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26話「決戦の前に」

 学園戦争。それは学生が銃を取り戦う戦争の真似事。

 だが世間から言わせてみれば、ボールやバットが銃に変わっただけのスポーツなのだと、そういう認識でしかない。

 同時に、勝敗が自らの生活を左右するほどの大規模なものであるということから、むしろ近年ではこれまでのどのスポーツよりも注目されていると言っても過言ではないのかも知れない。


 そんな学園戦争の戦闘はさながら実況付きでスポーツ中継のように放送されるか、小規模のものなら特設会場を設け大型スクリーンから覗き見ることができる。

 でもそれはあくまで、戦場から離れた遠い場所から俯瞰的に眺めるだけ。

 戦場の空気は――なんてそんな大層な事を語れるほど多くを経験したわけではないが、少なくとも銃の重さだとか、弾が当たった時の痛みだとか、銃弾飛び交う中で野山を駆け抜ける楽しみだとか、そんなものは全部、実際に体験してみないとわからないものだ。

 そう言えるのは、四葉もかつてはそうだったから。


 親友の二人が見ていた世界を、四葉は知らなかった。

 だから少しでも二人に近づきたくて。二人の世界が羨ましくて。

 一歩足を踏み入れた先に待っていたものは、決して楽しいことばかりではなかったけれど。それでも――


「私、学戦……結構好きかも」

「そう。……そっか。ふふ、そうね。だから私も、まだここにいるのかもね」

「さっちん?」

「なんでもないわ。さ、楽しみましょう。今日は、そういう戦いなんだから」


 



 昨日の豪雨が嘘のように、晴れ渡った空。

 しかしそれは四葉達の頭上にのみ広がり、少し視線を下げればあるのは緑の天井と薄く暗い岩肌に覆われた山と深緑の森。

 せっかくの晴天も高くそびえる木々から伸びた自然のカーテンに遮られ、周囲は薄暗く、雨後の湿り気を感じた。


 ここで一つ、余暇を利用して森林浴にでも洒落込もうとした四葉の耳をつんざいたのは、猛る鉄騎の唸り声。

 それは倒木を踏み折り、ぬかるんだ地面を物ともせずに突き進んではゆっくりと速度を落とすとちょうど四葉達のすぐ横で停車した。


 そこに存在するだけで感じる圧倒的なまでの威圧感に、身震いしてしまいそうなる。

 巨大な鉄の体から伸びた砲身は鈍く輝き、踏みつけた物全てを蹂躙する迷彩柄の車体はディーゼルエンジンの咆哮を轟かせる。それはT90と呼ばれる、ロシアが誇る主力戦車だった。

 そしてその背後では、両翼に分かれBTR80装甲車が陣形を組む。

 この3両はどちらも赤場高校が保有する兵器で、今回の戦力の要。


「わっわっ!? こんなのも学戦で出していいんだ」

「さすがにここまで兵器が投入される戦闘は私も久しぶりかな。圧倒されちゃうよね」


 皐月と二人で実際の戦場さながらの風景に圧倒されながら戦車隊を眺めていると、ちょうどT90の上部ハッチが開き、偶然にも中から出てきた女性と四葉は視線を交える。

 線の整った、どこか異国の質感を思わせる顔立ちの――ハーフの子だろうか。白い髪の女性は軽く微笑んでから四葉に手を振ると、後列の装甲車と周囲の生徒に手で指示を出してから、軽やかな動きで戦車から降りてくる。


「君達は……ああ、白崎の子ね。私は赤場高校三年、リュドミラよ。一応こっちの代表、ってことになってるわ。よろしくね」

「え、ああっと。よ、よろしくであります!」


 予想に反して零れた流暢な日本語に四葉は戸惑いつつも、差し出された手を握り返す。近くで見ると、思った以上に身長が高い。白崎メンバーで一番身長の低い四葉で比べると、頭一つと少し分は差があった。四葉が童顔で、対するリュドミラが歳不相応に大人びているせいか、見ようによっては親子とも取れるかもしれない。

 身長差から自然と見上げる形になり首を無理やり引き上げながら四葉が話していると、それに気づいたのかリュドミラは軽く膝を折ってから視線を四葉と合わせた。

 その様子が滑稽に思えたのか、背後で笑いを堪えるように身を捩っている皐月に四葉は頬袋に餌を溜め込んだハムスターのように頬を膨らませる。

 

