第13話 ド変態と賢者の石
「俺なんか服取ってくるから! だから、待ってろ!」
「いや、お願いですから、このままの状態で置いてかないでください!」
俺がマント以外一切の衣類を身から失ったレオナのために服を取りに行こうとしたところ、服の袖を掴まれた。
「なんでだよ。このままだと色々まずいだろ……」
色々というのは俺の理性も含まれる。
レオナの格好は何というか、一言で表して相当ヤバい。
全裸にマントという格好は中々問題である。
当の彼女はマントで何とか全身を隠し、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる。
「だからですよっ! このまま私一人この山の中にいるところを想像してみてください! 知らない人が見たら、山の中でマント一枚で興奮している変態じゃないですか!」
彼女は目に涙を浮かべて、こちらに訴えかけてきた。
誰も興奮してるとは言ってないのだが……。
「いや……えっ……興奮してんの?」
「そんな……ハァハァ……訳ないじゃないですか! ハァハァ」
本人は否定しているのだが、何だか本当に興奮しているみたいである。
心なしか、息遣い非常に荒い。興奮した野犬のようだ。
「いや、興奮してるだろ……」
「真夜中に山の中に誘いこまれた挙句……ハァハァ…マント以外の衣類を全て剥がれたからって……ハァハァ……興奮するわけないじゃないですか! そんなのただの…ハァハァ…痴女じゃないですかっ!」
「じゃあ、『ハァハァ』っていうやめろ!」
「無理でひゅぅ! ああっ!」
なんだ、この女……。
「自分よりも……絶対弱いと思ってた人に…ハァハァ…基礎の基礎の魔法でまさか……ハァハァ……こんな状態にされるなんてっ! 全裸に剥がれて! どうなっちゃうんですかっ!」
「いや、どうもならねえよ……」
どうしたというのだ。さっきまでの真面目なレオナさんはどこに行ってしまったのだ?
俺に服をぶっ飛ばされてから、様子がおかしい。
「お前、大丈夫か? 確かに服をぶっ飛ばしちまったのは悪かったが……。何かおかしいっていうか、大分おかしいぞ……」
頭の病院に連れて行こうか迷うレベルにな。
「全然おかしくないでひゅよ……ああっ! 滾るぅっ!」
「嘘つくんじゃねえ! 今、滾るとか言っただろ!」
元々おかしいのか、それともこの異常な状況下でおかしな性癖が覚醒してしまったのか……。
後者だったら、死んで詫びるしかない。
「いや、そのなんかすまん。俺のせいだ……」
とりあえず、ジャブ程度に謝ってみる。
さあ、どうでる!
「いえ、謝る必要はないです! 寧ろお礼させてください! お陰でHP全回復プラス最大値が上昇しましたっ!」
「うん……そっか」
俺は確信する。
これは俺のせいではない。恐らく元々だ。
最初からとんでもない変態だったのだろう。
「これ以上はっ! マントまで剥がないでくださいっ! ああっ! 乱されるぅ! 心のロットが乱されるぅぅぅうぅぅぅぅぅ!!」
「心のロットってなんだよ」
マントを剥がれるって……。
何を勝手に妄想しているのだろう?
