#3 treasure
物凄い久しぶりの投稿です。未だにお気に入り登録をしてくださっている方が結構いて、びっくりしました。今回は次話投稿というよりほとんど一から書き直した感じなので、新着更新から来た方はプロローグから読み直す事をお勧めします。
《【劣化した薬草】を入手した。》
《【劣化した薬草】を入手した。》
《【ライフポーションLv1】を入手した。》
《【劣化した薬草】を入手した。》
《【ライフポーションLV1】を入手した。》
「俺、運悪すぎだろ……」
なぜかアイテムを入手するたびに目の前に浮き出る文字に思わず愚痴が漏れた。
宝くじや抽選で欲を出して当たった試しがない。そのため、あえて無言で淡々と宝箱を探しては中身を物色していたのだが……どうも彼は幸運の女神に嫌われているらしかった。
ミミックリッチの住処たる【怨念と嘆きの大古墳】の最大の人気はアイテムドロップの良さだった筈だ。なのに開けても開けても手にはいるのは【劣化した薬草】。一分間のHP自然回復量微増加という初期アイテム臭漂う回復アイテム【薬草】の効果を半分にしただけのゴミアイテムであり、間違っても装飾の施された立派な宝箱に入っている品ではないだろう。
強力なアイテムで実力を水増ししよう大作戦を思い付いた時には自身の頭の冴えに驚いたものだが、世の中そう上手いこといかないらしかった。
とはいえ、ろくなアイテムが入っていなくともドキドキしながら宝箱を開けるのはなかなかに楽しい。いやまぁ端から見れば宝箱が宝箱を開けて中身を強奪して行くという摩訶不思議な光景に映るのだが、楽しいものは楽しいのである。
彼は、そんな事を考えながら14個目の宝箱の蓋に舌をかけた。
今度こそ、という期待を込めて丁寧に蓋をあげる。いや別にシステム的には(この状況にシステムの関与があるのか不明だが……)どう開けようとも変わらないのだが、自分が乱暴にこじ開けられたら嫌だろうからという彼の配慮である。同じ蓋を持つものとして当然の心遣いだ。
果たして、暖かい彼の誠意に対してお堅い宝箱もついに心を開いてくれたらしい。
《【灼撃の儀礼剣】を入手した。》
(キターーーー!!!)
文句なしのレア装備である。フローラディア・オンラインでの装備品の名前は、前についている形容詞が装備の特徴・特殊性能を表し、後半の名詞が装備の種類・分類を表す。単なる【儀礼剣】ならばこの辺のレベル帯にしてはまぁまぁ優秀な長剣というだけだが、その前につく【灼撃の】という形容詞はユニーク以外の武器では最上位の火炎属性付与をしめしているのだ。ちなみに下から【赤撃の】【炎撃の】【灼撃の】といった感じだったか。
「早速装備を………………あ。」
つい喜んでいたが、よく考えて気づいたらしい。そう、基本的には彼にとって装備品など無用の長物なのだ。手無いし。まぁ、とりあえず体内にしまっておくとした。貴重な事は確かなので、いつか何かに使えるかもしれないという期待を込めてである。
しまい込む前に、目前の華麗な長剣の柄に舌を巻きつけ、未練がましくちょっとだけ抜いてみるミミックリッチ。対応してちょっとだけ姿を現した刀身からは鉄すら溶かしそうな真っ赤な炎がゆらりと立ち上って静かに辺りを照らしていた。
(……かっこいいのになぁ。)
(これを使ってカッコ良くスケルトン退治してみたかったなぁ。)
最初の一体をいただいて以来、彼は結構な頻度でスケルトンを食していた。
なぜか最初の一回以来ステータスが開けなくなってしまったから現在のステータスは不明なもののレベルもいくつか上がっているはずだ。これはゲーム時代の知識が通用するなら、だが。
アイテム戦略も間違ってはいないだろうが、やはりそれだけというのは不可能なのだった。
とはいえ、スケルトンを乱獲したところで大したレベルは上がらないだろう。雑魚モンスターを一体一体倒していくというのはあんまりに効率が悪い。
やはり、そろそろ次の獲物を探すべきか。
ゾンビは却下。スケルトンよりも格下なぞ相手にしていられないし、あれは食べたくない。ミミック達も同様の理由で却下。ここより下層にいる【骸骨兵士】には勝てる気がしないので無理。となると、残るは時々この辺でも見かけるゴーストアーマーしかいない。
骨に鎧……最近自分の食生活に絶望を感じる彼である。
(とにかく、そろそろゴーストアーマーを探してみるか。そうそう見つかるとも思わないが……)
♦♢♦♢♦♢♦♢
(いたし。)
彼がゴーストアーマーを意識してうろつき始めてからきっかり15分後。今現在、擬態モードの彼の右側の通路からガシャリガシャリと虚ろに響く金属質な足音が迫っていた。
(まさかこんなにすぐに見つかるとは。……喜ぶべきだよな?)
