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33話「白崎の底力」

「車両爆弾の対応が早い……プランCでいきます」


 隊長の指示に、盾となっていたストライカー装甲車の車列が左右に散らばる。

 先の車両爆弾への明皇の対応は手本にしたいほど迅速で、しかしあまりにも度を越した過剰な攻撃によって破壊された。たかが2輌に設置された銃座や固定砲の半数以上を導入する理由。それはよほど力を見せつけたかったか、戦意喪失を狙ってか、あるいはどうしても迅速に処理しなければならない事情があったかのいずれかだ。

 

 命は言っていた。中央部は一見無防備なように見えるが、明皇がわざわざ見え透いた隙を見せるのならばそこには何か裏があると。

 白崎の校舎が二つは入りそうな校庭、その中央から先は教室棟の入り口に繋がるためか鉄条網は無く目立った罠らしい罠もない。だが得てして罠とはそうやって獲物を油断させるように仕掛けるのが常套手段だ。

 何もない更地ほど怪しいものはない。そこで、戦力を分散させ左右と正面に分散、三方向から正面入り口を襲撃するというのが命の出した提案だ。少なくとも、馬鹿正直に一列に並んでまとめてやられるリスクはなくなる。


「となるとやはり車輌が破壊された地点が気になります。各車両、正面ルートの方は撃破された車両周辺と進行方向の道は避けてください」


 隊長はインカム越しに伝えると、ハンヴィーのハンドルを握りしめた。

 手の平に汗が滲む。だが、ここは意地の張りどころだ。


「私達は危険な正面ルート……みなさんいいですか!」

「準備完了です、どこまでもついて行きますよ隊長」

「今こそ白崎の底力を見せつけてやるであります!」


 一度車内を見渡し、大きく息を吸う。胸の鼓動すらも聞こえてくるほど集中し、肺の空気をすべて吐き出す勢いで隊長は叫ぶ。


「全車発進! 意地の張りどころです、一人でも多く敵を減らしてください!」


 車輌隊が一斉に砂塵を巻き上げ疾走する。それに呼応するかのように明皇の機銃と砲が光を放ち、鉄の雨が白崎の生徒達に降り注いだ。

 だが止まらない。目の前で、隣で、車輌が火を吹きあるいは戦友が銃弾に倒れようとも突き進む。


 三方向に分かれた車輌隊を追うように砲火は分散し、だが練度の伴った正確な射撃は確実に車輌の数を減らす。

 隊長達が乗る車輌も少なからず銃弾を受けてはいたが、乗員に今のところ被害はない。だが、


「車輌爆弾の横を抜けます! 衝撃に備え――え?」


 瞬間、目の前を走っていたハンヴィーが瞬きする間に姿を消した。

 その時ハンドルを咄嗟に切れたのはただの偶然。が、それが功を奏すこととなった。


 急なハンドル操作に後続が反応できず、横腹に後続車輌が追突しハンヴィーは横転。車輌は跳ねるように激しく地面を転がり、まるで洗濯機の中に放り込まれたような衝撃に目を回しながらやっとのことで止まったハンヴィーは大破。歪む視界と混濁した意識の中、無理矢理体を這わせて上下逆転した車内から脱出する。

 うまく思考が働かない。ただインカムから鳴り響く声だけは鮮明に聞こえてくる。


『溝……塹壕です! 正面、校庭中央はシートで隠された塹壕が――』

『駄目です! 車輌、頭から突っ込んで動けません! これじゃあ……』

『バック、バックして! 迂回しないと狙い撃ちに……きゃああ!?』


 頭を抱えながら転がったライフルを拾いあげ、周囲を見渡す。

 運良く車輌に突き飛ばされたおかげでカモフラージュされた塹壕は飛び超えられたが、自分以外は戦闘不能。

 塹壕に落ちた車輌が狙い撃ちにされているせいか正面組への攻撃が激しく、その分左右のルートの弾幕が薄いが既にストライカーは集中して撃破され数台のハンヴィーと生徒達が入口手前まで進行できたというところだ。この有様では少なくとも教室棟攻略組はほぼ全滅と言ってもいい。

