第12話 戦いの果てに……!
「……」
沈黙が続く。レオナは相も変わらず、何も言わない。
ただ、真剣な面持ちでこちらを見つめ続けている。
一体、どうすればいいというのか。
というか、そんな眼差しを向けられ続けると……変な勘違いを起こしかねない。
やめて欲しい。ホントに変な勘違いしちゃうよ。
俺のこと、好きなんじゃないか、とか。
俺のために毎日、味噌汁作りたいんじゃないか、とか。
しちゃうよ。そういう勘違い。
それが嫌なら、早く何か喋って欲しい。
というか、急にどうしたというのだ。
「……やっと、やっと二人きりになれましたね」
突然、レオナが口を開く。
告白か。告白なのか。流れ的に告白的な発言でしたよね。今の!
“二人きり”ってそういうことだよね!
レオナはしばらく間をおいた後、深呼吸を始めた。
手を胸にあて、スーハ―スーハーしている。
どうやら、本格的に告白なのかもしれない。
深呼吸まで、始めて完全に俺への告白に緊張していたのだろう。
思う存分、深呼吸するがいいっ!
俺は寛大な男! というか、女子の告白前の深呼吸は寧ろご褒美です!
しかし、深呼吸している姿も中々様になるな。レオナは。
うちのバカどもとは大違いというか。
小さい口を閉じたり、開いたりする動作の一つ一つにも気品が感じられる。
俺がそんなレオナの様子を眺めていると、レオナがこちらを見て、顔を赤らめた。
どうやら、俺が見ていたことに気づき、深呼吸していたことが恥ずかしくなったようだ。
「す、すみません! 緊張していたものでっ!」
「いや、全然構わんよ。ははっ」
まさか、レオナの深呼吸を見ていたら、こちらがドキドキしてきたとは言えまい。
どうしよう。どうしよう。よく考えたら、レオナめっちゃ可愛いわ。
顔は全体的に整っていて、大きな目には長いまつ毛が乗っていて、まるで高級フランス人形のような感じだ。
かと言って、どこか優しさを感じさせるような温かさも醸し出している。
何かいい匂いがするし。何の香りだよ! おい!
あひゃあああああああああ!!!
俺の方が緊張してきた。
落ち着け。俺。
紳士的対応を心がけろ! 理想の男性を演じるんだ!
おそらく、レオナは勘違いしている。
俺が年上だから凄くかっこいい奴だと勘違いしているっ!
だったら、まずはその幻想を……守りぬくっ!!
俺が一人でヤキモキしていると、レオナは深呼吸をやめた。
すっと目を閉じる。どうやら、決意を固めたらしい。
告白か。ついに……。
思えば、俺の異世界生活は辛いことばかりだった。
天使様からもらったスキルは使いこなせないし。
できた仲間は揃いも揃ってポンコツだし。
挙句に文無しの貧乏生活に突入するわ。
鬼教官に目はつけられるわ。
だけど、ここでやっと報われるらしい……。
もう今までのことは忘れよう。
これからは幸せなのだからっ!
レオナの目が開かれると同時に、俺は自身の視線をレオナの瞳に合わせる。
さあ、来い! 俺の幸せっ!
レオナは両手を握りしめ、顔を真っ赤にして言った。
「私と決闘してくださいっ!」
「もちろんだよ……って、は?」
どういうことだ?? 俺の聞き間違いか……?
