20話「漆黒の番人」
ぼん、と小気味いい音を立てて、山の斜面の一部と一緒に雑木林が白煙を上げながら吹き飛んだ。
命はハンヴィーの車内に入ると、ドアを締める。次の瞬間には、余波で飛んできた土の雨。
小石混じりの茶色い粒がフロントガラスを叩き音色を奏で、隣の席では命に倣い避難してきた白崎の生徒が砲撃の凄まじさに感激していた。
「うひゃー迫撃砲っすか……結構近いっすけどこれこっちまで届きませんかね?」
「まあ大丈夫じゃない? もし届いても、拠点はあれじゃあ落ちないから問題ないわ」
「ひええ、俺らはやられるじゃないっすかそれ」
ハンヴィーが守る後方、そこにはトンネルと、中腹には小さな小屋が一つ。小屋の中は三畳ほどしかなく、部屋の中心に一つボタンが置かれているだけ。それを翔閃の生徒が押すことで、あちらの勝利が確定する。
あの小屋は見てくれとは裏腹に例によって、というか今回は兵器の投入が予想される戦闘なので携行型無反動砲どころか戦車の105mm砲にも耐える設計になっているらしい。詳しい素材などは説明されていないが、とてつもない技術だ。
だがそれのお陰で、少なくともあの迫撃砲で白崎の拠点が落とされることはない。敗北するのは、翔閃の生徒にここより先の到達を許した瞬間だけだ。
「さて、私もそろそろ出るわ。ここ、よろしくね」
「了解っす命さん!」
にこやかに敬礼をする生徒に軽く手を振って、命は軽やかな動作でハンヴィーから降車。
コンクリートの地面に着地すると、飛んできた小石がじゃりじゃりと耳障りな音を立てた。
「お、みこりんみこりん皐月ちゃんと四葉ちゃんがスナイパーやったみたいだよ」
「…………」
「あ、あれ? みこりん? みこりんさん? えーと……命ちゃん?」
「今度その呼び方したらその口を縫い付けるわよ」
「ひえぇ……」
馴れ馴れしく口を利いてくる修嗣をいさめ、命は視界を遮るように風でなびいた髪を軽く手で払って彼の横を視線も合わさずに通り過ぎた。前を歩く生徒が握る手鏡越しに背後で呆れたように両手を大げさに広げる修嗣を見、命も軽く首を振りながら嘆息して視線を迫撃砲の着弾点に向ける。
近いと入っても肉眼で確認するには少し遠い。だがあの位置、そしてあの場所にいたはずの者達からの連絡がないことを考えれば、何が起こったかを確認するまでもない。
「みこり……命ちゃん、どうする? 皐月ちゃん達の様子を見に……」
「行ってもいいけど、多分グロいことになってるわよ」
「ひえぇ……」
命は振り返って修嗣の体に視線を這わせた。軽口は叩くがさすが中立区出身だけあって準備に抜かりはない。一度手を伸ばし、彼の手に触れかけたところで動きを止め、一瞬考えてから修嗣の袖口を摘んで右手側のルート入り口まで引っ張っていく。
なんというか、手を繋ぐのは嫌だった。と口には出さずとも内心で思いつつ、命は足を止めると翔閃の拠点である集会場を指差した。
「あと厄介なのはSランクのやつだけよ。このルートから進行して敵拠点を落しましょう」
「お! 待ってました! やっちゃうよー俺」
「そう……まあがんばって」
そう言ってから、一拍置いて命は半目で修嗣を見据えると、ぽつりと。
「……変態」
「げぇ!? なんでバレ……って、分かってたなら言えばいーじゃん!」
ここまで連れてくる途中、袖を引っ張り歩く命の背後から顔を近づけ髪の匂いを嗅いでいた修嗣には気配ですぐに気がついた。これさえなければ白崎でもかなり優秀な方の生徒だというのに。と肩を落としつつ、命は再びため息をつく。
「だって、あなたとはできるだけ言葉を交わしたくないから」
「本人に言っちゃうんだそれ……てか俺そんなに嫌われてるの」
「わりと」
「マジか」
それから命は何人か生徒を集め、敵拠点制圧のための編成を組んだ。その中にはもちろん命と修嗣も加わっている。
左右と中央、裏のルートとそれぞれから現状を無線で確認し、空の目からの情報も合わせて状況を把握した上で命達も進行を始めた。
初めの内こそ修嗣や他の生徒達も会話混じりに歩いていたが、先行していたチームとの合流地点に迫ると集会場に潜んでいた狙撃手からの銃撃を受け、修嗣すら緊張の走ったような顔つきになる様は見ていて少しおもしろい。
「そう、ええ……わかったわ。じゃあ私達はこのまま進むから、あなた達はその場を固守、できるだけ敵をひきつけて」
短く指示を伝えて無線を腰のポーチにしまう。と、足元のコンクリートを銃弾が抉った。
なかなか良いい照準だと命は頷いて、だがそれ以上慌てることもなく道路の真ん中に立って集会場の方角に顔を向ける。
