第4話 おとぎ話は終わらない
「それで、さっきは何であんなこと言ったんだ?」
俺達は馬車の停留所から離れ、人だかりの多い広場でアリサとルナを探してふらふらしていた。
「クソカス国王のことか?」
「学習しろ!」
俺は周囲を急いで見渡す。
俺達の方を見ている奴は居なかった。
子供や買い物帰りの主婦ばかりだった。
どうやら、ここにはあまり冒険者はいないようだ。
庶民のための広場らしい。
「私だって、バカじゃない。一回した失敗を繰り返したりしない。ちゃんと周囲を見て、言ったに決まってんだろ」
エリが学習能力の高さを自慢したいからか、胸をはってそんなことを言う。
そんなに学習能力に自信があるなら、破産するまでギャンブルしないで欲しい……。
「それより、さっきの発言の意味が知りたいんだろ」
「ああ」
正直、この国の政治情勢はあまり知らなかったので、純粋に興味があった。
「しょうがねえな! 遠くの国から来たって言うお前のために、この私が特別授業をしてやるよ」
俺とルナは遠くの国から来たということになっている。
まさか、異世界転生したなんて言ったら、エリに爆笑されるのがオチだろう……。
「この国の現国王は歴代史上最悪って言われてるんだ」
「最悪?」
「そうだ。最悪だ。若い時はそうでもなかったらしい。というか、国中から、歴代最高の王になるだろうとまで言われていたらしい。この国の王は前代の王の任期、もしくは死亡した場合、王家の本家と分家で武力、知力、魔力を競う大会を開くんだ。そこで一番になったものが王になる。現国王は全ての分野で歴代最高の記録を出したらしい。おまけに冒険者時代の功績もそれと遜色ないくらい凄かったらしい。だから、歴代最高の王って言われてたんだろうな」
そこから、どうやって転落するのだろう?
まあでも、最初の期待が高いと、ちょっと失敗すると評判って簡単に落ちるだろうしな……。
案外、大した理由じゃないのかもしれない。
「それで、歴代最悪までどうやって転落したんだ?」
「国王になったのを良いことに毎日、毎日、裸でパレードするんだよ」
「は?」
……どっかのおとぎ話みたいだ。
はだかの何とか様みたいだ……。
「ど、どっかの誰かに騙されてんだろ! バカには見えない服とか言われて!」
「何言ってんだ? 本人が良かれと思ってやってんだよ! とんでもねえナルシストなんだ! 下手な政治をやるより、自分の裸を見た方が国民の生産意欲も上がるって本人が言って、やってるんだ!」
とんでもないバカだった……。
「しかも、政治そっちのけで、そのパレードをやるんだよ。しかも、汚いらしい……。年を取ってからは腹は出てるし、毛は「もう、良い……」
想像するだけで、気持ち悪い……。
エリも察したのか、謝ってきた。
「……わ、悪い。それで、帝都の人間はそのパレードの参加を強制され、無理矢理、裸を見させられた挙句、良い点を十個言わされるらしい……。一回でも同じ点を上げたら、その場で処刑なんだそうだ」
「もう、魔物でいいんじゃないか? そいつ」
エリがクソカスと言っても、仕方ない気がした。
魔王を倒す前に、そいつを倒すべきだろう。
「それで、ジョーン様は苦しんでいる民のために立ち上がり、国王に辞めるように直訴したんだ……。結果、王都を追放、前国王からもらった勲章も地位も全て剥奪されたらしい……くそっ!」
エリが地団駄を踏む。
さすがに、今回ばかりはエリが正しい気がした。
「でも、なんで今になって育成会なんて開いたんだ?」
裸とは何も関係ない気がする。
「ああ……。多分、近年稀に見る異常な国力の低下にバカ王も気づいたからだろう……。王都の国民はほとんどノイローゼになって、国の経済は滅茶苦茶らしい。それで最後のテコ入れに育成会で評判の逆転を図ろうとしたんだろうな。国王の任期はそろそろ切れるし」
焼け石に水だろ……。
そんな下らない理由で集められたの?
俺は育成会に対するモチベーションを早々に失いかけた……。
「あっ! ルナだ!」
俺がげんなりしていると、突然、エリが叫んだ。
エリの見ている方を見ると、ルナがハトにパンくずをあげていた。
「……何やってんの? お前」
俺はルナに近づいて、たずねた。
「なあ! そのパン、メロンパンか!? 私にもくれ!」
ルナが答える前にエリが叫んだ。
「うん。いいよ!」
ルナはニッコリ笑って、パンくずの元になっている、メロンパンの半分をエリに手渡した。
「おお! サンキュー!」
エリは受け取ったパンを食べ始めた。
子供かよ……。
「って、俺の質問に答えろよ」
俺は無下にされた質問の答えをルナに求めた。
「アリサに頼まれたんだ。芸をやるから、ハトを捕まえて来てくれって」
あいつは何をやってるんだろう?
