴的なのが、興奮すると闘争心を高めるために自傷行為に走り、血まみれになるため“レッド”ゴブリンと呼ばれていることであろう。
そんな訳で、森のゴブリンの巣へ俺達は向かっている。
「ギルドで教えてもらってないのか? 俺の家はギルドで教えて貰ったんだろ?」
「うーん。何か、みんなあなたのことは“例のあの人”って呼んでたよ!」
アリサは屈託のない笑みでそう答えた。
どうやら、俺はギルドで名前を言ってはいけないレベルで忌み嫌われているらしい。
悲しいなあ……。
「あわわっ! もしかして、あなた、『忌み名の黒魔術士』とか!?」
「普通の名前だよ。黒山ハヤトだ。ハヤトでいいよ」
「りょーーかいっ!」
アリサはワザとらしく敬礼のポーズをした。
「俺の職業はいいんだけど。お前は、アリサの職は何なんだよ?」
気になったので、俺は何気なく聞いてみることにした。
アリサも笑顔を崩さず返す。
「私はね“バーサーカー”だよ!」
「へ?」
バーサーカー? 狂戦士ってことか?
よくゲームや漫画に出てくる快楽殺人鬼のイメージしかない。
仲間や敵を見境なくぶっ殺すぶっちぎりでやばい奴。それが俺のバーサーカーに対するイメージだ。
何か違くないか。とてもじゃないが、アリサが人やモンスターをぶっ殺しまくる奴には見えない。
職業鑑定にミスがあったのではないか。
そもそも、俺が黒魔術士と判定されたのも大分頭おかしいしな。
きっと、案外ギルドの職業鑑定も案外いい加減なのだろう。
とはいえ、頼りにはなる。
仮にもバーサーカーを自称するということは、前衛職としてそれなりにやれるということだ。
正直、俺は天使様に授かったデバフ魔法くらいしかまともに使えない(それすらまともに使える自信はあまりない……)ので、モンスターを討伐する自信がない。
そうこうしているうちに、俺達はゴブリンの巣に到着した。
ゴブリンの巣は洞窟の中にあった。
洞窟はそこまで大きいものではなく、十体くらい住むのが限度の小規模なものだった。
依頼の消化にはちょうどいいだろう。
俺とアリサはゴブリンの様子を窺い、巣の近くの茂みに隠れた。
三体のゴブリンが巣の前でうろちょろしている。
どうやら、監視しているようだ。
「アリサ、行けるか?」
俺はアリサに向かって尋ねる。
「へ?」
アリサは目を見開いて驚いた様子でこちらを見る。
「お前、バーサーカーなんだろ。俺も行くけど、メインで戦うことになるのはお前だからな」
「ハヤトが魔法でばーーんって倒してくれないの?」
「何だ、そのアホそうな擬音。俺はサポートメインだよ。大体、そんなことできたら、引きこもったりしてねーよ」
「へ、へえ、そうなんだ……。う、うん。私に任せておいて……」
そう言ったアリサの瞳は左によっている。
全然、大丈夫そうじゃないんですが……。
「じゃ、じゃあ行くね! ハヤトは見てるだけでいいよ!」
そう言って、アリサは腰に下げていたダガーを鞘から取り出したのだが……。
「何か、お前、顔真っ青じゃねえか? 汗も出てるし。大丈夫か?」
そう言われたアリサは、おどおどとした様子でダガーナイフを抜こうとした。
が、刃が鞘からチラッと見えた瞬間だった。
「ひゃんっ!」
可愛らしい悲鳴と同時に、彼女はその鞘を放り投げたのだ。
「もしかして、お前……」
「うん。私、血とか刃物とか苦手なんだ……」
何だ。こいつ……。
色々ツッコミたい。
―――その時だった。
「ごおおおおおおおっ!!!」
森に怒号がこだました。
その音の発生源を見ると、ゴブリンがいた。
こちらを睨んで叫んでいる。
うわー。お怒りのようだ。
「アリサ! 逃げるぞっ!」
さっきまで三体くらいしかいなかったゴブリンが十体近く集まっている。
こちらにに向かって走ってくる。
ゴブリンの何体かが爪をかき立て、自身の背中を自傷した。
大量の血があたりに降り注ぐ。
その血の一部がアリサにかかった。
アリサは自身に降りかかったその血を見て―――嗤いだした。
「あはっあはあははあはははっはははーーーーー! 血だ! これ、血だあああああああ!!!」
目をかっぴらき、真っ赤な瞳がそこから覗いていた。
全身の力が抜けているのか、ピクピクを痙攣している。
「ど、どうしたんだよ!?」
俺は咄嗟に彼女に手を差し伸ばす。
が、その手に何も返ってこなかった。
彼女はタガーを拾うと、こちらには見向きもせず、ゴブリン達の方に一目散に駆け出した。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――ぶっ殺す」
そう呟きながら、ゴブリン達に囲まれたかと思うと―――
一瞬だった。
数十体はいたであろうゴブリンを全て駆逐した。
その事実を認識するの、数十秒は必要だった。
人間の動きではない。
ダガーを両手、両足に器用に持ち替え、生き物の急所である心臓をかっさばいていく。
その姿はまさしく―――バーサーカーのそれだった。
ゴブリン達の血にまみれながら、なおも彼女は嗤う。
「あはあははあはははっははははははあはっはははーーー!! 血血に血に血が血を血で血だあああああああ!!」
どうやら、まだ血が足りないようだ。