第10話 爆誕! シロクロ魔術士コンビ!
俺達は倒れた賢者さんのところへ集まった。
賢者さんは死んではいないが、意識を失っている。
「大丈夫。傷は浅い。私の回復魔法でぱぱっと治してやるよ!」
エリが言う。
絶対に治さないとか言ってたけど、やっぱりピンチの時には後輩想いの優しい先輩なんだな、と感動していると。
「大丈夫! お前は私が治してやる! お前は大事な私の優秀なけらい……いや、後輩だからな!」
聞かなかったことにしよう!
うんうん! 後輩想いな先輩だなぁ。
俺達は敵の方を見る。
「あっ! 逃げた!」
呪文を唱えた魔物らしき何者かは、しばらく固まって俺達の様子を見ていたがすぐに逆方向へ走り出した。
「追うぞ! アリサ! エリは、引き続き賢者さんと、他の冒険者の回復を頼む!」
「うん!」
アリサの返事を受け、俺達が行こうとすると、エリが俺の服の袖を引っ張った。
「アリサは、先に行っててくれ。私はこいつに大事な話がある」
「分かった!」
アリサが走って行ってしまった。
「何だよ! 今、急いでんだ!」
エリが困った顔をしながら言った。
「すまん、MPが切れた……」
「……は?」
「うん……。その、何だ、ごめん……」
「ど、ど、どうすんだよ! バカ! 常人の100倍あるんじゃなかったのか!」
予想外の展開に俺は動揺が隠せない。
エリが怒りながら言う。
「そんなの、嘘に決まってんだろ!」
もう、やだこの人。
「でも、賢者さんはあることに同意してただろ!」
「あいつはバカだから! 初対面の時、私がついた嘘を今でも信じてんだよ! せいぜい5倍だ!」
悲しい信頼関係だ。
「うん。もうどーでもいいや」
俺は自暴自棄になった。
「いや、一つだけ、何とかなる方法はある!」
急にエリが意気込んだ。
「何だよ! 早く言え!」
「私にキスさせてくれ!」
「……は?」
ついに、頭がおかしくなったのか!?
困っている俺にエリは続ける。
「私は実を言うとサキュバスのハーフなんだ!」
「サキュバスと人間のハーフ?」
「誰も人間とハーフなんて言ってないだろ!」
「……は?」
色々、理解が追いつかない俺にエリが畳み掛けるように言った。
「―――私はサキュバスとエルフのハーフなんだよ!」
これまでのことで色々と納得がいった。
彼女が年齢に反して幼い姿をしていること、MPが彼女の話が本当なら5倍あること、白魔術士という高い魔法適正があること、これらはエルフの特徴だ。
エルフは人間と暮らすことを唯一許された聖なる力を司る魔物で、人間とのハーフも少なくない。
「俺が土下座した時、ムラムラしたのも、そのせいか! うん納得!」
「いや、その時、私は喋ってなかったから、ムラムラさせることは出来ない。ていうか、お前、興奮してたのか? 本物のエロ魔術士だな……。うん。素直に気持ち悪い……」
どうやら、墓穴を掘ったらしい。
「喋ると、興奮ってどういうことだ?」
「ああ、私は、敬語で話すと、相手をムラムラさせられるんだ」
「なに、その能力! うらやましい!」
「お前もう自分が変態であることを隠す気なくしたな……」
思わずエロ魔術士としての本音が出てしまった……。
「ああ。それでさっき敬語はやめようって言ったのか!」
「そうだ。戦い中にムラムラされても困るからな。まあお前は私が魅力しなくとも、既にムラムラしているようだからな……。だが、それでいい! 滾った童貞ほど、魔力の吸いやすいものはないからな。思えば、長かったよ。冒険者なら、レベルの高い童貞が多いと思い、ギルドに加入したものの……。前衛職は大抵、女魔法使いと関係持ってるし、女魔法使いは大抵ビッチだし……」
そんな冒険者の生々しい性事情は知りたくなかった……。
「というか、何で俺が童貞だって分かるんだよ!」
「私は一定以上の関係になると、サキュバスの特性上、その人間の性事情がある程度分かるようになるんだよ」
