第20話 約束の触手
「何すんだ! お前!」
「ははっ! やっぱ、お前の反応面白いわ! あははっはは!」
エリに気力的な何かを吸われた俺はエリに抗議の声を上げたのだが……。
逆に爆笑されてしまった。
こいつ、いつか絶対痛い目見させてやる……。
そう、俺が固く決意していると俺を呼ぶ声が聞こえる。
「ハヤトー! ハヤトー!」
ルナだった。
海から手を振っている。
「ほれ、行ってきてやれよ。アリサは私が見とくからさ」
「いや、アリサが倒れたから、岩場の監視に行きたいんだが……」
俺の発言に対して、エリが岩場のほうを見る。
「まあ、大丈夫なんじゃねえか。他の街のギルドの連中もいるみたいだし」
エリの言う通り岩場には俺達以外の冒険者らしき人達が何人か居た。
どうやら、このクエストは何個かのギルドで共同で行っているようだ。
まあ、この広いビーチを四人で何とかしろというのも、無理な話だ。
「行ってやるか」
俺は立ち上がり、ルナの方へ向かった。
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「ハヤト! すごいよ! こっち来て!」
「はいはい」
適当に返事をした俺はルナの方へ向かう。
というか、アリサといい、ルナといい、仕事だってこと分かってるんだろうか……。
「ハヤト! 一緒に泳ごうよ!」
そんな俺の不安通り、ルナはやはり忘れていた。
「おい、お前仕事だってこと分かってんだろうな」
俺の発言に対し、ルナが頬を膨らませ反論する。
「ハヤトだって、アリサやエリと遊んでただろ」
うっ。それを言われると言い返せない。
何も言えずにいる俺の手を引っ張る。
「ちょ、ちょっと待て! 俺、泳げねんだけど!」
「大丈夫! 知ってる!」
「いや、知ってんなら誘うな! 俺を溺れさせる気か!?」
ルナが急に止まり、ジト目でにらんできた。
「僕がハヤトにそんないじわるするように見える?」
ドキッ。
なんだこれ!?
相手はルナだぞ!
なんでこんな……。
ドギマギしている俺にルナが言う。
「だいじょーぶ! 策は練ってるから! ふふっ。かつて暗黒街の天才と呼ばれた僕だ。それくらい朝飯前なんだよ」
どうして、こんなときに中二発言を挟んでくるのだろう……。
色々ぶち壊しだ……。
とはいえ、策というのは気になる。
「その策っていうのは?」
「とりあえず、これを見てくれ!」
俺の質問に対し、ルナはそう答えながら、自分の手を見せてきた。
「え?」
理解できていない俺の前でルナが魔法の詠唱を始めた。
「エア・ボール」
すると、ルナの手からぶわっと風が吹き出した。
「何だこれ?」
俺の問いにルナが答える。
「空気だよ。手から空気を出したんだ」
なるほど、手から空気を出すことでボンベの代わりにしようということか。
しかし、疑問は残る。
「お前、いつの間にそんな魔法を取得したんだ?」
勇気の書にそんな魔法はなかったはずだ。
「昨日、買い出しに行ったときに本屋で魔導書立ち読みしたときだけど……」
相変わらず、末恐ろしい奴だ……。
いや、ちょっと待て!
