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倒すべき相手

 アイドル・ヴァルキリーズの問題児コンビ、早海愛子さんと並木ちはるさんの2人とまさかのチーム結成をしたあたし。さっそくエリをぶっ殺しに行くのかと思いきや、今倒すべきはエリではなく、一期生の森野舞さんらしい。何か厄介なことが起こっているようだ。あたしたちはテレポートの能力を使い、愛子さんが集めたチームメンバーの所に飛んだ。


 ドン! 土埃を上げて着地。跳んできた場所は、切り立った崖の上だった。


「島の北にある岩山よ。ここを拠点にしているの」愛子さんが言った。


 あたしはぐるりと見回した。ところどころに申し訳程度に植物が生えているけど、基本的には岩が多い荒地だ。正面には海が広がっている。崖の高さは10メートルほどだ。海の反対側は、なだらかな斜面になっていた。そして、少し離れたところに由紀江がいた。メールマニアで、能力名・連絡係の使い手である。


「愛子さん、ちはるさん。お疲れ様です」ぺこり、と、頭を下げる由紀江。そして、小さくあたしに手を振る。あたしも笑顔で手を振って応えた。


「どう? どれくらい、集まった?」愛子さんが言う。


「はい。カスミで、14人目です。みんな、あっちで待ってます」


 由紀江が指差した先に、たくさんのメンバーが集まっていた。


「14人か。まあ、妥当な所ね」


 愛子さんは優雅な足取りでみんなの方へ歩き出した。あたしたちも後に続く。


「押忍!! 愛子先輩! ちはる先輩! お疲れ様です!! カスミ先輩! あたしたちの部隊へようこそ!!」


 誰よりも早く、誰よりも大きな声であいさつしたのは、妹系ゲームオタクで空手の達人、桜美咲だった。トレードマークのサイドテールの頭を深々と下げる。袖なしの黒い空手着に両腕に籠手、両手に格闘用のオープンフィンガーグローブという装備。胸元を大きく開け、さらしを巻いた胸を強調している(ちなみに、幼い顔に似合わずFカップである)。なんでこの娘がここにいるんだ?


「おいおいおいおい。なんで美咲なんかがいるんだよ?」ちはるさんが不快そうに言う。


 美咲は三期生ながらランキングで7位に食い込み、称号“ヴァルトラウテ”を獲得した。三期生がランキングに参加するのは2回目で、それで7位というのは、二期生の推されメンバー、藍沢エリや一ノ瀬燈をも上回る快挙である。言ってみれば、ヴァルキリーズ最強の推されだ。推されメンバーアレルギーのちはるさんが不快感をあらわにするのも当然である。


「押忍! 先輩方が新チームを結成したと聞いて、遥ちゃんとやってきました。お世話になります!」


「勝手にお世話になるな! てか、遥までいるのか!?」


 美咲の隣に、純白の着物に胸当て、紺の袴、左手に弓、腰に矢筒を下げた娘が立った。「お疲れ様です」と、静かに頭を下げる。篠崎遥。美咲と同じ三期生で弓道家。超マジメな性格で、ランキングは9位。美咲と並ぶ推されメンバーである。


「……たく、誰だよ? こんな推されどもを誘ったのは?」ちはるさんはメンバーに向かって言った。


「あ、ゴメン。あたしだけど、マズかった?」


 手を挙げた人を見て、ちはるさんは困った顔になる。


「押忍! 真穂先輩! ありがとうございます!」美咲がまた頭を下げた。


 手を挙げたのは、一期生でランキング14位の小橋真穂さんだ。干されメンバーながらもコツコツと努力を続け、ランクを上げてきた苦労人。先日の愛知ドームのコンサートで、あたしとちはるさんと一緒に、限定ユニット『アスタリスク』を結成した。その練習中、ケンカを始めたちはるさんを止めようとしてケガをした。幸いケガはたいしたことなかったけど、ちはるさんもさすがに責任を感じているのか、あれ以来、現実世界では少しおとなしくなっている。なるほど。愛子さんとちはるさんが仲間を集めていると聞いた時、正直、この2人に付いてくる人なんているのか? と思ったけど、真穂さんがいたのか。それなら、14人も集まるのにも納得がいく。でも、問題は、推されメンバーの美咲と遥を、愛子さんとちはるさんが受け入れるかどうかだ。


