金屋武(♂)
バタンッ!!
おれはすぐにロッカーの扉を、勢いよく閉じた。
中から色摩美々の、「んーっ!んーっ!」という抗議の声が聞こえてきた。
・・・・・・何やってんだ、このアバズレ女は?
ロッカーを蹴飛ばしたくなった。
せっかく風宮とふたりきりになれたというのに。こいつのせいで、甘い気分が吹き飛んでしまった。
おれは風宮に聞いた。
「・・・・・・見なかったことにしないか?」
ロッカーがまた、ガンッガンッと音をたてた。
風宮は、苦笑しながら答えた。
「気持ちは分からないでもないけどさ、それはまずいよ」
「・・・・・・だな」
おれは重いため息をついた。
そして、ロッカーの扉を乱暴に開けると、中から色摩をひきずりだして、床に転がした。口にかまされた猿ぐつわを外し、縄をほどいてやる。
色摩は立ち上がると、ぐっと体を伸ばした。
長いストレートな黒髪に清楚な顔つき。一見、マジメな優等生のような外見をしているが、だまされてはいけない。こいつはとんでもない女なのだ。
色摩はのびを終えると、こちらを向いて笑った。
「いやあ、やっぱり、両手両足が自由に動かせるっていうのはいいものですね!金屋君、風宮君、おはようございます!」
「・・・・・・おはようございますじゃねえよ。・・・・・・何やってんだ、おまえ、こんなロッカーの中で?」
おれは、心底あきれた表情で聞いた。
色摩は、はきはきと答えた。
「いや、実はですね。昨日の放課後、『そうだ、ロッカー監禁放置プレイをやってみたい』と急にムラムラしてきまして。で、思い立ったが吉日というわけで、自分で自分に猿ぐつわをして、体を亀甲縛りにして、ロッカーに閉じこもってみたわけです。柔肌に荒縄が食いこむ感触に、しばらくの間、非常に恍惚としていたわけですが、三時間もすると、飽きちゃいまして。で、やめようと思ったんですけど、縄がほどけなくなってしまったのですね。なはははは。それで一晩中、ロッカーの中に閉じこめられることになっちゃいまして。そして、いまにいたるというわけです」
横で風宮が、顔をしかめていた。
「変態め」
おれが舌打ちをもらすと、色摩はうっとりとした表情で体をふるわせた。
「ああ、大好きな金屋君にののしられると、興奮しちゃいます。ムラムラしてきました。抱いてください」
「死んでも嫌だ」
「そんな!わたしの身体のどこが不満だっていうんですか!」
そう言って、色摩はふくよかな胸をつきだしてみせた。世の男達は、こういうのを好むらしいが、ゲイであるおれには、その魅力がさっぱりわからない。単に、胸がデブだとしか思えない。つーか、気持ち悪い。
おれは顔をそむけて言った。
「身体がどうとかいう問題じゃねえんだよ」
色摩美々。
こいつは本当に、本当に、とんでもない女だった。
色摩美々は痴女なのだ。
その好色な性格と、蠱惑的な肉体を駆使して、学校の男子を片っ端から食いまくっているらしい。そして、気にいった男子は、色摩の体無しでは生きていけないように調教し、奴隷にしているのだそうだ。
エロスの神に祝福されたと自称する容姿と色気、そして強烈なカリスマ性で、色摩は、校長やPTA会長、その他教師をも(男女問わずに)奴隷にしていた。彼女のただれた生活は、学校公認となっているのだ。もうムチャクチャだ。
しかし、痴女だということをのぞけば、色摩美々は素晴らしい優等生だった。成績は優秀。スポーツも万能。生徒会では副会長を務め、ボランティア活動にも積極的に参加していた。正義感が強く、いじめられている生徒がいれば、本気で助けた。ひきこもりの復学や、不良の更生にも、力を注いでいた。経験が豊富なので、女子生徒の恋の相談を受けることも多かった。親身になって話を聞いてくれるということで、評判が高かった。
色摩美々は、そういうみんなに尊敬される痴女だった。
おれも、そんな彼女のことを、とんでもねえなと思いながらも、最初は好感を持っていた。
痴女でありながらも、それを隠さずに、なおかつ(エロ方面以外では)正しく生きようとする姿勢は、ゲイであることを後ろめたく思っているおれには、まぶしく見えた。だから、嫌いではなかった。
そう、「ギャルゲー病」になるまでは。
春に、「ギャルゲー病」を発症した途端、色摩はいきなり「とりあえずやらせてください」と言って、おれの体を求めてきた。
当然、断った。当たり前だ。おれは風宮が好きなのだから。
しかし断ったあとも、色摩はおれの周りをべたべたとつきまとってきた。何度もおれの背中や腕に、胸を押しつけてきたり耳元に息を吹きかけたりしてきた。どうやら、誘惑しているようだった。気持ちが悪かった。何度も吐き気がした。痴漢される女子というのは、こういう気分なのかと思った。
それから、毎日、迫ってくる色摩から逃げ回るようになった。
何度か、襲われたこともあった。
五月始めの放課後、人気のない公園をひとりでランニングしていると、木の上から、目をギラつかせた色摩が飛びかかってきた。
突然の襲撃に、油断していたおれは、あっさりと押し倒された。
色摩は、マーシャルアーツを習っていたそうで、素早い動きに無駄がなかった。
しばらくもみ合い、何度かズボンを脱がされそうになった。おれは必死で抵抗した。こんな形で、貞操を失うのは嫌だった。初めては、好きなひとに捧げたかった。
十分後、なんとか逃げだしたおれは、制服をビリビリに破られた姿で、半泣きになりながら帰宅した。両親には、不良とケンカしたと嘘をついた。柔道をやっているおれが、女子高生に暴行されたと言っても、信じてくれないだろうからだ。
・・・・・・苦い記憶をふりかえりながら、おれは目の前のの色摩をにらみつけた。いまはもう、すっかり、この女のことが大嫌いになっていた。
色摩はしばらく柔軟体操をしたあと、
「ちょっとトイレに行ってきますね。昨日、一晩中ロッカーの中にいましたから、ガマンの限界なんです」
と言って歩き出した。すると、ふと、風宮の前で立ち止まった。
「な、何?」
少しあとずさる風宮。
色摩はにっこりと笑うと、風宮の耳元に、何事かをささやいた。
「・・・・・・・・・・・・っ!」
風宮の顔が、ゆっくりと青くなっていった。
色摩は明るい声で、
「じゃあ、風宮君、よろしくお願いしますね」
と言い残すと、教室を出ていった。