毎日の日課
「おはよう!元気にしてましたか、親友?」
通いなれたいつもの道を歩いて行く。帰りの那美の様子は気がかりだったが、本人が話して来るまでは突っ込もない方がいいだろうと思いなおし、いつものように元気よくドアを開けた。
「毎日来なくても大丈夫だっていってるのに。今日は少し遅かったね」
「ん、ちょっとあって」
クスクスと笑いながらやわらかな声で返す親友の言葉を聞きながらベットの横の椅子に座る。そして声の主の方へと顔を向ける。
「お加減はどう?未来」
ベットから体を少し起こしてこちらを見る親友に微笑みながら言った。未来と呼ばれた少女はベットの上でそれ以上起き上ることはせず体勢を整えてから笑顔で答える。
「うん。最近は調子がいいみたいなの」
「そうだね。顔色悪くないもん!今日は何してた?」
「この間唯が持ってきてくれた本を読んでたの。とっても面白かった!今日で全部読んじゃったもの」
「でしょ!!あれは絶対、未来気に入ると思った!明日次の巻持ってくるね」
「ありがとう!楽しみにしてる」
唯と未来と呼ばれた少女は談笑する。同じ部屋で未来のベットの回りの人々は何時ものように始まった少女二人の話し声に暖かい視線を向ける。
ここは未来が入院している大学病院の病室。唯は学校帰りここに通うのが毎日の日課となっているのだ。未来は生まれつき体が悪く度々入退院を繰り返していた。
今度の入院は長く、未来は小6からずっと病院にいる。家族も同然に育った未来が寂しくならないようにということで唯は学校帰りに病院に寄ることにしているのだ。
「あっそうだ唯、大事な話があるの」
「んー何?」
未来は思い出したように真剣な表情になった。その様子に唯も受け答えは軽そうに聞こえるが顔は至って真剣である。
「手術の日が決まったの」
未来の言葉に唯は目を見開いて未来を見る。唯の様子に未来は少し頬を緩め「大丈夫だよ」と苦笑した。そのまましばし二人無言で見つめあっていたが、未来の担当医が様子を見にやってきたため唯は少し席をはずすことにした。部屋を出てとりあえず売店にいって時間をつぶそうと歩きだした。
(これで何回目の手術だったっけ)
未来の手術はこれが初めてではない。小さいころから何度となく手術を受けている。だがいくら初めてではないといっても不安がなくなるわけではない。それは本人だけではない。今回の入院が長いのもあり唯はいいよのない不安に駆られていた。
しばらく売店で時間をつぶしたあとそろそろ病室に戻ろうかと歩き出したところ、目の前を見慣れた頭が歩いて行くのが見えた。目的地は同じなので声をかけようと売店を出たら、
「あれ?もういない」
すでに見えなくなっていた。これがコンパスの差かと若干イラっとした唯だったが、まだ自分は若いのだ、ただ成長期が遅いだけなんだと頭の中で繰り返して自分を落ち着かせながら未来の病室へと早足で歩く。病室の前に来ると中から困ったような未来の声と語尾に怒りマークが付いていそうな感じの声のふたつが聞こえてきた。
「こら、他の患者さんに迷惑でしょ颯人」
ドアを開けながら「静かにしなさい」と未来によく似た顔の男子に声をかける。少し不機嫌そうな顔でベット脇のパイプ椅子に背中を押しつけて長い脚を組んで座っているそのさまは見慣れた唯にとって何でもないが周りからすると「かっこいい」という黄色い声があがる。あの不機嫌丸出しの顔もはたから見ればワイルドな一面などといわれるので物はいいようだなっと唯は思っている。声をかけられても唯の方を見ようともしないで颯人はぶつぶつと何かを呟いているようであった。そんな颯人を見ながら未来は困ったように笑っている。
未来と颯人は二卵性双生児の双子である。男女の双子と二卵性であるため顔はそっくりとまではいかないがそこは双子でよく似ている。ただし漫画でよくある【入れ替わってもばれない】くらいわからないほどではなく二人とも特徴がある。なんにしても身長や肌の色で容易に見分けがつくのであるが。