「け、決闘?」
念のため、もう一度聞き直す。
“けっとう” ではなく、“けっこん”の可能性もまだ残っている。
俺は希望があるのなら、諦めない。
「は、はい! 決闘です!」
どうやら、聞き間違いなどではなかったようだ。
うん。そうだよな。出逢って、いきなり結婚の申し込みとかそんなの絶対ありえないわ。
いや、決闘もありえないとは、思うが……。
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「で、なんでお前がついて来るんだよ?」
レオナから衝撃の告白?から俺は午後過ごした運動場に呼ばれていたのだが……。
「何でって、そりゃ決闘だもん。行かない訳にはいかないよ」
どういうわけか、ルナがついてきている。
どうやら、俺とレオナの会話を一部始終見てしまったらしい。
ああ、面倒なことになった。
先に行って待ってるからと言われ、向かおうとしたところ、なぜかルナもついてきたのだ。
帰ってろ、と言ったのに聞かない。
しょうがないので、放っておくことにしたのだ。
「それで、ハヤト。勝算はあるのかい?」
「あるわけねーだろ……」
今日一日中、レオナを見ていて勝てると思う方が不思議である。
魔法は全職マスターするレベル。
身体能力もうちのパーティ1のアリサを遥かに上回っていた。
勝てるビジョンが一切、見えない。
困ったな……。
俺がどうやって穏便に負けるか、考えていると後ろにいたルナが俺の前に回り込んできた。
「ここで、僕からのアドバイスゥ!」
「いらないです」
「ひどいっ!」
俺の即答がショックだったのか、膝をついて倒れ込んだ。
「おい、やめろよ。こんなところで倒れんなよ」
今、俺達がいるのは宿泊所の廊下である。
また、鬼教官に見られて変な疑い(爆弾を仕掛けてるとか……)をかけられたら、どう責任とってくれるというのだ。
「じゃあ、僕の話聞いてくれる」
「……ああ、いいよ」
アドバイスというのは人に乞われてやるものであって、自分から頼んでするものでないと思うのだが。
まあ、とはいえ聞くだけ聞いて損はないかもしれない。
十中八九、役に立たないだろうが、もしかしたら、残り一で役に立つかもしれない。
「ふふっ! ハヤトなら、僕のアドバイスを求めてくれると思ったよ! さあ、始めよう! 君と僕の終わりの始まりを!」
自分のアドバイスを聞いてもらえるのが、よっぽど嬉しかったのか、凄い速さで立ち上がったかと思うと、こちらに詰め寄ってきた。
相変わらず、変わり身の早い奴……。
よく考えると、うちのパーティにはテンションの上がり下がりの激しい奴ばっかだな。
「おい。早くしろよ。レオナが外で待ってるのに、あんまり待たせたら可哀想だからな」
「わ、分かってるよ。すぐに終わるから安心してよ……」
俺とのテンションの差が悲しかったのか、ルナは若干ジト目になる。
とはいえ、レオナをあんまり待たせたら可哀想なのも事実だ。
まだ夏とはいえ夜は冷えるだろう。
風邪をひきかねない。
「じゃあ、ちょっとこれを見て」
レオナが差し出したのは先の消しピンで使っていた消しゴムだった。
「……?」
俺が理解できずに止まっていると、ルナは呪文を詠唱する。
「フロートッ!!」
その声と同時に消しゴムが浮かび上がった。
何だ。こいつ……。
これの何がアドバイスなのだ。
ただ、俺に魔法を見せただけじゃないか。
やはり、役に立ちそうにない。
「あー、すごい。すごい。あの、もう行っていいですか?」
「ちょっ! 待ってよ!」
レオナが俺の腕を掴んだ。
「なんだよ?」
「ハヤトにこの呪文を教えてあげようと思ったんだよ……流石にデバフ魔法一つじゃ心もとないでしょ……」
「は?」
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「来てもらえましたか……」
運動場に来るとレオナはその中心で一人立っていた。
「ああ、来たぜ……」
俺の後ろにルナもいた。
どうやら、一部始終を本当に見届けるつもりらしい。
―――ルナから教わった『フロート』という魔法はどうやら、一番基礎の基礎の魔法らしい。
物質の空中操作が効能であり、冒険者になる子供が一番、最初に教わる魔法。
一般人でも、頑張れば使えるようになるそうだ。
俺は異世界に来てからというもの、独学で何とか魔法が使えられるように一応、努力した。
だが、努力の仕方が悪かったようだ。
俺が修得しようとしたのは、黒魔術士専用魔法。
自分で言うのもなんだが、黒魔術士は上級職の中でも上級。
すなわち、俺は上級の上級の魔法をいきなり、修得しようとしていたのだ。
大切なのは基礎。
俺はさっきルナに習い、『フロート』をすぐに使えるようになった。
どうやら、俺に魔法の適性がなかったというわけではないようだ。
本当は才能があるんだろうな。俺は……。
「見せてやるよ! 俺の力!!」
ルナは決闘を邪魔したくない、と言ってちょっと離れた木の陰で見るらしい。
まあ、レオナも俺と二人っきりになるのを待っていたようだから、そっちのほが助かる。
ルナには感謝している。俺の才能の扉を開いてくれたんだからな。
「どうやら、本気で向かって来てくれるようですね……」
レオナがこちらを見て笑う。
「本気でなくっちゃあ、面白くないだろ!」
決まったな。
今まで、デバフ魔法一つで数多の強敵と渡り合ってきた俺である。
そんな俺に新たな魔法が加わったのだ。
向かうところ敵なし、とはまさに今の俺のためにある言葉だ。
俺の自信に溢れたであろう顔を見たレオナは安心したような顔をした。
「ふふっ! ハヤトさん、黒魔術士なんですよね!」
「そうだぜっ!」
そう言えば、レオナも黒魔術士とか言っていたな。
どうやら、黒魔術士として力比べがしたかったようだ。
「正直、私以外の黒魔術士さんには久しぶりに会いました……」
突然、レオナは何かを思い出したこのように若干声のトーンが暗くなった。
まるで、過去の悲しい出来事を振り返るようだった。
「私は仕事柄、色々なギルドを転々としていたのですが、黒魔術士に会えたのは十年ぶりです」
「は?」
十年間、色々なギルドを見て回っても見つからないほど黒魔術士は枯渇しているのだろうか。
「私の見落としもあるかもしれないんですけど、それでもこの国に一人、二人いるくらいです」
「それって……」
「はい。私とハヤトさん以外はほとんど居ません」
ちょっと待て。色々おかしくないか……。
俺は疑問を覚え、口にする。
「俺、そんなレアキャラなら、もっと国から重宝されるべきだと思うんだけど……」
「はい。ですが、この事実を知っているのは国の上でもごくわずかです」
一体、レオナは何者なのか?