「なにそれ、怖い」
「私だって……。気持ち悪いよ……。だが、お前とアリサは健全だった。だから、私はさっきお前達を仲間として認めたんだ。お前らなら、不快な思いしなくて済みそうだからな」
ああ、そういうことだったのね……。
急に何のイベントもないのに、タメでいいとか仲間面してくるから、若干俺引いてたよ……。
「って、何で俺が一生童貞みたいな言い方するんだよ!」
「私には分かる! お前程の童貞としての才能がある人間はいない! お前がその童貞を捨てるというなら、私が全力で阻止してやる!」
「やめろぉおおおおおおお!」
俺は全力で叫んだ。
「とりあえず、吸わせろ! 私の可愛い家来を救うために!」
「もう、開き直って完全に家来呼びなんだな……。というか、やだ! ファーストキスだってまだなんだよ!」
「いや、キスをする場所は、どこでもいいんだ! とりあえず私がキス出来ればそれでいい!」
なんか、色々問題発言である。
結局、話し合った結果、俺は背中にキスしてもらうことになった。
「じゃあ、行きますね」
エリが突然、敬語になる。
やばい! なんだ! これは! これが、サキュバスの本気か!
「ぎゃああぁぁぁあああぁあああ」
気持ちが良いのは最初だけだった。
とんでもない激痛が俺を襲った。
「ああぁぁぁああああああぁああああぁあーー」
天国だと、思ったら地獄だった件について……。
「ふー、美味しかった。私達、凄い体の相性がいいみたいだ!」
「やめろ! 誤解を招くような言い方するな!」
俺はあの地獄の苦痛を乗り越えた。
賢者さんのために我慢したのだ。
あの天使の顔を思い浮かべれば、これくらいの痛みどうってことない……。
「はっはっは。お前、凄え叫んでたなあ」
「最初に言え!」
「ねえ、なんで遊んでるの?」
後ろに、凄い形相をしたアリサが立っていた。
「ねえ、なんでふざけてるの?」
「い、いや。私達は遊んでた訳じゃなくて……」
エリが必死に言い訳する。
「エリ、今、笑ってたよねえ。じゃあ、何してたの? 賢者さんも他の冒険者の人も、皆、怪我して倒れてるんだよ。それなのに、何がそんなに面白いの?」
「いや、その……。皆、軽傷で大丈夫かなぁーって……」
「ねえ、何が大丈夫なの? 何が大丈夫なの?」
正論すぎて、何も言い返せない。
よし、ここは話を変えよう!
「ア、アリサ、魔物はどうしたの?」
名付けて、お前の仕事はどうしたんだ作戦!
相手の及ばない点を責めるこで、自分達の至らない点をごまかす方法だ。
「倒したよ。ほらここにいるでしょ」
アリサの手を見ると、角を握って引きずられてきた魔物が倒れている。
「わー。さすがアリサさん」
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
「ハヤトもハヤトだよ。上半身裸で本当に何やってたの?」
この時、窮地に追い詰められた俺は名案を思いついたのだ。
エリに小さな声でたずねる。
「お前、俺のMP全部吸ったか?」
「いや、お前のMPを吸ったわけではない。しいていえば、気力みたいなのを吸って魔力を生成したんだよ。私達、相性が良いみたいで少量で私のMP全快したよ」
しめた。
俺はアリサに手を向け呪文を唱えた。
「汝の風、沈黙せよ」
油断していたのだろう。
アリサは俺の行動静止デバフを思いっきりくらった。
「よし、こいつ1時間は動けない。今の内に全員回復しちまおう!」
「目を覚ましたら、どうすんだ?」
「全部、夢だったって、説明すればこいつはバカだから、多分信じる。仲間を信じよう!」
「私も大概だけど、ハヤトも相当だな……。でもまあ、これしかない! やろう!」
その時だった。
エリが急に素っ頓狂な声をあげた。
「あっ! こいつ!」
指を差した先には、アリサの捕まえてきた魔物がいた。
いや、これ魔物か?