「こんな……こんなシチュエーションで……ハァハァ…」
「頼むから、落ち着いてくれ……」
「むり、無理でひゅう……」
「そうか、無理か」
「はい! 無理です!」
元気の良い返事をありがとう。
こっちも一切心配しなくていいから、楽だよ……。
「どうしてこうなった」
「ハヤトさんのせいじゃないですか! こんな山の中に連れ込んで……ハァハァ…」
異世界に来て、色々な変人(主に周囲の人間)の相手をしてきたつもりだったが、一番ヤバいやつに出くわしたかもしれない。
何がヤバいのかというと、その二面性である。
ここまで、普通というか途轍もなく真面目だった少女。
それがこんな変態に変身するとは誰が想像できようか……。
というか、想像したくない。
「お前、とんでもない変態だったんだな……。俺、ショックだよ」
「ああっ! HP最大値+3ですぅ!」
「うるせえ!」
罵られてへこむどころか、喜ぶとは……。
だが、案外そんなものなのかもしれない。
普段、自分のことを変態とか名乗ってる奴ほど真面目という話はよく聞く。
逆もしかり、普段真面目な顔してる人間の方がとんでもない爆弾性癖を抱えているのかもしれない。
異世界で人間の闇を実感した……。
とはいえ、ショックだ。レオナがこんな変態だったなんて。
やっと異世界で真面目な奴に会えたと思ったのに……。
「うひひひひひひっっひひひっひひひひ」
レオナが変な笑いを浮かべ始めた。
やばいな。このまま放置したら大変なことになりそうだ。
とはいえ、流石にこの変態をこの山の中に放置していく訳にはいかない。
どうしたものか……。
俺が現状を打破する方法を模索していた時だった。
「来ないなら、こちらから行きますよ!」
そう言うと、レオナは飛びあがり俺に追突してきた。
「ぐへっ!」
突然飛びかかられて、不意を突かれた俺は地面に倒れ込む。
しまった。
そう思った時には、時既に遅し。
倒れ込んだ俺の視界には、森の木々の先の真っ暗な夜空を照らす月が見える。
と思ったのも束の間、月は消え、代わりに興奮した変態の顔が視界占領した。
「ハァハァ……」
覆い被さった彼女の口から吐息が漏れる。
熟れた葡萄に近い色をした髪がふわりと俺の顔に降り立った。
フローラルな良い香りがする。
きっとこの決闘の前に風呂に入ったのだろう。
いかん。このままではこの変態の思う壺だ。
「ふふっ。可愛いっ! 反応が童貞さんですね!」
彼女は顔をペロっと舐めた。
「ああっ! やめろ! この変態!」
「やめろと言われて、やめる変態がいると思いますか?」
「―――っ!!」
この状況で正論で返されるとムカつくな。
「それに私は変態ではありません」
ニヤリと微笑む。
「ただ服を?がれたり、剥いだりすると興奮するだけです!」
「そういうのを変態っていうんだよ!」
このままでは、俺の貞操が危ない!
急いで彼女に向かって右腕をかざした。
「汝の風、沈黙せよ!」
隙だらけの彼女に向かって、デバフ魔法を放―――
手からは何も出なかった。
そうだった。ここまでで既に三発放ってるんだった。
完全にMP不足だ。
「うふふっ! 可愛いっ! 自分のMP量も把握してないなんて! そんなダメダメな人に私は身ぐるみ?がれるなんて! ああっ!!」
「黙れ!」
とんでもないとこで興奮する変態。
そんな変態になすすべもない。
腕はガッチリ組まれて、身動き一つ取れない。
そりゃそうだ。少女といえど、あのアリサに体術で圧勝したレオナである。
こうなったら、最終手段だ。
俺は口を限界まで開いて―――
「叫んだら、捕まるのはハヤトさんですよ
口に手を置かれ、封じられる。
「考えて見てください。服を?がれた少女と服を着た男。どちらの方が危ない人物かは一目見て分かるでしょう」
何という卑怯な変態。
彼女は真っ赤な顔で微笑む。
「そんなことも分からないなんて、おバカさんですね。可愛いっ!」
どうやら、俺にできることはこのまま快楽に溺れることのみらしい。
俺はレオナという変態に全身を寝技で押さえ込まれながら、そんなことを悟った。
その時だった。
「あっ! 何やってるの!?」
声のする方を見ると、そこにはルナがいた。
ルナの存在を完全に忘れていた。
レオナはルナの方に気づいたが、慌てる様子はない。
この変態、慣れているな。
「チャーーージッ!」
そう言うと、レオナの全身が光った。
どうやら、呪文を詠唱したようだ。
「見つかってしまいましたね。続きは今度ということで」
レオナは小さな声で呟くと、颯爽と立ち上がりルナのいる方へ向かう。
「え?」
レオナは既に服を着ていた。
格好は森に入る前と何ら変化がない。
どうやら、さっきの呪文は衣類を自動で着せてくれる効果のある魔法だったようだ。
というか、そんな魔法が使えるのに今まで使わなかったあたり、筋金入りの変態らしい。
「しょ、勝負はどうなったの!?」
近づいてくるルナがレオナに尋ねる。
正直、決闘のことは端から忘れていた。
「ダメでした。私の負けでした……敵いませんね。ハヤトさんには。流石、パーティのリーダーです」
「ええっ! ハヤトが勝ったの!?」
レオナの答えにルナが驚く。
いや、というか俺も驚きなのだが……。
いつ、勝ったのだろうか?