国の上の人物でも一部しか知らない事実を、なぜこんな年端もいかない少女が知っているのだろうか。
俺の疑問は解消されることなく、レオナの話は続く。
「昔、と言っても、10年くらい前ですが……その頃はまだ沢山の黒魔術士がいました」
「じゃあ、何で……?」
一斉にみんな働くのが嫌になってニートになってしまったのだろうか。
レオナは遠い過去を覗き込むような目をして言う。
「あの方が消えてしまってからというもの―――」
レオナの澄んだ瞳は遠くを見つめたまま動かない、揺るがない。
「―――明らかにこの世界に人間の手で起こしえない奇怪なことが起こり始めたのです」
「……あの方?」
レオナは俺の疑問に答えない。
「お話はここまでにしましょう」
「は?」
レオナが意味深な話を言い始めたので、今は決闘なんてどうでも良くてそっちの方が気になるのだが……。
意味深なことを言い出して、話を切るのはやめて欲しい。
それに今更決闘なんてしたところで、俺の勝ちに決まってるではないか。
「続きが気になりますか?」
「そりゃ、なあ……」
レオナはふふっと嗤う。
「では、私に勝ってください。ハヤトさんがただの黒魔術士でないことを証明してください」
「そうきたか……いいぜ。やってやるよ」
この際、話しの続きを聞くにはレオナに勝った方が早そうだ。
どうせ、俺が勝つのだから。
多少、時間が掛かるか、掛からないかの差しかない。
「それじゃあ、始めましょうか……」
「……ああ。ルールは?」
とは言ったものの、俺はレオナが言い出すことは若干予想がついた。
「アリサさんと私がやったのと同じ形式でどうですか?」
「おっけい。それでいいよ」
「ありがとうございます」
実力を測るなら、あの形式が一番簡単で分かりやすいだろう。
なんでもありの一対一の組み手。
勝敗はどちらが先に戦闘不能か。
「手加減はしねぇぞ」
「臨むところです」
というか、手加減なんてする余裕はない。
流石の俺でも、一日、レオナの様子を見てその強さは実感した。
天才の俺が相手取るには十分な相手であろう。
「本当に始めましょう」
「戦闘開始の合図はどうする?」
レオナとアリサがいた時は俺がやったが、今は二人しかいない。
……いや、あいつがいたか。
「僕にまかせて! 二人の勝負しっかり見届けさせてもらうよ!」
どこからかルナが出てきた。
「いらっしゃったんですか?」
「……すまん。勝手についてきたみたいなんだ」
「いえ、いいですよ。それに戦闘開始の合図をしてもらえるのなら、助かりますし」
こうして、俺とレオナの深夜の攻防が始まることになった。
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「じゃあ、二人とも準備はいい?」
「いいぜ」
「大丈夫です」
ルナが手を高く上げる。
「……3」
レオナの顔を見る。
「……2」
レオナも真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「……1」
さあ、始めようか……!
