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32話「開幕」

 けたたましく、明皇学院の敷地内にサイレンの音が響き渡る。

 戦闘開始の合図に、皆の顔に緊張が走った。

 

「敵の数は私達の倍以上。しかも相手は容赦のないあの明皇……でも、私達は負けない。負け無しの白崎だもの、今度も勝つわ。でしょう? みんな」

「……そうです! 私達やる気だけはどの学校にも負けませんからね! こんなことでへこたれていられないです!」

「栞さんがいなくなっても俺らには命さんがいる! 負けるわけがねぇ! そうだろ!」


 命の言葉に続くように、生徒達の掛け声は連鎖する。

 皆の意思が一つになった瞬間、白崎の生徒は揃って高らかに銃を掲げた。

 もはや誰の目にも失意の色はない。どこまでも白崎らしく、ただまっすぐに進むのみだ。


「じゃあ行くわよみんな!」


 命の声で皆がそれぞれの持ち場に散っていく。事前に作戦は伝えてあるので、命が指示を出す必要はない。

 砂塵を巻き上げ車両隊が移動していくのを見送って、命は踵を返して戦闘区域外にあるセーフティエリアの方角へと足を向けた。


「にゃ? みこりんそっちってエリア外じゃないの?」


 ふとして声の方に命が顔を向ける。そこには親友と、全身艶のない黒色のレザースーツに身を包んだ男。

 四葉はいつも以上に気合が入っているのか制服の上にチェストリグを付けていた。チェストリグに詰め込まれた予備の弾倉は緩やかに湾曲した長い棒状の、あれは皐月のMP7の物だ。ご丁寧に腰部に専用のホルスターまで用意しているが、小柄な四葉にはPDWのサイズも少し邪魔そうにも見える。


「緊張しちゃって、少しトイレにね。まあ開始直前ならセーフよセーフ。それより、今回は随分気合が入っているわね」

「当然! だからさっちんからこのおっきい拳銃みたいなの! えっと、ぴいでぃ……なんちゃらとかいうのも借りてきた!」

「ふふ、なんちゃら……ね。これが終わったら戦い方だけじゃなくて、銃のことも勉強しましょうか」

 

 言って、命は終始やり取りを観察しながらも沈黙したままの男に向き直った。

 その顔色は暗いヘルメットの内側に隠され伺うことは出来ないが、あの仏頂面も四葉の前では脆く崩れさることを命は知っている。あのバイザーの向こう側の様子は容易に想像できた。


 四葉はまるで夜闇の空に光る照明弾のようで。彼女と同じく、ただ存在するだけで光は周囲に広がり輝き出す。それは彼女達だけが持っていた力で――が命にかえても守りたかったもの。その一つはもはや叶わない願いだけれど、それでも。

 

「この戦いはあなた達にかかってるわ。紫藤君、四葉を頼むわね」

「ああ、任せろ」

 

 よろしく。そう呟いて、命は一人戦場を脱しセーフティエリアへと消えていった。




 開始の合図が鉄の壁に反響する教室の中、机に突っ伏しながら横に置いた無線機で配置の最終チェックを済ませる。

 次いで慌ただしく廊下を駆け巡る生徒達の足音を聞きながら、嶋村侑李(しまむらゆうり)は口の中で転がしていたキャンディの棒を吐き出した。

 開いた口から微かに吐息が漏れ、だがその瞳はどこか虚ろで生気が感じられない。

 配備完了の合図に、侑李は気だるげに起き上がると視界を妨げていた前髪をかきあげる。無造作においてあった自分の銃を、数え切れないほどの戦場を歩き共に血を浴びてきた大型のショルダーホルスターに収め、重りでも背負っているかのようなゆっくりとした動作で少女は背伸びをした。


「はぁ……また戦い。また戦争です……。はいはいみなさん、せんとーかいし、戦闘開始でーすよー……」


 侑李は病人のような不規則な足取りでドアまで進み、開け放つと廊下へと歩き出す。

 向かう先は窓際。距離にすればそこまでではないというのに、さながら歩く死人のようによたよたと不安になる動きの侑李の姿に、見慣れているはずの明皇の生徒達すら不安そうに彼女を見守っていた。


「あ、あの、侑李さん大丈夫です? 生きてます?」

「死んでますー。それより、状況は?」


 横で肩を支えてくれる生徒に答えながら、侑李はライフル弾にも耐えられるように設計された窓ガラス越しに校庭へ視線を走らせた。

 敵は装甲車両を主とした部隊。白崎の初期位置が既に明皇の射程に入っている以上、その選択自体に間違いはない。だが明皇学院の敷地内には鉄条網が張り巡らされ、校内外の随所に機関銃やTOW対戦車ミサイルを配置しているため戦車を用いようとも容易に突破することは不可能。


 果たして、これだけの状況ですら覆す手を使いあれを凌ぐのか、あるいは何も出来ず無様を晒すのか、どちらにせよ今回の戦いも辛い時間になりそうだ。

 二度目の戦い。だけれど、どうせこれも事故として処理されるのだ。いくら殺そうが、いや――だからこそ、殺すしかないのだ。そうすることでしか、きっと――


「侑李さん、敵車両前方より接近。どうします?」


 耳に取り付けたインカムから、機械を介した特有の音を混じらせ生徒の声が聞こえた。確かこの声は教室棟一階に配置された生徒のもの。

 標的は侑李の位置からでも確認できる。あれだけ車両を用意しておいて、二両だけが馬鹿正直に正面から突っ込んできた。たしかに唯一鉄条網が敷かれていない正面に戦力を送り込むのは間違いではない。ただし、正面突破にしては戦力が貧弱すぎる。

