17話「とある戦闘科生徒の日常」
簡素な折りたたみ式のテーブルがU字型に並べられた部屋。この場所に集会場という名がついているのだから、ここは会議室か何かだろうか。
壁には村の子供達が描いたのか、村の景色や遊ぶ親子を画用紙に描いた絵が並ぶように貼り付けられていて、反対側には祭りの写真や、そういった記念の品が飾られている。
閉鎖的だからこそ、生まれる絆というものもあるのだろうか。周りのものは全て敵として見ろ、そんな風に幼少の頃育てられた自分とは縁遠いが、だからこそ何かを感じて――青葉紫藤は380ACP弾を摘む指を止めた。
「あっれぇ? こぉんなとこにいたんだ。なにさ、ビビって考え事?」
ダムが決壊したように、甲高い声が部屋中に流れ込み静寂を完全に破壊した。
それが誰かを理解しているからこそ、紫藤はもう二度と戻ってこない平穏に深い溜め息をつく。
「雪菜、お前こそどうなんだ。白崎には優秀な狙撃手がいる……その処理はお前が頼りなんだぞ」
「ん~どうじゃろぉ? ぶっちゃけ敵の強さとかわっかんねーし。まぁやれんじゃない?」
ひらひらと手を降って、速水雪菜は紫藤の傍まで来ると、躊躇なくテーブルの上に腰掛ける。
揺れるテーブルに、並べられていた380ACP弾が木目プリントされた卓上を転がった。
「おい」
「なぁによ」
「ここは俺達の学校じゃない。いや、学校であってもだが……無礼な振る舞いはするな」
「誰も見てないわよぉ?」
「見ていなくともだ」
嘆息して両手を広げると、雪菜は体をバネのようにしてテーブルから音も立てずに飛び降りた。ライフルを背負いながらあれだけ身軽に動け、一度戦闘になれば生き残るだけの技術はあるというのに、それ以上に人格に問題がありすぎる。それが、紫藤の雪菜への評価だった。
「しどー君は体だけじゃなくて頭まで硬いんだから。んー? じゃああっちはどう……とと、睨まない睨まない。おーけいりょうかいりょうかい、敵の狙撃手をやりゃあいいんでしょ。雪菜ちゃんに任せなさい! ……1100ヤードまでは私の領域だ。仕留めてやるさ。これまで通りに、ね」
雪菜が腕の時計で時刻を確認する。
紫藤は被弾時に破損する可能性があるため時計は付けていないが、最後に確認した時刻から推察するにそろそろ開始の合図が鳴る頃だろう。
無言で紫藤は立ち上がると、テーブルに広げた装備を確認し装着し始める。
といっても、軍隊のような大それた装備をするわけでもなく、通常の戦闘科生徒のようにライフルやマシンガンで武装するわけでもない。
紫藤最大の武器は己の体であり、装備はそれを最大限に活かすためにだけ存在する。
上下ツナギ状の漆黒のレザースーツ、特注で素材を厳選し作り上げたグローブとヘルメット。全てライフル弾に対応した防弾能力があり、防刃機能も既存の製品以上の性能を有している。
「んん~いつも見るけどカッコイイような怖いような……でも持ってる銃は意外と可愛らしいのよねぇ」
「俺は弾が出ればそれでいい。小さい方が邪魔にならないからな」
腰のベルトに吊るした皮のホルスターにH&R モデルHK4オートマチック拳銃をしまい、艶のない黒色のヘルメットを被り終え戦場へと赴く準備は完了する。
紫藤の支度が終わると同時に学園戦争開始の合図が鳴り、自然と集会場の周りが騒がしくなってきた。
「しどー君はここにいる?」
「ああ、本陣は俺が守る。雪菜は敵狙撃手の警戒及び排除。そして敵の足止めだ」
「りょーかい」
短いやり取りを交わして、二人はそれぞれの目的地へと急いだ。
前日はひどい雨が一晩中絶え間なく降り注いだ。そのせいか乾ききっていない土はぬかるみ、ひっそりと咲いた花には雨粒が乗っている。
その反動か、今日は雲一つない晴天。青く澄んだ空には鳥たちが舞い、草むらでは動物が顔を出し、ライフルにはアマガエルがぴょんと飛び乗った。
「隊長殿、銃身に……」
「隊長? たいちょ……ああ、そっかこういうの苦手でしたっけ」
呼びかけに応じない隊長の顔の前で手を降って、意識を完全に遮断しているのを確認すると傍らに控えた一人の少女がカエルをつまみ上げ、林の中に放る。
都合のいい隊長の意識はそれで息を吹き返し、はっと息を吸い込んでからいそいそとスカートのポケットからハンカチを取り出してカエルがついていた場所を何度も拭う。
