『狼』
童話の中の狼は悪役にされることが多い。
例えば赤ずきんの狼。
赤ずきんのあらすじ。
赤ずきんと呼ばれる女の子がお使いを頼まれて森の向こうのおばあさんの家へと向かうが、その途中で一匹の狼に遭い、唆されて道草をする。
狼は先回りをしておばあさんの家へ行き、家にいたおばあさんを食べてしまう。
そしておばあさんの姿に成り代わり、赤ずきんが来るのを待つ。
赤ずきんがおばあさんの家に着くと、おばあさんに化けていた狼に赤ずきんは食べられてしまう。
満腹になった狼が寝入っていたところを通りがかった猟師が気付き、狼の腹の中から二人を助け出す。
そんな風に、いつも狼は悪役だ。
しかし、本物の狼は確かに肉食だが、品種改良の元だけあって、犬に近い。
血縁関係のある群れで行動していることが多く、一匹狼となるのは仲間とコミュニケーションが取れなかったり、頭争いに敗れてしまった個体が群れから孤立し、単独で活動しているものくらいだ。
その繁殖は一夫一妻型。
父親狼も子育てを手伝うという、ある意味人間よりも協力的な動物だ。
魔法学院の指導室から出てきた、狼の特徴を持つ少年ヴォルフは、獣混じりと呼ばれる種族だ。
「あ。ヴォルフ。また怒られてたの?」
「…アリィ…」
頭にある狼の耳を垂れながら、指導室前で待っていた女子生徒に近づいていく。
彼女の名前はアリアス。
臓器型魔力体【癒手】の持ち主である。
文字通り、手を翳すだけで傷を癒すことの出来るものだ。
「耳と尻尾、隠せって…」
獣混じりはその動物に変化することも出来るが、逆に人間に紛れる為に耳と尻尾を隠すためには、定期的に魔力を持った人間の血が必要となる。
「ヴォルフは狼だから…慣れてないと恐がられるしね」
「うぅ…っアリィ酷い…」
「アタシの血、さっさと飲めばいいのに」
「だって、アリィが痛いだろっ?」
「そりゃあ痛いよ」
獣混じりが血を貰う時は噛んで血を出すのだから、当然なのだが。
「な、なら嫌だ!」
「あのねぇ…癒手があるんだからそんなの一瞬だよ」
「一瞬でも俺のせいでアリィが嫌な思いすんのが嫌なの!」
「腕をちょっと噛むだけなんだからいいと思うんだけど。まぁ、嫌ならいいけどさ…」
アリアスがそう言うと、安心したような顔になるヴォルフ。
(あっちのヴォルフが出てきたらどうせ噛まれるんだし)
彼はあの通り自分のためだけに人を傷つけることを嫌う性格だが、そんな彼の中にはもう一人の彼がいる。
というよりは、人間の中で育ってきた彼の中にある、狼の本能だ。
それが獣混じりであるが故に人格を持って存在している。
狼男の伝承と似通っているが、その人格が満月の日のいつかに必ず出現する。
それが朝だったこともあるし、昼間でも、夕方でも、はたまた夜中であることもある。
彼の本能が“番”として目をつけているのがアリアスなのだ。
元々獣混じりは、臓器型魔力体の持ち主に目をつけることが多い。
しかしそれは“獲物”としてであることが大半で、“番”はあまり無い。
“獲物”は搾取され、最悪殺されてしまうが、“番”は違う。
血を求めている時は狂暴だが、必要な分だけの僅かな血を飲み終わると、元のように戻り、血と痛みの代わりに、愛を与えるのだ。
動物混じりの狂暴化は、人間同士のドメスティックバイオレンスの身体的暴力とは違い、血を求めている時は人間側の理性を失ってしまい動物的になっているだけなので、血を飲んで理性が戻ると一切そういった行為をしなくなる。
人間のような感情の複雑さがなくなった状態であるために、“もう一人”というような表現がされているが、二つの人格が本当にあるわけではない。
血を飲んだ後、耳と尻尾を隠すことなくアリアスに甘えてくる“もう一人”のヴォルフを思い出しておかしくなる。
「アリィ?」
「なんでもない」
アリアスはそう答えると、ヴォルフの手を引いて廊下を歩き始めた。
人間と狼が仲良くても、いいじゃないかと言わんばかりの笑顔で。