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12話「束の間の喜びに」

 学園戦争の終幕を告げるサイレンが白崎町に鳴り響いてから五時間後。

 それまでゴーストタウンと化していた白崎町にはいつも通りの活気が溢れ、道行く人々からは賞賛の言葉が投げられる。

 そんな懐かしくも望んでいた光景に、仲間達の顔も明るい。

 此度は命ですら――いや、命だからこそ、今一度再び戦いの場に身を投じ、勝利したことに心躍らせていた。


「いやーやっぱ俺強すぎない? あれさ、絶対百人はいたと思うんだよねぇ」

「いたのはたった三人。全員機関銃を使って数を誤認させていただけよ。自惚れすぎ。てか参加人数くらい確認しなさい馬鹿」

「えぇ!? げほっ! た、たった三人!? まじかよ……あとさりげに酷くね皐月ちゃん」


 戦闘科の教室、そこで勝利の美酒――ではなくサイダーを口に流し込んでいた修嗣が皐月の手痛い返しに喉を詰まらせる。

 修嗣は手際よく敵の大軍を校門前で押し留めていたのだと都合の良い解釈をしているようだが、実際には正門側を襲った者達は陽動で、本隊は命が、そして敵拠点を見事落として見せたのは皐月達。

 白崎学園の防衛担当も重要な役割とは言え、今回の戦いで誰よりも活躍した者と言われれば、それは皐月と四葉だろう。

 

「体、大丈夫ですか? 手榴弾とは災難ですね、さすがに出会い頭では私だったとしても避けようがないですし、仕方ないですよ」


 窓際の椅子に腰掛け、壁を背にもたれながら命が天井を眺めていると、いつの間にか両脇に皐月と四葉が佇んでいた。その気配に気づかないくらいには呆けていたらしい命は、そっと机に置いた食べかけのヨーグルトを一口だけ口に含んだ。

 甘酸っぱい味付けの、これは初めて食べる商品だ。

 口に広がる感覚に浸りながら、命は右手を目の位置にまで掲げながら開いては閉じ、それを数度繰り返す。

 指先の感覚が少し鈍い。命の場合、程度で言えば軽傷。だが、どんな具合であれ一度薬が効いてしまえば皆同様に体が動かなくなるというのも、なかなかに不便なものだ。


「そうそう! びっくりしたよぉ、みこりん担架で運ばれてくるんだもん!」

「ごめんなさいね、あの薬は一度効果が出始めると動けなくなっちゃうのよ」


 これは一時的なもので、十二時間以上持続はしない。

 それを理解していてもなお、感じる体の不自由さは何度経験しても慣れるものではない。飲まずに済めばどんなに、そう思う者も少なからずいるが、学園戦争で決められたルールなのだから、これは仕方のないことだ。

 本当の戦争ですらルールはある。ならばそれを守るのもまた、兵士の務めだろう。実際に従うかどうかは、別として。

  

「まだ痺れ、取れませんか?」

「ええ。少し、ね」


 では、と言って、皐月は机においてあった一枚のクリップボードを手に取り、そこに束ねてある数枚の紙を眺める。

 挟まれた用紙には、今回の学園戦争で使った分の補充も兼ね、各戦闘科クラスごとにこれからの授業や練習で使う必要数分の弾薬の種類と数が記入されている。いわゆる物品補充の申請用紙というやつだ。

 以前までは命の姉、栞が自然な流れでまるで代表のように扱われ、本人的には渋々各戦闘科クラスに希望を聞いて周り彼女が教員にそれを提出していたのだが、あいにく今この学園に彼女はいない。そこで、その役割が妹の命に回ってきたのだ。

 命は既に各クラスに出向いて希望を取り、必要なものは用紙に記入してもらっている。あとは、これを戦闘科の教員に渡すだけ。

 

「さすがに足止めに使った分、弾の消耗も激しいですね。あら……AF製の.22LR(ロングライフル)が二箱だけ? これは修嗣くんの分ですか? あの子のM2206は、かっこいいから持ってるだけで多分撃たないと思いますけど。って、それにAFのって最高級品じゃないですか、勿体無いですよ」

「ん……ああ、違うの。それは四葉の練習用に使おうと思って」

「ほえ? ろんぐ……なにそれ強いの?」


 首をかしげる四葉に命と皐月は互いに見つめ合って笑うと、からかわれていると思ったのか四葉は頬をふくらませる。そんな小動物的な愛くるしさを持っているところも、四葉が皆に好かれる理由の一つなのだろう。事実、この学園で彼女が嫌いだという声を耳にした記憶はなかった。心中はともかく、表向きにこの学園で彼女に対して否定的な感情を抱く者はいない。


「小さな弾で、反動も少ないですから入門用には最適ですね。確かに、四葉さんの練習用にはもってこいかも……あはは、でも高級品を練習用に使うのはちょっと贅沢な気もしますね。AFは一発700円くらいでしたっけ」

「わぁ! M93R(この子)の弾もちっちゃいのに、もっと小さいのがあるの!?」

「はい、弾薬にはたくさん種類がありますから、変わった弾は他にも色々ありますよ。……あ、それじゃあ、命さんは休んでいてください。これは私が提出してきます」


 扇ぐようにクリップボードを持って、皐月が背を向ける。翻った彼女の髪が蛍光灯の光を反射して、透き通ったダイヤのような輝きを見せた。

 命はその細くも頼もしい背に、小さく声を投げかけ自身の手を伸ばす。


「今日はお疲れ様……それと、私と四葉は呼び捨てでいいわ。…………これから、よろしくね。皐月」

「え、ああ、えっと……ええ。よろしく、命」


 握り返された手の平の温かさに、どこか血を分けた姉妹の温もりを感じて。


「ふふ……皐月は少し、似てるわね」

「え……?」

「私、ちょっとあなたを好きになったかも」

「ええ!?」


 困惑する皐月と、横で目を丸くし唖然とする四葉を眺めながら。

 命は胸に思い描いた一人の少女の名を囁く。それはどこか悲しみを含んだ、だがとても優しげに。

 しかし、その儚い呟きは喧騒に掻き消されて。

 誰の耳に届くこと無く、呟いた者の心中にだけ響き渡った。

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