レオナは小さな声でこちらに囁く。
「そういうことにしておいてあげます。だから、また『決闘』してくださいね」
決闘の言い方が何やら意味深だったが、本人がそれでいいならそれでいいのかもしれない。
山の中であったことを正直に言われても、困るし……。
というか、俺が色々な意味で死ぬ。
真夜中に山の中に少女を誘いこんだ挙句、マント以外の衣類を剥いだとか……。
自分で言うのもなんだが、中々の変態である。
そうして、彼女―――俺達の教官であるレオナの秘密を知った夜は更けていった。
これから、どうなるのだろうか。
俺の胸には不安しかなかった。
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そして、翌日。
レオナから朝飯をご馳走になった後、俺達は大部屋に座らされた。
昨日のことがあったため、食事に媚薬でも入っているんじゃないか、と一応警戒したものの、一切そんなことはなかった。
というか、寧ろ普通に美味しかった。
もしかしたら、昨日のことは幻想だったのかもしれないと思えるほどに。
「今日は皆さんに実力を図ってもらいたいと思います!」
俺達四人の前に立ったレオナはポケットに手を突っ込み、それを全員に見えるように掲げる。
その手には真っ白―――というか、光り輝く銀色の石が握られていた。
「そ、それは!?」
それを見て、エリが驚いた声をあげる。
「どうしたんだ? エリ」
俺の質問を無視して、レオナの持っている水晶に食い気味に顔をよせる。
「ほ、本物だ……」
「だから、何が本物なんだよ?」
興奮しているエリの代わりに、レオナが答える。
「これは『賢者の石』と呼ばれるものです」
「賢者の石?」
「ええっ! これが賢者の石なのっ!?」
今度はアリサが驚きの声をあげる。
「そんなに凄いものなのか?」
アリサに尋ねると、今度は答えが返ってきた。
「凄いなんてものじゃないよ! 冒険者なら誰でも知ってる賢者の石だよ! 一級冒険者でも選ばれた人間しか持ちえないという伝説の石だよ!」
「へ、へえ……そうなのか」
興奮しているのか、アリサは凄い距離で馬鹿みたいにデカい声で説明してくれた。
それはもう聞いてる方が引くくらいに。
「しかし、凄いっていうけど、何に使うんだよ」
いくら、凄いと言ってもその利用価値が分からなければ、どうにもならない。
エリが呆れたようにこちらに見る。
「そんなことも知らないのか……。私は恥ずかしいです。お前みたいな奴がパーティにいるという事実が」
こいつ、ぶちのめしたい。すげぇムカつく。
レオナが俺の問いに対して答えた。
「賢者の石は“レベル“―――すなわち、個人の成長情報の数値化ができる石なのです」
どうやら、“レベル”というのはゲームによく出てくるものと同じようだ。
というか、これまでその概念が出てこなかったのが謎だ。
「レベルくらい、どこでも測れるんじゃねえのか」
RPGでいうと、レベルの存在は当たり前のものである。
それこそ、ステータス画面を開けば一発で分かる。
そんな大層なもの使わなくても、簡単に分かるのではないだろうか。
「馬鹿か! お前は!」
後頭部をエリに殴られた。
しかもグーパンだったのでかなり痛い。
俺はエリを睨む。
「何すんだ! お前!」
「お前こそ、何言ってんだ! レベルがそんな簡単に分かる訳ないだろ!」
キレたら、キレ返された。
俺が悪いのだろうか。納得いかない。
「ハヤト、ちょっとこっちに来て!」
俺が困惑していると、ルナが俺の手を引っ張った。
「皆は続けてて、ハヤトに説明してくるから!」
ルナは俺の手を引っ張っり、廊下まで連れて行った。
何も説明するのなら、皆の前でもいいのではないだろうか。
「ハヤト、何か勘違いしてない?」
廊下に出るなり、ルナはそんなことを言ってくる。
何のことだろうか?
