23話「報復者」
学園戦争が終了してから三十分。山を一つ越えて最寄りの町に避難していた宮田村の住人たちは、渡り鳥のように揃って自分達の住む土地へと舞い戻ってきた。
人口約百人前後。当然その程度の人間たちでこの広大な盆地が埋め尽くされるはずもなく、土地の七割は田畑で構成され、村人たちは皆自給自足の生活をしている。
やや閉鎖的な印象を覚えるが、この村で栽培される茶葉や薬草はこの地域の名産品でもあり外部の者との交流も盛んに行われているせいか、村人たちの外部の者へ対しての態度は悪くない。
また、今回の戦闘での村の被害は中規模戦なりにかなりのものだったが、これらは全て国が補償する。
彼らからすれば、学園戦争で一時的に避難するだけの手間で家屋や農具を新品に変えてもらえるのだから、例によってむしろ派手に壊されるのを望んでいたのかもしれない。
事実、都市部などでは自らの利益のために学園戦争を積極的に受け入れる街があるほどだ。
「はい、どうぞ。若いのによぉく頑張ったねぇ。ほれ、村特産のお茶。飲んでいってね」
「あ、おばあちゃんありがとー!」
「……ありがとうございます」
命と四葉は村の住民から手渡された紙コップを受け取る。
中を覗き込むと、透き通った黄金色の液体が揺れていた。湯気の立つお茶の温もりをコップ越しに感じて、命と四葉は同時にそれを口に流し込む。
瞬間、薬草的な、なんというか草っぽい苦味が口腔内に一瞬で広がった。
「――んぅっ」
「う、ん……不思議な味というか、なんだろ。しーちゃんが飲んだら死んじゃいそうな苦さというか」
「そう、ね……」
だが四葉はそれが気に入ったらしく、先程の老婆にもう一杯貰いに行っていた。
体にはなんとなく良さそうな感じはするが、大半の人はこれを一口飲んで美味いとは認識しないのではないだろうか。
ふと命が視線を横に向ければ、難しい顔をしながらお茶を一心に喉に流し込む白崎と翔閃の生徒。
中には白崎と翔閃の二校の生徒で固まって、戦術や装備の話で盛り上がっている者もいる。
こういうのも、学園戦争の醍醐味というものだろうか。銃を握り撃ち合う間柄ではあっても、一度戦いの時が過ぎればただの学生同士でしかない。だからこそ、互いに交流を深め合うこともできるのだ。
「そういえば、体は大丈夫? 迫撃砲にやられたのでしょう」
「う、うん。なんというか、痛みを感じる間も無く一瞬でした……と、当時その場にいた四葉氏は語る」
言ってから、四葉は立ち上がって腕を振り回してみせた。薬で治癒したてだというのに、回復が早い。個人差はあるが、薬が作用して最低一時間以上は気怠さが残るものだが四葉にはそれがないようだ。これもまた、彼女の才能の一つだろう。
もう一人、同時に砲撃を食らったはずの人物はといえば、何度も頭を下げる翔閃の生徒を相手に何かしているようだった。机に突っ伏しながらで行儀悪く見えるが、皐月は薬の作用が働くと半日はまともに動けなくなるらしいので、あれはもう仕方がない。
会話の内容こそ聞こえないが、おそらくあの翔閃の生徒は迫撃砲を撃った本人で、謝っているのは皐月の銃と装備一式全てをまるごと吹き飛ばしガラクタと鉄くずに変えてしまったことが原因だろう。
そんなことは学園戦争では日常茶飯事。戦場に装備を持ち込んだ以上は自己責任なので特に相手に謝る必要もないのだが、殊勝なことだ。
とはいえ、優秀な狙撃手の得物が失われてしまったのは少し痛手だろうか。まあ彼女なら、次の戦闘までに変わりを見繕ってくれるだろう、たぶん。
そんな翔閃と白崎の生徒で賑わう中、やたら横に逞しく広がった体を持つ茶色い背広を着込んだ老人が人探しでもするかのように首を左右に振っていた。
面識は一度だけだが、忘れるはずもないあの自信に満ち苦を知らぬような顔は、翔閃学園の校長だ。
「ちょっと失礼するわね」
「ん? りょーかい! ちなみに最寄りの場所だと集会場一階のがきれいでよかったデス! 水洗だし」
「え、ええ……ありがとう」
目的は違うのだが一応礼を言ってから、命は立ち上がって老人の元へ歩み寄る。
すると向こうも気づいたらしく、近寄る命に顔を一瞬しかめ、背を反らせて威張るように胸を突き出す。ぎりぎり収まっていた体に背広が悲鳴を上げ、布地が破れんばかりに張っていた。
「ふん……お前が四月一日の妹か。お前だけならばと侮った結果がこれとはな」
「一応褒めてもらっているのかしらね。それで、何の用?」
