30話「挑むは最凶の敵」
車両部隊による強襲。その成功をもって攻撃側の勝利は約束されたものだと、そう信じていた。
だが、現実はこうも非情なのだ。今や最強の戦力だったBTRとT90は炎を纏いその巨体は動きを止め、それを率いた主は見事なまでに四つん這いで落胆を身体で示している。
それまで優勢を保っていた戦況は一片、謎の狙撃手による攻撃で部隊の進行は大幅に遅らされ、単騎で進行は出来ない車両部隊はここで足止めを食らっていた。
その状況を打開しようと狙撃手の排除に尽力した皐月だが、結果は惨敗。狙撃手は発見できたものの撃ち負け、更に高価なスコープを破壊されたことでリュドミラと一緒に岩の陰で泣き崩れている。そういえば彼女は白崎の軍門に下ってからというもの今のところ毎回何かしらの装備を破壊されている気がする。災難なことだ。
「なぜこうも……私の装備ばっかり壊されるんだ……しかも高いやつ」
「無力化するなら耐久値削ってくれるだけでいいのに……修理費、予算が……ああ」
うずくまる二人を横目に、修嗣は首を振った。もはや敗戦は濃厚。車両部隊を失った時点で、勝敗は決したも同然だ。
結局車両部隊を襲った謎の砲声の正体は今だ不明のまま、遠距離、それも四方から攻撃されてリュドミラのT90とBTRは為す術無く破壊された。それはもう完膚無きまでに。
頼みの綱の皐月もこれでは、あとはもうここで円を組みながら反省会でもするしかやることはなさそうだ。
という修嗣の予想は正しく、これより約五分後に制限時間超過のアナウンスによる三陣営同盟の敗北が運営より言い渡されたのであった。
「修嗣くん、しどーくん、私分かったよ。装甲車に轢かれると、めちゃくちゃ痛い」
「当たり前すぎる……」
「当然だな」
BTRに轢かれた四葉は真っ先に戦場から離脱しセーフエリアにて戦場の様子をスクリーンで眺めていた。なので、結果は修嗣達が報告するまでもなく把握できている。
一時は優位に立ってみせたものの、敵の反撃が激しく結局は攻撃側の敗北という結果に終わってしまった。しかしながら善戦はしたと思うし、四葉も命がいない初めての戦いにしてはよくやったと思う。退場した理由はさておいてだが。
だが、模擬戦とはいえ負けたのは悔しい。四葉は学園に帰ってからの訓練メニューを増やそうと決心する一方で、傷心の仲間を気遣わねばならないと横になっていたベンチから身を投げだして立ち上がる。
薬の影響はもう体には残っていない。どうも四葉は学戦用の薬の影響を受けにくい体質らしく、効果が出てもしばらくすれば動けるようになるようだ。しかも日増しに起き上がれるまでの時間は短くなってすらいる。
この力を皐月にも分けてやりたいくらいだが、今はそれよりも別の事に気を使ってやるべきなのだろう。
「さっちんだいじょーぶ?」
「だいじょばない」
即答され、四葉は口を結んでぐぬぬと呻き声を漏らした。皐月は戦いに出るたび何かしら装備を壊されている。当然いつも使っているものなら愛着もあるだろうし、何より素人の四葉でも彼女の装備にはかなりの金額が注ぎ込まれていることくらいは理解できる。
それを何度も破壊されたとなれば、皐月の落胆も分からなくはない。
「補充にかかる費用はともかくそれなりに使い込んでいたものばかりだから愛着があるのよ。はぁ……思えば明皇に負けてからいいことないなぁ」
「にゃ? 明皇?」
「え、あ!? あ、っとその、何でもないのよ。なんだか最近運が無いなって」
「大丈夫だよ! 今まで無いならその分おっきい幸運が来るかもだよ?」
「なら……いいのだけれどね」
含みのあるため息をついた皐月の横を、大型のトレーラーが通り過ぎる。雨後の山道は当然そこかしこに水溜りが生じ、巨大なタイヤがそれを踏みつけ跳ね飛ばしては失意の皐月にぶちまけながらあざ笑うようにエンジンの唸り声を轟かせながら遠ざかっていく。
ちなみに四葉は事前にトレーラーの気配を察していたので泥水が跳ね跳ぶ位置からは既に移動している。
「ツイてない、本当にツイてないわ……あ」
憎らしげにトレーラーを見つめる皐月は、しかしその荷台に積まれた物に驚愕し目を見開いていた。
「どしたのさっちん? あの銃……大砲? 気になるの?」
トレーラーの荷台には、三脚に固定された大型の銃が6機。銃には何やら四葉の頭脳では理解不能な大きな箱や配線が無数についていて、どこかSFチックな外観をしている。
「遠隔操作可能な自動射撃装置、なるほど戦車がやられたのはアレか……あんなお高いのどうせ持ち込んだの星条でしょ、ほんと壊すのだけはどこよりも上手いんだから」