確かに角は生えているが、それ以外は少女にしか見えない。
「こいつ、魔王城での、私の後輩だ!」
「……は?」
そんな事を言うと、エリはその魔物を回復しはじめた。
「おい! 何してんだ! お前!」
俺がやめさせようとすると、
「とりあえず、こいつを皆の目を覚まさせる前に、誰に断ってこんな事したのか。問い詰めんだよ!」
と、エリが言った。
どうやら、回復は終わってしまったらしい。
魔物はうっすら目を開けた。
「おい! リリー起きろ! 何やってんだ、お前!」
「せ、せ、先輩? どうして、ここに!」
「そんな事より、どうやって皆を血だらけにしたんだ? お前、そんな強くないだろ! 誰の入れ知恵だ! そいつに命じられてやったのか!?」
エリがリリーと呼ばれた後輩魔物の首元を掴み、問い詰める。
すると、意外な答えが返ってきた。
「何言ってるんですか! 先輩が教えてくれたんじゃないですか!」
「……は?」
俺とエリは口を揃えて唖然とした。
「私が人間とまともに戦えないことを悩んでたら、適当に大して強くない罠張りまくって、回復魔法使わせないようにして、最後にかすり傷を悪化させて傷を開く詠唱魔法唱えれば完璧だって! 自分くらいパーティをこまめに回復するような真面目なヒーラーがいなきゃ、全滅だって!」
どうして、賢者さんだけが倒れたのか、今、分かった。
アリサに先頭で罠を壊してもらうのを頼む前、俺達は何度も軽い罠に引っかかり、傷を負ったのだが、その時、エリは自分とアリサと俺だけ何度も回復したのだ。
その際、賢者さんは回復するに至らないと判断し、全く回復しなかったのだ。
「言ってない。私はそんなこと、言ってない」
「言いましたよ! 先輩は酔っ払ってましたけど、確かに言いました!」
「うるせーーー!」
先輩は後輩の角を思いっきりへし折ったのだった。
「ひぃぃ、ひどい。先輩が人間に寝返ったって、魔王様に言いつけますからね!」
「勝手にしろ。ばーーか! あのロリコンに伝えとけ! 二度と、魔王城には、もどらねぇって!」
「絶対、言いつけてやる!」
角を折られた哀れな後輩魔物は逃げ出した。
「もう二度と、戻ってくんなよ!」
「先輩に近いこんなところに、二度と戻ってきませんよ!」
そう言うと、後輩魔物は走っていった。
「良かったのか? 後輩だろ」
「けっ! あいつは私が魔王に気に入られてたから、すり寄ってきただけのカスだ! 賢者とは違う!」
「そうか、まあ、お前が賢者さんを少しでも大事に思ってることが分かって嬉しいよ。……まあ、それはさておき、お前が今回のクエストの主犯者であるかについてきちんと話し合いたいんだが……」
「知らん、私は知らん! そんな事より皆を回復することの方が大事だろ!」
「いや、お前が信用に足る人物か、割と重要な問題なんだが……」
「うるせーーー!」
俺はドロップキックをかまされた。
100パーセント魔物の血の彼女のキックは強烈で、俺は気を失ってしまった。
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目が覚めると、俺は自宅のベッドにいた。
「目、覚めた?」
俺がベッドの横の声の主を見ると、賢者さんがそこにいた。
「えっ、えっ? なんで賢者さんがいるんですか?」
「先輩に目が覚めるまで、隣に居てやってくれって、頼まれてね! ハヤト君が喜ぶからって。どういうことなんだろうね?」
どうやら、今回の件のエリなりの口封じのための賄賂らしい。
……いいぜ、黙っておいてやるよ。
最高のプレゼントをよこしてくれたお前に免じて。
今回のクエストで賢者さんと結構話したおかげで、俺は賢者さんの前で硬直してしまう癖もすっかり治りかけていた。
まあ、引きこもり生活が終わっていたから、というのもあるだろうが……。
「私が倒れた後、大変だったんだってね。私、結局、先輩に助けられちゃった」
