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35話「突撃スナイパー」

 ひどい耳鳴りがする。視界は霞がかったようにぼやけ、誰かが呼びかけるような声も聞こえるが不鮮明で何を言っているか聞き取れない。

 頭だけが回転しているような気持ち悪さに両手を床について、だがそんな四葉の襟首を捕まえて立ち上がらせる者がいた。


「椎名四葉」

「あ……」


 フルフェイスのヘルメットから聞こえるこもったような声。顔を向ければ、黒塗りのバイザーの向こう側に秘められた力強い眼差しが四葉を見ている。ような気がした。

 

「ごめん……だいじょぶ」


 紫藤の腕を借りて立ち上がる。

 落ち着いてきた頭で周囲を見渡せば、状況は最悪。ハンヴィーを盾に皐月と修嗣が明皇の生徒と交戦しているが、まるで減らない相手に彼女たちの集中力も限界のようだった。


「さっちん!」

「起きたの!? ごめんもう持たない! 先に行って!」


 叫ぶ皐月の周りに散らばった薬莢の数は、彼女の持っている弾薬の半数を超えていた。現状を維持するのもあと数分、いや数秒かもしれない。

 幸いにも上の階へ続く階段は四葉達の傍にあるが、ここで四葉が上がればそれは皐月達を見捨てることになる。


「駄目だよ! 一緒に行こう!」

「もう私達しかいないのよ! 誰がアンタの後ろを守るの! ……いいから行きなさいって。負けたら元も子もないんだからさ。……紫藤君、任せた」

「さっちんだめ――駄目だよ!」


 叫びは銃声にかき消され、紫藤に抱きかかえられた四葉はただ、遠ざかる彼女達の背中を眺めているしかできなかった。





 兵器棟。どんなものかと入ってみれば、中身はその名のごとく各国の戦車装甲車自走ロケット砲その他諸々、戦争でも始められそうな数の兵器で埋め尽くされていた。

 これら全てがこの戦闘で導入されていれば、おそらく白崎に勝機は無かっただろう。

 ではなぜそうしなかったか。兵器では一度に多く殺しすぎてしまうからだろうか。殺しを楽しむなら確かにそれは不要といえなくもないが。

 指示したのは間違いなく、明皇の生徒を率いる嶋村侑李という少女。あいにく皐月は前回の戦いで彼女を目にすることなく敗北した。ゆえに、彼女の顔も思考もわからない。

 だから明皇の狂行を皐月は理解できないし、しようとも思わないが、もしそれを止められるなら止めたい。

 だからこそ、刻路皐月はこの戦いに賛同したのだ。


「多いな……修嗣くん大丈夫?」

「あ、ああ! でもやべーぜこれ! 押し切られる!」


 残るライフルの弾倉は後3つ。あとは拳銃のみ。

 四葉にMP7をあげたのを悔やむ気はないが、このままではもう数分も持ちはしないだろう。武器が減った分は、もう別の手で補うしかない。

 あくまで狙撃手としてやってきた以上、ここでそのルールを崩すのは少し躊躇してしまうがもうそんなことを言っている場合ではないのだから。


「修嗣くん、こんな時だけどいい?」

「ああ! ……うん? え? な、なにいきなり? 告白とかフラグ的なのはやめてね」

「違うわよ馬鹿!」


 的外れなことを言い出す修嗣に激昂しながら、装甲車の影から湧き出る敵を撃ち倒していく。だがその流れが止まることはない。


「私、嘘ついてた」

「……え? な、何を?」

「私さ、中立育ちじゃなくて中立送りの方なのよ。だからずっと前から学戦やってたの」

「ええぇ~今それ言う? 訓練の時偉ぶってた俺超恥ずかしいじゃん……」

「だからさ……見せたげる。序列二桁の学校の実力をね」


 ライフルを修嗣に任せ、皐月は立ち上がるとPx4拳銃を握った。

 呆けて眺める修嗣に一言任せたと告げると、皐月は銃弾飛び交う中を飛び出す。

 もとより遮蔽物だらけで視界の悪い空間だけあって、皐月が移動したことに気づいた敵はいたがすぐに見失ってしまったらしい。

 銃弾が修嗣の方へ集中するのを確認して、皐月は軽やかな動きで戦車に飛び乗り砲身を綱渡りのように走り抜ける。

 そして次の車輌へと飛び移り、明皇の生徒が群がっている位置を確認しながら手近な場所へと移動。ブーツが装甲を踏み鳴らす音も銃声にかき消され、皐月の接近に気づいている者はいない。せいぜい裏を取られないように後方を警戒している生徒がいたくらいだが、あいにくと彼らを背後から攻める者は誰も居ないのだ。

 

「よっと」


 だから、突然降ってきた皐月に反応できる生徒がいるはずもなく。

 分隊規模の集団の中央に降り立ち、呆気に取られる生徒達に皐月は笑顔で手を振った。


「や、こんにちはみなさん」


 一斉に向けられた銃口。だがそれより早く皐月の拳銃が4人を撃ち倒す。

 次いで大量の発砲炎が辺りを照らし出すが、弾丸は床を穿つだけで皐月を捉えたものはたったの一発すらもない。

 銃撃をかわし、後方に飛んだ皐月は背後を取っていた生徒の顔面を拳銃の先で突き、よろけた隙に生徒のライフルを脇に挟みつつ、銃に繋がった吊り紐に腕を通すと後ろのTOWミサイル発射機を飛び越えて着地した。

