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11話「誰がために鐘は鳴る」

 倒れた三人の学生から離れ、命は蒼正学院の拠点側に数百メートルほど移動を開始していた。

 先の戦闘以来敵に出会うこともなく、おそらくはこのルート以外の、拠点の防衛と白崎学園を攻める側に創生学院は戦力を割いたのだろう。

 いくら狭い町とは言え、たかが十人程度が動き回って簡単に出会えるほど小さくもない。これ以上の交戦の可能性は限りなく低いはずだ。

 しかしここは戦場。最後まで気を抜くことはできないが。


 不意に、遠方で大口径銃の発砲音が数発。これは昨日聞いた皐月の銃のものだ。

 これで自分の役目も終わりかと、ふと気を一瞬抜いたところで妙な気配に気づき、命は咄嗟にMk18のセレクターを安全位置からセミオート位置に回しながら銃を構える。

 と、床を転がる不気味な金属音。命はこれまでの経験、記憶から思考より先に体が反射的に動き、顔を守るように腕を組みながら地面を蹴って後ろに飛ぶ。


 命が背をコンクリートの地面に打ちつけるのと、轟音が鳴り響き柱のように砂塵が巻き起こるのは同時だった。

 硬い地面が抉られ、飛び散った鋭いコンクリート片が命の足と腕を掠めて裂く。灰色の床に小さなクレーターを作ったのは、破片手榴弾だ。

 命は服についた埃を払い、破片が当たって千切れたMk18のスリングに嘆息しながら銃ごと地面に置いて崩れた前髪を手櫛で直す。


「……この威力、炸薬量を減らしていない正規品ね。ルール違反よ」

 

 本来、学園戦争において薬での治癒が不可能なほど過剰な殺傷力を持つ武器・弾薬の使用は制限される。その類は装薬量を落とすなど性能そのものを調整されるか、あるいは使用禁止にされるかのどちらかだ。


 だがそれ以上に咎めることはせず、腕の傷を確かめながら次が来ないのを察して、命は白い指先に伝った血を払う。

 これは直接誰かが投擲するタイプの物。近くに命を攻撃した者がいるのは明白だ。そして、


「ふふ……アハハッ! そうよぉ? だから? どうせ使った後の物なんて誰も確認しないのだから、ばれっこないわ。いいザマね、その傷ならもう薬が効いてくる頃じゃない? ふふ……でもぉ、もう少し傷が増えたって誰も文句は言わないわよねぇ?」


 嬉々とした表情を浮かべ、直ぐ側の店の影から狡噛時雨――たしかそんな名前だったか、蒼生のエースが顔を見せた。無抵抗の獲物を前に舌なめずりする獣のような、貪欲で、醜い表情を浮かべて。


 だが命はそれを意に介さず、自然な動作で腰に隠したホルスター、そこに収められた二挺の拳銃を左右の手で解き放つ。

 秘匿された二つの拳銃。それはこの瞬間その姿を晒し、陽光を浴びて暗く、だが黒い光を放ち輝いている。

 

 ベレッタ87ターゲット。フレームとスライドが一体化したような特徴的な形はどこか近未来的な風貌とも、あるいは重厚な巨砲を彷彿とさせる。

 だがこれが打ち出す弾丸は、小口径弾として分類される.22ロングライフル弾だ。

 この銃は射撃競技を前提した作りになっており、大型のスライドや上面のレイルは正確に的を撃ち抜くために必要な機能と拡張性を突き詰めたもの。ゆえに実戦での携行性や堅牢さ、取り回しの良さを追求した軍用銃とは別次元の魅力と力がある――が、それはつまりこの銃は実戦向きの銃ではないということだ。

 

「あなた……なんで動けるの!」

「さて、何故かしらね?」


 今まさに銃口を向けられ狼狽する時雨に、命は腕から流れ出る血には目もくれず歩み寄る。

 もはや反撃はできまいと高を括っていた彼女は不測の事態に頭が回らないのか、あるいは別の理由か手に握った銃のことも忘れて命が近づいた歩数分さらに後退する。

 傍から見れば滑稽な様だろうか。だが命の顔に笑みは無く、感情のない顔と瞳を彼女に向けて一歩一歩、確実に詰め寄っていく。


「あ、あなたまさか薬を……そ、それこそルール違反よ!」

「学園戦争に参加する者は薬を服用しなければならないとルールで決まっているけれど、いつ飲むかまでは明確に記載されてはいないはずよ」

「狂ってるわ……死ぬ気」

「これは遊びじゃない、戦争なのよ。なのに……殺し合いに死ぬ気で挑まない方がおかしいのではなくて?」


 やっとの思いで時雨は銃を握る腕を上げ、引き金に指を掛ける。だがそれよりも早く、命の87ターゲットが反応した。

 正確に、狙った場所へ銃弾を撃ち込むことだけを目的に作り上げられた銃。そこに高い技術が加われば、この距離で狙いを外すことはない。

 無慈悲に銃口から撃ち出された22口径の弾丸は、時雨の銃、手首、膝に突き刺さった。

 

「あ――っぅ!?」


 弾かれた銃は手の平から離れ地面を滑り、膝を撃ち抜かれた時雨は自身を支える力を失い背中から後ろに倒れ込む。

 それは一瞬の出来事だった。淡々と、機械を操作するかのように単純な――命はただ指先を少し動かしただけ。たった、それだけの作業。そこに感情はない。


「ごめんなさいね、この子は威力が低くて……数発当たっただけじゃ薬の効果が出ないの」


 呻き嗚咽を漏らす時雨を一瞥して空を見上げ、誰に言うでもなく命は囁いた。

 通りを吹き抜ける風が命の淡い銀の髪を揺らし、表情を隠す。

 

「や、やだ……来ないで! ……っひ!? い、いやぁ」

 

 時雨の瞳に映るのは、両手に拳銃を携えた一人の少女。しかし、まるで彼女はそれ以上の何かを見てしまったかのように。

 

 これは学園戦争。命を失うことなど決して無い、ルールに守られた、平和な戦争。

 だがこの時彼女はその瞳の奥に、真の戦場でしか得られぬ恐怖を感じていた。混じり合った体液が体を濡らし、貫くような痛みが体中を駆け回り、だが這ってでも逃げなければいけない恐怖がそこにはあると。

 

 その時響いたのは、終戦を告げる鐘の音だった。

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