第14話 Lv.999の黒魔術士
「どうだった!?」
俺の結果を見て、驚きを隠せないレオナに俺は問う。
彼女は信じられないといった様子で、自身の手にある賢者の石を覗き込んでいた。
「俺にも見せてくれ!」
俺も見たいのだが、ルナに束縛魔法を撃ち込まれたせいで動くことができない。
レオナはルナのレベル0の結果を見た時も、驚いていた。
もしかして、俺も―――レベル0ということか……!
やはり、俺には才能があったのだろう。
ただ、今まで誰もそれを見抜けなかっただけのこと。
すなわち、ただの指導者不足……!
これから、俺はレオナのもとで途方もない成長をしていくのだろう。
俺は自身の希望で輝いている未来に胸を躍らせた。
「どれどれ」
ルナもレオナの握っている賢者の石を覗き込む。
そんなことをする前に、束縛魔法を解いて、俺に栄光の瞬間を嚙みしめさせてほしいのだが……。
まあ、いいか。俺は才能ある人間。常に心にゆとりを持って生きている。
こんなところで、みっともなくせがんだりはしないのだ。
「……こ、これは!」
ルナもレオナと同様、俺のレベル測定の結果に驚きの表情を見せる。
その上、ルナに至ってはよっぽど驚いたのか尻餅をついて、そのまま後ずさりし始めた。
「……は、ハヤト。何か……うん。ごめん……」
今まで、ルナは俺になめた態度をとってきたことを謝っているようだ。
許してやろう。俺は寛大な心の持ち主だ。
「いいよ。別に。ただし、今度から、俺のことは“ハヤト様“と呼べよ」
「……うん。それで済むなら……」
ルナはやけに素直だ。
もう少し抵抗すると思ったのだが……これでは呼ばせる意味がない。
嫌がっているのに、呼ばせるからこそ意味があるというのに。
「というか、そろそろこの束縛魔法解いてくれないか?」
いつまでも同じ態勢でいることに、俺は疲労を感じ始めていた。
ルナはなぜか俺の言葉に目をそらし無言を貫いている。。
「おい。どうしたってんだよ。いいから、早く解いてくれよ。俺、もう疲れたよ……」
ルナは一向に解除しようとしない。
それどころか、困った顔でレオナに耳打ちをしたかと思うと、二人でひそひそ話を始めた。
どうしたというのだろう?
何か、問題でもあるのだろうか……。
さては、今までの非礼に申し訳なさを感じて、相談しているのかもしれない。
どうやって謝罪したらいいか、なんてな。
気にすることはないのにな。俺は富士の山より大きな心を持つ男。
そんなことくらい、余裕で許してやる。
ただし、一週間メイド服でご奉仕させるが。
俺がそんなことを考えていると、レオナの方がこちらにやってきた。
なぜか、レオナも申し訳なさそうな顔をしている。
レオナに特に謝られるようなことはされてない……いや、昨日、謎の性癖を見せつけられたな。
「あの……ハヤトさん。今からレベル測定の結果を見せますけど、決して暴れたり、やけになったりしないと約束できますか?」
なに、言ってんだ? こいつ。
「何で、俺がやけになるんだよ……。ああ。約束する。決して、やけにはならない!」
レオナはスーッと息を吸い、深呼吸したかと思うと、「えいっ!」と言って賢者の石を見せつけてきた。
「……こ、これは!」
賢者の石には蒼色で―――999と刻まれていた。
レベルの上限は999のはず。つまり、俺のレベルはカンストしているということだ。
曰く、伸びしろ0である。まごうことなき、0。
は?