「用があるのはお前の方だろう。学園戦争は勝者に何かを差し出すのがルール。だが白崎からはまだ何も要らないの一言すら聞いていない」
「ふぅん、なるほど……そういうコト」
目を細め、どうしたものかと命は思案する。
白崎のルールで相手の土地を奪うという選択肢はありえない。いくら白崎の校長から命に今回の件を一任されているとは言え、あまり白崎町全体に負担がかかるような要求はするべきではないだろう。
「ああ、そうね……じゃあ答える前に一つ聞いていい? どうして今回の勝利報酬に白崎の土地ではなく私を選んだのか」
訝しむ命を前に、翔閃の校長は目を逸らす。
今回翔閃側が提示した学戦勝利時の報酬は、四月一日命の翔閃学園への編入。つまり戦力として命を欲しがったというわけだ。
「ふん、勘違いするな。四月一日栞がいれば誰がお前を……ええい、とにかくだ、翔閃には戦力が必要なのだ。だが白崎自体を取り込めばお前はおそらく中立地区行き、しかも規模が大きくなればそれだけでアレに狙われる可能性がある。だから標的にされる前に戦力を整えねばならんのだ! 勝負に負けるのはいい。だがアレとの戦いは生徒の命に関わる」
ふと校長が濁した名に、命は目を見開き胸の鼓動が大きくなったのを感じた。
名を語られずとも察することは容易い。ルールにさえ従えば人死にの出にくい学園戦争においてすら、毎度死傷者の報告が絶えない学校。非道を是とし、それ故誰からも恐れられ、自身が学校序列の上位であるにも関わらず名のある学校を標的に絶えず勝負を持ちかける。まさに悪魔の所業だ。
翔閃がアレを恐れるのは理解できる。そして何よりも、命にとってもアレは――
「なるほど……なるほどなるほど。そういうことか」
「な、なんだ!?」
命の中に何かを感じ取った校長が叫び、だが冷たく命は言い放つ。
「ええ、ええ、分かったわ。なら――『明皇学院』は私が潰す」
「なっ!? 正気か! 白崎は三ヶ月前に奴らに……ひっ!?」
「……そう、だから次は負けないの。私が勝つの。奴らを同じ目に合わせるのよ。絶対、絶対に、必ず奴らは倒さなきゃ。……だから、ねぇ? あなたには――」
しばらくぶりの緑生い茂る景色。翔閃の土地は大きな建物ばかりで、自然が少ない。
それに名残惜しさを感じつつも、紫藤は感覚の戻り始めた体を軽く動かしながら、帰りのバスの止まる駐車場へと急いだ。
「んにゃーまだ怠いわぁ。ひっさしぶりにまともに食らったなぁ」
「訓練を怠るからそうなる」
「えー? しどーくんひっどーい! 私ってば50口径に撃たれたんですけど! もうちょっと気遣ってくれてもいーんじゃない?」
頬を膨らませ憤る相棒を軽く流しながら、此度出会った強敵との戦闘を記憶に留め今後の戦闘で何か活かせるところはないかと脳内で試行錯誤する。 と、そんな紫藤の前に、一人の少女が現れた。もはや見間違えようもない銀の輝きを放つのは、白崎を纏める主にして紫藤を打ち破った張本人。四月一日命だ。
「もう帰るの?」
「俺達の戦いは終わった。ここに長居する理由はない」
「そう、残念」
「……何の用だ」
「うーん……そうね、じゃあ白崎の子たち。あなたから見てどうだった?」
なるほど敵側の意見を聞きそれを参考に戦術を組むのが目的かと紫藤は納得して、白崎の動きを記憶を辿りながら振り返る。
なんでも他の翔閃の生徒が言うには、白崎の生徒は大胆かつ個々での自由な動きが多い。それゆえに付け入る隙はいくらでもあったが、一度仲間が撃たれれば全員で反撃し、それでも勝てぬのなら自爆覚悟で突撃してくるものさえいたという。
良くも悪くも自由で、それでいて技術も連携も悪くないレベルで纏まっている。白崎は決して、四月一日姉妹の恩恵だけで勝ち残ってきたのではないのだ。
「ああ、悪くない。大胆だがそれがお前たちの強さなのだろうな。お前がいなくとも、勝敗は分からなかったかもしれない」
「ふふ、そうね。大胆で、自由で……白崎の子たちはいい子ばかりでしょう? 気に入った?」
「……む? あ、ああ」
「そう、良かった。それが聞きたかった」
やたらと白崎の印象について食い下がる命に怪訝な顔をしつつ、だが彼女はそれで満足したように頷く。
一体何を求めていたのかと首をかしげる紫藤を他所に、命はその横を通り過ぎて。だがその時ぽつりと、
「それじゃ、また明日ね」
それだけ言って、呆ける紫藤に手を振ってから彼女は煙のようにその姿を消していった。