「あたしは別にかまわないわよ?」


 そう言ったのは、意外なことに愛子さんだった。ホントこの人、キャラが変わったな。これも、ジーニアスという能力のせいだろうか? 現実世界でもこうならいいのに。


「押忍! ありがとうございます! 粉骨砕身! 皆さんのために頑張ります!!」


「うっとうしいから、その喋り方は由香里の前だけにしなさい。それで、美咲の能力は何?」


「あ、はい。えーっとですね」と、美咲はいつもの妹キャラに戻った。「『能力名・千里眼。あなたの視力は現実世界の10倍になる』です。ちなみに、あたしの視力は6.0です」


 0.6が6.0になったってわけか。そりゃスゴイな。でも、何の役に立つんだ? その能力。


「いえ、違います、カスミ先輩」と、美咲が言った。あれ? あたし、何もしゃべってないはずだけど?


「カスミ先輩って、若葉先輩と同じで、気づかず1人でぶつぶつ喋ってることが多いですよ? あと、考えてることが顔に出やすい方じゃないですかね?」


 げ? そうなのか? 確かに、ヴァルキリーズ最年長の遠野若葉さんは、そういうところがあるな。あたしもそうだったとは。気を付けないと。


「で、あたしの視力ですけど――」美咲が続ける。「現実世界で6.0です。なので、この世界では60.0になります。もう、見えすぎちゃって困ります。さっき山の上に登って下を見てみましたけど、島全体の砂の一粒まで見えそうな勢いです」


 ……60.0って、そんな視力、存在するのかよ。てか、それが何の役に立つんだよ。ムダこの上ない能力だな。


「と、いうことは――」愛子さんが言った。「山頂から、島にいるメンバーの顔も分かる?」


「はい。物陰にいる人はさすがに分かりませんけど、姿が見えてる人は、たぶん島の反対側にいても分かります」


 ……ナルホド。さすがジーニアス愛子さん。そういう使い方ができるわけか。


「フン。だったら、見張り役にでも使ってやるよ」ちはるさんは、しぶしぶという感じで同意した。


「で? 遥の方は?」愛子さんが遥を見た。


「能力は、教えないとチームに入れてもらえないのでしょうか?」遥、マジメな表情を崩さず言う。


「あん? 当たり前だろ」と、ちはるさん。


「ですが、真穂さんから聞きました。愛子さんが、必要があるまで能力は明かさなくてもいいと言っていたと」


 へ? そうなのか? 愛子さんを見る。


「まあ、そうね」愛子さんは相変わらず落ち着いた口調で言う。「もちろん、あたしとしては、全員の能力を把握しておいた方が、何かとやりやすいけど、強制はしないわ。このゲームでは、他のプレイヤーに能力がバレることは、大きなアドバンテージを取られることになる。仲間を信用するなというわけじゃないけど、用心にこしたことはないわね。どこから情報が漏れるか分からないし、相手の能力によっては、能力を知られることが致命的な場合もある」


 ……げ、そうなのか? あたし、よりによってあのエリに能力を明かしちゃってるんだぞ? って言うか、前フェイズの特別ミッションで、あたしの能力って、全プレイヤーに知れ渡ったんじゃないのか? 大ピンチじゃんか。


 ……待てよ?


 他のプレイヤーに安易に能力を明かしてはいけない。これは分かった。


 じゃあ、愛子さんは、何であたしに、自分の能力を明かしたんだ?


 あたしだけじゃない。きっと、ここにいるメンバー全員に明かしてるんじゃないか? そりゃあ、メンバーの信用を得るために仕方なかったのかもしれないけど、それにしたって、リスクが大きすぎるんじゃないだろうか?


 それとも……。


 そんなリスクなんて何でもないほど、『ジーニアス』という能力は強力なのだろうか?