「ちょ!? 命ちゃん弾当たるって! こっち来てよ!」
「大丈夫よ。わかるの、当たる弾は。だからこの距離なら避けられる」
「はぁ!?」
声を張り上げて修嗣が驚いた顔を作った。修嗣が潜む草むらからは、白崎の生徒達も顔を出して命の身を案じるような視線を向けている。
「ふふ、冗談よ。でもエースは倒したもの。この距離で当てられる子はいないんじゃない?」
「いや、それでも万が一ってのがさ……ああもう、怖いからとっとと行こうぜ!」
男として負けてられない。そんな風に修嗣は林から抜け出ると、命の先を早足で歩く。
流れ弾に当たる可能性は十分ある。それでも彼が銃弾飛び交う中を自分の足で歩けるのは、さすが学園戦争のために鍛えられた生徒といったところだろうか。
「あ……」
ふと、命は無駄のない動きで瞬時に接近し修嗣の背後を取ると、彼の背中を指で軽くつついた。できるだけ体に触れないように、爪の先で。
「うおう!? な、何命ちゃ――おおう!?」
そうして足を止めた修嗣の鼻先からわずか三十センチほどのところを、空を裂いて銃弾が通り過ぎた。
驚いて命の方に飛び退く修嗣を回避して、口を閉じたまま顎で早く行くぞと示しつつ命は先を急ぐ。
それからしばらくは激しい抵抗を受けたが被害はなく、先行していたチームと合流すると一部の生徒をそちらに同行させ現在の位置から敵を牽制するように命じ、命は修嗣を含めた少人数のみで集会場へと進行を続けた。
さすがに集会場周辺が無防備ということはなかったが、四方向からの攻撃を凌ぐのにだいぶ戦力を割いていたのか命達数名でも対処できる数しか配置はされていなかった。
修嗣は拍子抜けし勝利を確信したような物言いを続けているが、それとは真逆に命は沈黙を守ったまま残り百メートルまで迫った集会場を見つめていた。
重要な拠点である集会場に兵を置いていないのは、戦力が足りていないのか――あるいは、それだけで事足りる何かがあるのかもしれない。
怪訝な顔を向ける修嗣と白崎の生徒。だが命はこの違和感の正体に検討はついている。
敷地周辺を見渡し、地雷などの罠の気配がないことを確かめると命は修嗣達に周辺の守りを固めるように命じた。命の身を案じるものもいたが、問題ないと伝え命は一人集会場の中へと進む。
晴天の空。しかし集会場内は薄暗くひんやりとしていて、二階の蛇口から溢れる水滴の音が階下のこの場所からでも聞こえる。
命は集会場の玄関にMk18を立てかけると、ホルスターから92バーテック拳銃を抜いて右手に握った。
生命を感じない、さながら廃墟のような場所だ。村人が戻ってくれば活気あふれる場所にもなろうが、人がいないだけで建物という物は雰囲気が一変する。
こつこつと命のブーツが床を叩き、それが反響して通路の奥にまで響いていく。罠もなく、人もいない。
村の中で異彩を放つこの巨大な建物も、中に入ってしまえばこの有様だ。
滴る水滴と靴底の奏でる音だけを聞いて、命は敵を探す。
「あら……無防備なのね」
一階を走る通路の中ぐらいにまで到達すると、一室だけ扉が開け放たれその奥には机の上にテレビのバラエティ番組などで目にする大げさな配色のボタンが置かれているのを発見する。
だが命はそこで足を止め、背後に、そして前方に注意深く視線を這わせた。すると、
「押さないのか? 走れば間に合うかもしれんぞ」
「そうさせてくれるとも思えないし、それに……そんなのは『つまらない』じゃない」
どこからか聞こえた男の声。声の方を見れば、いつの間にか命より五メートル程先に全身黒塗りの男が立っていた。
180は軽く越していそうな長身、頭部は漆黒のヘルメットで覆われ顔は見えず、黒一色の分厚いレザースーツに覆われてもなおはっきりと分かるほど鍛え上げられ筋肉が隆起した体躯、それでいて細くしなやかな彼の体はそれそのものが武器であると主張しているかのようだった。
それはつまり、彼の戦闘スタイルが銃弾に頼るだけのものではないということ。なにより、彼は腰につけたホルスターに入っている小型の拳銃以外に武装はしていなかった。
「単身拠点に乗り込んでくる度胸はさすがだ、白崎のエース。校長がお前を欲しがる理由も今、少しだけ理解できた気がする」
「あら、光栄ね。でも、貴方の方が武勲は多いのでしょう」
「不敗の白崎、それを成した二つの刃の片割れがよく言う。だが、それでこそだ。強者と打ち合い、単身で圧倒してこその青葉流だ。加減はせんぞ」
「ふふ……そうね。私達に、兵にこれ以上の言葉は不要。さあ、殺し合いを……戦争を始めましょう」