 

「う……隊長、回避ナイスです」

「しかし面目ない……であります。私達はここまでみたいで」

「はい、あなた達は、そこで……休んでいてください」


 じんわりと熱を持った腹部に視線を落とす。制服のシャツを突き抜け、腹から黒い塊が生えていた。

 装甲の破片が、背中から腹部へと突き抜けているようだ。誰が見ても致命傷。

 傷を頭で理解した瞬間、襲ってきた痛みに膝の力が抜けかけるがライフルを杖にして体を支え、隊長はふらつく足を引きずりながら校舎へと歩き出した。


「たいちょ――ちょっと! どこに行く気、てか何でその傷で動けるんですか!? 薬は!?」

「まさか……隊長こんな時に無理すんなであります!」

「言った……でしょ? ここが、意地の張りどころ……です!」

 

 銃を支えに鉛のように重くなった体を引きずり、近くの車輌を呼び止める。

 偶然にも車輌を運転していたのは先日共闘し見事爆散した少女で、車輌後部には溢れんばかりの爆薬。


「はは……山田さん今度はC4の発注ミスですか? まあ……いい、です。むしろ助かり、ました。ちょっと車、借りますね」

「え、それはいいですけど隊長はどうするつもり……隊長!? ちょっと待ってくださいそんな怪我でどこに――」

「二人のこと、よろしくです」


 全て言い切る前に、一人車輌へと乗り込む。急いで乗ったせいか、シートに圧迫され腹から突き出た装甲板から血が吹き出した。

 だが、まだ倒れるわけにはいかない。腹部からじんわりと広がってくる熱に意識を持っていかれそうになるのを歯を食いしばり耐え、アクセルを踏み込む。

 巨大な車体はエンジンの駆動音を響かせて砂塵を巻き上げながら加速。過剰なほど浴びせられる重機関銃の銃撃を物ともせずに走り抜け、入り口周辺から湧いてきた敵には持ってきたライフルを片手に、窓枠に乗せながらフルオートで弾をばらまいた。


「あああもう! 当たらない当たらない当たらない!」


 薄れる意識を無理矢理叫んで呼び起こし、弾切れになったライフルを窓から放り投げる。

 これ以上は、ハンドルに意識を集中した方が良さそうだ。そしてハンドルを両手に握り、だが次の瞬間体に鈍い衝撃が走った。


「づぅ……こンの」


 口の中にこみ上げてくるものを感じて咳き込む。口から溢れた液体が制服に染みを作ったが、今更どうということはない。

 ともかく――これで腹に刺さった邪魔な異物は取り除かれた。ついでに風通しが良すぎるようになったのは少々まずそうだが、興奮しているせいかそれでも意外に意識は先程より鮮明だ。

 幸いにも機関銃の弾はエンジンを逸れている。車輌も問題ない。あとは、ほんの数十メートルをひたすらに突き進むだけ。


「いっけえええ!」


 急造のバリケードを粉砕し、車輌は勢いを落とさず正面入口に突っ込む。

 そのまま校内へと侵入し数名の生徒を巻き込みながら走り続けるが、もはや操作もおぼつかなくなった腕では回避もできず柱に衝突。車輌のフロント部分はひしゃげ、衝撃でハンドルに額を強打する。頭が割れたかもしれないが、まあ今更そんなことはどうでもいい。

 

 再び混濁する意識の中、窓から放り込まれたのは数個の手榴弾。

 だが、そんな状況でさえ落ち着いていられたのは、危険だと認識する機能すら壊れるほど血を流しすぎてしまったからだろうか。

 

「はは、こんなことしなくても……はなから私はそれが目的ですので」


 左手に爆薬の起爆装置を、右手は懐を弄り内ポケットにしまっておいた薬のケースを取り出す。が、ケースは横転した際にだろうか、へこみ中のカプセルも割れて使い物にならなくなっていた。


「まあ……こんなの薬あったからどうにかなるものでもないですけど、私ってばほんと運がないですねぇ」


 半ば薄れかけた意識。だが左手の感覚だけは常に研ぎ澄ませ、周囲を囲み近づいてくる明皇の生徒に中指を立ててみせる。

 

