第17話 愛情いっぱい。噓いっぱい。
「――ふふっ。面白いことを聞かせてもらっちゃた」
そんなことを口にするのは、突如、俺とエリの前に現れた――瞬間移動のように現れた灰色の髪をした女性。
全体に黒というほどには濃くなく、かといって白というほどにも薄くはない髪の毛と同じような灰色をした忍者服を纏っており、よく言えば落ち着いており、悪く言えば地味な格好だ。
そんな格好をしているせいか、顔も身体も整っており美形に分類されるはずの容姿をしているにも関わらず、存在感がない。不安になるくらい。だが、そんな感覚には前にも襲われた。
それは狼掃討訓練の時に、俺たちを騙くらかした――ニヤニヤと不気味な笑いを浮かべて、甘い話をけしかけてきたのが、彼女だったからだ。
「て、てめえ! 今更、ノコノコと出てきやがって何の用だ!」
前のめりになって、そんな荒っぽい口をきくエリ。
どうやら、エリも彼女のことを覚えていたらしい。
まあ、当然だ。あんな酷い目に遭わされたのだから。
だが、今はそれよりも大きな問題がある――
「――あんた、どうやって現れたんだ!?」
彼女の現れた方はあまりに不自然だった。
あまりに唐突。いや、唐突という感じでもない。
彼女が現れた瞬間、まるで、最初からそこにいたかのような異質な感覚に襲われたのだ。
俺が拭いきれない違和感に頭を悩ませていると、彼女は「ふふっ」と、小気味よく笑った。
「君の感じた通りだよ。黒山ハヤトくん。ボクは最初からそこに居たんだ。全く、君たちは酷いよ……。ボクはそこに最初から居たのに、まるで居ないみたいに扱うんだもん。すっごく傷ついたよ……ぐすん」
本当に悲しんでいるわけではないのだろう。
ぐすん、とかほざく割りには相変わらず、不気味な笑顔が顔に貼りついたままだ。
「ふふっ。そんな顔しないでおくれよ。まるで、ボクが何か悪いことをしたみたいじゃないか」
俺もエリも完全に彼女のペースに飲まれてしまった。
彼女の喋り方は何もかもが薄っぺらい。
だから、何一つ信じられず、何一つ反論する気を起させない。
そんな風に彼女が喋っているだけで、変な感覚に陥ってしまう。
「まあ、とはいえ、最初に謝らせてもらうよ。ごめんね。【潜伏】のスキルを使わせて貰ってたんだ。だから、君たちが鈍いというわけじゃあないから、安心して」
ペコリと頭を下げる彼女。
だが、その頭には一切の重みを感じさせない。まるで、謝罪の意志が感じられない。
そうだ。あの時と同じだ。
狼掃討作戦で、ぬけぬけと俺たちを出し抜いて、狼を狩った後に見せた謝罪と。
「て、ていうことは、お前、『盗賊』か?」
エリが彼女の口にした【潜伏】というスキルから、職業を推定する。
『盗賊』――この世界においては、ゲームと同様に一つの職業として数えられている。
本来、犯罪者であるはずの『盗賊』が、この世界でもRPGよろしく、なぜギルドでれっきとした職業の一つとして数えられているのかは、かなりの謎だが。
「ううん。残念だけど。不正解。エル・マーリンくん。白魔術士のわりにあんま、頭の方はよろしくないようだね」
そんな喧嘩に発展しかねいようなことを正気の沙汰で、くすくすと笑いながら言う彼女。
普段のエリなら、そんなことを言われたら、すぐさま飛びかかるはずなのだが、思いの外、彼女の足は地べたにひっついたままだった。
見ると、エリは額に汗を浮かべて、怯えたような表情をしている。
「だ、大丈夫か? エリ」
思わずエリの方を見て、尋ねる。
だが、エリは首をふりふりと首を横に振った。
「ふふっ。どうやら、そこのエリくんには、魔族の血が混じってるみたいだね……。見たところだと、エルフ……いや、サキュバスか……」
小さな顎に手を当て、考えるようなポーズをとる彼女。
だが、その瞳は虚空を仰いでおり、まるで思考しているとは思えない。
「なんで、分かった?」
ようやく、口にできたのがそんな言葉だった。
「なんで、彼女が魔族の血が混じっているか、分かったかって……? 【魔族避け】のスキルを常にボクは使ってるからさ……まあ、エリくんが何者であろうと、正直、ボクからすれば、どうでもいいんだけどね」
ニタニタと笑う彼女。
名前も、職業も、意思も、意図も、感情も、何もかも分からない彼女。
正直、気味が悪いというより、単純に――怖い。
「酷いなあ……。ボクは君と仲良くなりにきたっていうのに。それにボクも一応は女の子なんだよ。『怖い』はないんじゃあないかな――ねえ、ハヤトくん」
「……っ!?」
思わず口を抑える俺。
どうしてだ。なんで、さっきから、思ったことが伝わる。
無意識のうちに口にしてたのか!?
