6話「その出会いは」
「刻路皐月です」
淡々と白髪の少女――皐月が言った。
容姿が示す通りの性格のようで、四葉のような遊びがなく言葉一つ一つに事務的な印象を覚える。まだ信頼するほどの仲ではないからなのか、あるいは元々こういう性格なのかは分からないがとっつきやすいタイプではないのは確かだ。
「あ、じゃあ次俺か。ちっす、俺は萩原修嗣。相棒はこのS&W M2206。ランクは無し。好きなものはお金と銃、あと女の子。ってことでよろしくね~」
皐月が座ると同時に飛び上がって声を張り上げた修嗣は、上着をひらひらさせてショルダーホルスターに入った銀色の拳銃をちらつかせながら自己紹介を済ませると命達に手を振る。
それを一瞥して皐月の方を向いた命に、修嗣は大袈裟に肩を落として落胆してみせた。
「よろしく、刻路さん」
「ありゃ、俺は無視ですか……」
さして気にしてもなさそうに修嗣は両手を頭の後ろで組むと、足を組んで長椅子の背にもたれる。物言いも態度も随分と大きいが、それは必ずしも実力にまで比例するわけではない。
「彼女達が、中立区より派遣された学生じゃよ。しばらくはここ、白崎学園の生徒として学園戦争を一緒に戦ってもらうことになるから三人とも仲良くの」
校長の視界に四葉は入っていない。当然だろうが、命は若干顔をしかめてから隣で身を縮める四葉の手を握ってやった。
「二人は明日の学戦の詳細はもう?」
「ええ、資料には一通り目を通しました」
「ほあ!? さっちんいつの間に?」
命が聞くと、当然のようにしれっと言い放つ皐月に修嗣が声を上げた。
愛称で呼ぶあたり、中立区ではこの二人は日頃から知った仲なのだろうか。少なくとも、皐月の態度からして仲がいいわけではなさそうだが。
命と皐月の呆れるような視線を受け見るからに狼狽する修嗣を横目に、校長は咳払いをして全員の注目を集める。と、テーブルの上に一枚の紙を置いた。
すると、それをそっと命の目の前まで校長が手でテーブルの上を滑らせる。どうやらそれは名前の記入欄が十人分ある用紙のようだ。
直ぐに察することのできた命は、僅かばかり唸ってから顎に手を当てる。
「メンバー……ですか」
「うむ、十名以内と言っている以上、向こうは十名出してくるじゃろう。いくら君達でも数で攻められれば厳しいじゃろうから、他の生徒も合わせて十名ちゃんと出してくれ。選抜は命君に一任しよう」
ならば、と命はポケットに一本クリップで挟んでいたペンを取って用紙に名前を書き連ねていく。
まずは命、そして皐月と修嗣。それともう一人、四葉の名も。
「お? う、え? ……ええ!? ちょ、ちょっとみこりん!?」
横からちらちら見ていた四葉も、さすがに自分の名が書かれたとあっては沈黙を守ってはいられないようだった。
不安げに命を見つめる四葉に対し、命はそっと微笑む。
「何事も経験よ。参加してくれるだけでいいから、ね? 実戦の空気だけでも感じてみて」
「ええ!? で、でもでもでもぉ!」
会話の流れで皐月と修嗣も四葉が新人だと察したのか、修嗣は気づかれないと思ってかそっと鼻で笑っていた。
「いくら基本を練習しても、想定外が常な実戦ではいつもやっていること以外でも即座に対処できないと話になりません。そういう意味でも、実戦の感覚を肌で感じるのは悪くないと私も思いますよ。それに……練習だけして自分が強い、なんて思ってる人ほどやられますから」
やや気圧されるような冷たく凛とした声音ではあるが、彼女なりの優しさなのだろう皐月が四葉に言う。最後に、半目で隣の修嗣を見据えて。
「えぇ? なんでそこで俺?」