 TOWの発射筒を跨ぎ、皐月の体重によって引っ張られたライフルはそこに繋がれた吊り紐を生徒の首に絡めながら発射筒に宙吊りにする。生徒は勢い良く後頭部を発射筒に打ち付け、首吊りのように吊り紐が呼吸を妨げる中で必死に首に食い込む吊り紐を剥がそうとするが、もはや指の一本も通る隙間などはない。


 そこで銃撃が止んだのは、吊られている生徒が盾となり皐月への射線が確保できなかったからだ。

 皐月が小脇に挟んだライフルを離さない限り、生徒の首に食い込んだ吊り紐が緩むことはない。その隙に皐月は拳銃の弾倉を交換しながら、横から接近してきた別の生徒を銃撃。

 

「お……っぐ!?」

「おっとと、ちょっと苦しいか。もう少しだけ待っててね」


 ポーチから取り出した拳銃の弾倉を一本口に咥え、人間一人分の重量を支えていたライフルを放す。

 と、皐月は瞬時に身を翻し、首吊りから開放され尻もちをついた生徒の背中を掴むと同時に持ち上げつつ盾にしながら突撃。怯んだ敵へ銃弾を撃ち込みながら前へと進み、咥えた弾倉で片手での再装填を行いつつ最後に前方の集団へ掴んだ生徒を蹴り飛ばしてはボーリングのピンのように転がった敵を順に撃っていった。

 

「これで10人……さてあと何人いるのやら」


 息を整え周囲の気配を探る。修嗣が注意を引いてくれるおかげで、銃声でおおよその位置は掴むことが出来た。

 そこで一歩を踏み出し、戦車の装甲に弾かれた銃弾に皐月は素早く装甲車の影に飛び込んだ。


「いたぞ!」

「おいおいまぁたワラワラと……」


 絶え間のない銃撃を繰り返しながら接近してくる敵に、しかし皐月は冷静に匍匐したまま少し前進。装甲車の車輪の隙間を縫って敵の足を撃ち、倒れ込んだところに身体へ追撃を食らわせて全員を無力化する。ここまでは順調だ。しかし、


「終わりだァ!」


 こちらの武器が拳銃と見越した上でだろうか、山刀を握った生徒が一人突撃してきた。

 戦闘服に身を包み、上半身はボディーアーマーに覆われている。だがあの程度の防弾衣なら、40口径の弾を受けて無事でいられるはずがない。

 迷いなく皐月は引き金を引き、生徒は咄嗟に腕を顔の前でクロスさせて防御の姿勢を取った。 

 次の瞬間には、かちんと虚しく金属の音だけが響き、一瞬の静寂。


「嘘、ここで不発とか……」

「う、運のないやつだ! 死ね!」

「お、おわあああ!?」


 迫りくる刃に、皐月は山刀を握った腕を掴んで防ぐが力は向こうの方が上らしい。両手で力を込める相手に対し、銃を持った皐月は自由な左手だけで力比べをしているのだから当然だ。


「諦めて……死ね!」

「馬鹿言わないで! 刃物の傷って痛いのよ!」


 言いながら膝を腹に食らわせてやるがアーマー越しではろくなダメージも与えられず、余計な体力を使うだけだった。

 しかも、一瞬緩んだ力に刃が動き、皐月の頬を軽く裂く。それに勝利を悟った相手が笑うが――


「まだよ!」


 腰のベルトに拳銃のサイトを引っ掛け、押し下げながらスライドを引いて不発弾を排出。

 銃口を相手の胸に押し付けながら、皐月は引き金を何度も引いた。

 

「ふぅ……出費がかさむからって弾薬ケチらない方がいいわね、身にしみたわ」


 倒したのを確認して、皐月は次の集団へと標的を移す。

 後はほとんど苦労なく、手榴弾を投げ込んだり車輌の上から襲撃したりと一方的な戦いで兵器棟一階での戦闘は幕を閉じた。

 いくら明皇でも、生徒全員が優秀というわけでもなさそうだ。むろん、相手が皐月だったのとたまたまここにいたのが弱い奴らだっただけということもあるのだろうが。


「ひょえー……皐月ちゃん超強ぇ。でもなんでこんなこと出来るのにいつも狙撃しかしねぇの?」

「え? だって、かっこいいでしょ? スナイパーって」

「そ、そんだけ?」

「それだけ」


 そんな些細な理由であれだけの戦果を出せるのも、ある種才能というやつなのだろう。当然そんなことを言われては、修嗣が平静でいられるはずもなく。


「俺……向いてないのかな」

「かもね」

「励ましてもくれないんだ……」

「だって修嗣くんだし。でも、猫の手も借りたいって時もあるじゃない? ……だからさ、もう一戦。行くわよ」


 いつの間にか佇んでいたソレは、会話が終わるのを待っていたかのように銃の安全装置を外した。

 大口径の突撃銃を抱え、制服の上から身につけたボディーアーマーには戦闘に必要なものが全て備え付けられている。制服一つに自分が使う武器の弾倉を入れるポーチが精々の学戦生徒とは違う、雰囲気も兵士のそれだ。

 男から感じる威圧感は尋常ではない。おそらく、皐月は四葉達の支援に向かうことは出来ないだろう。

 そう、直感で理解出来る相手が今まさに目の前に立ちふさがったのだった。

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