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風宮旬(♂)



昼休みになり、ぼくは生徒会室へ向かった。



とうとう女装のことがばれてしまった。



しかも、よりによって、あの色摩さんにだ。



ぼくは、深いため息をついた。なんだか頭が痛い。



優等生でありながら、痴女であることを隠そうとしない色摩さんに対して、ぼくは尊敬と恐れの入り混じった、複雑な感情を抱いていた。ぼくの物差しでは、とてもはかりきれない、強烈な価値観を持っているひとだ。



・・・・・・やはり、女装をして学校に来たことを、叱られるのだろうか?



でも、色摩さんに、それを注意される筋合いはないと思った。彼女の方が、もっととんでもないことをいっぱいしているはずだ。



何にせよ、廊下を歩くぼくの足取りは重かった。





生徒会室の前に着いた。



ドアをノックすると、

「どうぞ」

と色摩さんの返事が聞こえた。

「失礼します」

と言って、ぼくは中に入った。



そして、室内を見て、絶句した。



生徒会室の真ん中で、色摩さんは、「椅子」に座って足を組んでいた。こちらを見て、大人っぽい笑みを浮かべている。



ぼくは、色摩さんが腰かけている、その「椅子」を見て、ぼうぜんとしていた。



その「椅子」は、四つん這いになった校長先生だったのだ。



今年で確か六十五歳になる校長先生が、恍惚とした表情を浮かべながら、犬のような姿勢で人間椅子になっていた。色摩さんは、そんな校長先生の背中の上に、まるで公園のベンチでくつろいでいるかのような、リラックスした様子で座っていた。



「・・・・・・・・・・・・」

「風宮君、どうかしました?」

「・・・・・・・・・・・・」

「顔が青いですよ?」

「・・・・・・・・・・・・何でも、ないよ」



ぼくは、一生懸命見なかったふりを決めこむことにした。



「・・・・・・色摩さん、話って何?」

「ああ、女装のことですよ」

「・・・・・・・・・・・・」

いきなり本題からくるか。

「別にあなたの趣味を否定しようとは思ってませんよ。ただ生徒会として言わせてもらうと、学校でああいう格好をすることは、今後、ひかえてもらいたいです。他の生徒に見つかると、あなたも面倒なことになるでしょうからね」



学校のロッカーで亀甲縛りをやってた、あんたに言われたくない、と反論したくなったが、必死で言葉を飲み込んだ。一応、彼女の言うことは、筋が通っている。



「・・・・・・わかりました」

「よろしい。このことは、わたしの胸だけにしまっておきますから」

「すみません。ありがとうございます」

ぼくは、頭をさげて、生徒会室から出ようとした。すると、色摩さんに、呼び止められた。

「風宮君、ちょっと待ってください。話はまだ終わってませんよ」



・・・・・・・・・・・・きた。





ぼくは、振りかえって、恐る恐る聞いた。

「・・・・・・何?」

色摩さんは苦笑した。

「もう、そんな警戒しないでくださいよう」



・・・・・・それは無理だ。



「ちょっとね、お願いがあるんです」

そう言うと、色摩さんは、「椅子」から立ち上がり、生徒会長の机の中から、何かの洋服を取り出した。

「・・・・・・それは?」

「うふふ、かわいいでしょ?」

色摩さんは、ぼくの目の前で、それを広げてみせた。



それは、メイド服だった。





「何それ?」

「メイド服です!」

「いや、見れば分かるけどさ。・・・・・・そんなもの出して、どうするの?」

口ではそう言いながらも、ぼくはなんとなく、このあとの展開が予想できていた。

「風宮君、ちょっと、ここで、これを着てみてください」





・・・・・・やっぱり。




それにしても、素晴らしいメイド服だった。高級そうなシルクが使われていて、一目で分かるくらい、布の質が違う。たまにバラエティーショップなんかで見かける、安いコスプレ用のものとは、まったく比べものにならない。



・・・・・・おそらく、フランス製の本格的なメイド服だ。あの色摩さんが、手に持っているカチューシャの形、あの精巧な刺繍の作り込みは、愛読している雑誌「月刊メイド服の友」の「本格派外国製メイド服特集」の写真で見たことがある。



・・・・・・着たい、と思った。


しかし、目の前には、校長先生がいる。こんなところで、いきなり女装をするのは、いかがなものか?



「着たいんでしょう?」

色摩さんが、笑みを浮かべながら言った。



「・・・・・・でも、こんなところで」

「私が着てくださいと頼んでいるのですから、大丈夫ですよ。校長先生にも、何も言わせませんから」



うわ、色摩さん、校長先生のお尻を蹴った。・・・・・・校長先生うれしそう。



「でも、何でぼくに着てみろなんて?」

「・・・・・・ちょっとね、確かめてみたいことがあるんですよ」



・・・・・・怪しい。やはり何かをたくらんでいるにちがいない。ここは辞退したほうがいいのだろうか?