そんな俺の物わかりの悪い様子から察したのか、ルナはやれやれと小馬鹿にしたように説明を始めた。
「物事をゲーム基準で考えてないかってことだよ」
「は?」
相変わらず、ルナの言いたいことは要領を得ない。
ゲーム基準とは、何ぞや?
「どうせ、さっきも『レベルくらいステータス画面を開けば一発で見れるだろ』なんて考えてたんだろう」
「うっ」
ルナの言う通りだった。
というか、完全に図星だった。
「そういう考え方のことだよ。ここは別にゲーム世界ってわけじゃないんだ。確かにRPGに準ずることもあるかもしれないけど、だからってゲームにおける定石が必ずしも当てはまるとは限らないんだよ」
今回ばかりはルナが正しい。
というか、俺が間違ってた。確かに認識を改めるべきかもしれない。
思えば、そんな勘違いのせいで結構痛い目を見ている。
「す、すまん……」
「別にいいよ。ハヤトがあんまり頭良くないのはいつものことだし」
こいつ……。人が下手にでたら、調子に乗りやがって。
確かに俺はバカかもしれないが、少なくともこいつからは言われたくない。
「それよりも“レベル”っていう概念は、この世界だと、まだあんまり流通してるわけじゃないみたいだね。話を聞く限りだけどね」
「……そういうことみたいだな。まあ、ゲームでもなけりゃ、その人間の成長率なんてそう簡単に測れるもんじゃねえしな」
“レベル“なんて、その道のプロでもない限り測ることは難しいだろう。
そう考えると、冒険者のレベルは職ごとに分野も違うわけだし。
簡単には測れなさそうだ。
「うーん。お前の言いたいことは分かった」
「分かってくれたかい?」
「あくまでこの世界は現実ってことだろ」
「そういうこと!」
ルナは満足げな顔をする。
「ハヤトには期待してるんだよ! だから、こんなところで足踏みして欲しくないんだよ」
「は?」
「だって、なんだかんだ逆境には異常に強いだろ。昨日も圧倒的戦力差があるレオナを倒したみたいだし」
「あれはな……いや、その通りだな」
危うく昨日の出来事を詳細に説明しそうになった。
昨日の山の中での出来事は口が裂けても、人には言えない。
墓まで持っていくつもりだ。
それに別に俺が凄い人間というのはあながち間違ってはいないしな。
よく考えると、大抵の問題を解決してきたのは俺の知略のおかげである。
「じゃあ、戻るか」
「うん!」
俺は謎の自信を胸に部屋に戻る。
ルナとはいえ、褒められたので大分調子に乗っていた。
「あっ! 二人とも戻ってきたの!」
俺達が戻ってくると、アリサが叫んだ。
そして、俺の方に向かって走ってくる。
「実はね、今のエリのレベルを測ってもらってんだよ!」
見ると、レオナの前にエリが立っている。
レオナの手の上にある賢者の石にエリが手を掲げている。
エリは目を閉じ、真剣な面持ちで集中している。
こちらが部屋に入ってきたというのに、一切気づく様子はない。
「こんなに真剣な顔をしたエリは久しぶりに見たよ!」
ルナも同じことを考えているようだ。
なぜ、彼女はこんなに真剣な顔をしているのだろう?
