16話「信頼と期待と」
戦闘開始の合図が鳴り終わる。周囲はざわつき始め、司令塔である自分の元に視線が集まるのを認めると、命は一つ咳払いをする。
「それじゃあ、始めましょうか。予定通り各チームに分かれて順に敵拠点へ向け進行。敵の位置を確かめつつ、私達が頭を落とすわ。……ごめんなさいね、あなた達を囮みたいに使って」
「大丈夫です! おまかせください! 私達が弾に当たるだけで勝てるならお安い御用ですよ! それじゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい。……なんというか、いつも思うけど白崎の子はこういうところで変に逞しいわよね」
呆れつつ見送る命へにこやかに敬礼をして、女生徒を筆頭に五人編成のチームが村の中央部を目指し進んでいく。
彼女の声には不安の色はなかった。命の指示が絶対であると信じ、疑わず、従えばその先には勝利があるのだと、きっとそう思っているのだろう。
なにせ命はかつて白崎を導いた四月一日栞の妹であり、命もまた白崎のエースなのだから。
先陣を切らせたのは彼女たちの他にもう三チーム。それぞれが村の左右と中央、裏道と全て翔閃学園の拠点のある宮田村の最奥部に位置する集会場へと通じるルートを進んでもらっている。
彼女達の役目は、戦闘ではなく翔閃学園に存在するスナイパーの居所を突き止めるための囮。
どう攻めようが、スナイパーを倒せなければ命達に勝機はない。
見えない敵。どこから飛んで来るかわからない弾丸。その恐怖に打ち勝ち足を進められる者は少なく、進んだところで、引き金一つで撃ち出される必殺の一撃を防げるわけではない。
狙撃手の存在とはそれほどまでに恐ろしく、また脅威なのだ。たった一人で数十数百の兵を押しとどめる。実際にそれを成すことができる者は少ないだろうが、生憎と今回の相手はまさにその少数の部類に入る者。
修嗣が指揮を取る拠点制圧担当のチームは現在地で待機。敵スナイパーを排除した後に、命と一緒に翔閃学園の拠点へと攻め入る算段だ。
そのためにはまず、敵スナイパーの位置を確認する必要がある。
身を隠す知識と技術に長けるスナイパーの姿を見つけるのは、容易いことではない。だがどれだけ気配を殺そうが、一度でも撃ってしまえば銃声や弾痕まで消すことは不可能なのだ。
誰かが犠牲になることで、見えぬ敵はその影を日の下に晒すはずだ。
「じゃあそろそろ私も行くね。あっ、もし中央のあの……納屋の辺りにいたら.338ラプアならここにも届くと思う。気をつけて」
「ええ、大丈夫よ。拠点制圧戦なのだし、最悪ここが全滅させられてもあっちを落とせばいいのだから」
しれっと言い放つ命にくすりと笑って、だが次の瞬間にはいつもの外見だけ冷たい女、皐月に戻る。
蒼生の戦い以上に、今回は皐月が頼りだ。いくら命といえど、横槍がある状態では全力を出しきれない。
だがきっと、彼女ならやってくれるだろう。まだ共に過ごした時間は短くとも、彼女の力は知っている。その内に抱く想いまでは、分からずとも。
偶然か、あるいは必然なのか。奇縁で結ばれた者として、皐月とは今後も良き関係でありたい。
だから今は、彼女の――白羽学園、序列64位という場所でAAランクのエースとして君臨していた彼女の力を発揮してもらわねば。
「……皐月」
「何?」
「がんばって」
「……ええ」
輝く白雪を纏いながら、戦友と肩を並べて皐月は戦地へと向かう。
常に崖を背に戦ってきた白崎。武器も人も失われ、命も隣に立つ者を失い、今度こそはと一瞬だが思ったこともある。
それならそれでもよかった。また、新しい戦場を求めれば済むことなのだから。新たなる場所で、彼らを報復の炎で焼く機会を得ることができればそれでも問題はない。
だが、あの学校は彼女が愛した場所で、あの町は彼女の故郷。だから、守れるのならば守ってやりたい。
それに、積み上げてきたものがあるのだし、それを不意にされるのは多少なりとも痛手でもあるのだから。
降りかかる火の粉を払い、もう一度奴らと戦う。その望みの薄い夢に希望の手を差し伸べてくれたのが、刻路皐月という人物。奴らを憎み、彼女と違わぬ実力を持つ者だからこそ。
これからの戦いも、あるいは全てを――彼女に委ねることになるだろう。
「じゃあ、こっちも準備をしましょう。さ、出番よ」
十年くらい野ざらしにされたまま手を加えられていないような錆だらけのボンネットを、命が叩く。
と、寝板を滑らせ車体の下から男子生徒が顔を出した。
「きゃ!? っと……とりあえず、レイブンをお願いできる?」
「あー!? すんません!? 了解っす!」
咄嗟にスカートを前後から押さえて鉄壁の守りを築き、命が後ろに飛び退く。と、被っていた帽子を深めに被りながら目元を隠し、慎重に手探りで周囲を確認しながらハンヴィーの下から這い出た生徒が、パソコンの前までよろよろと歩いていった。
そこで彼はパソコンと睨み合っていた生徒と数度会話し、機械の鳥を掲げる。
生物感の感じられない駆動音。次いでプロペラの高速回転する音が耳をつんざき、二人の生徒が互いに頷くと、帽子を被った生徒が紙飛行機を飛ばすようにレイブンを放る。
「あまり敵拠点の傍には回さないでね。落とされたら困るわ。敵部隊を確認して、動きがあったら報告……いい?」
「了解です命さん」
眼鏡の位置を直しながら、彼はパソコンに向き直る。帽子の彼は、既にハンヴィーの銃座についていた。
今度の戦闘はかなり消耗することだろう。だが、負けることはない。それだけは、絶対だ。