「さて、あとこっち側は(あさひ)の子たちがいるはずだけれど」

「呼ばれてはなんとやらです! 旭女学院一同、既に戦列に参加済みです!」


 リュドミラが周囲を見渡しかけた瞬間、傍らの雑草が音を立てて飛び出した。

 が、それはよく見れば体に雑草を括り付けカモフラージュを施した人間だ。雑草が意思を持って動くことはありえないのだから、当然だが。


「全然気づかなかった……あ、白崎の椎名です」

「はい! 旭女学院の鮒盛(ふなさか)です! よろしくお願いいたします!」

 

 鮒盛のテンションがここにいる者達より数ランク以上も上過ぎて、四葉はその気迫に押されながらも握手を交わす。

 すると、手の平にひんやりとしつつ背筋に悪寒の走るぐっしょりとした感触に、悟られないように四葉は視線だけを一瞬下に下げた。

 それは、大量の泥。そりゃあ濡れた地面に寝そべってたんなら当たり前だよね、と四葉は顔をひきつらせながら握手を終えると、察していた皐月からハンカチを受け取り指の合間まで綺麗に泥を拭き取る。しかし不快感は残ったままだ。


「さて、見ての通りこっち(赤場高校)は私のT90を主力とした車両部隊のみ。歩兵の戦力はそっち頼みになっちゃうけれど、良いかしら?」

「問題ありません! 不肖鮒盛、粉骨砕身の思いで挑みましょう!」

「そう、じゃあちょっと提案があるのだけれど、白崎の皆も聞いてくれるかしら?」


 こちらの兵力は旭女学院100名、赤場高校が3両、白崎が20名。これまでにない程の戦力が投入される戦いに、四葉は身震いする。だがこんな時に限って頼りの命はいない。未熟な自分が果たしてどれだけやれるのか、まだ始まってもいないのに不安だけが頭をよぎる。

 初めての模擬戦。見知らぬ者達との共闘に不安と期待を抱きながら、四葉と皐月はリュドミラの言葉に耳を傾けるのだった。






 白崎、赤場、旭の陣営から約5キロ先。

 雨城学園及び星条高校の拠点では、迫る開始時刻に張り詰めた緊張感を漂わせていた。

 戦闘服に身を包んだ雨城の生徒達の多くは既に展開済みで、いま拠点にいるのは指揮官と数名の後方支援組のみ。

 無線機で部隊の配置を確認していた雨城の指揮官である男はポーチに無線をしまうと、傍らで談笑する三人に嘆息する。

 三人の少女が纏うのは星条高校の制服。たしか星条も学戦用の戦闘服があったはずだがなぜわざわざ露出の多い女生徒の制服を、と指揮官が首を傾げた瞬間、少女の一人がポケットから取り出したスナックバータイプの栄養食を齧りだした。


「ちょ、あんたらほんとにやる気あるのか?」

「ほへ?」


 つい男が声を上げると、口いっぱいにバーを頬張った少女が問いの意味を図りかねて首を振る。すると彼女の帽子に挟まれた白い羽がひらひらやる気なく揺れて、なぜか妙に気が削がれてしまう。


「私らは防衛に徹してりゃあいいだけですからねー。なんとかなりましょうや」


 白羽根の横で、銃の整備をしている少女が答えた。こっちは戦意があるものかと一瞬思いもしたが、見れば弄っているM14ライフルに乗せられているのは暗視スコープ。模擬戦の終了時刻は午後三時なので、暗視装置を用意する必要はないはずだ。意味が分からない。


「あっ!? なんですかじろじろ見て! 仕方ないでしょ、私のお財布じゃ旧式の暗視装置で手一杯なんですー!」


 注がれる視線に気づいた少女は勝手に勘違いしてM14を抱きながら泣き崩れ、何を思ってかそれを見て白羽根は腹を抱えて笑っていた。


「まあ気を張りすぎても仕方ないんじゃないかな。これは模擬戦だし、こっちは防衛側。数時間敵の攻撃を凌げばいいだけだからね」


 星条の最後の一人は、そう言って膝に乗せたパソコンを閉じる。並んだ弾薬箱で作られた簡易椅子に腰掛けて足を組む彼女は、一切の武器を所持していないように見える。つまり彼女が星条の司令塔、ということだろうか。

 だが、今の今まで彼女がパソコンを使って眺めていたのは猫の動画だ。近寄る時につい画面を盗み見てしまったから分かる。こいつも信用できない。

 

「し、しかしだな。参加している以上君達も……」

「その時が来れば私達も動くさ。心配いらないよ」


 話を聞いた時はあの有名校である星条高校と肩を並べて戦えるのだと意気込んだものだが、集まってみればこの有様。かの学校からの協力者はたった三人。それも、全員やる気の欠片もないような連中だ。

 もう諦めた、そう観念して男は手を振って三人の傍から離れると、もう一度深い溜め息をついた。

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