天敵は母
あの日のことは今でも忘れられない
灰色に染まった景色に色がつき
まるで降ってわいたように目の前に広がった
あたしは思わず見とれてしまったんだ
-1ヶ月前 9月上旬
キーンコーン、カーンコーン
「ようやく終わったーせっかく部活に行けるっていうのにその後がなー・・」
学校が終わり部室に行く途中。いつもなら嬉しくて走っていくはずなのに最近の足取りはあまりにも重い。もともと勉強が好きではないし、じっとなんてしていられない性分である。そんなあたしに両親、もとい母さんは地獄への切符を手渡してきたのだ。
ことの起こりは1学期の期末後だった。来年は受験生ということもあり、3年生の春の大会が最後になることぐらいは分かっていた。だからチャンスは今年しかないので、2年生になってからは部活動中心の生活を送ってきた。朝から晩まで部活づけの生活で授業中は睡眠学習・・・というかいあってかあたしはレギュラーになることでき、大会でもいい結果を残せた。
だが・・・そう良いことばかりではなく、
「5教科合わせて500点満点中・・・225点(平均約45点)・・・」
中間テストまでは良かったが期末になる頃には全教科平均約20点づつ下がった。もともと普通よりちょい悪い成績でキープしてきたのでこれを母さんに見せるときは大分勇気を振り絞った。
そして母さんの一言。
「塾に行きましょうか・・・」
疲れたような困ったような声で言った母さんの顔は未だに忘れられない。
「えっでもそうしたら部活の時間が・・・・」
「それか学校に抗議しに行かなくちゃねぇ。学生の本分は勉学にあるんだからちゃんと勉強させてもらわなくっちゃ。全くもう担任の先生は何をしているのかしら・・・」
否と唱える前に母さんの恐ろしげな独り言を聞き私はさっと青ざめた。
(そんなことされたら部活の皆に迷惑がかかるし、何より勉強ができないのはあたしの責任で・・・そりゃ今までも成績がそんなに良かったわけじゃないけどさ、ここまでひどいのは初めてだし・・・ってとにかく母さんに学校に電話をかけられたら困る!1学期の生活態度は大分悪い授業中は寝てるし、宿題も結構てきとーだった。成績下がってそんなことまで母さんの耳に入ったら・・・)
一人で悶々と最悪の状態を想定していたら母さんがぶつぶつ言いながら電話機の受話器を持ちあげて番号を押そうとしていた。
「ってうわ母さん何してんの!!?」
「何って学校に抗議の電話をかけようとしてたんだけど・・・」
あまりにも当然というような顔をしている母さんから受話器を奪いながら手の届かない場所に隠す。抗議の電話など掛けられたら明日からどんな顔して学校に行けばよいのか。あたしは必死に母さんを説得しようと声を張り上げた。
「いやいやちょっと待ってよ!!あたしの勉強が足りなかっただけだってば、学校に電話しても意味ないって!」
「でも、あなた最近ずいぶんと帰ってくるのが遅かったじゃない。母さん学校できちんと勉強してると思ってたのに・・・まさか遊んでたわけじゃないでしょうね?」
「~~~!!勉強しなかったのは自業自得だから悪いのは自分だって分かってるけど、遊んでたわけじゃないよ!!来年は受験に専念するためにも今のうちに部活を一生懸命やりたかったの!」
「あぁ部活ね・・・ならしょうがないわね。でも部活に熱心になるのはいいことだけど那美、受験はもう今から始まってるんだってことを忘れないでね」
溜息を付きながら成績を再度見てどうしましょと言っている母さん。どうやら電話はしないでくれそうだ。そのことに一度ほっとしつつもまだ危機から逃れたわけではない。
あたしの母さんは天然記念物だ。いや天然というか、天才肌でなんでも難なくこなしてしまうのだ。勉強・運動・料理・裁縫・・・今までやればなんでもできた。それゆえ困ったこともない。だから娘のあたしが勉強が苦手だということも理解ができない。いや、なぜできないのか不思議なのだ。勉強で分からないところを聞いても「どうして分からないの?」と頭にクエスチョンマークを浮かべられる。どうやらあたしの頭の良さは父さんによく似ているようだ。
そして母さんのもっともやっかいな(天然な)ところは何かあたしに問題が起きると学校やその他の人のせいになってしまう。昔もあたしが殴り合いの喧嘩をしたりすると、相手の家に電話をかけて説教したり、喧嘩の原因が学校での生活にあるなどどいって学校にまで直接抗議しに行ったりしている。あの騒動の後、学校に登校したあたしはしばらく周囲から白い目で見られていたというのに・・・。しかも今回のは天然で済む問題でもないし、このままでは昔の二の舞になりかねない。あたしは覚悟を決めて話し出した。
「母さん!2学期はちゃんと勉強するからお願い、部活は辞めさせないで!!後1年もないの!!」
お願いします!と頭を下げると上からうーんという声が聞こえてきた。やっぱりだめか?と心の中で思ってからもうひと押しするために顔をあげると、
「そうね、まだ1年半もあるわけだし・・・部活も後ちょっとだしねぇ」
「!それじゃ・・」
「部活の後に塾にいけばちゃんと復習もできるし・・・那美、ちゃんとできる?」
「もちろん!!ありがと、母さん」
あたしは心の中でガッツポーズをとりながら顔を輝かせた。母さんを説得できたと舞い上がっていたため次に発した言葉の意味をよく理解しないまま返事してしまった。
「じゃさっそく塾に連絡しましょう。善は急げというものね」
「うんうん!!ってえっ?塾って・・・ええ!?」
・・・かくして半ば強制的に塾へ行かされることになってしまいました。