2 事件発生
刺された息子は緊急手術を無事に終え、集中治療室で絶対安静の状態。
息子の母親は弱々しくもそう説明してくれた。柿崎と西田は、この母親に同情のような眼差しを向けていた。父親も居るには居るが、先程からずっとうろうろしたり、急に伏せたり、こんな状態で落ち着けとも無理な話なわけだが、かなり混乱している様子だった。まともに話せるのが母親くらいだった。
それでも、そろそろ事件の核心に迫りたい。
切り出したのは柿崎だ。
『家では何があったんでしょうか。強盗か何かあったんですか。』
柿崎はまずないであろう、と考えていた選択肢を問う。もし強盗なら犯人逮捕にもっと積極的になってもいいはずだ。
『……いいえ』
母親は力なく首を振った。
やはり、という顔で西田がこっちを見てきた。それには応えず、質問を続けた。
『事故…。というのは無理がありますよね。包丁で指を切ったりはするかもしれませんが、さすがに腹に刺してしまうことはないでしょう?』
『………』
母親は何も答えない。
どうやら回りくどい言い方をしてしまったようだ。
『…何があったんですか。』
『………』
答えない。
『では…『……娘です…………』
『…はい?』
今にも消えてしまいそうな母親のか細い声で、ほんの微かに聞き取れた単語を確認するために聞き返す。
『…娘です…』
今度は確かにはっきりと母親は言った。
…まさか兄弟とは。
『聡子おおおお!』
何事かと思ったらさっきまでうろうろしていた父親が、凄い剣幕で母親に迫って来ていた。
『…お前ってやつはっ、母親だろう!?』
父親は泣いていた。すぐさま体格の大きい西田が仲裁に入る。
『じゃあ、どうすれば良かったのよ!起きてしまったことは、どうすることも出来ないじゃない!警察沙汰なのよ!!』
さっきまで消えてしまいそうだったのに母親も負けじと切り返した。
しかし、ここは集中治療室前で他に人はいないが大声で怒鳴り合うには病院のモラルに反する。看護師も何事かと様子を見に来た。
『落ち着いて下さい、旦那さん。これは殺人未遂事件。れっきとした犯罪です。子供を思う気持ちも分からなく無いですが、子供を更生させるのも親の務めだと、俺は思いますよ』
周りにギャラリーが増えてしまい、小声で話したため、全部が旦那さんに伝わったかは分からないが、何とか襟元を掴んでいた手を離してくれた。しかし、事は一刻を争う。その娘はどこにいる?
『とにかく詳しく聞かせて下さい』
父親は息子に付き添うと言ったので、母親に話を聞くことになった。病院では少しばかり目立ち過ぎたため、場所を移す。
被疑者の目処が立った、それゆえ自然と歩幅が大きくなる。そんな俺達に付いて行こうとすると母親は小走りをしないといけなくなる。
『娘さんは今どちらに?』
母親は一瞬だけ、口を噤んだが、
『………家にいると思います』
と答えた。
『よし、家行くぞ』
という柿崎の呼びかけと同時に西田は車の鍵を取り出した。
相変わらず、道は混んでいる。中々進まない車の列に苛立ちながらも、この時間は無駄にしない。聞けることは聞いておこう。
『何があったんですか?何故娘さんは息子さんを刺したんですか。』
『始めは…些細な兄弟ゲンカでした。何が原因かは知りません。それで、殴り合いになってしまって…、それも段々エスカレートして…。力で男に敵うはずもなく、頭にパンチをされたんです、あの子。さすがにこれはマズイと思いました。』
『あなたは止めようとしなかったんですか』
珍しく西田が尋ねた。
『しましたよ…。止められませんでしたけど、』
母親は項垂れた。柿崎は続きを促す。
『それで?』
『それで…、私じゃどうにもならなかったので、夫を呼びに行ったんです。何しろ例年にない雪で家の前も凄かったので』
『雪除けですか』
『はい…、それで夫と家に戻ってきてみると、息子に包丁が刺さっていたんです。』
なるほど、大体事件の流れが見えてきた。
『家族構成は?』
『夫、私、陽子、和樹、竜司、あと、義母、義父がいますが、義母は老人ホーム、義父は入院しています…』
『ええと、今回刺したのが、ヨウコさん?』
『…はい』
『刺されたのが?』
『和樹です……』
『普段から喧嘩はしていたんですか?』
『そんな頻繁には……してません』
『仲が悪かった?』
『いえ…、陽子は和樹によく話しかけていましたが、和樹は相手にしていなくて…、でも当たらず障らずっていう感じでした』
『なるほど。では、喧嘩の原因に心当たりは?』
『…さあ…?でも陽子には昔から和樹をからかうことがよくありまして、今回もまた何かしたのかなと、思っています…』
大体流れは掴めたが、原因がはっきりしないな。なぜ娘は刺したのか?娘が喧嘩の原因なら逆に息子が娘を刺してしまうのでは?何か息子が引き金を引くようなことをしたのか?
知らない内にまた口が開いていたらしい。
車体が大きく揺れた。
ーーっ!!舌噛んだ。
しかも朝と同じところを噛んだらしく、朝よりも酷く痛い。
『車体、揺れます!気をつけて下さい!』
…西田、タイミング遅いぞ。
こうして部屋で倒れている陽子ちゃんを発見するに至った。
息子とは別の救急病棟に運ばれた娘は、皮肉なことに、息子よりも出血が酷く、かなり危険な状態らしい。担当医は母親に三日山場を越えたらあとは安泰だろうが、この三日を乗り越えられるかは娘さん次第だ、と言っていた。すぐに父親も来た。
『しばらくは捜査無理そうだな』
『……そう、ですね』
『どした?体調悪いか?』
『いえ、そういうわけでは』
『そうか』
被疑者も被害者も回復しないことには、事件の細部まで真相を知ることは出来ない。
母親に連絡先を渡し、何か進展があったら連絡して下さいと伝えておいた。
三日、あと三日乗り越えれば、事件の全貌が明らかになる。
捜査に力む俺を冷ややかに見つめる西田に俺はまだ気づいていなかった。