どんだけ、人に芸を見せたいんだ。
「そう言ったアリサはどこにいるんだ?」
「あっち」
ルナの指さす方向には、沢山の子供が集まっており、その中心でアリサが逆立ちしていた。
「あいつ、何でそんなことしてんの?」
「転んで泣いてる子がいてね。アリサが泣き止んでもらうために芸を披露したら、ああなったんだ」
俺は素直に感心した。
泣いている子供のために芸をするとは……。
「まあでも、泣いてる子はアリサが芸の準備してる間に、親が戻ってきて、行っちゃったんだけどね」
アホなの? この前、即興でやれるの見せてたじゃねえか。
それやれよ。
「それでせっかく準備したんだからって芸をやったら、ああなったのか?」
「そうだよ。それで、もっと凄いのが見せたいから、ハトを捕まえてって頼まれたんだ」
ルナが嬉しそうに言う。
そう言えば、こいつ、中学のときも友達居なかったから、人に仕事頼まれたりすると、凄い喜んでたなあ。
面倒な仕事、押しつけられてただけだけど……。
まあ、アリサは純粋にルナを頼ったんだろう。
バカだから、そんな計算高いことできないだろうし。
「それで、お前はどうやってそのハト達を捕まえるんだ?」
「簡単だよ」
そう言うと、ルナはパンをハト達に見せて、言った。
「ほら、僕と一緒にあっちに行こう!」
ハト達はルナの突然の大きな声に反応して遥か遠くへ飛んでいった。
「なあ、向こう行ったら、私でもパンもらえるのか?」
残ったのは浅ましいパーティメンバーのエリだけだった。
「うぅ……」
ルナはひざまずいた。
「お前、何がしたかったんだ?」
あれでハトが捕まえられると思ったのだろうか?
「ハトに裏切られたああ! 意味が分かんないよおおお!」
俺のほうが意味わからん。
「お前、ハトに人語が伝わると思ったのか?」
俺が呆れて質問する。
「だって、あのハト達が喋りかけてきたんだよ!」
「何て?」
「エサくれたら、言うこときくって……」
「へーそうなんだー。すごーい」
俺は棒読みで返した。
「本当なんだってばー!」
どうせ、俺にバカにされるのが嫌で、噓ついているのだろう。
全くどうしようもない奴だ……。
「なあ、パンくれよ。パン」
うなだれているルナにエリが肩を叩き、要求している。
俺は二人を放置して、アリサの方へ向かった。
「おい。もうハトは期待しないほうがいいぞ」
俺はルナの方を示して子供に囲まれて芸を披露しているアリサに言った。
「うん! 分かった!」
そう言うと、アリサは高らかに叫んだ。
「じゃあ、これで最後だよ!」
「えー! もう、終わりなのお?」
「もっと見たいよお!」
子供達はアリサの手を引っ張り、芸をねだる。
子供達に大人気のようだ。
何とも微笑ましい光景だ。
「じゃあ、特別だよ! 最後に見せるのはとっておき! 瞬間移動だ!」
そう言って、アリサは広場の中心にある巨大な噴水を示した。
「この魚を見てください!」
そして、アリサは噴水を泳ぐ50センくらいの巨大な魚を手で仰いだ。
すると、魚が消えてしまった。
「え!」
子供達が噴水を覗き込む。
俺も驚いて、噴水を覗き込んだ。
「ふふっ。すごいのはここからだよ! 皆さんごちゅーーもく!」
アリサの方を俺と子供達は黙って見る。
「うおろろろっろろろろっろろろっろろろろ」
アリサの口から魚が出てきた。
「え?」
俺達は唖然とした。
アリサは魚を掴むと噴水に戻した。
噴水に魚が帰ると、歓声が上がった。
「うおおお!! すげええええ!」
「お姉ちゃん! 天才だよ!」
「やべええええええ!! 人間技じゃねええええ!!」
アリサは子供達から褒められて、ニマニマしている。
確かに、凄いし、やばかったが、キモかった。
あと、怖かった……。
何かトラウマになりそうだ。
人間があんなデカい魚をどうやったら、口の中に丸飲みできるのだろう。
最近、アリサが人間をやめたんじゃないか、本気で心配だ。
というか、ルナがハト捕まえてきたら、それでやるつもりだったんだろうか……。
ルナが失敗してくれて良かった。
まあ、子供達は喜んでいるようだし、良しとするか。
俺は日が暮れ始めていることに気づいた。
夜になる前には軍事演習場に着きたい。
アリサはまだ子供達と楽しそうに喋っている。
「おい! そろそろ行くぞ!」
俺の言葉を聞くと頷き、子供達の群れから飛び出した。
「じゃあ! みんなまたねー!」
そう言うと、アリサは子供達に手を振った。
「お姉ちゃん! また来てね!」
子供達も手を振っていた。
俺も手を振ると、子供達は手を振り返してくれた。
アリサの芸はひどかったが、この国の現状で心に傷を負った俺には、結構な癒しになった。
頑張ろう! 子供達の為にも、魔王を倒そう!
俺は珍しく意気込んだのだった。
だが、この時、気付くべきだった。
俺が頑張ろうなんて考えると、大抵ロクな結果に終わらないことを……。
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俺達は山のふもとにある軍事演習場に夜になる前に何とか着いた。
ここはエンジェルローザが国の直轄地になった時に記念で作られた軍事演習場らしい。
国営の軍事演習場なだけあって、設備は充実している。
巨大な運動場、いくつも連なる講義室、国中の魔導書の揃った書庫、世界中の食材がそろった食堂。
冒険者を育てる上でここ以上の場所はないだろう。
「では、証明書を見せてください」
俺達は巨大な門の前にいた。
門兵のおじさんが俺達に向かって言う。
「はい」
俺はギルドでもらった証明書を取り出し、門兵に手渡した。
おじさんが手から光線を出して、紙にあてる。
本物かどうか、魔法で確認しているようだ。
「はい! 大丈夫です! 黒山ハヤトさんとその御一行ですね? お待ちしておりました!」
おじさんがそう言うと、巨大な門がギギと音を立て、開いた。