 だがあれをただの無謀、そう捉えるほど侑李は愚かではない。


 侑李は土煙を巻き上げながら疾走するハンヴィーに目を凝らす。装甲は薄く、銃座もない。一般的なモデルだ。

 他に気になった点があるとするならば――座席に人影が見当たらない事だろうか。

 しばし逡巡し、侑李は無線で繋がった先の相手に短く伝える。


「ラインを超える前に潰してください」

「了解」


 一瞬の応答の後、侑李の視線の先で白崎のハンヴィーは対戦車ミサイルに機関銃の銃撃、それら全ての直撃を受ける。

 鋼鉄の箱は大地を揺らす爆音を奏でて四散、校庭の一部にクレーターを作り飛んできた装甲板が侑李の目の前で強化ガラスに弾かれる。

 明らかにこちらが用いたミサイルの炸薬以上の威力を伴った爆発。その光景に、侑李は体中の空気を吐き出すかのように大きくため息をついた。


「爆薬の量はギリギリ規定値……ルールは守るけど潰す気満々ーって感じです。皆さんも注意してください、手強いですよ」

「了解です侑李さん!」

「いつも通り、略奪もいたぶるのも禁止。苦しませないように急所を狙って即死、こっちは命を大事に……徹底してくださいよー」

「はい!」

「うぅー……今回もめんどくさいです。死にます」

「侑李さん生きて!?」





 校庭中央で立ち上る黒煙。先程見事に撃破されたハンヴィーは無人車とはいえ、白崎の生徒達を震え上がらせるには十分な光景だった。

 搭載した爆薬に誘爆したからではあるが、ミサイルだけでもハンヴィーをまるごと吹き飛ばす威力。炸薬量は明らかに学園戦争で決められた規定値を大幅にオーバーしている。おそらく軍隊で使っているモデルをそのまま購入しているのだろうが、こうもありありと殺意を見せられると、ただ銃を握っただけの女子高生の集団はそれだけで足が竦んでしまう。


「完全に殺しにかかってる」

「殺る気満々であります」

「ええ、やはり前回と同じ……正直さすがに隊長を任せられた身とはいえ私もビビってます。というかさっき目の前をハンヴィーの破片が吹っ飛んでってちょっと漏れ――あ!? 待って露骨に距離取らないでください冗談、冗談ですから!」


 正面側攻略に並んだストライカー、その後方に控えたハンヴィーの車列。その指揮を任された生徒達は狼狽えながらも銃を取る。

 明皇学院攻略は、三部隊編成による複数箇所への攻撃によって行われる。明皇学院は三つの棟が繋がった造りになっており、それぞれ屋内訓練棟、教室棟正面入口、兵器棟の三つ全てに攻撃を仕掛ける手はずだ。

 

 東側の屋内訓練棟は丘を駆け上った先にあり、こちらは星条の助っ人が一人で受け持つので気にするなと命から指示を受けている。中央の教室棟は鉄条網や土嚢の壁も少なく一見すると強行可能なようにも見えるが、三棟全てから集中砲火を浴びる危険があり命もここを抜けるのは不可能に近いという見解を示していた。

 そこで、本命は全て西側兵器棟に。四葉や紫藤を乗せたハンヴィーは既に突入の準備に取り掛かっているはずだ。


「明皇ですし顔面アウトを守ってくれるとは思えません……はぁ、三年に上がってからなんか知らないうちに隊長にされてるし明皇とはまた戦うしで戦闘科やめたくなりますよ」

「またまた、そんな気ないくせに」

「私は隊長がいたから戦闘科を続けてるようなものでありますよ」


 両肩に触れた細く小さな手の平は震えて、しかし向けられた二人の視線は信頼の光を灯す。

 だったら後は、隊長として、白崎の生徒として。


「……皆さんの命、今だけ私に預けてください」


 無言の首肯に、隊長は満面の笑みを浮かべた。

 今にも死んでしまいそうな状況なのに、この時ほど戦闘科をしていてよかったと思えることはないと感じてしまう。

 こんな感覚は普通の学生とは少し違うかもしれないけれど、これこそが戦闘科生徒の――


「四葉さん達の道を切り開きます! 行きましょう!」


 

 

 学院屋上から眩い光が見えた。直後に轟いた砲声と共に校庭中央に巨大な土煙が舞い、吹き飛ばされてきた石と砂が頬を打つ。

 本格的な戦闘が始まった。もはや逃げ場はなく、こうして息を吐いたその瞬間、銃弾が頭を貫き命を掠め取られるかもしれないのだと思うと膝が震えた。


「頭を上げろ椎名四葉。お前はそこで怯えるのが役目だったか?」

「大丈夫よ四葉、なんせこの私がついてるんだもの。ほら、胸張って立つ」

「四葉ちゃんはさ、笑ってる方が可愛いっつーか……ほ、ほら! もう俺よりつえーんだからもっと自信持って、な?」

「しどーくん……さっちん……修嗣くん」


 仲間の声が聞こえた。抱えた膝に力を入れて、立ち上がればそこには仲間達の姿。


「俺は盾だ。どんな敵が来ようとも、お前を守る」

「今までだってやれたんだもの、今回だっていけるわよ。後ろは任せなさい」

「へへっ、俺に見せてくれよ。四葉ちゃんの活躍をさ」


 そう、四葉達は明皇を落とす要。誰一人欠けず魔城の中に入らなければならない。

 こんなところで、一人だけ躓いてはいられない。何よりもそれは、四葉らしくないから。


「……んよし! 行こうみんな!」


 頬を手で打って、四葉は声を張り上げる。すると、周りから歓声が上がった。

 誰ひとりとして絶望せず、希望を信じて白崎は戦う。勝利のために。

 だから今こそ、全力で相手に挑む時なのだ。仲間と友を信じて。

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