面倒くさがりで、頑張ることが大嫌いで、常にどうやって楽に生くべくかを考えている愚か者。
それがエリのはずだ。
そんな彼女が真剣とはどういうことだ……?
「何か、これで最上級の回復魔法が覚えられるか決まるんだって!」
「なるほどな。そういうことか」
おそらく、昨日言っていた国家最上級レベルの魔法だ。
レベルが覚えるのに関係しているのか……。
何レベル以上じゃないと修得できない、とかか?
よくあるレベル制限なのかもしれない。
「出ました!」
突然、レオナが叫んだ。
「い、いくつだ!?」
エリは恐る恐る目を開ける。
俺はその様子を見て、自分の職業鑑定を思い出した。
確かに俺もワクワクしたもんだ。
「な、777!?」
何ということだろう。
うちのパーティにそんな化け物がいたなんて……。
何レベルが上限なのかは知らないが、777もあれば、余裕でどんな魔法も覚えられるだろう。
「エリ! おめでとう!」
俺は純粋に祝福する気持ちで駆け寄り、肩を叩いた。
エリは嬉しかったからか、肩を落として泣いている。
「良かったな! これでお前、長年の夢が叶うぞ! それに777なんてラッキーセブンじゃないあか! こりゃ縁起がいいぞ!」
どんな不純な夢であれ、仲間の夢が叶うことは素晴らしいことだ。
俺は思わず拍手してしまった。
「しねっ!」
次に瞬間、俺はエリに腹パンされた。
なぜに!?
痛みで倒れ込んだ俺は疑問の眼差しをエリに向ける。
が、エリは涙を流したまま、自室の方へ向かって行ってしまう。
雷が落ちたのかと思うくらい大きな音で扉を閉めて、自室にこもしまった
「うーん。仕方ないですね。あれだけレベルが高いと高度な魔法を修得するのは難しいですからね。国家レベルの最上級魔法くらいになるとほとんど不可能でしょう」
「は?」
レオナの言葉の意味が理解できない。
「えっ! ハヤト、分かんないの? もしかして、凄い勘違いしてる?」
「勘違い?」
思わず、アリサの言葉を反芻する。
「レベルが高い方がいいと思ってるの?」
「何言ってんだ。高いが良いに決まってんだろ……」
エリに殴られた痛みからか、腹をさすりながら答える。
畜生……! あいつ、本気で殴りやがった。
「レベルが低い方が良いに決まってるじゃん!」
アリサは当たり前だと言わんばかりに言う
「……どういうことだ?」
「レベルが低ければ、低いほど、伸びしろがあるといことですよ」
レオナがアリサの代わりに答える。
「……そういうことか」
レオナの話を聞き、ルナが納得したような発言をする。
「そういうのやめようぜ。今の状況で理解できていない俺がバカみたいじゃん。『そういうことか』とかそれっぽいこと言えば良いってわけじゃないんだぜ……」
一人置いてけぼりにされているこの状況は何なのだろうか。
アリサとレオナはこの世界の住人だから分かるとしても、俺と同じく異世界から来たルナが理解しているとなると、ただ単に俺がバカなだけみたいに思えてくる……。
そんな俺の悲しい訴えを無視して、ルナが解説を始めた。
「ハヤト、こういうことだよ。レベルっていうのは成長の度合いを表すんだよ。つまりね、レベル999が上限だとしたら777だったら222しか成長できないけど、レベル1だったら998伸びるってことだよ。成長率に四倍以上も差がでるんだ」
「つまり、エリはもうほとんど成長できないってことか……」
レオナはルナの解説を聞き、うんうんと頷く。
「まあ、単純な関数関係というわけではありませんが、ほとんどその通りです。レベルの上限は999というのも正解です。レベルというのは基本的に一生における魔法、体術の修得割合のことなんです。魔法、身体能力向上に伴ってレベルは上がっていきます。だから成長の伸びしろに個人差があるのと同じく、同じ魔法を修得してもレベルがすぐに上がってしまう人もいれば、全然上がらない人もいるのです。まあ、現状分かっていないことも多いんですけどね」
「エリ……。お前って奴は……」
エリにかけてやれる言葉は一つしかない。
強く生きろ……!
