ここから
-職員室
ようやく36人全員分のノートが集まり、職員室へと向かう。途中チラッと隣のクラスを覗いてみたが、結局名前と顔を思い出せなかった。
「失礼しまーす」
ドアを開けながらペコッと頭を下げて中に入る。すると円藤先生はすぐに気づいたようでこっちに分かるように手をふる。
「先生、全員分集まりましたので持ってきました」
先生の机の方まで移動して36冊のノートをドサッと机におきながら言う。一番上に置いてあるのはもちろん那美のノートである。
「おう、ありがとな。それにしても神楽、お前がぼんやりしてるのは珍しいな。昨日眠れなかったのか?」
ノートをパラパラ捲りながら私に話しかける円藤先生。しかし、顔はノートの方に向けられていて那美の急いで書いたアルファベットを訝しげに見ている。確かに時間がなかったとはいえ文字が大分殴り書きになっている。
「いえ・・・まぁそんなとこです」
昨日は確かに寝るのが遅かったがそれとこれとは別問題なので笑ってはぐらかすことにした。那美の好きな人が誰か考えていたなどとは言えない。まぁ我が校のアイドルは勉強以外に恋愛系の相談を受けることも多いらしく、放課後は恋愛相談室なるところを設置しているようなので話しても良かったのかもしれない。
「まぁそれならいいが、若いうちから夜更かしはするもんじゃないぞ」
先生は特に気にするでもなく笑ってそれだけ言うと那美のノートを置いて次のノートを見始めた。
「はい。それでは失礼します」
次が英語(小テスト)なのでとりあえず戻っておこうと思い、そそくさと職員室を後にした。
帰る時もう一回隣のクラスをのぞいてみると、すでに先生が来ており大胆に教室の中を見るわけにはいかなかった。
教室に戻ればクラス全体でざわざわとざわめきながら小テストのために勉強していた。
円藤先生がこういう抜き打ちテストをやることは少なくない。新しい単元や重要な例文を習った後に多い。ただし宿題からの小テストという展開が今までなかったので皆も失念していたのだ。
それでもすでに例文を覚えていて余裕な人もいれば慌てて覚えている人もいる。今回は10個の例文のみなので私も余裕な人の部類には入っているけれども確認のため早々と席に戻り、授業のノートを開いた。
ふと後ろを見れば先ほど同様に必死に例文を覚える那美の姿があった。宿題を忘れてたところをみると土日はよほど気になっていたみたいだと今朝の様子を思い出しながら考えていた。
「おっなんだなんだ。今勉強してんのか〜お前達。よし、じゃあ忘れない内にさっさと小テストやっちまうか」
そんなこんなしている内にガラッと扉が開き、先生がニヤニヤしながら入ってきたので最後にもう一度ノートを見直した。
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「なっなんとか追試は免れたわー」
英語の時間が終わり、ぐたーっと机に突っ伏す那美。あの短時間で良く全部覚えたものだと感心してお疲れ様の意味を込めて拍手する。
「唯ちゃん!朝の会のときすごかったねーノートも見ずにスラスラ言えてたもんね」
「円藤先生にかまってもらえてうらやましいな!さすがは秀才」
英語が終わったことでさっきの時間小テストのために集まれなかった友達が私の机の回りに集まって口々に話始める。いきなり抜き打ちでクラス全員のまえでテストされて嬉しいの?と思いながら彼女らの話に相槌を打つ。
「売られたケンカは買うのが礼儀でしょう」
「どういう理由よそれ!!」
私にツッコミを入れながら那美が顔をあげてすねた顔をした。いや、すねたといっても上目づかいで何かを言いたがっているようでもあった。その眼に込められている意味を私は読み取ることができなかった。回りの皆も那美の様子に気付かず円藤先生の話で盛り上がっている。
「?どうしたの、那美」
「・・・唯って・・・ほんとーに」
「本当に?」
「・・・・・」
それだけ言ってしまうとプイっと横を向いてしまった。
何の事だかわからず首をかしげていると次の授業が始まり、皆急いで席に戻って行った。結局その日の授業が終わっても那美から好きな人の話を聞くことができなかった。
怒っていたわけでも疲れていたわけでもなかった。いつものように他愛もない話をして昇降口で別れた彼女の横顔は一瞬ではあったがなぜかすごく悲しそうだった。私はその横顔が気になって少しその場に立ちすくんだ。しかし、那美は一切後ろを振り向くことはなく、私は彼女の背中を見ているだけだった。結局那美の寂しそうな表情に後ろ髪を引かれながらも私もいつもの道を歩いて行ったのだった。
那美がどうして話をしなかったのか。
私はこの日、もっとちゃんと那美と話しておかなければならなかったのに。
そうすれば・・・・あの日に起きたことは回避できていたのかもしれない。
けれど、それでも・・・“たられば”を言っても、起こってしまったことには違いない。
ならあの日のことは私たちにとって必然だったということなのだろうか。
そう、物語はここから始まりを告げたのだった-