ハンカチには可愛らしい刺繍で白崎学園戦闘科一年の文字と、名前がひらがなで縫われていた。
持ち主はもう学年で言えば三年になるのだが、これを持って戦った時ほど成績が良く、以来こうして重要な戦いの際にはいつもポケットに忍ばせているのだ。
「隊長復活です。して、私の予想ではこの先に敵が待ち伏せしていそうな感じがするのですがいかが致しましょう?」
「隊長殿が突っ込めばいいのでは?」
「隊長が突っ込んで確認してみたらどうです?」
「おぅ……隊長捨て石作戦は酷いので隊長権限で却下です。他に案は?」
しかし、他の仲間達は沈黙を守る。
当たり前だ、いくら死なないとはいえ弾に当たれば痛いし傷が治るといっても血が出ることに変わりはない。自ら進んで敵の弾に当たりたい者はいないだろう。
まあ、白崎の生徒に限れば絶対にそうだと断言も出来ないのだが。
「普通に本部に連絡して偵察機を送ってもらえばいいのでは?」
『それだっ!』
一人の呟きに、隊長含む四人が声を揃えて叫んだ。
一度全員で進行方向にある納屋と家屋が点在する田んぼ道を確認。土地が狭いからか建物や無造作に置かれた資材が多く、視界は悪い。つまり、敵が姿を隠すにもうってつけの状況ということだ。事実、こうして自分達も木材の山に隠れているのだから。
なによりこの位置は翔閃学園の拠点側に近く、戦闘開始時から行動を始めていれば隊長ら一行がやってくる前に罠を仕掛け待ち伏せる準備が出来ていても不思議ではない。
「命さん命さん、レイヴンをこちらに回してもらうことはできますか?」
『ごめんなさい、その位置だと偵察機が攻撃を受ける可能性があるから。敵と交戦したの?』
「いえ、まだです。でも怪しいです。ちょっと突っついてみますか?」
『お願い』
それだけ言い残し、通信が途切れる。
拠点側に声が行かないのを確認して、嘆息しながら吹き終わったハンカチをポケットに戻しつつ。
「誰ですか本部に援護してもらうとか言った馬鹿は。偵察機は一つしかないんですよ」
「そうですよ、私達のためだけにルートを変更してもらうなんておこがましい」
「まったく……これだからトーシロは困るでありますな」
「えっ? えっ?」
隊長の言葉に仲間達が便乗して続き、責められた生徒がしょんぼりと肩を落としたところで、今まで口数の少なかった五人目の生徒が手を挙げる。
まるで何かを覚悟したような眼差しに、隊長は彼女の意思を察すると、
「行ってくれるかね」
「はい、この佐藤めが必ずや敵を炙り出してみせましょう。……弾込めるの忘れてたので他にできることもありませんし」
「あーこいつも馬鹿だった」
「馬鹿であります」
口の悪い二人を無視して、隊長はそっと佐藤と名乗った生徒の手を握る。
彼女は自ら進んで志願してくれた。それをどうして非難できようか。
「では佐藤、逝って参ります!」
「逝ってらっしゃい」
「逝ってこいであります」
「そこうるさい! 貴方の死は無駄にはしないからね!」
最後に親指を立てて、弾の入っていないライフルを抱えながら佐藤は走る。
走って、三歩目で石に躓き地面を滑った。
まだぬかるんでいる土の上を五メートルほど滑走する佐藤。表側は悲惨なことになっているだろうが、さらに次の瞬間、空気が震え、立ち上がりかけた佐藤の背中には巨大な穴が開いて――
「佐藤ー!?」
四人の声が重なった。
数秒でやられたことはともかく、佐藤は十分にその役目を果たしてくれた。隊長の予想通り、ここに敵は待ち構えていたらしい。
「さ、佐藤さん……運の無い」
「つかえねー……ていうか今のなんです? 50口径?」
「ブッシュマスターの25mmっぽかったであります」
そういえばあの子は銃声から武器を特定するのが得意だったか、と感心しながら隊長は頷く。
が、頭を通り過ぎていった言葉を記憶にある内にもう一度手繰り寄せ、
「……25mm?」
「にじゅうごみり?」
「25mmであります……25?」
「25……mm?」
みるみる顔が蒼白していく四人。
しかし状況の確認は必要だ。隊長が恐る恐る資材の影から顔を出し、周囲に視線を這わせる。
一見すると誰もいないように見えるが、攻撃のタイミングと発砲音からしてかなり近くに敵が潜んでいることに間違いはない。
ふと倒れた佐藤を見ると、右手の指が一時の方向を指しているのに気づく。