 …………。


「フン。お前ら推されは、例外さ」ちはるさんが、遥を挑発するように言う。「能力を明かせないんだったら、チームに入れてやるわけにはいかないね。さっさと消えな。なんなら、強制的に消してやろうか?」


 ちはるさんの挑発に、遥は何も言い返さず、黙ったまま、ただ視線を返すだけだった。


「いい加減にしなさい、ちはる。別にかまわないって、言ってるでしょう」愛子さんがちはるさんを見る。


 ちはるさんは、フン、と、鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


「でも、1つだけ訊かせてくれる?」愛子さんは遥に視線を戻す。「何で、あたしたちのチームに入りたいと思ったの?」


「そうだ。それを訊かせてほしいね」ちはるさんも遥に視線を戻した。「お前ら、いつもは若葉や燈と一緒にいるだろ? そっちとチームを組めばいいじゃないか? それとも、もうすでに組んでいて、スパイとしてやって来たってわけか?」


「…………」


 遥は答えない。相変わらず、黙ったままちはるさんを見る。


 代わりに、美咲が手を挙げた。「はいはい! あたしのこのゲームの目標は、優勝するのはもちろんですけど、それ以上に、若葉先輩を倒したいからです!!」


 それを聞いて、その場にいたほとんど全員が目を丸くして驚いた。


「若葉を倒す? 若葉大好きのお前が? どうした? ケンカでもしたか?」ちはるさんが笑う。


 美咲は、人懐っこい性格で誰とでも仲がいいが、特に、ヴァルキリーズ最年長の優しいお姉さん・遠野若葉さんのことを慕っている。いつも若葉さんの側にいて離れず、若葉さんが他のメンバーと話をしているだけで激しく嫉妬することもあるくらいだ。若葉さんも美咲のことを可愛がっていて、普段から色々とアイドルの心構えや仕事の取り組み方などを教えている。美咲がランキングで7位に入ったのは、若葉さんがおかげと言っても過言ではない。そんな美咲が若葉さんを倒すと宣言するなど、ヴァルキリーズ始まって以来の珍事ではなかろうか?


「あたし、決めたんです」美咲の表情が真剣になった。「あたしは、若葉先輩が大好きです。ヴァルキリーズで一番、いえ、この世で一番、若葉先輩のことを尊敬しています。若葉先輩は、あたしの最大の目標です。だからこそ、倒したいんです。若葉先輩を超えたいんです。あたし、この前若葉さんに言いました。来年のランキングでは、絶対に、若葉さんの順位を超えて見せる、って。だから、この戦いでも、絶対に若葉先輩を倒してみせます。それが、あたしをここまで育ててくれた、若葉先輩に対する恩返しなんです」


 普段はのほほんとしている美咲の見たことも無いくらいシリアスな表情に、さすがのちはるさんも、何も言えないようだ。


 しばらくの沈黙の後、愛子さんが言った。「そう、分かったわ。じゃあ、遥はどう? ひょっとして、あなたも倒したい相手がいる?」


 その、愛子さんの問いかけに。


 美咲と違い普段からマジメな遥だけど、それでも今まで見たことが無いくらいの真剣な表情で、愛子さんに視線を返す。


 そして、静かに頷いた。


 全員が息を飲んだ。


 遥が倒したい相手となれば、1人しかいない。


 橘由香里さん――アイドル・ヴァルキリーズの、絶対的キャプテン。


 一部、ファンの間から次世代キャプテンと呼ばれている遥。控えめな性格だから、普段は「そんなことはありません」と、静かに否定するだけだったけど。


 ついに、決意したのか。


 由香里さんは、誰もが認めるキャプテンだけど、年齢は、若葉さんと同じ26歳だ。残念ながら、アイドルとしての適齢期は、とっくに過ぎているだろう。卒業は、そう遠くない。そのためには、ヴァルキリーズに新たなキャプテンが必要だ。しかし、由香里さんの存在があまりにも大きすぎるからか、これまで、具体的な次期キャプテンの話は、ほとんど出てこなかった。


 そこに、遥が名乗りを上げた。


 まさに、時が来た、という感じだ。そう。これは珍事ではない。ヴァルキリーズ史上最大のサプライズだ。


「はん。由香里をぶっ殺したいってか?」ちはるさんが、ニヤリと笑う。「面白れぇ。そういうことなら話は別だ。期待してるぜ、新キャプテン」


「いえ、ぶっ殺したいとか、そういうことではありません」遥、マジメな顔のまま応える。「あたしはただ、あたしにできることがあるなら、できる限り期待に応えるべきだと思っただけです。決して、由香里さんを認めていないわけではありません。むしろ、ヴァルキリーズで最も尊敬しているのが由香里さんで、いつも、あたしなんかのことを目にかけてくれて、本当に、ありがたい限りで――」




