第16話 朝は眠い
「『フロート』とデバフ魔法とどちらかを鍛えるとしたら、どっちが良いですか?」
翌朝。
レオナの朝食の準備を手伝っていると、彼女がそんなことをたずねてきた。
「どっちがいいって言われてもなあ……」
この話は一週間後の模擬戦を踏まえての話なのだろうが……そもそも、俺は出ないつもりなので、正直、どっちでも良い。
まあ、そうだな。しいて言うならば……
「『フロート』かなぁー」
模擬戦に出ない以上、訓練などする意味がない。
それならば、楽な方がいい。
『フロート』は話によれば、基礎中の基礎魔法らしい。
それなら訓練も楽なはずだ。
そんな魔法を完璧に使えないのもどうかと思うが……。
「というと……?」
「ん?」
「なぜ『フロート』なのでしょうか? デバフ魔法の方が強力な武器だと思いますが……」
レオナが俺の選択に理由の説明を求めてきた。
まさか、楽そうだと思ったからとは言えまい……うーん。どう説明しよう……。
というか、デバフ魔法の方が良いと思っているなら、最初から俺に聞くな!
「……『フロート』は三大基礎魔法が一つ。応用が効きやすいからということでしょうか?」
「そうだぜ!」
俺が黙っていると、レオナの方からそれっぽい理由を提供してくれたので、便乗することにした。
レオナ! 君は最高だな!
「うーーん。ハヤトさんには『フロート』はあのままの状態で維持しておいて欲しいのですが……」
心なしか、レオナの顔だ真っ赤であることに気づいた。
だが、これは俺に好意があるということではないと断言できる。
おそらくは、あの夜のことを思い出して、欲情しているのだと思う。
『フロート』は彼女の性癖を露わにした魔法だしな……。
このド変態野郎! と罵ったら更に欲情する気がしたので、心の中にとどめておくことにした。
「まあ……流石にそうも言ってられない状況です。確かに『フロート』の方が使い勝手も良いですしね! あと、『フロート』を強化すればデバフ魔法の精密性も上がると思いますし!」
「それはどういうことだ?」
「『フロート』は全ての基礎なんです。すなわち、ハヤトさんのデバフ魔法でも紫色の光線を使っているでしょう。すなわち、あれは普段からデバフ魔法の中で『フロート』の応用を利用しているということなのです」
「なるほど」
通りで練習も無しに『フロート』が使えたはずだ。
普段からそれの応用を使っていたなら、練習はいらないはずだ。
まあ、『フロート』もデバフ魔法も照準という点では精度が低いがな……。
「話は変わるんだが、他の三人の訓練はどうするんだ?」
レオナは俺だけの担当の教官というわけではない。
俺達パーティ全体の指導をしなくてはならないはずだ。
まあ、別に俺が指導する訳ではないので、関係ないといえば、関係ないのだが、純粋に興味があった。特に……。
「エリとか昨日の調子だとお前の言うことを聞くとは思えないぞ」
最上級魔法を修得するのが、絶望的だと分かった時点でレオナの指導を受ける意味はないとか考えているだろう。
あいつは面倒くさいことと自分に利のないことはしない。
レオナがどうエリを説得するのか―――まさか、放置ということはあるまい。
「ふふっ」
だが、レオナは不敵な笑みを静かに浮かべた。
「大丈夫ですよ。ご安心ください。もう手は打ってありますから!」
そう、レオナが言った瞬間だった。
「おはようございます!」
エリがなんと、あのエリがあろうことか人から起こされる前に起きたのだ。
どういうことだ……一体?
「レオナ先生、お手伝いさせてもらいます!」
「な!?」
普段、朝食の手伝いなど決してしないエリが……!?
異様すぎる状況に理解が追いつかない。
「ほら、ハヤト、ボーっとしてるんじゃない! 朝は時間がないんだ!」
俺よりも、遅く起きた癖に何という言い草だろうということは置いておいて……。
本当に何だというのだ!?
レオナに耳打ちする。
「……あんた、どんな魔法を使ったんだ?」
レオナはにっこり微笑む。
「企業秘密です」
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「…115……フロート!」
俺がそう言うと、空中に石が舞う。
朝食が終わった後、俺はレオナに言われた課題をこなしていた。
レオナに言われた課題は単純明快。
1000の石をフロートで浮かせて、空中で一回転させて、地面に戻せというものだった。
きちんとした動きで、空中を旋回すれば、石は赤色に変化する。
なので、サボることはできない。
まあ、流石に俺もこんな簡単作業くらいは真面目にやるが……多分。
「とはいえ、退屈だな……」
ひたすら単調な作業の繰り返し。
それも鍛錬だ。と、言われれば。それまでだが……流石に退屈すぎる。
他の奴らは何をやっているのだろうか?
気になる、というより心配だ。
三人とも目を離すと碌なことをしない。
と、そんなことを考えていた矢先だった。
見覚えのある金髪―――エリがやってきた。
「お前、何やってんだ?」
開口一番そんなことを言ってきた。
それはこっちのセリフだ。
「お前こそ、何をやってるんだ?」
今は訓練中のはずではないか。
朝の様子だと、真面目にレオナの言うことを聞く感じだったが……。
やはり、訓練を受けるつもりはなく、サボりなのだろうか?
