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5話「新たな仲間」

 蒼生学院との学園戦争が明日に迫り、一般科戦闘科ともに白崎学園内はピリピリとしたムードを醸し出していた。

 そんな中で、命は四葉とともに校長室を目指す。


「指……大丈夫?」

「ん、へーきへーき。だいじょーぶだよ」


 無邪気な子供のように屈託のない笑みで、四葉が返す。命はそんな彼女の指に視線を落とした。

 左手の親指と、そして右手の指先は五本とも全部包帯が巻かれている。昨日射撃場でM93Rを撃たせたのはいいが、早く上達したいからと四葉は弾倉に弾を込めるのまで自分でやり始めたのだ。


 銃の弾倉へ弾を込めるときは、どうしても弾を上へ上へと押し出すバネの力が強まり弾が弾倉内に入れば入るほど弾を込める指に力を要する。M93Rの大容量の弾倉は、9mm弾20発分の弾を押し出せるだけのバネが弾倉に入っているので、ろくに慣れても鍛えてもいない四葉にそれをしろというのは無茶がすぎた話だった。


 だが、彼女は最終的にそれをやり遂げたのだ。最初は力の入れ方も分からずに10発が限界だった。次は12発。そしてその次は13発と弾倉を空にする度に彼女は爪を割り指先を真っ赤にしながら弾を込め続けた。もちろんそこまでする必要はないと命もやめさせようとはしたのだ。だが彼女はやめなかった。命達の傍に立つには必要なことなのだと、それこそが彼女にとっての洗礼。この痛みを乗り越えたことで、彼女自身も、そしてその様子を見ていた他の戦闘科の生徒達も戦闘科の椎名四葉という存在を認めつつあった。


「あまり無理はしないでね。合わないなら、別のを試せばいいだけだから」

「ううん、いいや。みこりんが勧めてくれたのだし、私もこの子のこと……ちょっと好きになってきたかも」


 言って、四葉は懐にしまいこんだM93Rにジャケット越しに指先を触れさせた。伝わってくる感触を味わっているのか四葉は目を伏せ、何度か撫でるように銃を触ると満足した様子で命に向き直る。


「ところで、今日は練習しなくていいの?」

「ええ、学園戦争の話があるから。あなたも一応来てほしいなって。……それに、レンタル品をそれ以上血で汚す訳にはいかないでしょう? 今朝私が同じのを注文したから届くまで待ってて」

「ええ!? みこりんに悪いよ、自分で買う!」


 命はやれやれと肩を落として大袈裟に両手を広げた。まあ、四葉はルールを知らないのだし当たり前といえばそうなのだが。


「駄目。M93Rはバースト射撃ができるから、ランクC以上の戦闘科生徒じゃないと購入申請はできないの。だから、私が譲渡する形でね。それなら大丈夫だから」

「ら、ランク?」

「ほら、戦闘科になったなら戦闘科の手帳もらったでしょう? そこのカバーに挟まったカードを見て」


 言われて四葉がいそいそとブレザーの内ポケットに手を突っ込み弄りはじめる。

 そこから取り出したのは、茶色いカバーに覆われた手の平サイズの薄い手帳だ。


「これのこと? えーっと、名前の横にFって書いてあるね」


 四葉が手帳から取り出したカード。それが戦闘科の証であり、実力を証明するものでもある。あとついでにこれが財布代わりだ。

 四葉のカードの名前欄横には、灰色で塗りつぶされた枠に小さくFと書かれていた。


「そう、つまり四葉はFランク。一番下ね」


 最後の一言に四葉ががっくりと項垂れ、命は笑いながら彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫よ、そのうち上がるわ。まあともかく、ランクはAからFまであって、それでいろいろ制限がついたり外れたりするのよ。軍隊の階級みたいなものね。一応覚えておいて」

「むー……じゃあみこりんは?」

「私はこれ」


 さっと命が手帳を胸ポケットから取り出しカードが見えるように開くと、四葉に向ける。

 命のものは四葉のと一見するとそう変わらないが、ランク表記は金色の枠にSの表示がされている。


「おお、使い込んだ感ある手帳だね。って、あり? Aが最高じゃないの?」

「Sランクは特別に認められた人しか与えられないの。日本には百人前後ってところかしらね。でもほとんど制限はなくなるし、お金もこのカードを使えば全部国持ちだから私の懐が痛むことはないわ」


 おおー、と四葉が拍手。次いで自分のカードを見比べてまた彼女は落胆した。


「それにこれは軍隊で言うところのドッグタグのようなものだから、無くさないようにね。まあ申請するかランクが上がれば手帳ごと新しいのに変えてもらえるから別にいいけれど。ああ、それとさっきも言ったけどこのカードで買い物もできるわよ」

「マジで!? 購買で買い放題!?」

「Fランクはひと月三万までだから気をつけてね。それ以上は自腹よ」

「酷いよ……あんまりだよ」


 命が一言いう度に十個ほどの話が返ってくる。これが四葉と命のやり取りだ。

 命は嫌な顔せず四葉の話を聞き、時に弄りながら時間を潰して移動中の暇を埋めていく。そして、


「な、何が始まるんだろ……」

「いや、校長先生の話でしょ」

「そうだけどさ……うぅ」


 そういえば、校長室に入り慣れているのは命くらいなものだ。戦闘科、いやそもそも一般科だった四葉がここを訪れる機会など滅多にあるわけではない。

 四葉の緊張を察してやりつつ、命は重いドアを数度ノックしてから体重をかけて開け放つ。


「おお、時間通りじゃな」

「お? おー……かわい」

「ん……」


 校長室には、校長の他に見慣れぬ顔が二つ。

 着ている学校の制服からして白崎学園の生徒ではない。胸に描かれた中立区の紋章が、白崎町の住人ですらないことを表している。

 見るからに思慮の浅そうな少年はさておき、もう一方の少女はある人物と印象が似ておりふと命は目を奪われた。


 腰のあたりまで流れる髪は窓から入ってくる太陽光を浴びて白く光り輝き、まるで雪原を思わせる。切れ長の目に埋まった緑色の瞳は、その凛とした容姿振る舞いとは裏腹に不思議と柔和で優しげな雰囲気を感じさせた。

 僅かな時間ではあったが、命が見つめていたのを感じ取ったのか少女が僅かに首を傾げた。左右で長さの違う少女の髪が揺れる。


「……何か?」

「いえ……別に」


 それだけ言って一礼してから命は応接用の椅子に座る。テーブルを囲むように左右と手前、奥に配置された長椅子。いつも命が座る位置は見知らぬ二人に占領されているので、校長と少女たち両方の視線をもろに浴びることになる入口近くの手前側の椅子に命と四葉は腰を下ろした。

 一瞬、招かれざる客の四葉を見て校長が顔をしかめたが命が目を合わせて首を横に振ると、校長は言いかけた言葉を飲み込んでから咳払いをした。


「さて、それでは役者は揃ったようじゃの。では……そうじゃな、まずは命君に紹介しよう。彼女達は――」

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