スケルトンと同じだ、ただじっとしていればいいだけだと思っていても松明の光を僅かに反射する全身甲冑の姿にはどうしても萎縮してしまう。スキル【不意打ちⅣ】が発動すれば後は殆ど自動なのは彼にとって福音である。
行動パターン的にはスケルトンと殆ど全くであるため、いつも通りにじっとしていれば問題ないはずなのだが……やはり命懸けの戦闘は避けて通りたいと思うのは間違っていないだろう。とはいえ、ある程度の力を得ずにこのダンジョンから脱出しても野垂れ死ぬ未来しか想像できない。
(ま、結局はいつも通りに狩るしかないわけなんだけどな。)
すぐそばまで接近してきたゴーストアーマーを幾分落ち着いた心持ちで見つめる。ゴーストアーマーは、何の感慨も見せずに眼前の宝箱を通り過ぎようとして、その空っぽの鎧だけの足がミミックリッチの箱にぶつかり……
(【不意打ちⅣ】発動!ってね。)
刹那にガパリと口を開けた宝箱が悪霊の鎧に襲いかかった。鞭のように伸び上がった強靭な舌が鎧の腰に絡みつくと、頭から丸かじりしようと箱の中に引きずり込む。いつも通りの彼の狩りの光景だった。
───だから、とっさに行われた反撃に対応出来なかったのかもしれない。
右肩から腰まで右上半身を半分以上喰われたにもかかわらず、鎧は反撃に出た。かろうじて残った左腕で己を喰らった宝箱を殴りつけて距離を取り、怯んだ相手に向かって鉄製の脚甲を叩き込む。
唸りをあげて宝箱に突き刺さった反撃の一撃は、宝箱を……いや、宝箱に化け仰せた鎧の敵を石の壁に叩きつけた。派手な破砕音と共に宝箱の一部であった木片が弾け、油断無く身構えている鎧にぶつかって乾いた音を立てる。
壁に叩きつけられた宝箱もどきは動かない。鎧は警戒の構えを保ったまま敵に近づいて行った。一歩、二歩……三歩。
突然、鎧に何かが吹きかけられた。粘性のある謎の液体だ。だが、鎧はそんなものはものともせずに再び行動を起こした宝箱もどきに近づいていく。今度こそ相手を完全に破壊するために持ち上げられた拳は伸びてきた舌に絡め取られ、再び謎の粘性の液体が振りかけられる。
ギシギシと敵の舌との力比べを行っていた鎧の身体からふっと力が抜けた。ただの金属の塊に戻ってしまったかのように虚ろな音を立てて地面に転がる。ガランガラン、というその落下音がこの戦いの終わりを告げると、辺りは再び静寂に包まれたのだった。
♦♢♦♢♦♢♦♢
(油断した)
ミミックリッチとなった青年は、人生で有数の恐怖と混乱と自己嫌悪の中にいた。生まれて初めて殺されかかったという状況と、その原因が自分の油断であるという怒り、何とか生き延びたという安堵、全ての感情が荒れ狂い渦を巻いて彼の精神を揺さぶっている。
(危なかった、死ぬかと思った。)
(【不意打ちⅣ】を過信してたんだ。あれは確かに強力だけど、ただのスキルだ。即死させられるのはあくまで俺よりも75パーセント以下のレベルの雑魚モンスターのみ。)
(いつ破られても不思議じゃ無かったんだ。)
(もうこんな思いは御免だ、絶対に油断はしないようにしないといけない。)
(そうじゃなくば……待っているのは死だ。)
(……この世界のルールが実感出来て良かったのかもしれない。)
(俺は絶対に生き残る。)
《彼女》に逢わなくてはならないのだから。
♦♢♦♢♦♢♦♢
地面に転がったままだったゴーストアーマーの残骸が、ふわりと淡い光を放っていた。
傍らに鎮座するミミックリッチはそれを静かに見守る。光の意味を知っていたからだ。
光が微かに明滅し始めると転がった鎧はその姿を薄くしてゆき、最後に一度強めの光が走った後はもう、鎧も光もその場には痕跡すら遺していなかった。
死したモンスターは体内から魔力に浄化され、ドロップアイテムと呼ばれる幾つかの遺品を残して消滅してしまう。砕けた鎧を覆っていた光は漏れ出した魔力の残滓である。
気づけば、さっきまで鎧が落ちていたその空間に一本の鎖が転がっていた。ミミックリッチは腕の代わりともいえる舌を伸ばして光に触れる。
《【煉獄守の棘鎖】を入手した。》
「ありがとな。」
ミミックリッチは、なんとなく呟いた。