やっぱり、こいつ、最高にクズだな……。
と、そんなことを思っていたのが、エリにも伝わったようだ。
頬を膨らませて、怒りだした。
「ち、ちげーよ! サボりじゃねえよ!」
「じゃあ、何でこんなところをプラプラしているんだ」
「休憩時間だわっ!」
ああ、そういうことか……って、ちょっと待て。
「何で、俺の方が先に指示出されて訓練始まったのに、休憩時間がまだなんだよ!」
「そりゃあ、当然だろ……」
「なぜ?」
「だって、お前がやってんのって、魔法を覚えたばっかり子供がやるようなスゲー簡単で楽な超基礎訓練だもん」
マジかよ! ちょっと楽すぎるとは思っていたが……そこまでとは。
なぜにこんなことに。
「お前と私が訓練のレベルが違うってことだよ! お前がよちよち歩きの練習をしてる中、私は空を飛ぶような訓練をしているんだからな」
勝ち誇ったように無い胸を張るエリ。
中々、酷い例えだが、あながち間違ってもいないのだろう。
エリは魔法だけはそれなりに凄い。
まあ、エルフとサキュバスのハーフだしな……最近、忘れがちだったが。
「というか、お前が真面目に訓練してるとはな……何かご褒美でもちらつかせられたか?」
「ご名答!」
エリが指を突き出す。
何だ、こいつ、大分調子に乗ってるなぁ……。
よっぽど、良いことがあったのだろうか?
「ふふっ。聞いて、驚けよっ! 回復魔法の回復速度を二倍にできたら、『魔の宝玉』が貰えることになったのだ!」
「魔の宝玉?」
初めて聞く物だな……。
「魔の宝玉はな、レベルの予備電池だ! それを体に取り込めば、覚えたスキルをそのままにレベルを半分以下に下げることができるんだよ!」
「それって、成長の伸びしろを増やすことができるっていうことか? そんな凄いことができるなら、凄い高価な代物なんじゃないか?」
「そうだ!」
惜しげもなく、言うエリを見て思う。
俺が言うのもなんだが、こんな私欲にまみれた奴にそんな貴重な資源を与えて良いのだろうか。
否。良くない。もっと世界平和とか何でもいいが人のことを考えている奴が享受すべきではないだろうか?
まあ、そんなこと言っても無駄だし、せっかくレオナが身を切ってエリにやる気を出せたのに、その努力を不意にするのもどうかと思ったので、黙っておくことにした。
「それでお前、何しに来たんだ?」
「お前の昨日の様子が気になってな」
「昨日って……酒で酔った状態のことか?」
エリはこくりと頷く。
「気になるって言われても、俺自身は記憶がないしなあ……」
これは本当だ。
酒を飲んで、楽しい気分になったことまでは覚えているのだが―――まるで、鋏で切り抜かれたかのように―――酔っぱらっている時の記憶というものがないのだ。
だから、自分自身のことなのだが、俺からは何とも言えないのだ。
「いやあ、ルナとかからも話を聞いたんだけどな……デバフ魔法を無制限に使えたらしいじゃねえか……一体、それはどういうことだ?」
少し不安そうな表情でエリがたずねる。
「なんだ、心配してくれてんのか?」
「そ、そんなんじゃねえよ! ただ、魔法っていうのは、全ての理に導かれて、帳尻が合わさるものなんだ。だから、あんな無茶な使い方をしたら、それなりの体に負荷―――しっぺ返しがくるものなんだ……」
「全然問題はないぞ。というか、健康そのものだ」
「……そうか、確かに見た感じ大丈夫そうだな」
本人は否定したが、どうやら、本当に心配してくれているらしい。
だが、体はどうということもない。
寧ろ悩み(模擬戦)も解消され、元気なくらいだ。
「まあ、お前が無事ってことも分かったから、行くわ。じゃあな!」
エリが自分の訓練に戻ろうと元来た道を引き返す。
本当に俺のことを心配してくれたらしい。
しばらく、(というか、あんなことがあったのだから、自分から酒は飲まないだろうが……)酒はやめておこうと思ったのだった。
「ちょっと待て! エリ!」
戻ろうとしたエリの手を掴む。
「なんだよ?」
「お前にも話しておこうと思ってな……」
俺はエリに昨日の夜の出来事―――アリサに代理で模擬戦で戦ってもらうことを含めて―――全てを話した。
何てことはない。秘密の作戦の情報の共有者がアリサだけでは心もとなかったので、エリにも伝えておいただけである。まあ、レオナに少しでも媚びを売りたいエリのことだから、チクられる可能性がないでもなかったが……。
協力者を増やすことの方が重要だろう。
俺の話を聞いたはエリはふふっ、と悪そうな笑みを浮かべた。
「協力させてもらおう! 私も一儲けできそうだしな!」
「一儲け?」
「こっちの話だ。まあ、全面的に協力させてもらう! 任せろ! ハヤト!」
俺とエリはがっちりと手を組んだ。
エリが何を考えているのかは知らないが、一先ず商談成立!
と、その時だった―――
「―――あんたら、面白いこと考えるじゃん!」
突然、予期せぬ方向からの返信があった。
「誰だ!?」
俺とエリは声のした方向に目線を合わせる。
そこには見覚えがある―――俺達を狼掃討訓練で俺達をだました張本人である女性が立っていた。すなわち、クロツキのパーティのリーダー格を思しき人物である。