そこからのことはあまり覚えていない。
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「……元気だせよ」
俺はエリの引きこもっている部屋に押し入った。
というか、悲惨な現実から逃避するために適当な部屋に入ったら、エリの部屋だったのだが。
入ってすぐ、『出てけ! 死ね!』と言われたが、Lv.999の顚末を話すと、部屋の中に入れてくれた。
流石に同情したらしい。俺が話し終わる以来、聞いてしまったことを申し訳なさそうにしている。
「死にたい……」
俺は白色の天井を見つめ呟く。
別に俺は特別なことを望んでいるわけではないのだ。
ただ他の奴らと同じ“当たり前”を享受したいだけなのだ。
余りにもマイナスな方面に、俺の状況は傾きすぎではないだろうか。
俺って、凄く可哀想……。
俺が絶望に顔を染めて、ボーっとしていると、エリがゴソゴソと自室のタンスをまさぐり始めた。
どうしたのだろうか。何かくれるのだろうか。
この際、何をもらっても俺の壊れかけた心は回復なんてしないのだが……。
しばらくして、エリはタンスから何かを抱えて戻ってきた。
ドスンと鈍い音をさせ、抱えていたものを床に置いた。
それは青色の瓶だった。
「……酒か?」
何度かエリが飲んでいたのを見ていたので、俺はちょっと見て分かった。
「そうだ。お前、15は超えてるだろ。特別にこれやるから、元気だせ……」
この国では飲酒に特に法で制限がかけられていない。
目安として15歳未満は飲酒してはいけない、というようになってはいるようだが。
実際は結構ゆるゆるらしい。良識の範囲以内で、という感じだ。
「そうだなあ……」
時刻はまだ昼を回っていなかったが、半ばやけになっていた俺は飲むことにあまり躊躇いを感じなかった。
これで少しでも心の闇が晴れるのならそうしたい。
「お前、飲んだことはあんのか?」
「まあ、一応」
異世界に来た最初の時、飲んでも法的に問題ないということで、何回か飲んだのだ。
だが、その時はあまり美味いとは思えなかった。
なので、それ以来ほとんど飲んでいない。
エリはちょくちょく飲んでいたが、決して分けてくれなかった。
ルナに聞いた話では、瓶に線を入れて、誰かが盗み飲みしていないか逐一チェックしているらしい。
そんな話を知っていたので、エリが酒を分けてくれると自ら申し出てきたのには驚いた。
「いやあ、さっき飲もうと思ったんだが、訓練中だしな。一人で飲んだら、みんなから責められるかもしれないと思ってな。だから、ハヤトも一緒に飲んでくれたら、とっても助かるなあって……」
思いっきり本心をぶっちゃけてきた。
どうやら、俺を共犯者として誘っているようだ。
「いいよ。別に。俺も飲むよ」
半ばやけになっていたので、特に躊躇いなく、俺は飲むことを承諾した。
この時はまだ、俺自身がしでかすことについて認識できていなかった。
まあ、未来予知なんてできないし、当然と言えば当然なのだが。
それでも少しくらいは予想出来ていたら、もう少し楽な未来に進めたのだろうが。
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目が覚めると、俺は大部屋に寝転がっていた。
だが、その大部屋は俺が見知った部屋ではなかった。
床には魔導書、食器など様々なものが散らばり、壁にはインクやら酒やら様々なものがぶちまけられている。
「いったい、誰がこんなことを……」
状況が理解できない俺は呟く。
「……いや、何言ってんだ」
俺の言葉に対して、テーブルの下から声が返ってきた。
なぜ、そんなところから声が?
俺はテーブルの下を覗き込む。
すると、そこには顔中にインクで髭やら「肉」の文字やら名前を書かれたエリがいた。
「おい! 誰にそんな酷いことやられたんだ!?」
許せない。訓練中に酒を飲もうなど提案してくるクズとはいえ、こんなことして良いわけがない。
よりにもよって俺の仲間に手を出すなんて……!
だが、俺のそんな思いとは裏腹に、エリから予想外の答えが返ってきた。
「いや、だからお前は何を言ってるんだ……。全部やったのはお前だろ」
「え?」
「だからお前だって」
「は?」
どういうことだろう……。
エリの言っている言葉の意味が分からない。
というか、俺は何をやっていたのだろう?
