金屋武(♂)
朝、登校すると、また靴箱にラブレターが入っていた。グレーの洒落た感じの封筒だ。中の手紙には、「放課後、裏山のふもとの市民公園に来てください。お話があります」とだけ書かれていた。やけに学校から離れた場所を指定してきたな、と少し気になった。
おれは、うんざりした。これで何人目になるのだろうか?
また、断りにいかないといけない。傷つけたくないのに、相手を傷つけないといけない。想像するだけで、憂鬱になる。重いため息がもれる。
いっそ付き合っちまうか?
おれは、ふと考えた。
このギャルゲー病が、要はもてないために発症しているのだとしたら、とにかく彼女を作ってしまえば、治るのではないか?
治らないとしても、彼女持ちになれば、告白されることは少なくなるんじゃないだろうか。
問題は、おれの気持ちだ。
おれはゲイだ。女の子と恋愛してみたいなんて願望は、まったくない。
そんな自分の気持ちを偽りながら付き合うなんて、相手に失礼じゃないだろうか。
でも、このまま風宮のことを好きでいつづけても、しょうがないだろう。風宮が、おれのことを好きになってくれるなんてことは、まず考えられない。あいつは普通の男子だ。
だったらこんな想いはきっぱりと捨てて、次の恋に向かったほうがいいのではないか?
もやもやとした悩みを抱いたまま、放課後を迎えた。
放課後、指定された市民公園に行った。
利用者の少ない、さびれた公園だった。雑草が伸び放題になっており、羽虫がたくさん飛び回っている。すべり台やブランコといった遊具には、クモの巣がはっている。近々取り壊されて、駐車場になる予定だそうだ。
ふつう、告白するのに、こんなところに呼び出すか?
疑問を覚えながら、あたりを見回すと、すべり台の前に、ひとりの少女が立っているのを見つけた。
その少女はこちらに気づくと、ひどく緊張した表情で歩みよってきた。
ゴスロリ、というのだろうか。全身黒づくめの服装だった。顔に、濃い化粧がほどこされている。
うちの学校の生徒じゃないのか?
少女はおれの前に立つと、無言でうつむいた。肩が震えている。見ていて、なんだか痛々しい。
・・・・・・この娘、どこかで見たことあるな。
しかし、ゴスロリの知り合いなんて、おれにはいないはずだが・・・・・・。
ゴスロリ・・・・・・。
ゴスロリ?
「あっ」
思い出した。
昨日の朝、校門の近くでぶつかった女の子だ。
何でこの娘が?一体何の用なのだろう?
ゴスロリの少女は、おれの前に立ったまま、下を向いている。緊張しているのか、不安げな表情だ。
おれは、少し考えて、話しかけた。
「昨日は、ごめんな」
「え?」
少女は顔をあげる。
「ぶつかってしまって、悪かったな。ケガはなかったか?」
「あ、あれはぼくの、いや、わたしの不注意だったから・・・・・・」
「いや、たぶんおれのせいだ。おれ、ちょっとわけあってな、女の子とよくぶつかっちまうんだよ。まったくまいっちまうよな」
「・・・・・・そうなんですか」
「で、おれに話って、何なんだ?」
少女は固くなった。そして、顔を赤らめながら、弱々しくつぶやいた。
「あの、その、・・・・・・す、す、好き・・・・・・です。ぼくと、あ、いや、わ、わたしと、・・・・・・つ、付き合って・・・・・・くれ・・・・・・ませんか?」
不器用だけど、必死な告白だった。こういうことは慣れていないのだろう。それでも、勇気をふりしぼって、なんとか想いを口にしたのだ。
・・・・・・断るのが、つらい。
たぶん彼女は、本当におれが好きなわけではないのだろう。ギャルゲー病のせいだ。でなければ、たった一度ぶつかったくらいで、恋に落ちるわけがない。
これは本当の恋ではないのだ。
断らないと。
・・・・・・断らないと。
断るべきだとわかっているはずなのに。
なぜかおれの胸はドキドキしていた。
おかしい。おかしいぞ。おれはゲイなのだ。女に興味はない体質なはず。
それなのに、なんでこの少女の告白を聞いて、こんなにも心臓が高鳴っているんだ?
おれは混乱した。
少女は、返事を待っているのか、顔を赤らめ、うつむいたまま、黙りこんでいた。そんな彼女を見た瞬間、おれの鼓動はさらに早くなった。
・・・・・・惚れちまったのか?
これも、ギャルゲー病の影響なのだろうか?病気のせいで、おれの心がゲイからノンケに変わったというのか?
目の前の、ゴスロリの少女をもう一度見てみた。視線があうと、少女は少しおびえた表情になって、もっとうつむいた。可愛らしい、小動物のような、守ってあげたくなるような雰囲気を持っている。
理由は、わからない。この娘の何が、おれをドキドキさせているのか。
ただ、おれは、ふと考えた。
この娘となら、付き合えるかもしれない。