31話「その戦いは誰のために」
数時間にも及ぶ大移動。いつもなら送迎用のトラックの中で銃の整備や雑談、カードやスマートフォンを使ったゲームで盛り上がる白崎の生徒も、今日だけはみな重苦しい面持ちでずっと窓から流れる景色を見つめるか、瞼を閉じて深い思案に耽るかのどちらかといった具合だった。
無理もない。何せ相手は数か月前に一度敗北し、多くを奪い去っていった者達。今度は何をされるのか、そんなことばかりが生徒達の中で渦巻いて、これではまともに撃ち合うことすら満足に行えるか分からない。
「……命」
「わかってるわ」
良くない空気が全体に浸透し始めていることに気づいた皐月が言った。
そんなものは命だってとっくに察している。みな戦争映画で初めて実戦に出る新兵さながらの青い顔つきで座っているのだから、気づくなという方が無理な話だ。
準備はした。装備も揃えた。あとは手はず通りに事が進めば、滞りなく悲願の一つは果たされるはず。だが、
「良くないわね、これは」
親指の爪を噛んだまま、命は吐き捨てるように言うとトラックの荷台に張られた深緑のシートにもたれかかった。
計画自体に狂いはない。もしここにどうしようもないほどの誤差を生み出してしまう要素があるとするならば、それは白崎の生徒達だ。
装備がどれだけ整っていようと扱うのは人間。十分に道具の性能を引き出せなければ命の作戦は、いや、どんな天才が立てた作戦だとしても意味の無いものとなる。
「でもまあ……ここまで来れば後は白崎の子達を信じるだけよ」
そう言い残して、命は目を瞑ると浅く思考を蝕んできた眠気に身を委ねた。
果たして、最後に眠ったのはいつだろうか。翔閃との戦闘後即座に動きを見せた明皇学院。彼らを打ち倒すべく今まで準備してきた物全ての調整に時間を費やし、以来命が家のベッドに身を預ける時間はついに訪れることはなかった。
だがそのかいあって、支度は全て済んでいる。きっと白崎の子達も、アレを見れば陰鬱な気持ちも吹き飛ばしてくれることだろう。
だから今は、休息が必要なのだ。白崎の要となる命だけは些細なミスすらも許されはしないのだから。たとえ束の間でも、今はすべてを忘れて休むことが命に取っての――
「意外に寝顔は可愛いのね…………お疲れ様」
意識の途切れるその瞬間、笑う皐月の声だけが頭に響いた。
みな一様に、目の前に広がる光景に見入っていた。
ある者は学校という名ばかりの要塞に。ある者はそれに挑まんと列を成して並ぶ装甲車達の軍勢を見つめて。
「えっと、命さん。これって……全部?」
「そうよ」
狼狽する男子生徒には目もくれず即答し、命は遠くにそびえるコンクリートと鉄で出来た要塞を睨みつけた。
あの場所こそが仇敵の居城。全てを投げ打ってでも破壊しなければいけない悪鬼の住処だ。
「ハンヴィー20輌、ストライカー6輌、全部白崎の戦力よ」
「白崎の車両は前の戦いで全部壊されたって言ってたじゃない。これだけの物をどこで?」
「私が前から少しずつ買い揃えておいたのよ。ふふ、私だってSランクですもの、それくらいは出来るわ」
清々しいまでに言ってのける命に、問いを投げた皐月すらも目を見開いて驚く。
戦闘科を有する学校及び戦闘科生徒ならば一般市場に流れる物よりは軍用車両も安く購入できる。なので当然、個人で購入する生徒がいないわけではない。のだが、それでも費用は個人で手を出すには一両購入するだけでも大きすぎる額だ。それをこれだけの数で揃えるとなれば、皐月が驚くのも無理はないだろう。
「だったら前から出してくれればよかったのに、突然奮発してどうしたのよ。まあ、おかげでみんなの士気も上がっているようだけれど」
「これは全部……この為に準備していたものだもの。他で使う気なんてさらさら無いわ。私達はヤツらに勝たなくちゃいけないの、絶対に、必ず、どんな手を使ってでも、ね」
「……命?」
そこまで言って命は沈黙し、皐月の傍を離れると事前に連絡を入れていた人物を探す。一人しか確保できなかったのは痛いが、戦力に変わりはない。おそらくもうここに到着しているはずだ。
と、周囲を見渡すといかにもやる気を削がれたように両膝を抱え、要塞と白崎の生徒とを交互に見ながらふてくされる少女を発見する。
胸には星の校章。頭に乗った小さな帽子についた白羽根が、彼女の心中を表すかのようにうなだれていた。
「ちゃんと来てくれたみたいね」
「ん……お、白崎のボスか」
命の存在に気づいた白羽根の少女は立ち上がり、いかにも不満げに眉を寄せて詰め寄りながら明皇の学校を指で指し示す。
「おうおう相手が明皇とか聞いてねーぞ! こんなんもやし一袋追加だけじゃ割に合わねーし! 私帰るからな!」
「もや……? ともかく、あなたに帰ってもらわれると困るのだけれど」
「いくらユーとマニのお願いだからって限度があらぁ! よその小競り合いで命張る義理はないっつーの! 死ぬなら勝手に死ね!」