そこへ視線を向けると、露出した上部分は全て偽装網に覆われ、体の半分以上を田に沈めた装甲車。その砲塔がこちらを見つめていた。
「あ……お……」
「隊長?」
「隊長殿どうしたでありますか」
「田んぼにLAVが埋まってる」
他の生徒達も資材から顔を出し、ちょうど四人顔を並べる形で前方に広がる田んぼ道に目を凝らした。
上手く隠されているが、さすがにこの距離なら間違えようもない。あれはLAV25、八輪駆動の水陸両用型装甲車だ。
「マジですね……どうしましょう隊長囮にして逃げますか?」
「隊長殿を放って逃亡……これであります」
「ノー、駄目です隊長犠牲にしないで。何か……まだ活路は」
学戦で用いられる装甲車や戦車などの兵器は耐久設定がされており、銃弾だろうが爆薬だろうが当て続けて耐久値を削りきれば機能を停止するように改良されている。加えて火器の威力は学戦用に抑えられているので、本物を相手にするよりは大分やりやすい。
と言えなくはないが、それでも相手は装甲車だ。つまり、人よりは数倍強い。
「ではこうしましょう、手榴弾を持って突撃。どうです?」
そう提案したのは、先程偵察機の案を出してくれた生徒だ。名前は確か山田と言っただろうか。
「手榴弾一個で削りきれるか微妙ですし突撃する必要が……ああ、なるほ……ど? え、何その装備」
苦言を呈しながら隊長が首を振るが、しかし山田の広げたジャケットの内側を凝視しながら目を丸くする。
彼女のジャケットには、数え切れない数の手榴弾が。
「どええ!? あぶな! テロリストですかあんた!」
「クレイジーであります……」
「購買に十個注文申請するところを百個注文してしまったもので……ですがこの量ならいけます! 山田は確信しました!」
不敵に笑う山田に、皆が道を開ける。これを想定していたわけではないだろうが、山田の持つ大量の手榴弾の安全ピンは全て紐で繋がれ、あれを引っ張るだけで全てのピンが抜け作動するように仕込まれていた。
あれだけの量の手榴弾が爆発すれば、元々装甲も硬いとはいえないLAV程度ならもしかしたらいけるかもしれない。
誤発注はともかく、山田の覚悟は本物のようだ。
「必ずやあの鉄の化物を倒してみせましょう!」
資材の山を飛び越えて、山田が一人装甲車へ駆ける。
翔閃の生徒も馬鹿ではない、山田の奇襲にも冷静に対応し、潜んでいたものはライフルで、そしてLAVも25mmチェーンガンで応戦する。
だが山田は飛び交う弾丸をかわし、チェーンガンの着弾で抉れた大地に躓きかけても走り続ける。
これはもう、さながら映画のラストシーンだ。そして彼女は、閃光に包まれ――
「山田あああ!!」
戦場に三人の声が響き渡る。
山田は命を賭け――てはいないが死力を尽くし、盛大に散った。
その光景は昼間に打ち上げた花火のようで、決して派手ではないが、とても美しい、そんな風に思えて。
「山田さん……ありがとう」
「ありがとう山田さん。あなたの死は決して無駄ではないわ」
「名誉の戦死であります!」
数度響いた手榴弾の炸裂音。それが鳴り終わる頃には、LAVは駆動音を収め沈黙した。賭けではあったが、今回は山田の勝ちだったようだ。
とはいえさすがに至近距離からの爆発。山田の体はボロボロだ。薬が効いているとはいえ心配になる。
それに山田はもう薬で動くことは出来ないはずだ。と、LAVの近くに横たわる彼女に流れ弾が行ってしまわないかと危惧していた矢先、翔閃の生徒が二名、山田を納屋の影に引きずり移動させてくれた。
「あ! 翔閃の人ナイスです!」
「敵にも優しい……そういう人になりたいですね」
「戦闘科の鑑であります」
が、その瞬間、不良品でもあったのか時間差で山田の懐にあった手榴弾が作動して――翔閃の生徒を巻き込んで盛大に爆発した。
「あー!? うちの子がごめんなさい!」
「恩を仇で返す山田」
「鬼畜山田であります」
回復中とは言え傷を負っているところに追撃を受けた山田も可哀想だが、これで敵の数名と装甲車を倒したことになる。
本来の役割は狙撃手をあぶり出すことだが、装甲車を倒したことで後の戦闘を優位に運ぶこともできるだろう。
「命さん、LAVを一両破壊。ですが――」
まだ戦闘は終わらない。いや、むしろここからが本番だ。敵も動き始めた。これからはもっと激しい戦闘が、この小さな村で繰り広げられるのだ。