「おい! お前! その本買ったんだろうなあ!」
ルナがキョトンとした顔をする。
「いや、買ってないよ」
「バカヤロー!! 犯罪だろ!!」
「ひっ!」
俺の怒声にルナが泣きそうになる。
「……だってぇ……店員さんがちょっとだけなら見ていいって……」
まあ、確かに店員もちょっと見ただけでマスターする奴がいるとは思わないだろうな……。
とはいえ、流石に買わずに魔導書の魔法を覚えるのはマナー違反だろう。
犯罪かどうかは微妙だ。
「とりあえず、今度一緒に謝りに行くぞ」
一応、俺のためを思ってやったことのようだし、一緒に行ってやるか。
俺の言葉にルナが反省したようにうんうんと必死に頷く。
「まあ、それはさておき、どうやって泳ぐんだ?」
「もっと寄って!」
俺はルナの言う通りにすることにした。
「えい!」
ルナが俺に抱きついてきた。
ルナの胸にある柔らかくて大きいものが当たる。
「お、お、おい! 何やってんだ! お前!」
「ハヤトは僕の言う通りにして!」
「は、はい!」
落ち着かない俺は従順な返事をしてしまう。
海に来てからというもの、何だか調子が狂いっぱなしだ。
「じゃあこのまま、深いところまで行くよ!」
ルナが体を俺に擦りよせたまま進もうとする。
周りの人達がちらちらこちらを見ている。
うぅ……恥ずかしい。
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「じゃあ、そろそろ潜ろうか」
海面が肩くらいの高さのところまで行くと、ルナが言った。
「ちょっと待て! 俺、海の中で目、開けられないんだけど……」
俺の情けない訴えにルナが返答する。
「大丈夫。それも対策は考えているから!」
そう言うと、ルナは俺の目付近に手を向け呪文を詠唱した。
「汝の光を阻むもの、いざ遠くへ!」
そう唱えるが変化は分からない。
「何したんだ?」
「ハヤトの目の周りに空気を集めて、ゴーグルみたいに空間を作ったんだよ!」
「これも魔導書か?」
俺が呆れながらたずねると、ルナがサラッと答えた。
「いや、これは自作。魔導書の空気魔法と物質操作魔法を応用して作ったんだ!」
「は?」
サラッと言ってくれたが、割と恐ろしいことである。
普通、一つの魔法が出来るまで簡単なものでも10年はかかる。
元があったとは言え、こんなノリだけで一晩で作れるものではないのだ。
どうして、こんな犯罪者予備軍みたいな奴にここまでの才能があるのだろうか。
俺にこんなに才能があったら、今頃世界のあらゆる問題を解決できていただろうに……。
おお、神よ! あなたは才能を与える人間を間違えています。
「じゃあ、ハヤトはなるべく力を抜いて、僕に身を任せて!」
そんなしょうもないことを考えていると、ルナが言った。
「お、おう!」
俺はちょっと遅れて対応した。
ルナが俺の口を手で覆う。
「潜るよ! せーのっ!」
その掛け声に合わせて俺達は海の中に頭を入れた。
海の中はキラキラと輝いていた。
透き通るような水の中を沢山の魚がいた。
赤、青、緑、黄、紫、様々な色をした魚が思い思いに泳いでいる。
俺はルナの泳ぎに体を任せているだけだが、十分楽しい。
下を見ると、サンゴ礁が見えた。
隙間からウツボのようなものが見える。
俺が指をさし、ルナの方を見る。
すると、ルナがニコッと笑った。
体が触れ合っているせいか、妙にドキドキする。
こいつ、こんな顔もできんのか……。
うっ……普通に可愛いじゃねえか。
俺がそんなことを考えているのもつゆ知らず、ルナは俺に海の中を案内し続けた。
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「とりあえず、飯でも食うか」
ルナを連れて、海から戻ってきた俺はそんな提案をした。
「さんせーい!」
「そうだな」
「僕も構わないよ」
どうやら、全員異論はないようだ。
「じゃあ、俺が買って来るからお前らここを絶対動くなよ」
「「「はーーい」」」
今から考えるとここでこいつらだけ残したことは本当に後悔しかない。
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飯を買ってきて、戻ってくると、海がちょっとした騒ぎになっている。
何か悪い予感がする。
俺は三人に待っているように言った場所に向かう。
……居ない。
やべえ、何してんだ! あいつら!
岩場に出来ている人だかりの方へ向かう。
人混みを掻き分け前出ると、俺はとんでもない光景を目にした。
なぜか、岩場付近の海で巨大なタコに俺のパーティメンバー達だけが捕まっていたのだ。
「何があったんですか!?」
とっさに隣にいた冒険者の人に俺は状況をたずねた。
「どうやら、バカな観光客が釣り禁止の看板を無視して釣りをして、海の主を怒らせたらしい。全く困ったもんだよ」
「そ、そ、そうなんですか。へー、バカな人達もいたもんだ」
何やってんだ!! あいつら!!
「で、でもあの人達、冒険者だったりしませんかねえ?」
俺の質問に冒険者の人が呆れたように答える。
「そんなわけないだろ。冒険者は観光客を自ら危険に晒すような真似しないよ」
「で、ですよねー」
俺も出来れば、あいつらが冒険者であるという事実を信じたくない。
よし、そうだよな!
多分知らない人達だ!
いやー、世の中にはそっくりな人がいるもんだ。
さて、俺も自分のパーティメンバーを探しに行こう!