『マジメか!!』




 思わず全員で声をそろえてツッコむ。


「てめぇは。そういうところがダメなんだよ!」と、ちはるさん。「いいんだよ、別に! これはゲームなんだから、ぶっ殺すって言っておけば! その方が盛り上がるだろ! カスミを見習え!」


「は? あたしですか?」声を上げる。


「ああ。前フェイズの深雪とのサドンデスで啖呵を切ったの、見てたぜ」


「ああ、アレですか。あれはまあ、流れで出たと言うか、思わず言ってしまったと言うか」


「その上、あの深雪の顔を殴るんだもんな。あんなの、怖くてあたしでもできねぇよ。お前のこと、盛大に見直したぜ」


「……やっぱ、マズかったですか?」


「最大級にな。まあ、せいぜい深雪信者に襲われないように、夜道に気をつけることだな」


 やっぱりそうなるのか。ああ。ゲームの世界で生き残るために現実世界の命を危険にさらすとは、バカなことをしたな。


「そうだ。カスミ、ちょっと、遥に見本を見せてやれよ」ちはるさんがさも嬉しそうに言う。


「は? 見本ですか?」


「ああ。深雪を倒したんだから、次はやっぱり亜夕美だろ? 由紀江の能力カードを使えば、亜夕美と連絡が取れるから、深雪の時みたいに、ガツンと言ってやれ」


 …………。


 いやいやいやいや、ムリムリムリムリ。ムリの100乗でも足りない。あの、普段おしとやかな深雪さんですら、あんな鬼になったんだぞ? 普段から鬼の亜夕美さんにあんなこと言ったら、どうなるか想像もつかない。これ以上命を危険にさらすのは勘弁だ。


「……なんだよ。やらねぇのかよ。つまんねぇな。空気読めよ」


 ちはるさんの言葉に、みんなも頷く。いや、空気読めって。空気読んで死んだらシャレにならないだろ。


「あ。あたし、第1フェイズで亜夕美さんを見かけたので、たぶん、連絡取れますよ?」


 そう言って手を挙げたのは、三期生の秋庭薫という娘だ。特技はモノマネである。


 …………。


 ……モノマネ、だと?


「お? そうか」ちはるさん、とても楽しそうに言う。「じゃあ、由紀江、能力カードを薫に渡せ」


「はーい、喜んで~」


 由紀江も楽しそうに言い、能力をカード化する。それを薫に渡した。


 薫は目を閉じる。ピカっと、一瞬まぶしい光に包まれ。


 光が消えると、そこには、あたしがいた。


 ……は? あたし?


 見間違いではない。それは、正真正銘、あたしの姿だった。鏡でもない。ホログラムでもない。でもあたしだった。どこからどう見ても、あたしでしかなかった。


「薫の能力よ」愛子さんも楽しそうな口調で言う。「『能力名・ミミック。ゲーム中遭遇したことのあるプレイヤーに変身する。戦闘力、能力は変身の対象外。他のプレイヤーに見破られると、能力は解除される』」


 なんて、解説を聞いている間に。


 薫は、連絡係の能力カードを使った。


 そして。


「亜夕美イイィィ!! 前園カスミだ!! てめぇが4年間倒したくて倒したくて、結局倒せなかった深雪は、あたしが倒してやったぜ!! 神撃のブリュンヒルデも大したこと無かったなぁ!! 次はてめぇの番だ!! まあ、万年2位のてめぇなんかへでもないけどな!! 残り少ない人生を、今のうちに楽しんでおきな!!」


 どう聞いてもあたしの声で、そう叫んだのだった。


 …………。


 ……終わった……何もかも……。


「カスミさん。勉強になります」


 遥が、マジメな顔でそう言った。






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『アイドル・ヴァルキリーズ・オンライン~少女は、岩になる能力でセンターポジションを目指す~』は
2013/12/28をもちまして更新を終了し、
『アイドル・ヴァルキリーズ・オブ・ザ・デッド~少女たちは、ゾンビの徘徊する船上で戦い続ける~』
と統合しました。

続きは『~オブ・ザ・デッド』でお楽しみください。

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