記憶がびっくりするほどない。
思い出そうとすると、頭痛がする。
「なんだ、お前覚えてないのか……! 私にあれだけのことをしといて!」
頭を抑えて、何とか一向に戻ってこない記憶を取り戻そうとしている俺に対して、エリが怒り心頭といった様子で突っかかってくる。
「あれだけのことって?」
「突然、ヘラヘラ笑い出したと思ったら、いきなりデバフ魔法を私に向かって連発してきた挙句、『なんか、一発芸やってくんない』とか言ってきて、私に無理矢理、豚のモノマネとか手品とかできもしないことやらせるわ。自分でやらせといて『芸がないから、罰ゲーム!!』とか言ってきて体中、ぺろぺろなめまわしたり、ペンで落書きがしたり……」
「誰がそんな酷いことを……」
「だからてめーだよっ!!」
エリはガクガク体中を震え始めた。
「ああっ。思い出すだけでも、恐怖しかない……。ハヤトさん、もうお酒はやめておきましょう」
エリは俺のことが本当に怖いらしく、顔を真っ青にして敬語を使い始めた。
どうやら、俺は酔っぱらって記憶を失ったらしい。
エリの様子を見る限り、噓をついているとも思えない。
そして、確かに酒を飲み始めてからの記憶が曖昧だ……。
よく漫画とかで酔っぱらっていた記憶がないキャラがいた時、まさかそんな人間いないだろと思っていたが、まさかそれが自分だったとは……。
「んっ? レオナとルナはどこに行ったんだ?」
二人、大部屋に居たはずなのだが……いないということは訓練にでも行ったのだろうか?
窓を見ると、丁度空が暮れ始めていた(ついでに割れていた)。
酒を飲み始めたのが、昼くらいだから、それから大体5、6時間くらい経ってんのか。
そろそろ帰ってきてもおかしくないはずである。
「いや、お前が連れて行ったんだろ……」
エリが呆れたように言う。
それを聞いて、俺は駆け出した。
「二人が危ない!」
「だから、てめえがやったんだろっ!」
確かに俺がやったようなのだが、如何せん記憶がない。
この部屋にいないということは大変な―――すなわち戻って来れない状態に陥ってるに違いない。
俺は二人を救うため、扉を開き廊下へ走り出した。
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比較的、ルナは早く見つかった。というか、ほとんど部屋の近くにいたため、探すもなにもなかった。
ルナは廊下を出て少し突き当りにいたのだ。体育座りをして部屋のすみでちょこんとしている。
というか、何をしているのだ。こいつは。
「何してんだ? お前」
俺がルナに話しかけると、彼女は顔を真っ赤にした。
どうしたというのだ……。
顔を真っ赤にさせたまま、もじもじしている。
「どうしたのって……。よくそんなこといえるね」
怒っているのだろうか……いや、怒っているというか、なんだろう?
「僕はもうどうにかなってしまいそうだよ……あんなこと……されてさ」
「あんなこと?」
俺は何をしたというのだろう……。
酔って記憶がないのは中々厄介だな。
戸惑う俺に対して、ルナは続ける。
「いや、うん。そうだね。責任をとってもらいたいかな……」
「責任とは?」
「よくもまあ、そんな白々しいことが言えるね」
「……」
俺は一体何をしでかしたのだろう。
……記憶がない。
本当に困った。いや、困ったというか、ルナの態度が如何せん煮え切らず、俺がどういうことをしたのか全く検討もつかないのだ。
エリのようにぶち切れていたら、何をしたか、はっきりもするのだが……。
ルナの顔を見ると、相変わらず真っ赤である。
俺と目が合うと、なぜかそむけた
なんか、面倒くさいなあ……。
このまま、こいつと話していても埒が明かない気がしてきた。
ひとまず大丈夫そうだし、こいつのことは一旦放置して、レオナを探しに行こう。
「なあ、お前、レオナの場所は知ってるか?」
今のルナに質問してまともな答えが返ってくるかは、甚だ疑問だが、とりあえず目の前にいることだし、質問してみた。
「そうか……ハヤト。他の女の子のところに行くんだね……僕は悲しいよ」
なんだ、こいつ……。
最高に面倒くさい。
「何なんだ……お前。俺が何したっていうんだよ」
俺としては、普段通りの軽い感じで言ったのだが……なんでかな? ルナが今まで見たことがない表情で怒っていた。
「……殺す」
「えっ」
ルナはそうつぶやくと、転生の際にもらった使えない剣を手に持ち、振りかぶってきた。
「ちょっ……待て! 危ない!」
いくら鞘に収まっている剣とはいえ、結構な重量があるはずだ。
そんなもので全力で殴られては、ひとたまりもない。
冗談抜きで死んじゃうよぉ……。
「大丈夫殺しはしないから、ただ昨日のことを思い出してくれるように後頭部をかちわるだけだから……!」
「それ、死ぬわ!」
狂戦士と化したルナの猛攻を俺は何とか避け続ける。
なんなのだ。こいつは……!
