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金屋武(♂)

おれは病気だ。



日本で発見されてから、まだ間もない、現代の奇病にかかっている。



その症状があまりにも特殊なため、具体的な治療法はまだ確立されていない。痛みや苦しみを感じるようなものではないが、その病気のせいで今、おれの高校生活にかなりの支障が出ている。



朝、学校へ向かうときは、ゆっくりと歩かなければいけない。長い道のりを、警戒し、神経をとがらせながら登校している。

毎日、そうして気をつけていないと、病気のせいで事故が起きてしまうのだ。



さて、おれ、金屋武がわずらっている、その病気の名前なのだが・・・・・・。



ああ、でも、くそ、言いたくねえなあ。恥ずかしい。



でも、言わねえと話が進まねえしなあ。



くそ、ううう。



よし言うぞ。





「ギャルゲー病」。笑うな!



それが、この病気の名前だ。



まったくふざけている。誰だ名付けたヤツは。目の前にいたら、得意の背負い投げでぶん投げてやりたい。



しかし、名前はアレだが、症状はとんでもないのだ。



この病気にかかった男は、女の子にモテる。



そして、下手なギャルゲー、恋愛ゲームのような出来事が、次々とこの身に降りかかってくるのだ。



高校二年生の春に発病したのだが、五月になるまでの1ヶ月の間に、もう六回も、食パンをくわえた女子高生と登校中に曲がり角でぶつかっている。



笑いごとではない。

いくら女の子とはいえ、全速力で走る人間と衝突することが、どれだけ危険なことか。



それに、おれの体はいかつい。小学生の頃から柔道を続けていたので、首が太く、腕も足も分厚い筋肉でおおわれている。それに、でかい。身長は百九十センチメートルある。おかげで、熊みたいだとよく言われる。



そんな体なので、ぶつかってきた女の子のほうが、倒れることが多い。幸い、相手をケガさせたことらまだ無いが、今後どうなるかはわからない。



そういうわけで、登校中は、交通ルールをしっかりと守るようになった。



とくに、曲がり角、十字路などでは、立ち止まって左右を二度見し、食パンをくわえた女子高生がいないかしっかりと確認してから渡るようになった。




それにしても、ヘンテコな病気である。

なぜ、こんなものが発生したのか。



テレビのニュースによると、これは人類の進化の兆候ではないかという説があるらしい。



草食系男子が増えてきた現代。このままでは未婚の男性が増え、人類の繁殖が止まってしまうのではないか。



そう危機感を持った男性の人体の細胞。とくに恋愛に興味を持たないような男の細胞が、宿主がモテるようにするために、進化し、男性ホルモンを過剰に分泌させたことが、ギャルゲー病の発生要因となったのではないかという。



事実、この病気にかかった人間は、おとなしくてモテない男が多いのだそうだ。



ただ、それがなぜ、食パンをくわえた女子高生にぶつかるといった現象を引き起こすのか。その仕組みまでは、まだ解明されていないらしい。



おれの場合はどうかというと、恋愛に興味がないことはないのだが、その、なんというか、まあ、・・・・・・その話はあとでおいおいしていこう。



五月の終わり頃のことだ。



その日の朝も、おれはゆっくりと慎重に、学校にむかって歩を進めていた。



ゲームセンターを営んでいる自宅から、山のふもとの高校まで、十キロ以上の距離がある。



今年の四月まで、自転車に乗って通学していたのだが、ギャルゲー病になってからは徒歩に変えた。自転車だと、ぶつかってくる女子高生をひいてしまう恐れがあるからだ。



両親は、バス代を出すと言ってくれたが、おれは足腰を鍛えられるからという理由で、歩いて登校することにした。



朝四時に起きて、五時に家を出る。



早朝なら、遅刻しそうな女子高生に会うことはないだろう。



そう思って油断していたら、この前、曲がり角で、ウィダーインゼリーを口にくわえながら新聞配達をしていた女子大生のお姉さんに自転車でひかれた。



どうやら年齢は関係なしに、様々なタイプの女性と、朝、衝突してしまうようだ。



ということは、カロリーメイトをくわえたOLが運転する車に轢かれる可能性もあるわけだ。想像すると、ぞくりとした。



話をもどそう。



五月の終わり頃の朝。



学校まであと二百メートルくらいというところまで来たときだ。



最後の曲がり角の先をゆっくりとのぞく。左右を二度、三度、確認する。



人影はない。



安心して、一歩足を踏み出したときだ。



背後から一人の少女が勢いよくぶつかってきた。

「そんなのありか」

と叫びながら、おれは前につんのめった。



体勢をととのえ、ふりむくと、その少女は道路に尻餅をついていた。




「大丈夫か?」

おれは少女にゆっくりと手をさしのべた。

少女はその手をつかまずに、自分で立ち上がった。



ゴスロリ、というのだろうか。その少女は、西洋人形のような、フリルのたくさんついた黒いドレスを身に着けていた。年齢は、おそらくおれと同じくらいだろう。少し化粧が濃いが、大きな目をしていて可愛らしい。



