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13話「失ったモノは戻らない」

 薄暗い教室棟の廊下。そこでふと、何か柔らかいものがどちゃりと落ちた。

 頬には生暖かく、ぬめっとしたものが飛び散っている。

 それを指先で拭い、顔の前に持っていくと、一目でそれが『誰か』の肉片であることを確信した。


「――――ッ!?」


 声を上げかける。が、そうしてはならないと自分の意志に反して体は経験のままに動き、両の手は口を塞ぎ誰かに気取られまいと出かかった声を押し留めた。

 何年かぶりの涙が頬を伝い、彼女の血と肉を洗いながら赤い雫となって地面へと吸い込まれていく。

 滲みぼやける視界には、一人の少女が力なく倒れていた。

 

 それはきっと、他の者からすれば、顔の半分が吹き飛んだ人間『だった』ものでしかない。だけれど、

 ぽっかりと空いた頭の左側からは、詰まっていた中身を床にこぼしながら。

 輝きを失ってもなお宝石のような色を放つ瞳が、ずっとこちらを見つめていた。

 

「ぁ……ぁ……そん、そんな」


 横たわる彼女の傍らに膝を落とし、流れ出た彼女を彼女の中へと戻してやらねばと、リノリウムの床に何度も何度も手を這わせて。

 でも、流れ出る彼女が止まることはない。手を握っても、それを握り返してくれることはない。抱きしめても、あの細腕が体を包んでくれることはなかった。


 もう、彼女はいない。

 だから、もうこんなことが起こらないように。

 これ以上、悲劇が繰り返されないために。

 

 何よりも、彼女のために――





「ッ……は……ぁ」


 そこで意識は急激に覚醒した。

 命の眠りを覚ましたのは、けたたましく音色を響かせるアラーム音。

 ベッドの横、サイドテーブルに乗った携帯が起床時間が来たことを告げる音を鳴らしている。

  

 命は片手で頭を抱えながら、ベッドから上半身だけを乗り出し手を伸ばすと携帯があろう場所を弄る。

 と、指先に冷たい感触を感じ、次の瞬間にはそれがごとんと重い音を立て、それに続くように細かい粒のようなものがぽろぽろとあとに続いて床に落ちていった。


 命の拳銃、92FSバーテック。

 微かにカーテンの隙間から入りこんだ朝日が鉄の体を照らし、辺りに散らばった9mm弾が宝石のように金色の輝きを見せていた。

 命は息を吐きながら、今度こそ顔をテーブルの方へ向け携帯の位置を確認し、アラームを解除。

 

「……ん」


 ふと指先が――いや、腕全体が震えていた。

 体に不快感を覚え視線を下ろせば、服を着たままシャワーでも浴びたのかと言われかねないほど体中びっしょりと汗をかている。

 着ていたシャツは肌にぴったりと張り付き、命の白い肌が透けて見えた。

 

 テーブルを支えにして手をつきながらゆっくり立ち上がると、命は床に落ちた92FSバーテックを拾い上げる。

 重い。鉄の重さ以上のものを手の平に感じて、命は92バーテックを両手で抱くように握り締めると、それをサイドテーブルへと戻した。

 

 少し朦朧とした意識のまま、命は洗面所へと足を運ぶ。洗面台の両側には、鑑を挟むように二人分の歯ブラシや櫛が置かれていた。

 思い出にでも浸るようにそれを数分見つめてから、命は更に奥へと進みシャワー室へ。

 衣服を全て地面に脱ぎ捨ると、後ろ手に曇りガラスの扉を閉め命は部屋の中へと消えた。

 



 

 髪を乾かし、軽い朝食を取ると命は階段を上りある部屋へと足を運んだ。

 薄暗い廊下に人気はなく、命に声をかける者は誰もいない。

 それもそのはずだ。命と栞の両親は数年前に他界し、母の友人であった白崎学園校長の援助を受けながら、姉妹二人で今まで生活してきたのだから。

 

 つまり姉妹が欠けた今では、この家に住むのは一人だけ。

 命は二階へ上がると廊下の突き当り、ネームプレートに栞と書かれた部屋に鍵を差し込み、ドアを開く。

 すると、生活感のない、必要なもの以外の全てを取り除かれた殺風景な部屋が命の視界に広がった。

 この部屋は栞が学園から姿を消した以降も、何一つ手を加えてはいない。誰かが片付けたわけではなく、栞自身が年頃の少女が興味を引くような物に一切関心がなかったというだけだ。

 ただ一つ、ベッドの横に置かれた、幼少の頃に命が栞に贈った犬のぬいぐるみだけは別として。


 命は迷いのない歩みで部屋の隅にあるクローゼットを開け、栞の学生服を掻き分けて奥に鎮座するアタッシュケースを取り出した。

 それをベッドの上に置き、暗証番号を入力して開くと、丁寧に並べられた二挺の拳銃が姿を現す。

 先の戦闘で狡噛時雨を打ち破ったベレッタ87ターゲットだ。


 命はそれを二挺ともジャケットの内側、背に隠すように腰のベルトに固定したホルスターへと差し入れる。

 空になったケースを閉じ、クローゼットに戻すと命は足早に部屋を出て鍵を締めた。

 そうする頃にはもう登校の時間となり、命は一階に戻るとテーブルに置いた92バーテックと予備の弾倉をしまい、Mk18ライフルが入ったバッグを背に担ぎながら、壁にかけてあったカレンダーに目を合わせた。


「……新しい一週間が始まる」


 今日は月曜日だ。

 また学校が始まり。そして――学園戦争が始まる。

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