もじもじしていたと思ったら、急に殺しにきやがった。
俺は何とか弁明する。
「覚えてる! 覚えてるから! 昨日のことは完璧に覚えてるから! 責任はとるから!」
その時、ルナの猛攻がピタッと止まった。
「ほんとぉ……?」
今度は急にしおらしくなってしまった。
情緒不安定すぎる。
だが、これ以上キレられても、困るので適当に口裏を合わせる。
「ほんと! ほんと!」
「良かったぁ……」
へへっ。やっぱ、こいつ、最高にちょろいぜ!
結局、ルナに何をしたのか不明なままだが……まあ、いいか。
これ以上、面倒なことになるのは嫌だし。
「じゃあ、レオナが心配だから、探し行くか!」
と言った時だった。レオナがこちらに向かって歩いてきた。
階段から、こちらに真っ直ぐ向かってきた。
「レオナ。どこに行ってたんだ?」
「どこって……ハヤトさんのおっしゃる通り、模擬戦の手続きをしてきたんですよ」
微笑むレオナが何を言っているのか分からない。
模擬戦とは、何ぞや。
「いやあ、昨日は凄かったですね。ハヤトさん」
何がだろうか……。
また、何かやってしまったのだろうか。
二日酔いだからか、それともただ単に状況についていけないからか……途轍もなく頭が痛い。
とりあえず、状況を理解するために、レオナの話に耳を傾ける。
「私、感服しました。ハヤトさんのお姿。訓練生とは期待の新人達をまるで赤子の手をひねるかのようになぎ倒す姿はさながら英雄のそれでした」
「どうして、そんなことに……」
そんなことした記憶は片隅にもない。
というか、俺がそんなことできる気がしない。
「というか、ハヤト。あんなにデバフ魔法連射できたんだね!」
ルナが話に割り込んでくる。
「突然、部屋から出て運動場に向かったと思ったら、『ここにいる奴、全員かかってこい!』とか大声で叫ぶもんだから、ビックリしちゃったよ!」
知らない。そんな奴、知らない。
……俺がやったのか。
レオナやルナの語り方を見る感じ、どうやら噓ではないようだ。
しかし、デバフ魔法の連射とは如何に?
調子が良い時でも三発が限界のはずだが……。
今までの話を整理すると、俺はどうやらエリと酒を飲んで、酔っぱらい、他の訓練生相手に無双したということだ。
問題は俺が何も覚えてないということだ。
―――そして、模擬戦とは?
「しかし、良かったですね! ハヤトさん! 訓練生の中でも飛びぬけて高い成績を誇る彼と模擬戦ができることになりましたよ?」
「は?」
「闘技場を使っての本格的な試合ですよ! 当日は沢山のギャラリーが集まると思います!」
「何それ……」
全く話についていけない。
「いやあ、大分大変でした。彼との試合を取り付けるのは、ハヤトさん、もっと観客がいるところでもっと強い奴と戦いたいとか言い出しますし……。でも、相手は『絶縁の騎士』! 不足はないですよね! ね!」
一仕事終えて、嬉々として語るレオナを前に俺は今にも逃げ出したかった。
模擬戦……?
闘技場……?
ギャラリー……?
絶縁の騎士……?
知らないよ! そんなの!
なんだよ! 絶縁の騎士って! 中二病こじらせすぎだろ!
「そうか……絶縁の騎士か……でも、ハヤトなら大丈夫だよね!」
「そうですね! 今日のハヤトさんは何だかとても輝いてましたし!」
「そうだね……僕にもあんなことやこんなことしたし……なんかいつもと一味違ったよ!」
楽しそうに語らい合う二人を前に俺は自身の体中をダラダラ汗が流れるのを感じた。
ああああああああああああっ! やばいやばいっ! どうしてこんなことにっ!
どうしようどうしようどうしよう。
以前、解決策は思いつかなかった……。