少女は、こちらと目をあわさないよう、うつむきながら、ごめんなさいとつぶやくと、背を向けて走り去っていった。



怖がらせてしまったかもしれない。



おれはでかくてごついから、子供に話しかけると、怯えられることが多い。



それにしても、あの少女、どこかで会ったことがあるような気がした。しかしゴスロリなんて、実際に目の前で見るのは生まれて初めてだ。何かの間違いだろう。



登校し、玄関の靴箱を開けると、三枚のファンシーな柄の封筒が入っていた。



ああ、またラブレターだ。



おれはため息をついた。



ギャルゲー病になってから、本当にモテるようになった。

まるで人気アイドルのCD予約受付のように、女の子からの告白が相次いだ。おれはそれを片っ端から、ひとりひとり真剣に断っていった。



おれには、好きなひとがいるのである。



そのことを話して、告白してくれた娘には、頭をさげてあやまった。ラブレターをくれた娘にも、こちらから断りに行った。



辛い行為だった。



目の前で泣かれたりする。時々、理不尽に怒鳴られたりすることもあるし、殴られることもある。おれは、それを、黙って受け止める。彼女達も、ある意味おれの病気の被害者みたいなものだ。こんな病気にさえかかっていなければ、おれなんかにラブレターを出すことなどなかっただろうに。



まったく嫌な病気だ。



そんな日々をくりかえすうちに、金屋武には好きなひとがいる、という噂が校内に広まった。告白してくる娘はいなくなったが、それでも、まだ時々こうしてラブレターをもらったりする。



昼休みに、断りに行かないとな。



憂鬱な気分で、ラブレターをポケットに入れた。



教室に入ると、めずらしくおれよりも早く席についている同級生がいた。



風宮旬だ。

線の細い、きれいな顔立ちをした男で、クラスの委員長を務めている。



「風宮、めずらしいな、こんな早くに」

おれは話しかけながら、自分の席に座った。

「あ、金屋君、おはよう」

風宮は、拭いていた眼鏡をかけながら、あいさつをしてくれた。

「おう、おはよう。ん?どうした?なんかおまえ、顔青いぞ?」

「そ、そうかな?」

風宮はうつむいた。少し様子が変だ。

「気分悪いなら、保健室に行けよ」

「うん、大丈夫。ありがとう」

そこで会話が途切れた。沈黙がおとずれる。



おれは緊張していた。心臓の鼓動が高鳴っている

何でもないふうを装って、教科書やノートをバッグから出し、机の中にしまう。少し手が震えている。

まさか、風宮とふたりきりになれるとは思わなかった。





おれは、風宮のことが好きなのだ。




そう、おそらくこれが、ギャルゲー病にかかった理由なんだと思う。ギャルゲー病は、恋愛に興味のない男がかかる病気だという。



おれは恋愛には興味がある。



しかし、女にはまったく興味がないのである。



おれは、ゲイなのだ。



だから、女性に恋愛感情を抱いたことがない。それに危機感を持ったおれの体の男性機能が、ギャルゲー病を発症させたのではないかと、おれはにらんでいる。



この性癖を自覚したのは、中学時代、修学旅行でクラスの男子全員で入浴したときだ。おれは鼻血を出してぶっ倒れた。のぼせたのではない。興奮したのである。



二年、悩んだ。

自分が普通じゃないことが、怖かった。

しかし、悩んだ末、受け入れた。

仕方ない。おれはこうなんだと認めてしまうと、楽になった。



だが、ひとには話せなかった。ばれたらどうなるかと考えると、悪いほうばかりに想像が働いてしまう。



だから、風宮に恋心を抱いても、それを打ち明けることはできなかった。

ばれたら、嫌われる。

絶対に気持ち悪いと思われる。

おれみたいなごつい角刈りの男に好かれて、喜ぶわけがない。



片想いでいい。



近くにいて、時々こうして胸を高鳴らせる。



それだけでいい。それだけで充分だ。それ以上のことは、望まないことにしている。





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