颯人とは反対のベット脇のパイプ椅子に腰かけると未来が「どこに行ってたの?」と聞いてきたので短く「売店で時間つぶしてた」と答えて、いまだにこっちをみない双子の弟に向かって
「で、いつまでそんな顔してるの颯人」
と溜息交じりに言った。顔はまだ不機嫌そうだったが、ようやくこちらを向いた颯人は唯の顔を見るなり盛大に溜息をついた。
「こら、なんだその溜息は」
「べっつにーなんでもねぇよ」
「まぁまぁ」
ともすれば喧嘩になりそうな雰囲気を醸し出しはじめた二人に未来が先ほどと同じように困った顔でクスクス笑いながら止めに入る。これも普段と何一つ変わらない光景。けれど今日は何かが違っていた。
「二人とももう帰らないと。もう冬なんだからすぐ暗くなるよ」
「あーほんとだ、もう暗い。まだ17時だっていうのに。さっさと帰ってご飯作らなきゃ」
病院の夕飯が配り始めるのはもう少し後だが、そこまで長居してしまうと帰るのが遅くなってしまう。今日はいつもの時間よりも遅めにきてしまったため時間の感覚がずれていた。唯が帰る用意をしながら晩御飯のメニューを考えていると、隣から「ラーメンがいいなー」という声が聞こえた。唯はクスっと笑って、「じゃ今日はそれに決まりだ」と言えば、無類の麺好きである未来は唇を尖らせながら「私も食べたいのにー」という。未来の様子にさっきまで始終不機嫌そうな顔をしていた颯人が未来にしかみせない笑顔で笑っていた。それも一瞬で唯と目が合うと後は無愛想に戻り、未来の頭をポンポンと叩いた後、「・・・じゃ」とだけいってさっさと病室を出て行ってしまった。何を恥ずかしがっているのやらとニマニマした顔でそれを見送るとにや顔を引っ込めて、未来の方に向き直る。
「じゃあね、未来。また明日来るから!」
「うん。また明日ー」
未来に声をかけて引きつらないように作った笑顔で病室を出る。
病室を出た後は走らないくらいの速足で目的の人物を捕らえるため歩く。が、エレベーター付近の談話室でその姿を発見し、ふうと息を吐く。黙ったまま椅子に座って下を見ている颯人に横から声をかける。そうなってしまうのは唯にも分かるからだ。
「颯人」
一度目の呼び掛けには反応しない。それどころか体をピクリともさせない。何回か呼んでみても反応がないので、肩にぶら下げていた指定鞄を思いっきり颯人の頭めがけて振り下ろした。5教科全部の教科書が入っている鞄であるので痛くないわけがない。
「~~~ってーな、何しやがる・・・!!」
「呼んでも返事しないからでしょ。そんなとこでしょげてないでさっさと帰るよ」
頭をさすりながら抗議の声を上げる颯人を無理やりたたせエレベーターに向かう。ここで自分達が不安になっていても仕方ない。一番不安で心細いのは未来なのだから。
エレベーターの中で担当医の先生が病室に来た時のことを思い出した。唯はすぐに席を立ったが、病室の外にいた看護師が唯とすれ違いざまに未来に向かってかけた声を聞いてしまったのだ。
『望月さん、今回が最後の手術なんでしょ?上手くいくといいわね』
これをどう捉えればいいのか。未来本人に聞くわけにはいかず、結局大した言葉もかけられずに病室を出てきてしまった。それは颯人も同じだろう。エレベーターから降りて、正面玄関へ向かう途中一度も顔をあげようとはしなかった。颯人が未来から聞いたのかは分からないけれど、たぶん看護師さんかそこらにいた人に偶然聞いたのだろう。
玄関を出て木枯しが吹く。すっかり暗くなった道を颯人と二人、無言で歩く。
もし、もしも今回の手術で本当に最後なのだったら、
(・・・・なら、きっとこれから一緒に学校にだっていけるよね・・・・)
笑顔を作ろうとしたが今度は引きつってさっきほど上手くは笑えなかった。