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ピコピコハンマー

作者: Coke!



血塗られた階段の下で、立花良平は札を一枚一枚数えていた。

全部で15万2000円。

人を殺めてこの値段は割に合わなかったが、それでも自分が他に生きる術は知らなかった。

朱に染まった親指をチロリと舐めて立ち上がったとき、サイレンの音とけたたまし音が外で鳴っていた。


西暦3015年、人類は高度な文明へと成長したが、犯罪は無くならなかった。仮に知識領域が拡大しても人の業は罪深かった。


しかし、変化の兆しがあった。

一家3人を強盗殺人した立花良平は、その最初の判例にいた。

古くから刑務所というシステム体制は疑問視されていた。人を死刑にする行為、並びに更生という効率性の悪さから、立花は死刑や終身刑ではなく、民間の陪審員から独自に下される刑罰が施行される。刑罰の内容は陪審員に任されることになっている。




立花は自分がモルモットにあたりながらも幸運を感じていた。先立った死刑宣告を受けたものは絞首刑いきだが、自分にはまだ先がある。

死刑制度に反対していた国選弁護士は、量刑はこれまでよりずっと軽くなると語っていた。


裁判の途中、その流れを確かなものにしようとした。

「被告人、なにか弁明する気はあるかね」


裁判官が立花に発言を促す。


「あの事件のことを考えると、自らの行為に後悔しかありません。僕は、許されざる罪人です。遺族の方には一生謝っても謝りきれません」


今でもあの家族を殺したことに、罪悪の重しがかかったことはない。

だか、終始俯いて、中学時代にあった悪辣なイジメにあったことを思い出しながら、後悔の涙をだしてみたりもした。誰も彼もが生きていく上で演技をしているのだから、別にどこで発揮しようが自由だとすら思っていた。


陪審員の表情は一様に悪くはなかった。初見にあった針のような視線はなく、哀れみを含んだ、憂慮のある人物だと思われているようだった。


そして、裁判官が判決を申し渡した。


「被告人、立花良平を


ピコピコハンマーで富士山を削る刑に処する」



そして、立花はピコピコハンマーを持って、富士山8合目にいた。輸送機が遠くへ飛び立つのを見ながら、立花は呆然としていた。

量刑が意味不明だったので、上告したが棄却された。国選弁護士も死刑にならなかったことに満足したのか、現実を受け入れましょうなどとほざいた。


周りは鉄柵で囲まれており、入り口以外は高圧電流が流れているらしい。

ちなみに削るというのは、完全に富士山を平地にしろとの意味だと告げられた。


なぜ世界遺産を平らにしないといけないのか。

握っていたピコピコハンマーを見て嫌でも理解することができた。

事実上の終身刑だった。

監督官はいない。あるのは四方を取り囲む無人カメラ。それと鉄柵の外にいるマスコミだった。


鉄柵越しに声がかかる。


「どうですか? ピコピコハンマーで富士山を削れそうですか?」


無理に決まっているだろう。マスゴミめ。物理学的に考えろ。


しかし、なんだこの嘘のような刑罰は。

バラエティ番組で放送作家が考えた企画のほうがよっぽどマシだ。

陪審員の誰が提案したかわかったら、殺してやる。


立花は苛立って、岩にピコピコハンマーを叩きつける。


ピコッ


「テレビの皆さん聴きましたでしょうか。今のが受刑者の最初の一歩となる合図です。これから立花受刑者の長い戦いが始まるのです」


なんてやつらだ。

立花はマスコミを睨め付ける。もはや、人にどう思われようがどうでもよかった。


「なんという気迫でしょう。俺なら絶対やってやる、そんな空気が現場に流れています」


立花はもはや言葉も出なくなった。

早く帰ってもらおうと、とりあえずその場に座り込んだ。

なんでこうなったのか。

空き巣に入ったら、たまたま家主が帰ってくるなんて。目撃されたからといって殺したのはまずかったか。

物思いにふけっているとマスコミは動きがなくなったのが尺の無駄だと思ったのだろう。足早に帰って行った。


空気が薄い。

次第にこの感覚に慣れるだろうかと考えていたら、夕暮れになっていた。

すると入り口の扉が自動に開き、童謡が流れ出した。もう終業時刻のようだった。

立花は重い腰を上げて、外にあるバンガローに入る。


立花が入るとそこは寒かった。うすら寒いすきま風が流れていて、ベッドの上で毛布を被り胎児のように眠った。

翌朝、目覚まし時計が鳴り、立花は外にでた。薄い陽の光が瞼を透き通って瞳に染み入る。ここは自然と対峙する場所で、芸術家などが富士山を模写する気持ちがなんとなくわかった。