「じゃあ、次、誰が測りますか?」
「私、測りたい!」
我先にと立候補したのはアリサだった。
怖いもの知らずというか、馬鹿というかさっきエリを見ていなかったのだろうか。
「おい! お前、いいのかよ。もしかしたら、伸びしろほとんどないかもしれないんだぞ!」
「その時はその時だよ! 駄目でも、その時は新たな壁が出来るだけだよ!」
「そうか……」
謎のカッコ良さを発揮してきたアリサに対しては、もう何も言うことはできない。
「そうですね。別にレベルが高くてもできることは沢山ありますよ」
失敗した時のためか、エリに向けてか分からないがレオナはそんなことを言う。
まあ、いくらレベルが高くても、エリも一応なんとか冒険者をやれているし、なんとかなるんだろう……。
「ああ、ワクワクするなあ!」
そう言うと、アリサは賢者の石に手をかざす。
再びレオナは賢者の石に念をこね始めた。
さっきはよく見えなかったが、石が様々な色に変化している。
俺が夢中になってその様子を見ていると、ルナが小さな声で囁いた。
「しかし、ハヤト。君には学習能力がないのかい?」
「んだと、てめえ」
何だ、こいつ喧嘩売ってんのか?
売ってるよな。喧嘩5秒前だよな。
「いや、だってさ。さっきも言っただろ。前の世界のゲームを基準に物事を考えるな、って。なのにハヤトが無神経なことを言ったせいで、エリが部屋にこもっちゃったじゃないか。多分、あの調子だと一週間は部屋から出てこないよ……」
「……」
そう言われると、何も反論できない。
そうこうしているうちに、アリサの診断が終わったらしい。
「で、出ましたっ!」
再び、レオナが高らかに宣言する。
アリサはエリと異なり、何の躊躇いもなく目を開いた。
「13かー」
アリサは軽い感じで、賢者の石に書かれた数字を読み上げた。
中々不吉な数字だが、エリと違い結構良いレベルなのではないだろうか。
「凄いですね。アリサさん、結構鍛えてらしたのに、まだまだ全然伸びしろがありますよ!」
「ええっ! まだ鍛えられるの! じゃあ、私、ちょっと走ってくるね!」
そう言うと、アリサは大部屋から廊下への扉を開けて、出て行ってしまった。
まだ鍛えられると分かってすぐに部屋を出ていてしまうのは、頭がおかしい証拠である。
というか、いくらレベルが上がっても、彼女の知力のステータスは上がらないのではないだろうか。上がる気がしない。
中々悲しい事実である。
「じゃあ、次どっちが測りますか?」
残ったのは俺とルナだけだった。
「お前、先測っていいよ! レディファーストだからな! いいよ! 先、測れ!」
アリサとエリの様子を見ると、天国と地獄の二つしかないということが分かった。
正直、まだ心の準備ができていない。
それはルナも一緒だったようだ。
「いや! いいよ! 僕は男女平等主義者だからね! レディーファーストなんて気遣い要らないから!」
「そうか……じゃんけんポン!」
「ちょっ……えっ!」
咄嗟に出したからだろう。
ルナの手は案の定グーだった。俺はもちろんパー。
俺の完全勝利である。
慌てた人間がグーを出すというのはよく聞く話だ。
「ほら、お前が先だ!」
「くっ……卑怯だ」
ルナは悔し紛れにこちらを睨んできた。
中々卑怯な手ではあったが、勝てたので良しとしよう。
「じゃあ、ルナさんから測りますか?」
というと、レオナは今までと同様に賢者の石を右手を掲げてきた。
ルナもさっきまで他の奴が測っていたのを見て、慣れたせいかあまりためらいを見せることなく、賢者の石に手をかざす。
再び、賢者の石はカラフルに変化し始めた。
しかし、まあこうして見ているとレオナは真面目な教官にしか見えない。
昨日のレオナは何なのだったのだろうか?