「スタート!!」
ルナが勢い良く手を降り下ろした。
俺は開始の合図と同時に山の方目掛けて走り出した。
レオナはアリサの時と同様に俺が運動場の中で戦うつもりと思ったのだろう。
一瞬、固まった。
ルール違反はしていない。
どこで戦うかは決めていないし、ルールは基本何でもあり。
山に紛れても、何ら問題はないはずだ。
というか、今のままでは分が悪すぎる。
あのアリサを肉弾戦で圧倒したレオナだ。
近距離で戦うのは賢い選択ではない。
距離を取る。
できれば、山の中の森で姿を紛らわせる。
今の俺の作戦としてはその二つだけだ。
とりあえず、距離をとる。
俺は山の入口に茂みを発見し、そこに飛び込む。
レオナの様子を窺う。
ここまで、逃げることに精一杯でレオナの姿をぼんやりとしか追えていなかった。
レオナはというと、真っ直ぐ俺の逃げた方へ寸分違わず向かってきていた。
やべえ。
だが、レオナは走ってはいなかった。
ゆっくりと歩みをこちらに向けている。
油断か何のかは分からなかったが、チャンスではある。
俺はレオナに見つからないようにひっそりと茂みの中を移動し始めた。
移動しながら、状況を整理する。
レオナと対峙する上で、一番の問題は彼女の手数が一切分からないことだ。
彼女の言葉が本当ならレオナは全職系統の魔法が使えることになる。
俺は全ての職を知っているわけではない。
よって、俺が全く予想できないような魔法をレオナが使ってくる可能性もあるということだ。
「はあ、はあ」
本来、先に森森にもぐりこめた俺の方が有利であるはずなのだが、逆に追い込まれているような気がする。
暗闇も相まってか相手が何をしてくるのか、一切分からないこの状況は軽い恐怖だった。
俺は息切れの音が聞こえないように自身の口をそっと手で抑える。
落ち着け。相手の思考を考えろ。
俺がレオナだったら、何を考える。
ああ、そうか。
レオナがゆっくりと歩いていた理由が分かった。
油断ではない。恐らく警戒だ。
相手が何の魔法を使えるのか知らないのはレオナも同じだ。
仮に俺がデバフ魔法しか使えない(『フロート』はさっき覚えたばかりなので、かなり高い確率で知らないだろう)ことを知っていたとしたら、レオナは走ってこちらに向かって来るはずだ。
遠距離しか使えない相手には距離を詰めた方が、分があるのだから。
そもそも、レオナの言い方ではこれは「俺の実力を測るための決闘」。
つまり、レオナは俺の実力―――すなわち、手札を一切知らないのだ。
だから、俺が罠を仕掛けている可能性を警戒しているのだろう。
黒魔術士専用の魔法に罠系もあったはずだ。
俺は脳内に刺激を感じた。
楽しくなってきたじゃねえか。
どうやって、騙してやろう……!
俺は考えている間も移動し続けた。
結果として、森の入り口から大分離れることに成功した。
少なくとも、森の入り口からでは茂みがなかろうと見つからないだろう。
森の入り口を観察する。
丁度、レオナがやってきた。
静かに周囲を見渡している。
やはり、罠を警戒しているようだ。
色々と好都合だ、そのままありもしない罠に怯えていてくれ。
だが、そんな俺の期待は見事に壊された。
レオナは森の入り口から手をかざして、呪文を唱えた。
「トラップ・サーーチッ!!」
そう言うと、彼女の手から無数のクリスタルが飛び出した。
キラキラまぶしく輝いている。
クリスタルはフラフラと空中を巡回し始めた。
何だ、これは。
しばらくして、そのクリスタルは巡回を続けた。
俺はそのクリスタルになるべく近づかないように距離を保とうとする。
が、数が多すぎた。
ゴトン。
何かが背中にぶつかった感触。
俺は背後を急いで振り向く。
そこにはレオナの放ったクリスタルの一つがあった。
やばっ!!
