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27話「着実に成長、しかし」

 今回の模擬戦ルールは拠点攻防戦。一方が攻め、一方が守る。攻撃側が全滅するか、防衛側が全滅あるいは拠点制圧された時点で勝敗が決定する。また、今回は制限時間も設定されており、制圧できないまま時間を超過しても攻撃側の敗北となる。

 攻撃側が不利な条件の分戦力自体は多いが、足場も視界も悪い森の中とあってはむしろ分が悪いのは四葉達攻撃側なのかもしれない。

 そんな状況の中戦いの火蓋はついに切られ、既に三十分が経過しようとしていた。

 

「あわわ、しどーくんこれ全然見えないけど大丈夫なの!?」


 正面の視界を覆う白煙に、四葉はその向こうから襲い掛かってくるであろう脅威に身構える。

 リュドミラの作戦で皐月たちとは別行動の四葉は、新たに仲間に加わった紫藤と一緒にBTR2両が撒いた煙幕に隠れながら旭女学院の生徒達と進撃を開始していた。

 こちら側はBTR80の2両を主とした白崎と旭の二校の戦力はほぼ全てを集めた、森を進み防衛側陣営と正面から衝突するグループ。リュドミラ達は奇襲を仕掛けると言っていたが、あいにくと四葉は詳しい話は聞いていなかった。

 現在防衛側拠点から約3キロ地点、主力のT90が別ルートに入っていることを敵に悟らせないようBTRと白崎の生徒でスモークを焚いて視界を塞ぎながら進軍中。追い風なのもあって煙が防衛側に流され、煙に合わせて進行することで四葉達は姿を隠している。

 

「相手に見えない限りは大丈夫だ。だがそろそろ敵も動いてくる、車両の後ろに身を隠しておいたほうが良い」

「わわっ!?」


 襟首を掴まれ子猫のように紫藤に持ち上げられると、四葉はそのままBTRの背面に放り投げられる。

 四葉の身の丈の倍はありそうな鋼鉄の動く箱の真後ろというのは、頼もしくもあり同時にどこか物々しい迫力がある。

 

「轢き殺されんようにな」

「怖いこと言わないで!」


 言われて四葉はBTRの背後から飛び退いて、少しだけ距離を取る。あまりべったりと張り付きすぎれば、後退した際に轢かれかねない。それを想像して、四葉は首筋に嫌な汗を流した。

 それからしばらくBTRは細木をなぎ倒しながら前進して、模擬戦開始から一時間が経とうとした頃だろうか、四葉の顔の横でひゅんと間抜けな音を立てて何かが通り過ぎた。それが銃弾だと理解したのは、BTRの装甲板に跳ね返った一発の曳光弾が仄かに光を放ちながら弾道の軌跡を描いて四葉の真横を通り過ぎていったからだ。

 

「およ?」

「敵だな」


 冷静に紫藤が言うと、滑り込むように彼もBTRの背面に身を投げる。

 直後、無数の銃弾の雨が正面から襲いかかり、大小あらゆる口径の銃弾が地面を抉りBTRの装甲板を叩いた。

 まだスモークは生きている。が、今回はそれが仇となった。見えぬ敵に対し防衛側は弾幕を張ることで対応した。おかげでこちらは移動不能、煙で敵の姿が見えないため、各自の判断で左右に展開、あるいは四葉達のようにBTRを盾にして身を隠している。

 

「おぼぁ!? な、なん――」


 煙を裂いて飛来した物体が、四葉の数メートル先に落下し爆発。

 飛来物が着弾した場所は小さなクレーターができ、吹き飛ばされた泥が四葉の顔を叩く。

 ただの泥の塊が小石ほどの威力はあっただろうか、頬を打たれた痛みと爆発での耳鳴りに四葉は片膝を付き――だが崩れ落ちる体を引き上げたのは、紫藤の硬い手の平だった。


「立つんだ、まだ終わってない」

「あ……」


 爆発での耳鳴りとBTRの14.5mm機関銃の銃声にかき消され、紫藤の言葉は四葉には届かない。だが、その強い眼差しに見つめられているだけで、四葉の足を奮い立たせる理由には十分だった。


「大丈夫! やれるよ!」

「そうか」


 それが合図となり、紫藤と四葉は左右に分かれ散開。BTRの影から飛び出すと、四葉は近場の林に転がり込んで銃弾から逃れる。この際制服が泥に塗れる程度、もう気にはならない。

 BTRと白崎の生徒が展開するスモークから遠ざかる分敵に発見される確率は上がるが、今ならばあの鉄の箱(BTR80)が敵の注意を引いてくれる。当分は銃弾がこちらめがけ飛んで来ることはないだろう。

 四葉は周囲に気を張り巡らせ、慎重に雑草の合間から顔を出す。目線ぎりぎり、最低限の露出で視界を左右に這わせると、100メートルほど先だろうか、数名が木の陰から半身を晒していた。

 敵武装集団との距離は100。傾斜の緩い小さな丘に陣を取っている為、敵は撃ち下ろすようにこちらを攻撃してきている。高地の有利も視界に限ればこの森では絶対的優位というほどでもない。攻める手はいくらでもある。だが――


