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8話「戦支度」

 机に広げた紙箱から米GE社製の5.56mm弾を取り出すと、命はそれを一発ずつMk18の弾倉に込めていく。

 GEの弾は先日使った富士重工の物とは一発の単価が違い、富士が60発で1500円なのに対してGEの物は同じ量の弾を買うと1万を超えてしまう。

 その差は、工作精度の違いだ。富士の銃弾は誰もが手を出しやすい価格が売りなのだが、性能を軽視し大量生産することを主眼とした作りは個々の品質を下げ、それゆえに不発などが起きやすく不良品が多い。それに対してGEの物は製造過程で出るバラツキが少なく不良品など使い続けて半年か1年に1発混じるかどうかだ。


 無論GEと同程度やそれ以上の弾もあるが、狙撃手ほど弾への執着と拘りがない命にはこれで十分だろう。それにいくら精度の高い弾を使ったところで、近距離で弾をばらまくのが仕事のMk18では宝の持ち腐れになる。


「うぅ……緊張してきたよみこりん」


 命の作業を眺めながら、隣で四葉が自分を抱くように腕を身体に回して身を震わせていた。武者震いというほどではないが、恐怖心だけからくるものでもなさそうだ。そもそも実戦がどんなものかすらもわからない四葉には、何に恐怖していいかもよくわかっていないのだろう。


「大丈夫よ、安心して。それよりも、ちゃんとホルスターはつけてきた?」

「おうとも隊長!」


 ばさ、と四葉がジャケットを広げると、左の脇の下に確かな膨らみを確認した。学戦でコンシールドキャリー(隠し持つ)の必要はないのでショルダーホルスターよりはもっと即応性の高いものがいいのだろうが、そもそも今回は彼女が銃を使う場面はあまりないので好きにさせてやってもいいだろう。


「それじゃあこれ、正真正銘あなたのものだから……大事にね?」

「う、うん……ありがと」


 命は予め机に置いておいた、ベレッタ社の刻印が入った樹脂製の小型ケースを手に取りそれを四葉へと渡す。

 四葉はそれを表彰状でも貰うかのように慎重に両手で受け取ると、隣の机にそっとケースを置く。未だ痛々しく若干赤みがかった包帯が巻かれた指先でケースのロックを解除し、四葉は一度深呼吸してからゆっくりとケースを開いた。


「わぁ……」

「レンタル品とそう変わらないでしょう? 今更驚くことでも……」

「すごいすごいよ! だって新品だよ! それに……あれ? ちょっと形違うよね?」


 今回注文したM93は、銃口に反動抑制用のコンペンセイターとスライド上部に小型のダットサイトが付けられるように加工が施されたものだ。いくら四葉に射撃のセンスがあると言っても、実戦でそれを遺憾なく発揮してくれるかどうかはわからない。どこから生まれるかわからない四葉のエラーを少しでも埋められるように、銃側でそれをカバーできるようにしておいた。

 ケースの中には、カスタムされたM93R本体に専用ストック、それとスライドに取り付ける小型のダットサイトに銃のクリーニングキットが入っている。


「ちょっとカスタムされたものに変えておいたわ。使いづらかったらその都度調整していきましょう」

「えへへ、何から何までごめんねー」


 四葉はまだぎこちないが一昨日よりはずっと慣れた手つきで、それでも慎重にM93Rの20連弾倉に9mm弾を詰め込んでいく。

 それを横目に命も弾込め作業を再開しようとするが、ふと四葉の背中に大きなリュックが背負われているのに気づいた。軽装でいいと言っておいたはずだが、何が入っているのだろうか。膨らみ具合と揺れ方からして、それなりの重量はあるが比較的小さな物であることは分かる。


「四葉、そのリュック……」

「え? ああこれ? さっちんの銃だよ! さっちん他にも銃持ってるし、重そうだから私が持つよーって」

「ああ、なるほどね」


 命は薄く笑いながら視線を手に握った弾倉に戻した。

 さっちんというのは、まず間違いなく皐月のことだろう。どうやらもう愛称を決められてしまったようだ。

 と、噂をすればなんとやらで、もう準備を終えたらしい皐月が射撃場に姿を見せる。


「あ……みなさんここで準備してらしたんですか」

「ああ、刻路さん。ごめんなさいね、伝えておけばよかったかしら」

「ふふ、じゃあ次はここでご一緒させてもらいますね」


 言いながら命の側まで皐月がくると、壁にもたれ腕を組む。

 たすき掛けにしたワンポイントスリングには、H&K社製MP7A1が吊るされていた。腰にも拳銃を持っているが、これはどちらも皐月の自衛用の銃でしかない。命が本来持つべき武器は、おそらくであろう四葉が背負うリュックの中だ。

 正直な話、皐月がきてくれてよかった。本来であれば命の姉である栞がその役目を担っていたのだが、あいにくともう彼女はここにはいない。他の学生が変わりに、というのも難しい話で、命を預けるような場面もある以上できるだけ信頼できて尚且つ腕の立つ者でなければならないのだ。

 その点、皐月は昨日少しだけ実力を見せてもらったが、かなりの技量を持っているようだ。少なくとも、今の時点で腕だけは信頼できる。


「はいおしまい」

「みてみて! 私もできたよ!」


 装填済みの弾倉で机をとんとんと叩く命の横で、四葉が高らかにM93Rの弾倉を持ち上げる。今日は20発全て装填できているようだ。


「よしよし、よく出来ました。さて、それじゃあ二人とも……昨日決めた手はず通りに」

「えっへへ、がってん!」

「了解……勝ちましょう、必ず」

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