むっつりスケベという奴だろうか。いや、そんなレベルではなかったな。
今もレオナは真面目な表情をしている。
ここまで、昨日のことがなかったことのようにされていると、やはり俺が幻想を見ていtなおではないかという説もでてくる。
まあ、流石にそれはないと思うが……。
「出ましたよ!」
レオナが診断の終了を告げる。
ルナはエリよりも恐る恐る目を開く。
変なところで慎重だな。こいつは。
本当に勇者なのだろうか。
「って、何これ?」
レオナは石を見て、驚きの声をあげた。
ついに数字も読めなくなったか……。
アホのアリサでさえ、数字は読めたというのに。
「こ、これは……!」
おかしなルナの代わりに石を覗き込んだレオナの額に汗が浮かぶ。
どうしたというのだ。
「ま、まさかレベル0の方がここにいらっしゃるなんて!」
「レベル0?」
なんだろう? それは。
俺も思わず、レオナの右手にある賢者の石を見る。
石には真っ赤な文字で〇が描かれていた。
確かに0と読めなくもない。
「で、そのレベル0って何なんだ?」
「レベル0は成長の限界が見えない人にのみに現れる数字と言われています! すなわち、伸びしろがほとんど無限。異常な学習能力を示すのです!」
「はあ!?」
何だ!? それは成長チートってことか?
ふざけんなよ! 何でこいつばっかり、凄い才能が発覚してんだ!
同じ異世界転生者だろ! 本当にふざけんな!!
と、ここで思い返す。
そういえば、ルナは学習能力は異常だった。
難易度の高い魔導書の魔法も3秒でマスターしてしまう。
すなわち、この数字は妥当と言えば妥当なのかもしれない。
とはいえ、納得はいかないが……。
「いや、これは本当に凄いですよ! 私、初めて見ました! 世界でも指折りの冒険者しか持っていない能力ですよ!」
「ふふっ! 当然のことだよね!」
天国行きが決定した今、ルナはとんでもなく調子に乗っていた。
クソ……。何でこいつばっかり。
というか、そんなに才能があるなら、その才能をちゃんとクエストで活かして欲しい。
クエストで一番足を引っ張っているのはこいつな気がするし。
まあ、他もどっこいどっこいだが……。
「さあ、次はハヤトの番だよ!」
「嫌です」
この流れだと、俺が酷い結果に終わるのは目に見えている。
俺は颯爽と逃げ出そうと―――
「バインド」
ルナが詠唱した魔法によって、俺は拘束された。
こ、こいつ……!
「何すんだ! てめえ!」
「ねえ、ハヤト。さっきのじゃんけんのこと、僕は許してないよ。さっ、レオナちゃっちゃと測っちゃって!」
「了解です!」
気づくと、俺は勝手に右手の前に賢者の石が差し出されていた。
「やめろ! やめてくれ!」
「さっきも言いましたけど、レベルが多少高くても、できることは沢山ありますよ」
レオナが診断結果が出る前から、慰めの言葉を述べる。
この際、多少高くても良い!
頼むから、エリより低いレベルでありますように!
お願いします! お願いします!
なすすべのない俺は深い念を賢者の石に向けてこめた……。
「で、出ました! って、こ、これは……!」
さっきのルナの時と同様の反応をレオナはした。