「解説ありがとうさっちん。ところで泥水まみれで大丈夫?」
「だいじょばない」
まるで犬のように体を震わせて水気を跳ね飛ばす皐月にタオルを差し出しながら、四葉もBTRに轢かれて制服についた泥を払い落とす。
この模擬戦で学んだことは多い。敗北の味もその一つだ。しかし、模擬戦だからこそなのだろうか――四葉は今まで以上にこの学戦という競技をが素直に楽しいと感じた。
勝って負けて奪って奪われて、普段のそんなやり取りを介さない分、銃で撃ち合うという学戦の醍醐味たる部分だけに集中できたということもあるだろう。
最初は友人達と同じ舞台に立ちたいと、ただそれだけを願って踏み入った未知の領域。期待よりも、勝ったのは不安。
だが、今ならば答えられる。それは四葉にとって最良の選択だったのだと。
白崎学園校長室。
ソファーに座り、顔を見合わせながら互いの意思を確認する。だが、切羽詰ったように不安げな表情をする男に対して、対面に腰を下ろす少女は努めて冷静だった。
二人の間に置かれたテーブルには、新たなる学戦の書類。そこに綴られた文字の中には、現在序列3位の明皇学院と刻まれていた。
完膚なきまでに叩いたと思った相手が数カ月の内に復帰し連戦連勝を重ねれば、彼らは必ず反応を示してくれる。少女の目論見通りとはいったようだが、白崎学園校長からすればそれは傷口に刃を突き立てられるも同然なほどの悪夢的な出来事でもあるだろう。あの惨劇の再演が繰り広げられることを恐れるのも無理はない。
だが止まらない。これが少女の渇望、少女の悲願。そのための準備は既に整えた。十分とは言えずとも、不足は自分自身で補えばいい。今の少女ならば、それが出来る。
「本当にやれるのかね? 君一人では……」
「問題ないわ。その為に準備をしてきたんですもの。それに私の力は……言うまでもないでしょう?」
奇妙な迫力を持った双眸に気圧されて、校長は口ごもる。
やがて少女は立ち上がると、校長の座るソファー、その背後に周り込み彼の首に腕を回した。後ろから抱きつくような姿勢に戸惑う歳ではないが、今彼の心を乱しているものが少女なのだとすれば、それは少女から発せられる冷たい死の匂いだ。極薄く、静かで、鋭い狂気。
「大丈夫よ、白崎は私が一番にしてあげる。それで学園戦争は元通り。誰も死なない、平和な戦争がまたやってくるの」
妖艶の魔女が男の耳元で囁く。その言葉は甘く、しかしその本質は毒にも似て、だがそれを拒絶する理由は男にはない。彼もまた少女と想いを同じくするものなのだから。
「…………頼んだ」
「ええ、もちろん。そのために今の私がいるのだもの」
そこで会話は一旦の区切りをつけ、不意に叩かれたドアに二人は注意を向ける。
聞き覚えのある声とともに開かれたドアから姿を現した白髪の少女は、しかし室内の異様な空気に何かを察したのか顔をしかめた。
「失礼しま――え、えと、お邪魔だったかしら?」
ちょうど皐月から見れば、命の体勢は校長によからぬことをしかけたようにも見えるだろうか。
だが命はかすかに口の端を持ち上げて笑うと取り乱した様子もなくソファーの肘掛けに腰を下ろし、部屋の主を背にしながら我が家のように堂々と足すら組んでみせ、悲惨な状態の皐月を見据えた。
「あなたが想像しているようなことは何もないわよ。それは色々と問題だものね。それよりも随分と酷い有様だけど、大丈夫?」
皐月はせっかくの白髪が半分乾きかけの泥で茶色く変色し、服も豪雨の中を歩いてきたかのように濡れそぼっている。彼女がここまで手酷くやられるところは逆に見てみたいと僅かながらに命は好奇心を湧き立たせるも、一時の感情を思考の隅に追いやって、命はテーブルの資料を手に取り皐月の胸へと突きつけた。
「これが、次の対戦相手よ。あなたの遺恨を晴らすいい機会じゃないかしら?」
「遺恨て、私別に恨んでるやつなんて――ッ」
最初こそ鼻で笑った皐月だが、資料に記載された対戦校の名前を見た瞬間、文字通り目の色が変わった。
彼女もまた、明皇に縁のある人物。この名を目にして無心でいられるはずもない。
皐月の心情を察してやりながら、命は彼女の耳元で囁く。
「アレはもう十分血の味を楽しんだでしょうし、そろそろ止めてもいい頃合いよね?」
「……出来るの? 私たちに」
横目で狼狽する皐月を一瞥して、彼女の濡れた肩を撫でながら命はすれ違うようにドアを開ける。
去り際に、一言だけを残して。
「もちろん」




