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21話「私が白崎の双刃と呼ばれる理由1」

 影のような漆黒が揺れ動いて、命との距離を縮める。

 闇に飲まれたヘルメットの下に隠された顔は、伺うことはできない。革製のスーツを着込んだ最後の番人は無言のまま、一歩、また一歩と足を踏み出す。

 ただ近づくだけ。それだけで肌をつくような威圧感を感じ、本能が危険だと訴える。ただ佇んでいるだけで他を恐怖させる存在。それは猛獣か狂人か悪魔か、そういう類の場を支配する力が彼にはあった。並の者なら、足が竦んで正常な思考を保っていることすらできなかっただろう。

 

 修嗣達を連れてこなくてよかった。久しぶりの敵。こんなに素晴らしいシチュエーションに邪魔者などは不要だ。

 胸が早鐘を打ち、静寂に包まれたこの空間では猛る鼓動すらも聞こえてしまうだろうか。

 火照ったように体が熱くなる。たぎる血が命の体の中を巡り、それを冷ますように軽く舌の先で唇を舐める。

 

「んふっ」


 命は自分を抱くように腕を回し、震える体を押さえ込んだ。

 鉛弾を撃ち合うだけのお遊びではない、この男なら(いのち)を賭けた――戦場を実感できる戦いを見せてくれるのだろうと。

 高揚している。そう、これが自分だ。これこそが四月一日(わたぬき)の――

 

「さあ、やりましょう。肉を抉り、削いで、血を流して互いの命を削り合うの。それが、戦争よ」





 初めて会った時の印象は、無機質な少女。そうとしか表現できないほどに、目の前の少女は神秘的で、且つどこか空虚だった。

 薄暗い廃墟じみたこの場所に差し込んだ僅かな光でさえ宝石のように美しく輝く銀髪を翻し、名のある職人が精巧に作った人形のように整いすぎた顔には白磁器のような無垢な白肌が塗られ、二つ並んだ瞳は豪勢な装飾品じみた煌めきを見せる。だがその内に宿る感情は秘匿され、あるいは最初から無いのかとても虚ろに見えて、それが時折見せる微笑みや仕草を無機質なものに変えていた。

 まるで相手の反応に合わせて規定の動きをただひたすらに続けるロボットのように、彼女の所作は貼り付けたように冷たく、人の感情が、温もりがない。


 こうして昂ぶる彼女を見ていても、それが真意から来るものとは思えない事務的なものを感じた。

 そうでなければならない、そうしなければならないと、それが自分なのだというかのように。


「……いや」


 青葉紫藤は首を振ると、脳裏に浮かぶ思考を払拭した。

 初対面の相手に憶測で物を語ることはできない。

 浮世離れした容貌を持つ少女。しかし彼女こそが、小さな国を我が物とせんと大国がひしめき合い、しかしその全てを打ち破った二振りの刃の一つ。

 今一度紫藤は戦いに集中せんと両の拳を力強く握りしめ、倒すべき敵を見据えた。

 

 と、覚悟を決めた瞬間紫藤を襲ったのは、二発の銃弾。

 冷酷に、躊躇なく、寸分違わぬ位置に9mm口径弾を撃ち込まれた。

 着弾点は左肩。しかしライフル弾にも対応した防弾能力を持つレザースーツは丸みを帯びた9mmのフルメタルジャケット弾頭を容易く受け止め、布地から体へと突き抜けてくる衝撃は鍛え上げた肉体そのもので受け止める。


「あら、やっぱり防弾なのね。ふふ、いいわ。そうでないと面白くないもの」


 手持ちの武器が効かないと理解した上で、彼女は笑う。

 すると、もう用済みだと言わんばかりに拳銃をしまい、背に両手を入れて銃を二挺、新たに抜き出す。

 黒い輝きを放つ二つの拳銃。銃口の跳ね上がりを抑える銃前方に重心をおいた箱型のデザインが近未来的なフォルムを思わせるが、それゆえに大型で重量があり、細かい調節が可能だが角の尖ったサイトは衣服などに引っかかりやすく即応性に欠け全長の長さから取り回しもしづらい。実戦的な軍用銃ではなく競技銃に見られる特徴だ。

 だとすれば注意すべきはその精度。おそらくあの銃から発射される弾丸は彼女が狙った場所を必ずや穿つことだろう。

 

「ねぇ……白崎の双刃、そう名付けられた理由を知ってる?」

「お前と姉、二人の不敗伝説から来ていると記憶しているが」


 瞬間、少女が笑う。

 肯定も否定もしない。ただ嘲るような笑みだけを顔に張り付かせて。

 

「そう……じゃあ教えてあげる。私『が』白崎の双刃と呼ばれる理由を」 

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