「私って馬鹿……」


 四葉の小さな手に握られているのは、M93R。どれだけ性能が良かろうと、所詮は9mm口径の拳銃でしかないのだ。弾が届かないわけではないが、約100メートルの距離を正確に狙撃できる代物でもない上にそもそもそんな技術を四葉は持ち合わせていない。

 せめて命からMk18を借りてくればなんとかなっただろうか。いや、四葉の腕ではライフルを使ったところで扱いきれる保証はない。

 だが無いものに縋ったところで神様が助けてくれるわけではない。今あるものでこの状況を打破してみせる。つまり、当たらないなら当たる距離まで近づけばいいだけだ。


「味方は……いないか」


 過度な露出を控え周囲の気配を探る。が、旭の生徒は殆どがやられたかBTR周辺で闇雲に撃ち返しているだけ。反対側に飛んだ紫藤と合流するにも、絶えず降り注ぐ銃弾を掻い潜るのはリスクが大きい。

 四葉はM93Rの遊底を引くと、身を屈めたまま林の中を駆け抜ける。単身で突っ込むことになるが、小柄な四葉なら見つかる可能性も低いはずだ。

 狙い通り、目の前の獲物に集中しすぎて注意が疎かになった敵陣、その懐に飛び込むのは素人の四葉でもさほど難しくはなかった。ものの数分で防衛側の集団側面に到達した四葉は、M93Rのセレクターを親指で単射からバースト射撃へと切り替える。

 

「手前きかんじゅー……奥がライフル……ええと、顔は駄目、顔は駄目」


 学戦のルールを今一度頭の中で確認し、四葉はM93Rのグリップを握り込んだ。

 四葉の位置からは、手前側に積み上げた土嚢に隠れる軽機関銃手と、その奥にライフルを持った数名が射線に入る。BTRの駆動音と銃声が響いている今ならば、四葉の存在も敵に悟られることはない。

 四葉はM93Rのトリガーに指を添える。まだ照準はつけない。

 これから初めて人を撃つ。当然学戦なのだし、撃った相手が死ぬことは決してありえない。そう自分に言い聞かせて、一度深呼吸。

 

「…………」


 最初は機関銃手。防弾機能を備えた弾薬ベストに守られた半身、下腿は土嚢と地面の窪みに隠れている。四葉はスライド上部に設けられた小型のダットサイト、そのレンズに輝く赤の光点を標的の左肩よりやや下側、反動での銃口のブレも考慮し脇腹の辺りに重ねた。

 自分でも驚くほど冷静でいられたのは、これが学戦という特殊な環境だったからだろうか、それとも命に言われ人型の的を撃ち続けている内に感覚がいつの間にか麻痺していたのか。

 とにかくその時の四葉はひどく冷静で、指先がトリガーに圧力をかけ、9mmパラベラム弾が撃発される瞬間すら淡々と標的を見据えていた。

 トリガーを二度引き絞ると、一定のリズムを刻み乾いた銃声が六回。ダットサイト越しに機関銃手の体が大きく仰け反りびくんと跳ね上がるのを確認してから、四葉はわずかに上体をずらし銃口を滑らせるようにして照準をライフルを持った集団へと切り替える。

 

「四……や、奥にもう二人」


 計六名の敵影。四葉は右手で銃を固定、自由になった左手で腰のポーチから予備の弾倉を掴み取る。視線は敵に向けたまま、半端に弾を消費した弾倉を交換して再度射撃姿勢を取る。

 片膝を地面につき、呼吸を整え、セレクターは単射に。まずは一番近い者に照準を合わせてトリガーを引く。

 二発撃ったら着弾可否に関わらず更に奥の敵へ狙いを移して再度二発。幸いにも今回は銃弾が狙いを逸れることはなかった。だがそれを喜ぶより先に四葉は即座に移動を開始し、集団の背後に回り込む。

 機関銃手と違い、そう遠くない距離を維持したまま散らばっていたライフル隊は二名が倒れると同時に側面から襲撃されていることに気づくが四葉は既に元の射撃位置にはいない。困惑し顔を見合わせている四人の背後から四葉は強襲。接近しながら連続で射撃を加え、更に二名を倒す。

 そこでようやく四葉の位置を把握した最後の二人が振り向きかける。が、既に照準を合わせた四葉の方が早い。この距離なら一秒以内に仕留められる。そう確信して、四葉は引き金を絞り――突然目の前で吹き飛んだ二人に目を丸くする。


「……へ?」


 地面を滑り四葉の後方三メートル辺りまで飛んだ二人の腹部には大きな穴が開いている。その中身を見てトラウマを記憶に刻む前に顔を正面に向け、四葉は考えた。

 あれは大口径弾によるもの。だが旭女学院の生徒が持っていたライフルのものではないだろう。さて他に大きな銃を持った者がいただろうかと首を傾げそこでようやく、近づいてくるエンジンの轟音とBTRに備え付けられていた機関銃を四葉は思い出した。


「おお、そういえば――うぇ?」


 両手を打ち鳴らして一人納得する四葉。その真横から、丘を全速力登りきったBTR80が土嚢を踏み台にほぼ垂直の角度で飛び込んでくる。

 総重量約13トンの装甲車は、まるで狙ったかのようなコースで四葉の頭上へと降り注ぎ――


「あ……死んだなこれ」


 全てを悟り冷静になりすぎた四葉が呟いたその瞬間、BTRの真下からは柔らかい何かが潰れる音がした。

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