「汝の風、沈黙せよっ!」
俺は咄嗟にそのクリスタルに向けてデバフ魔法を放つ。
右手から紫色の光線が出て、真っ直ぐクリスタルにぶつかり……こともあろうに反射した。
「危ねっ!」
光線の反射した方向は若干俺のいる方向からずれていたため、避けることができた。
とはいえ、危なかった。
一歩間違えたら、自分のデバフ魔法で自滅するところだった。
そうなったら、間抜けもいいところである。
だが、反射したものの、効果はあったようだ。
クリスタルは動きを停止して、止まってしまった。
地面に真っ直ぐ落ちた。
それとほぼ同時だった。
「リターンッ!」
レオナの呪文詠唱が森中にこだました。
その掛け声と同時にクリスタルは彼女の元へ戻る。
彼女は自分の手の中におさまるクリスタルを見ながら、うんうんと頷いている。
何をしているのだろうか。
「罠はないんですねっ! ハヤトさんっ!!」
彼女が森に再びこだまするような声で叫んだ。
威嚇か。
どうやら、さっきまでのクリスタルは罠探知機のようなものだったようだ。
俺の手の内がばれていることを敢えて大声で伝えることで動揺を誘おうとしているらしい。
まあ、実際かなり困ったことになった。
これでレオナの方が優勢であることになった。
レオナは俺を追い、俺は逃げる。
だが、実際はそんな状況ですらなかったようだ。
レオナは真っ直ぐここに向かってきたのだから。
しかも、今度は走って。
やべえ。
それなりに距離はあるとはいえ、あのスピ―ドならすぐにこちらについてしまう。
居場所がばれた原因は俺の声が聞こえたか、クリスタルは行動不能になったからか。
今はそんなことはどうでもいい。
どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうする。
完全にレオナの策にハマった。
動揺もしている。
クリスタルの魔法も完全に対処出来るものではなかった。
いや、待て。
こいつは使えるな……。
俺は地に落ちたクリスタルを拾い、走り出した。
_______________________________
「汝の心臓、沈黙せよ!」
俺はクレイジー・ボア討伐の時のように遠くにあった木に向かってデバフ魔法を放つ。
紫色の光線の直撃した木は大きな音を立てて、倒れる。
HP0のデバフ魔法。
生命力を失った木は根が腐り、倒れ込む。
俺のことを追いかけていたレオナだったが、そっちに振り向いた。
「汝の風、沈黙せよっ!」
一瞬、気を取られたレオナに向かって、俺はデバフ魔法を放つ。
紫色の光線はレオナの頬をかす、そのまま後ろに飛んで行った。
避けられたか。
当然、姿を現した俺の方へレオナは走ってきた。
レオナの顔は勝ちを確信した顔だ。
追いつめられた俺が苦肉の策を失敗したと思ったのだろう。
確かに失敗した。
一回目はな……。
次の作戦に移行する……!
真っ直ぐ俺の方に向かって来るレオナを無視して、更に呪文をボソッと聞こえないように呟いた。
「フロート」
その声と同時に、あらかじめデバフ魔法を放つ方向に投げ込んだクリスタルが浮かび上がる。
そして、俺の放った紫色の光線はさっきと同様に反射され、帰ってきた。
正直、これは完全な賭けだった。
小声でフロートが作動するのか。
機能停止したクリスタルはデバフ魔法を反射してくれるか。
他にもいくつか不安要素はあったが、上手くいったようだ。
決まったな。
レオナは帰ってきているデバフ魔法に全然気づく様子はなく、あと一歩のところまで俺に近づいてきている。
俺は自分の勝利を確信した。
だが、それがいけなかったのかもしれない。
レオナは俺のニヤリと笑った表情で察したのかもしれない。
後ろから来るデバフ魔法に気づいてしまったようだ。
完全にすれすれで俺のデバフ魔法に気づき避けてしまった。
「はっ!?」
「ふふっ! 惜しかったですね、ハヤトさんの敗因はズバリ慢心です!」
勝ち誇ったレオナが俺に馬乗りなる。
「どうしますか? 降参しますか?」
「……あ…………あ…」
追い詰められた俺は苦肉の策として、地面の砂を掴んだ。
「フロートッ!」
彼女の顔目掛けて、砂を飛ばそうとした。
いわゆる、目潰しだ。
この時、よく考えたら、『フロート』を使う必要は一切なかった。
だって、手に持ってたんだから普通に投げればいいだけだしね。
だが、テンパっていた俺は無駄にそこで魔法を使ってしまった。
そして、恐ろしい結果を導いたのだった。
なぜか、砂は俺の手の平に残っていた。
「……?」
バァン!
そして、なぜかレオナの衣類がなぜか全ての破れ千切れた。
シャツもスカートもソックスも下着も。
全部まとめて吹っ飛んだ。
なぜか紫色のマントだけは残っていたが。
『フロート』は空中操作魔法。
どうやら、俺の『フロート』は不完全だったらしい。
暴発してレオナの衣類に対して、空中操作を行ったようだ。
そして、全て弾け飛んだ。
レオナは一瞬、状況が理解できなかったらしい。
ポカンとした顔で俺のことを見ていた。
が、すぐに自分の裸マントという変態じみた格好に気づいたようだ。
熱された石のように顔を真っ赤にしたかと思うと―――大声で叫んだ。
「ああぁああああぁあああぁぁーーーっ!!」
俺はどうすることもできなかった。