しかしこんな素晴らしいメイド服を着られる機会なんて、これからの人生にあるだろうか?



でも、さすがに校長先生の前だしなあ・・・・・・。色摩さんの怪しい笑みも気になるし・・・・・・。うーん・・・・・・。























着た。



もう、がまんができなかった。



ぼくはメイド服を受けとると、衝立に隠れて、猛烈な勢いで着替えた。ブラウスとスカートを身につけ、カチューシャを頭にのせる。



素晴らしい着心地だった。やはり生地には高級品が使われており、肌触りがちがう。それに動きやすい。まさに家政婦のために作られた本格派なメイド服だ。着ているだけで、思わず背筋がのびた。誰でもいいから片っ端からご奉仕したい!という衝動に襲われ、体が震えた。



「・・・・・・かわいいわね」

色摩さんが、少しおもしろくなさそうにつぶやいた。



校長も、目を丸くしながらぼくを見つめている。



ああ!見られている!女装したいけないぼくの姿をひとに見られている!生徒会長と校長先生に見られている!



ぼくは、ハアハアと荒く呼吸をしながら、部屋の中を見回した。



「何探してるの?」

色摩さんが、聞いた。



「鏡は!?鏡はないんですか!?」



「・・・・・・ないけど」



「何でだよっ!?」

ぼくはキレた。



鏡がなければ、ぼくのメイド服姿が見られないではないか!あの色摩さんがかわいいと認め、校長が見とれたこのぼくの姿がどのようなものなのか?どれほどかわいいのか?美しいのか?ああっ!確認したい!早く確認したい!トイレに行くか!?いや、さすがにそれはまずいか。他の生徒に見られる。



・・・・・・それもいいかも。



いやいやいやいや、ダメだダメだダメだ。



落ち着け、ぼく。



たもて理性。




















・・・・・・やっぱりトイレに行こうっと。鏡を見たくて、もうがまんできないや。



「失礼します!」

と言って、ぼくがドアにむかって駆け出そうとすると、色摩さんはあわててぼくの襟首をつかみ、巴投げでぶん投げた。



「あんたねえ、女装したとたん、性格変わりすぎ」



色摩さんは、ため息をつきながら、倒れたぼくをすごい力でおさえた。



ああ、スカートの裾が乱れた、いまのぼくの姿は、とても色っぽいんだろうなあ。見たい!見てみたい!斜め45°の角度で俯瞰で見てみたい!なんてことを考えながら、ぼくは言い返した。



「うるせえよ!女装した自分がどんな姿か見たくなるのは、いたって普通の感情だろうが!」



「しゃべり方まで変わってるし。・・・・・・しょうがないわね」



色摩さんは、ケータイのカメラ機能でぼくを撮影すると、ほら、と言ってそれを見せてくれた。



ぼくはそのケータイを奪うようにして取ると、画面に顔を思いきり近づけながら凝視した。








画面には、天使が写っていた。









あ、間違えた。これは、ぼくだ。あまりにも神々しいメイド服姿だったので、うっかり天使と間違えてしまったようだ。



しかし、素晴らしい。なんて素晴らしいのだろう。ぼくは自分の神レベルでの女装の才能に、恐怖すら覚えた。



何が神レベルかって、写真には、巴投げをされたあとの倒れたぼくが写っているのだが、その倒れ方も、本物の西洋のメイドが、もしも巴投げで投げられたら、こう倒れるであろうと予想される姿勢を(?)忠実に再現しているのだ。肉体が、無意識で、それを行っていたのである。



他の女装者に、このような芸当がはたしてできるであろうか?否、できまい!



ぼくの体は、もはや本能のレベルで女装に向いているのだ。



「・・・・・・色摩さん!」



「何?」



「このケータイください!」



「ふざけんなバカ。写真なら、あとでメールに添付して送ってあげるから。ほら、返しなさい」



「絶対ですよ!?絶対ですよ!?」



何度も念を押しながら、ぼくはケータイを色摩さんに返した。



色摩さんは、ケータイをポケットにしまうと、椅子(校長)に座り直して、ぼくをまじまじと見た。



「・・・・・・むかつくけど、確かにあんたかわいいわ。それは認める」



「当然です。ぼくは女装の天才ですから」

ぼくは胸をはった。



「ふーん。まあ、これなら大丈夫かな?・・・・・・実は、そんな女装の天才のあなたにね、ひとつ頼みたいことがあるんだけど」



色摩さんの目に妖しい光が宿った。ぼくは再び警戒心を抱いた。



「・・・・・・今度は何ですか?」



「なーに、ちょっとしたイタズラをね、手伝ってもらいたいのよ。あなたにしかできない・・・・・・ね」



色摩さんは、ゆっくりと笑みを浮かべた。





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