「無意識のうちに口にしてたのか、って、そんなことはないよ。ハヤトくん。君はそんな間抜けじゃないだろ。ああ。失敬。また、読んでしまったね。仲良くなろうとしてるのに……失敗失敗」
「読んだ……?」
俺とエリがほぼ同時にそんな声をあげる。
「安心して。今度はスキルは使ってないから、さ」
いや、余計安心できないんだが……。
「こっちは生まれつきだ。ボクはね、生まれた時から、任意に心の声が読めるんだ。まあ、才能ってやつなのかな。君のそれと同じだよ。黒山ハヤトくん。君のデバフ魔法とね」
そんなことを彼女が言葉にした矢先――
――エリが膝をついて倒れた。
「お、おい! どうした!? 大丈夫か?」
俺はエリを抱きかかえる。
見ると、そんな倒れ方をしたにも関わらず――スヤスヤと寝息をたてて、眠っていた。
「安心してくれよ。命に別条はない。ただ、ここから先の話は部外者に聞かれると、困るんでね」
「エリに何をしたっ!」
俺が彼女に詰め寄ると、ひょいと躱された。
「だから、安心しろって、どう見ても幸せそうな寝顔じゃないか。君の思ってるような酷いことはしないよ……言っただろ。ボクは君と交友を深めに来たんだって」
「そんなの信用できるか!」
俺は彼女の胸元を掴もうとする。
だが、またも躱される――いや、彼女は躱すというより、さっきから、現れた時のような瞬間移動を繰り返しているのだ。
掴んだと思うと、まるで靄のように感覚が薄れて――消失する。
【潜伏】スキルという奴だろうか?
「全く……。聞く耳を持とうよ。せっかく、会話ができる人間に生まれたんだからさ。落ち着こうぜ」
「落ち着けるわけないだろ! 俺の仲間に手を出しやがって……!」
「ふふっ。意外なことを言うね。君は。そんな奴だとは思わなかったんだけどね」
「うるせえ! てめえが俺の何を知ってるんだよ!」
彼女は相変わらず――腐ったような笑顔を浮かべている。
「全く、その通りだ! ボクも君もお互いを知らなすぎる。とはいえ、今回は失敗したみたいだ。今のままでは、交流を深めるどころか逆効果みたいだね」
「当たり前だっ! 『汝の風、沈黙せよ』――っ!」
隙を見計らって――彼女が瞬間移動してすぐのタイミングを見計らって、【素早さ】に対するデバフを行った。
だが、やはりと言うべきか――手から放った紫の閃光は虚しく彼女の身体を掠める。
「今日のところは一旦、引くよ。そうだね。君にもエリくんと同様に眠ってもらおう。それがいいだろう。それで君もボクが嘘つきじゃないって、信用してくれるよね!」
「何言って……っ!?」
気づくと、エリと同様に俺は膝をついて倒れていた。
薄れゆく意識、鈍くなる感覚、重くなる身体。
そんな中、彼女の声だけが響く。
「まあ、自己紹介くらいはさせてもらおうかな。ボクの名前は――アマネ。職業は『盗賊王』。盗賊の上位職だよ。ふふっ。そう考えると、エリくんもあながち間違ってなかったね。ごめん。エリくん。って、こんな奴に謝罪している場合じゃなかった。失敬。続きを始めよう。そして――」
そんな心ない言葉を心ない様子で吐く彼女――アマネ。
彼女の今までの話は何一つ信じられなかった。
もしかしてたら、アマネという名前だって噓なのかもしれない。
だが、彼女は最後に噓だとしても――途方もなく悪い冗談を放った。
「――君とクロツキと同じく、あちら側の世界から転生してきた者だ」
と。
アマネは最後まで――その微笑みを崩さなかった。




