15話「野戦」
澄み切った青い空には、大きな翼を広げた鳥が一羽。風に乗ってどこへ行くのか、鳥が目指す先に命は顔を向ける。
背後一面に広がるのは、命達の退路を阻むようにせり立った山々と、こんな日ですら薄暗く湿った空気を漂わせるトンネルと樹海。
宮田村――それが今回、戦場に選ばれた場所だ。この村の管理者はあの蒼生学院なのだが、一度敗北した学校、そしてSランク保有校の二校からの要請とあっては、あちらの校長も首を横に振ることはできなかったらしい。
翔閃学園が望んだのは、対等な条件での戦い。
投入兵器数は白崎に合わせて二つまで、そして参加できる生徒数は先の戦いでの白崎の消耗と全体の練度を考慮し一クラス分という、学園戦争で言えば中規模の数での戦いを認めてくれた。
ルールは前回の蒼生学院との戦いと同じ拠点制圧戦。生徒個々の戦力差のみで勝敗が決まるわけではない分、相手にSランクがいようともまだやりようはある。これが相手生徒を一人残らず倒す殲滅戦なら、白崎の方が分が悪かっただろうが。
それを、互いのホームグラウンドではない場所で行う。
しかし今回は中規模の戦力同士の戦い。それに合わせ戦場も拡大し、この山岳に囲まれた宮田村全域が今回の対象となる。
宮田村は四方を標高の高い山に囲まれた窪地にひっそりと佇む小さな村だ。周囲は自然の城壁に守られ、唯一外界と通じるトンネルは一つ。それを除けば険しい山を越えてしか、この村にたどり着く方法はない。
そんな閉鎖的な世界に住んでいながらも、以前命がここを訪れた際にはこの手の場所特有の訪問者を嫌うような類の兆候は見られなかった。
「開始まであと三十分。ハンヴィーの整備、大丈夫?」
92FSバーテックの予備弾倉を腰のマグポーチにしまい、ひとまずの準備を終えた命はアウトドア用の折りたたみ椅子に腰掛けて、妙な雑音を奏でる鉄塊に目を向けた。
「いやーきついっすねこれ。無理に走らせたらどっか吹っ飛ぶかもっす。もちっと時間あればよかったんですが」
「そう……じゃあ銃座のM249に誰かつかせて、ここに止めておきましょう」
「了解っす!」
整備兼運転担当の戦闘科生徒がオイル塗れの顔でにこやかに返事を返して、命に手を振った。
白崎が今回の戦いで使用する兵器は二つ。それが先の戦いで多くを失った白崎に残された唯一の武器で、これがこちらが出せる全ての力だ。
一つは、そこで今にも煙を吹いて止まってしまいそうな不安になるエンジン音を響かせる装輪車両。その強大な図体と装甲されたボディは他を圧倒する兵器ならではの威圧感がある。
通称ハンヴィーと呼ばれる、紛うことなき軍用車。白崎が保有するのは、ルーフに銃座を設置したタイプだ。
そしてもう一つは、いかにもインテリな雰囲気のメガネを掛けた学生、彼と睨み合うパソコンの傍に鎮座する飛行機の模型のようなもの。
翼の大きさは端から端まで1m程だろうか、玩具と間違われてしまいそうだが、これもれっきとした白崎の貴重な戦力の一つだ。
RQ-11レイヴン、小型の偵察型無人航空機。上空から敵を探し出す、白崎の空の目だ。
「白崎って、兵器はこれだけしかないの?」
ようやく自分の番が回ってきた皐月がテーブルに銃を広げながら言う。
翔閃のAAランクは優秀なスナイパー。それを事前に皐月には話してある。お陰で彼女も相応の準備をしてきてくれたようで、命は横目に彼女の銃を見ながら安堵の息を漏らした。
「今はね。チェンタウロ六両、ハンヴィー二十両、他のもまとめて全部前の戦いで壊されちゃったから」
「わ、結構あるね。修理できなかったの?」
「砲や爆弾で『中身ごと』やられたから……さすがにね」
「あ……ルール違反の……ごめん、なさい」
「いいのよ」
それきり皐月は黙り込んで、彼女の手の平より長い、杭のような弾丸を巨大な箱型弾倉に詰め込む作業を黙々とこなし始めた。
そっけない返しをしてしまったことに自分で呆れながら、命もその場に居づらくなりもう一人の話し相手を探して周囲を見渡す。と、茂みの手前で屈む目当ての少女を発見。
「どうかした?」
「あっ! 見てみてみこりん! うさぎさん!」
見ると、四葉の影に隠れるように一匹の野うさぎが丸まっていた。命が顔を見せると警戒して耳を立たせ立ち上がるが、何もしてこないと見ると四葉が適当にちぎって投げたのであろう野草を齧り始める。
「随分あなたに慣れてるのね……ああ、似てるものね」
「ほえ?」
言葉の真意を計りかねて、四葉が首を傾げる。
すると同じタイミングで兎が全く同じ動きをしたものだから、つい命は笑ってしまい、慌てて口元を隠すが既に遅く四葉は頬袋に餌を詰め込んだハムスターのように顔を膨らませた。
「むー! なんで笑うのさー!」
「ふふ、いえ……ごめんなさいね、四葉が可愛いから」
「むー!」
地団駄を踏む四葉に、自分が馬鹿にされていると思ったのか野うさぎまで複雑な表情で命を見つめ、それがおかしくてこの場にはいられないと肩を揺らしながら命は逃げるように拠点へと戻る。
腕の時計を見れば、針はもうすぐ開戦の時間だということを知らせてくれた。
「もうすぐ、ね。また皐月に負担をかけちゃうことになって、ごめんなさいね」
「いいの、大丈夫よ。任せて、命」
巨砲を抱え、皐月は静かに深呼吸した。その隣では、四葉が緊張した様子で身を縮こまらせている。
と、命はそんな四葉に気づかれないように後ろから手だけを伸ばし、不意打ち気味に彼女の背中に指先を添わせる。
「ぴゃい!?」
「ふふ、落ち着いて……ね?」
「い、いえっさーみこりん教官殿!」
飛び上がって明後日の方向に敬礼する四葉にその場にいた生徒全員が笑い、顔を真赤にして四葉は俯く。
その瞬間、開戦の合図が村中に響き渡った。