少女が声を荒げる度に、激しく帽子の白羽根が揺れる。
それが気になってしまった命は、つい手が出て。気づけば帽子から白羽根を抜き取っていた。
「あー!? やめて返して私の半身!」
「じゃあ、手伝ってくれる? 大丈夫よ、私達は負けないわ。あとで報酬も渡すから」
「報……酬?」
じたばたと暴れ、羽根を取り返そうともがいていた少女の手が止まる。組み付いていた命の身体から離れると、今度は捨てられた子犬のような目で命を見つめて。
「えっと……それって、食べ物とかでもよいですか……カップ麺とかでもいい、ので」
何が気恥ずかしいのか若干目を反らし気味に、両手の人差し指をつんつんとくっつけながら少女は申し訳なさそうに言う。
「え、えぇ? さすがにそんなものじゃ悪いから……そうね、白崎の子達はいつも学戦の後は焼肉を食べに行っているらしいのだけれど、一緒にどうかしら?」
「焼肉!?」
瞬間、太陽さながらに目を輝かせた少女が飛び跳ねる。
と思えば次の瞬間には神様からありがたいお言葉でも頂戴したかのように胸に手を当て祈るように小さく焼肉と連呼し、しかし突然気まずげに目をそらす。だが、期待を隠しきれないのか指先だけは絶えず暴れるように動いていた。
「そ、そのような高級なものを頂いてよろしいのでしょうか……」
「何で敬語……それで明皇と戦ってくれるなら私は構わないけれど」
「あ、う……明皇……明皇」
そこで相手を思い出したのか、少女の顔が険しくなる。
当然だ、明皇学院は序列3位の実力を持ち、尚且つ黒い噂の絶えない学校。どんな報酬を持ちかけられたとしても、命を失ってしまえば意味はない。しかも彼女からすれば自分には関係のない戦闘でもあるのだからなおさらだ。
「……焼肉は?」
「やります」
だが、彼女はそこで即答した。
眼前に広がる鉄の城。非現実的な風景に圧倒され、四葉はその場を動くことができなかった。
荒野のように広大な土色の運動場が広がる敷地には土嚢の壁が点在し、鉄条網が行く手を阻むように学校周辺を囲う。その奥には完全に要塞化された学校と、それを守る銃座が各所に設置されていた。
まるで映画のラストシーンさながらの光景だが、この様子では四葉達が主役のように格好良くここを突破することは難しそうだ。
「怖い?」
「みこりん……」
不意に頬に触れた冷たい手の平。見上げればそこには親友の顔があり、その表情にはどこにも憂いはない。
すると命は四葉の体を抱き寄せ、そっと頭を撫でる。
「大丈夫よ、奴らを倒せばまた楽しい時間が戻ってくる。何も……心配はいらないわ」
「みこりん、痛いよ」
体に回された腕が力強く四葉を抱擁する。
その時感じた奇妙な違和感に、四葉は無意識の内に軽く命の体を押し退けてしまった。
四葉以外の誰かに語りかけるような、奇妙な違和感に生じた僅かな恐怖。それは親友に対して抱くべき感情ではなく、それを恥じるように四葉は顔を俯かせる。
「ごめん……でもその」
「…………いいの、大丈夫。終わらせましょう、ここで、全てを」
小さな拒絶に命は僅かに瞳を細めるが、しかしすぐに笑って今度は優しく、触れれば壊れてしまうものを扱うような丁寧さで四葉の頬を両手で包んだ。
「だから今は、武器を取りましょう。戦うために」
戦闘開始五分前。
いくら装備が整っていようが相手はあの明皇学院。白崎の生徒達にいつものような笑顔はない。
それはおそらく、今回のルールが殲滅戦であることも関係しているのだろう。両校どちらか一方の生徒が全員倒れるまで終わらない、それが殲滅戦。まさに戦争だ。
――ただし、今回だけは特別に各校代表者が戦闘不能になることで即時試合終了というルールを追加させてもらっている。明皇側は渋い顔をしたようだが、ここで彼らが首を横に振ったところでどうすることも出来ないようにするための『準備』も疎かにしてはいない。
だから嘘偽り無く、今回の明皇対白崎戦のルールには追加の勝利条件が記載されている。
「もうすぐね。みんな準備はいいかしら?」
「ここまで来たんですもの、後はやってみるだけよ。ふふん、この皐月さんに任せなさいな」
「みこりんがついてるもんね。私も頑張るよ」
「皐月ちゃんや命ちゃんとはもっと仲良くなりたいからな! こんなところで死ねるかってんだ!」
白崎の仲間達が立ち上がる。その光景に、他の生徒達の瞳にも闘志が宿った。
「一時とはいえ今は俺も白崎の生徒だ。やるだけのことはやる。ヤツらに思う所が無いわけでもないしな」
「うぐぅ……」
「や・き・に・く……欲しいでしょう?」
「やります」
やや強引にだが命が仲間に引き入れた紫藤と白羽根の少女も、強力な戦力として活躍してくれることだろう。
全ての駒は揃っている。あとはそれを手順通り動かすだけだ。だから――
「さあ、始めましょう。私達の戦争を」