「修嗣君も実戦経験はないでしょう。授業の成績が良いからって調子に乗らないの」
「ん……二人はもしかして実戦経験無いの?」
命が聞くと、皐月は一瞬何か逡巡するかのように目を伏せたあとで答える。
「……ええ。基本的に中立区の学校で練習してる子に実戦経験はないわ。雇われて行った子達は中立区に戻ってくることあんまりないし」
そこは命が聞いてた噂通りらしい。まだこれは想定内のことだ。
しかし実戦経験こそないが、どの序列の学校にも対応できるように施設設備や教員が充実した中立区の生徒達の練度はかなり高いレベルにある。即戦力が望まれる場所に行くのだから、生半可な実力の者は居ない。確か訓練も実戦を模した形式のもので行われるので、実戦経験などあってないようなものだ。
「まーだいじょーぶだってみこりん。俺ってば超強いから。みこりんは俺が守ってやるさ」
おどけた調子で笑い声を立てる修嗣だが、周囲の空気が重くなっているのには気づいていないようだ。
命は深く息を吐くと、馴れ馴れしく四葉の考えた愛称で呼ぶ修嗣を気づかれないように一瞬睨んでから視線を校長へと戻した。
「残りのメンバーも検討してリストは後ほど提出します。要件はこれだけですよね?」
「う、うむそうじゃが」
「ではこれで失礼させていただきます。四葉、行きましょう」
「うぇ!? あ、うん」
突然名前を呼ばれ跳ねるように四葉は立ち上がると、既にドアの方へと歩き出した命の後ろにつく。と、そこで、
「ああ、命ちゃんや」
「……何か?」
「皐月くん達に学校を案内してもらえぬかね。しばらく共にいる仲じゃしの。用があるのなら今からでなくてもいいんじゃが……」
「ではお二人は一時間後に射撃場へ。場所が分からなかったら戦闘科の生徒に聞いてください、どうせここの子達はみんな暇でしょうから」
それだけ言い残し、命はもう興味なさげな様子で顔を前に向けると校長室を後にした。
「印象悪くした……最悪」
「いたた、ごめんごめんって。てか、俺なんか悪いこと言った?」
困り顔で眉を寄せる白崎学園の校長を前に、刻路皐月は隣の馬鹿の横腹を肘で小突きながらため息を付いた。
まるで皐月の感情を表しているかのように窓から急に吹き込んだ風が皐月の前髪を荒々しく揺らす。右側だけ胸の下辺りまで伸ばした髪を指で弄りながら、皐月は顔をしかめる。
「すいません、学園戦争は明日なのに問題を増やしてしまって……」
「うむ……まあ命君も少しピリピリしとるようじゃからのう。あんなことがあったのじゃから、無理もないが……傷が癒えるのに三ヶ月は短すぎるわい」
「あ、そうか……そうですね。すいません、私の配慮が至らないばかりに」
三ヶ月前。白崎学園はある学校との学園戦争で多大な人的被害を被った。
通常、学園戦争では各陣営、参加人数の半分を超える死人が出た場合は即刻中断が原則。のはずだが、相手校がそれを無視しあろうことか戦闘を続行した。禁止のはずである首から上をまるでそうするのが当然のように狙い、白崎学園の戦闘科生徒から多くの死人が出たと中立区のデータベースに載っていた。
「え? なんかあったの?」
「いいから修嗣くんはもう黙ってて。……では、彼女の前であの話題は避けたほうが?」
「うむ、あの後姉の栞君も姿を消してしまった。気丈に振る舞ってはいるが、かつてのあの子とは様子が違うことくらいわしにも分かる。あの子も四月一日の……白崎の双刃の一人とはいえ年頃の少女なのじゃ。君たちが支えてくれると嬉しい」
まかせろ、としたり顔でふんぞり返っている修嗣の腹にもう一発肘鉄を食らわせてから、皐月は静かに頷いた。
「はい、喜んで」