都会にはない大地のエネルギーがしみでていた。


作業場に入るとピコピコハンマーを手にした。とりあえず、そこらへんの岩石をピコピコする。

なんの崩壊の兆しもない。

どうして金槌じゃなかった。

それならいくらかマシだったろうに。

昨日、あれだけいたマスコミも政治家の汚職で出払ったらしい。張り込んでいたレポーターがわめいて急いで下山するさまは滑稽だった。


「ネタを探すどころか、ふりまわされてるじゃん」


ただ、富士山に来るのはマスコミは本来場違いだった。代わりに目にしたのは登山客の一向だった。

彼らは一様に富士山にできた猛獣を目にする。視線は好奇のものから侮蔑のものと多様だった。

立花は背を向けて、なんとなしに岩をピコピコする。

すると背後から何かが落ちる音がした。ジャガイモのお菓子と、チョコレートだった。どうやら柵を通り越すように投げたらしい。

「これを食べて元気出して下さい」

そういって、女性登山客はさっていった。立花はそれを食べながらピコピコハンマーを打ち続けた。

するこがないから、どうしようもなかった。

来る日も来る日も、ピコピコハンマーで岩を打ち付けた。すると次第にそうすることが当然になってきた。登山客も初見は物珍しそうに見ていたが、いつの間にか立花は富士山の一部と化したかのように、見向きもしなくなった。


あれから、どれくらい時が経ったのだろう。立花は無精髭を伸ばして岩を叩き続けた。果たして、この刑罰はいっそ死罪にしてくれたほうが楽だったのではないだろうか。訳もわからないまま、立花は生きていた。誰かに喜ばれることでもないし、役に立っている訳でもない。する意味もない。誰も自分を見てくれないし、認めてくれない。毎日、夕食のカレーを食べ続けて食欲すらわかない。

誰も俺を必要としない。それが現実だった。


ピコ。


慣れしたんだ音が不意に違和感を覚えさせた。見ると岩の右斜めが一欠片落っこちていた。砂利と変わらないそれを拾った時、何故か涙がこぼれた。

ようやくあの頑なだった岩が、自分に表情を見せてくれた。無駄じゃなかった。ピコピコハンマーでも出来ることはあったんだ。開発した人間にいってやりたい。これは頭を叩くだけのものじゃなかったんだと。信念を貫けば岩をも砕けるんだ。

雲海の見える高山で、立花はこれまで以上に岩をピコピコした。




「雲の下で富士山を平らにする受刑者を皆さんは覚えていらっしゃいますか? そう、あれから50年の月日が流れました。皆さん、雲の下をご覧下さい」


ヘリに乗っていたレポーターが、眼下の立花を指さす。


「立花受刑者~~。お久しぶりです」


立花はそんなマスコミのことなど念頭になかった。高齢により酸素ボンベを背負い、岩に向かって弱々しくピコピコ打ち付けていた。もう手の甲もしわくちゃになっていて腰も海老反りになっていた。

そしてそれはレポーターが近づいてきても構わなかった。


しかし、レポーターなどの民間人が鉄柵内に入ることはこれが初めてだった。


「立花受刑者、法改正により、これまでの自由な刑罰は廃止になりました。これまで、あまりにも面白半分な刑罰の敢行が多発して、道義的観念から以前の刑務所への収容になりました。今のお気持ちをお聞かせ下さい」


ピコ。


立花からの返事はそれだけだった。

立花は今まで削ってきた石ころを大事そうに左手に握りしめ、弱々しく右腕を下ろした。


「コラ、勝手にマスメディアは入らないで下さい」


現れたのは看守服をつけた男性だった。苦虫を噛み潰したかのような顔でリポーターを制止する。そして、立花に向き直る。


「立花受刑者、これから君を網走刑務所に護送します。今日を持って、この刑罰は終了します」


ピコ。


立花は返事の代わりに一度だけ、ピコピコハンマーで岩を叩く。それから動こうとはしなかった。


「立花受刑者、いい加減にしろ!! ほらっ、あっ・・・」


看守が肩に手を置いただけで、立花は前のめりになって倒れた。

立花は動かなかったのではなく、すでに事切れていた。ただただ、今まで削ってきた石ころを大切に握りながら、安らかな笑みを浮かべていた。馬鹿馬鹿しい人生を受け入れ、それでも尚生きた男は小さな財産を持っていた。


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[良い点] シュールさを極めた世界観やテンションを上げず淡々とシュールなギャグが流れて行くストーリーがツボに入りました。 [気になる点] 贅沢を言うならオチは良い話で落とさず、もう一捻り欲しかったと思…
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