「見なさい……これが、白崎の底力……です!」




 教室棟、正面入口が吹き飛んだ。

 四葉の位置からでは鉄条網と土嚢の壁でそれ以上の詳細を知ることはできなかったが、おそらく白崎の生徒の活躍によるものだろう。


『四葉……さん。中央組……教室棟地上銃座及び二階の敵兵砲座共に撃破であります』

『私達はほぼ壊滅、でも明皇にも隙ができた……行って!』


 無線機から響いた仲間の声。銃声と悲鳴の中で、だが力強い声に四葉は心を震わせる。

 仲間が頑張っているのだ。四葉も負けられない。


「行こう」


 四葉の言葉に、車内の全員が頷く。

 運転手は皐月、助手席には紫藤。後部座席に四葉と修嗣という配置で、ハンヴィーの車列は移動を開始する。

 編成はストライカー二輌とハンヴィーが五輌。内ハンヴィー二輌は特殊装備だ。


 先陣を切って走るのは特殊装備のハンヴィー。車体後部が改造され、大型の鉄板を背負うような姿へと変貌している。

 車列の目前には兵器棟を守るように鉄条網が敷かれ、対策無しに突破は不可能。だが爆薬で処理しようものなら仕掛けている間に教室棟屋上の砲台で狙い撃ち。だからこそあの装備が必要らしいのだが、発想が映画か何かのそれと同じくらい突飛すぎて正直四葉は理解が追いつかなかった。


「ほ、ほんとにアレで行けるの!?」

「分からん。だがアレに賭けるしかない。四月一日命を信じろ」


 努めて冷静に、紫藤が言い放つ。防弾とはいえフロントガラスには既に幾つもの着弾痕があり、こうしている間にもそれは増え続けているというのに彼は平静を保っていた。この余裕の差が場数の違いというものなのだろうが、今後絶対戦闘車両の助手席には乗らないと四葉は内心で固く誓う。

 

「飛ぶわよ! みんな何かに掴まって!」


 瞬間、アクセルを踏み込みながら皐月が叫んだ。

 ろくに反応も出来ないまま呆気に取られたままの四葉が感じたのは、急激に視界が斜めになったと思った瞬間生じた浮遊感。


「ちょ――待っ」


 先行した二輌のハンヴィーは並走しながら鉄条網の前で急ブレーキを踏むと、二輌とも同じタイミングで接地するように鉄の板を下ろした。

 ハンヴィーを使った即席のジャンプ台。それが命が考えた鉄条網の攻略法。

 しかし飛んでからの警告に虚を突かれた四葉は思考が停止したままの状態でふわりと車内で浮かび上がり、無防備なまま地上へ舞い戻るハンヴィーの衝撃を受け止める。


「わああああ!? 死ぬ死ぬ死ぬ!?」


 着地の振動に合わせてシートと天井を行ったり来たりする四葉が叫んだ。ゴムボールのように車内で上下に弾む四葉は目を回しながらも、やっとのことで修嗣に受け止められて停止。

 だが戦闘の前に死にかけた自分に冷や汗を流しつつ、少しずつ距離を縮める敵の居城に気を引き締めた。


「入口に突っ込むよ! 戦闘準――」


 声を張り上げる皐月の横顔が橙色に染まる。

 隣を走行していたハンヴィーが突如炎の渦に飲まれ吹き飛んだのだ。


「地雷!? こんなところで!」

「構わん突っ込め!」


 ハンドルを切りかけた皐月の腕を取り、紫藤が強引に身体を潜り込ませアクセルを力強く踏み込む。

 鼓膜を破るような炸裂音がそこらじゅうで響き渡り、土煙と爆炎が辺り一帯を埋め尽くした。


 そんな状況でも無事でいられたのは、きっと奇跡だろう。

 四葉の乗るハンヴィーは地雷原と機銃の掃射を乗り越え、兵器棟のガラス扉をぶち破って侵入することに成功した。

 だが、これは始まりにすぎない。まだ四葉達は、作戦成功への第一歩を踏み始めたばかりなのだから。

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