「何て言ってたんですか?」
「私が倒れた後、魔王城からの刺客であるオークの王との戦闘。アリサちゃんは私の返り血を浴びて、覚醒するも、一発でやられちゃったんでしょ。先輩とハヤト君は私とアリサちゃんが倒れたショックで覚醒! 2人のミラクルコンビネーションで圧倒的戦力差を埋め、なんとか勝利したものの、ハヤト君は限界を超えたMPの消費で失神してここに至り、先輩はその後、皆を回復したって聞いたけど……」
うわー、すごい嘘。
よくもまあここまでの話を作れたものだ……。
呆れるを通り越して尊敬してしまった。
「おっ! 起きたんだね!」
アリサが顔を出す。
「じゃあ、私はそろそろ行くね! アリサちゃん、後はよろしく。ハヤト君は先輩をよろしく」
「あっ、はい」
俺が返事をすると、賢者さんは行ってしまった。
「へへっ」
「なんだよ? にやにやして」
「私、またハヤトに助けられちゃったんだってね。私、ダメだ。弱い自分は気を失って、皆を責める夢なんてみて……。私って、最低だ……」
そんなことを言うアリサの目には涙が浮かび始めていた。
やめろ! やめてくれ! 自責の念で俺の精神が崩壊する。
いや、いっそここで、自害してしまおうか……。
「そう、思うなら走ってこい」
突然、エリが部屋に入ってきた。
「お前は今回、何も出来なかった。その事実は変わらない。でもな、今頑張れば、未来は変えられるぞ。過去を振り返るより今はすべきことがあるんじゃないか」
「……そうだよね! ありがとう! エリ! 私、ちょっと走ってくるよ! 最強のシロクロ魔術師コンビに置いてかれないように!」
そう言うと、アリサは笑顔で行ってしまった。
「お前に良心は存在しないのか? 仮にもあいつは今回1番の功労しゃ「うおろろろろろろろろろろろろ」
エリがいきなり嘔吐した。
「ど、どうした? 二日酔いか?」
「いや、近年稀に見る純真な少女を己の罪をごまかすために騙してした挙句、むしろ罪悪感を植え付けさせたことに私の心が耐えられなかった……。初めてだ。こんな気持ち……」
「それは、俺も同感だ……。罪悪感で今にも吐きそうだ……」
「とりあえず、私を介抱してくれ……」
申し訳なさそうな顔で言う。
魔王城のこととか、エリには疑いがあったが、どうやらそこまで悪い奴でもなく、信用しても大丈夫そうだ。
その後、エリと俺はエリの吐いた後の後始末をし、色々たずねることにした。
「お前、魔王と関係があるらしいけど、過去に何かあったのか? 囚われて、幽閉されたとか……」
「ああ、それは一時期、どのパーティも私を入れてくれなかったんで、魔王城のバイトにやけになって応募したら通ってしまったんで、働いてみたら、魔王がロリコンで、私を気持ち悪い目つきでニヤニヤ見てくるし、エルフとハーフなせいで周りからいじめられたのが悔しくてバックれた件についてか?」
「なんだ。その話……。深く聞くのはやめておくよ。人の過去についてとやかく言うのもあれだしな……」
色々、ツッコミどころはあったが、1番印象に残ったのはこの世界の魔王がロリコンであるということだった……。
……ロリコンかー。なんか色々、夢をぶち壊された気がした。
「ああ、それと私、ここに住むことにしたから」
「……は? 家は?」
「前の家は売った」
「そうか。売っちゃったか……」
「うん。売った」
もう何を言っても無駄な気がするので、色々諦めることにした。
こいつもこんなだが、色々複雑なのだろう。
なんだかんだ、こいつと話すのは楽しいので、俺も仲間として、もう既に認めていた。
「ああ、よろしく」
「よろしく。今回で分かったと思うが、私は好きな時に回復魔法を乱発するから、頑張ってくれ! まあ、いざとなったら、お前からまた貰えばいいか!」
「やっぱ、お前帰れ!」
こうして、俺達のパーティは3人になったのだった。