俺がそんなことを考えて、そこから離れようとすると大きな叫び声が聞こえた。
「おい!! ハヤトォ! どこ行こうとしてんだ! ひゃうん! こ、このエロダコ!! ど、どこひゃわってんだ! や、やめろぉ!」
うん。あれ俺のパーティメンバーだわ。
愚かで、頭のおかしな俺のパーティメンバー達だわ。
「何やってんだぁ!? お前らぁ!!」
俺は思わず叫んだ。
周りの冒険者達がざわつく。
「あれ、君の連れなのか?」
「は、はい」
「困るよ。君。いくら観光客でもやって良いことと悪いことがあるよ」
「……はい。すみません」
俺は申し訳なさでいっぱいだった。
まさか俺達が冒険者とは言えなかった。
「そんなことよりよお! 他のギルドから来るって言う凄腕のパーティってのはどうしたんだよお!」
突然後ろから、武闘系の職業の奴が叫んだ。
「そういや、いねえなあ! こんな時に何やってんだよ!」
「そんなにすげえのか?」
「何でも、ギルド総員しても倒せなかったオークの王を倒したりしたらしい」
「まじかよ! マジで何やってんだ!? 早く来いよ!」
まさか、その凄腕パーティが騒動の中心にいるとは思うまい。
というか、俺も思いたくない。
しかし、冒険者達が全然動いていないのは何故だ?
「あ、あの、俺が聞くのもあれ何ですけど、皆さん救助に行かないんですか?」
俺の質問に冒険者達が答える。
「行こうとしたけど、無理なんだよ!」
「そうそう! あのタコが海で波起こしてるせいで、俺達近接戦闘系は近づけねえ」
「かと言って、私達魔法系統の人間が攻撃してみても、吸盤に全て吸収されてしまう」
「マ、マジですか……」
あいつら、終わったな。
さようなら! 今まで楽しかったよ!
と、冗談はさておき、こうなったらあいつら自身に頑張ってもらうしかない。
「アリサァ! 自力で抜けられねえかあ!」
俺の問いにアリサが叫ぶ。
「む、無理だよお!! ヌルヌルして……って脱げちゃうっ!! 引っ張らないでよおおお!!」
あいつらが脱がされるのは自業自得として、アリサが無理となると、どうするか。
「ハヤトォ!! 助けてぇ!! わ、私食べられちゃうよお!!」
俺が策を練っていると、ルナの叫び声が聞こえた。
見ると、ルナがタコの口で飴のようにちゅぱちゅぱされている。
うお、やべえ! このままじゃ……いや、ちょっと待てよ。
あれを使えば何とかなるんじゃねえか?
成功するか分かんねぇがもうこれしかねえ。
「ルナァ!! さっき使った空気を出す魔法を、お前がケガしない程度の最大の勢いで放て!!」
俺は思いつくと同時にルナに指示を出した。
口の中なら恐らく吸盤はない。
だが、あんな体が密着している口の中で攻撃魔法を放ったりしたら、ルナ自身にも当たりかねない。
そこで空気を口の中にぶちこむのだ。
「エア・ボーーーール!!」
ルナが呪文を詠唱する。
すると、俺の目論見通りタコの体が風船のように膨らみ始めた。
突然、口に注がれるた大量の空気に体が対応できていないようだ。
最初にアリサとエリが解放され、我慢できなくなったのか最後にルナを口から吹き出した。
「早くこっちまで泳いでこい!!」
周りの冒険者達が俺達を奇異の目で見ている。
当然だ。
普通の観光客にこんな魔法使えるはずないのだから。
恐らく冒険者ってばれちまったし、帰ったらギルドで怒られるなあ……。
俺がそんなことを考えていると、三人がこちらに辿り着いた。
まあ、こいつらが無事なら良かったか……。
その時だった。
一人の冒険者が叫んだ。
「おい! なんかやばくねえか!」
その男の見るほうには空気でパンパンに膨れたタコが宙を漂っていた。
バンッ!!
ビーチ中に破裂した巨大タコの内蔵やらが飛び散った。
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その後、ロックビーチは観光時期であるにも関わらず一ヶ月の利用停止。
土地の持ち主、観光業者達は激怒し、俺達の所属するギルドとの契約を一方的に廃止。
俺達は説教どころでは済まなくなったのは言うまでもない。
俺が今回のクエストで得た教訓はあの三人から絶対に目を離してはいけないということだ。




