#1 confusion
まずは自分に出来ることを把握する。
会社でトラブルが起こったときに、俺が新人に掛けていた言葉である。
仕事柄、人の移り変わりが割と頻繁であったため(入社一年目なんて奴もザラである)新人はいつでもそれなりにいた。とはいってもまぁ、世間一般から見れば俺自身まだまだケツの青い若造の一人なんだろうが。
ともかく、こんな訳の分からん状況に放り込まれた俺がまずすべきは自身のスペックの確認と夢でないかの確認だろう。とりあえずの救いは、この身体が使い慣れた「ミミックリッチ」であるということだ。
当然、ミミックそのものになるのは初めての体験だが、どんな事が出来るのか一通りの知識はある。
……考えてみれば、生身の人間のままダンジョンに放り込まれるよりは運が良かったか?
とはいえ、だ。
「現状の把握、情報収集を怠る奴は長生き出来ないってね。」
自分に対して言い聞かせるように呟く。いまだ目の前に浮かぶステータス画面は、一見したところ俺がこんな状態になる直前と変化が無いように見える。
見えるが、やはり自分で確認したもの以外信じるべきではないだろう。
これも生き残るため、だ。
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まずは手始めに、「RACE」の文字にミミック化した舌を伸ばしてみる。
ちなみにこの舌、比喩でなく伸びる。最大でもとの1.5倍くらいにはなるようで、動かすのにも伸ばすのにも支障はないが違和感はバリバリであった。
舌の先端が触れたか触れないかの辺りで目の前に新たなウィンドウが形成、「骸賢者の欠片」の詳細説明が表示された。
【骸賢者の欠片】
ミミック系モンスターの最高峰。冒険者に討ち取られた「賢者の骸」の残滓が宝箱に宿り、生まれたモノと言われる。直接戦闘能力は高くないが、不意打ちからの奇襲戦法はハイレベル冒険者と言えども油断が死を招く。ミミックリッチの潜むと噂されるダンジョンでは、宝箱を見つけても無視することが望ましい。
「特に変化は…無いな。」
次は「TALENT」を調べてみる。
【擬態 Ⅲ 】-773
自身の周囲に存在するものに擬態し、敵を欺く技能。周囲に擬態できそうなもの無い場合性能が落ちるが、熟練度750以上からは周囲に何も無い平地での使用であっても高い効果を発揮する。擬態 Ⅲ は擬態技能の最高峰であり、単純な外見上の変化以外にも相手の意識に干渉して疑問を抱かせなくなる。
「ふむふむ。まぁゲームと変わらんか。次は…」
【強酸唾液】-154
強力な酸性の唾液を撒き散らして敵にダメージを与える。中確率で敵に継続ダメージ(小)を与える他、極小確率で敵の武器を破壊する。ダメージ、特殊効果確率共に熟練度に比例して上昇する。
「おー。唯一の攻撃スキルはあいかわらず頼りになりそうだな。さて、次は…」
【不意打ち Ⅳ 】-896
「骸賢者の欠片」の固有スキル。戦闘中使用不可。【擬態】スキル使用中に自分に触れた敵のHPを大きく削り取る。対象のレベルが自分より上であればHPの50%、自分以下ならばHPの75%、自分の半分以下ならばHP100%のダメージを与える。
「うーん。強いんだけどなぁ…こいつもまた使い所がどうにも難しいんだよなぁ」
【魔力生成 (中) 】-Master!!
体内で魔力を生成する事が出来る。魔力生成の才能が無くては魔術を使用する事が出来ないため、魔術師の必須才能。
【属性適性(幻惑)】-Master!!
幻惑属性の魔術を習得出来る。直接の攻撃力は持たないものの、補助的な魔術は非常に多彩である。主なる効果として、自分や他人の認識を狂わせたり、逆に特殊な認識を与えたり、生物の精神に働きかける魔術が特徴。
とりあえず現状を受け入れた彼は、自分のスキルについて悩んでいる。
ここがゲームの…フローラディア・オンラインそのままの世界であるならば、生き残るのには相応の力が必要であるし、自身のできることをしっかり確かめておくことは必須事項。
……と、ここまでは彼の脳内会議でも満場一致で可決。
(おそらく、俺がここにいるということは彼女もこの世界にいるんだろう。)
いつか会いに行くためにも力がいる。
幸いなことに運営の人間だった彼にはある程度の基礎知識がある。このミミックの身体についてだけではなく、おそらく、この世界の様々な事柄に対しての一定の基礎知識である。まぁ、ゲームの知識が異世界と化したフローラディアにどの程度通じるかには不安が残るが、一人で不安がっていてもしょうがあるまいと思えるくらいには彼は前向きだった。
(とりあえず…まずは何か廊下以外のものを探そう。)
薄暗い石の廊下に一人でいるのはなかなか精神にくるものがある。
(まずは…そうだな、他のミミックでも探してみるか?)
とりあえずの行動指針を決めた彼だったが、ふと重要な事に気づいた。
(俺、足ないじゃん!)
まさかの移動不可能。
彼の異世界ミミック生活は前途多難である。
◆◇◆◇◆◇◆◇
とりあえず、移動自体は可能だった。
可能…ではあった。
全力で体に力を込め、その力を一気に解放、前方に雄々しく飛翔した後に騒音と共に荒々しく着地する。
その雄姿を見て、人は言うだろう。
あ、宝箱がジャンプしてる。と。
まぁ普通のジャンプである。
一度のジャンプで進める距離は約一メートル強。
滅茶苦茶頑張って二メートル弱。
長時間全力でジャンプし続けるというのは人間にとって…いや、生物にとってなかなかに過酷な行為だが、厳密に言えば彼は生物ではない。
と言うか、厳密に言わなくてもこの世界でのミミックの位置づけは生物でなく現象である。
【怪物】ではなく【罠】の一種なのだ。
余談だが、冒険者ギルド等で受けられる討伐系依頼でもミミックのような物質系のモンスターは「ミミック三体の破壊」のように表記される。
実に細かい製作のこだわりであった。
とにかく、生物ではなく物質であり現象ですらあるのかもしれないミミックに疲労という概念は存在しない。足は遅くとも持久力は無限なのだ。
ちなみに、最高速度は人間の歩行速度である。
無心でジャンプ移動を繰り返していた彼は、ふと違和感を感じた。
(何だ?)
即座に蓋を閉め、(なぜか知らんがはじめてのミミックの体は本当に思い通りに動く。便利。)スキル【擬態 Ⅲ 】感覚的に発動、周囲の変化を些細なことも見逃さぬよう感覚を研ぎ澄ます。
…カツ……カツ………
(足音?)
何か固いもの同士が当たる音が規則正しく聞こえてきた。
…カツ…カツ…カツ……
間違いない。
近づいてくる。
彼は、あの足音に当てはまりそうなものを全力で思い出そうとした。
ゲーム通りならばここは【怨念と嘆きの大古墳】の中層辺りのはず。
【怨念と嘆きの大古墳】は、数多くあったフローラディアのダンジョンの中で中堅プレイヤー、あるいはかなり背伸びしたひよっこプレイヤーが主に訪れるダンジョンである。
「大古墳」の名のとおりここは大昔の大貴族の作らせた墓であり、最下層の貴族の遺体を安置している石室で待ち構えるボスモンスター【朽ち果てた大貴族】を打倒することでダンジョンクリアとなるのだが、彼の者の待つ最下層に到るまでには墓荒らし対策の大量の罠や、怨霊となった貴族の闇の気(笑)に引き寄せられた大量のアンデッドを攻略する必要があった。
BGMがやたらと不気味で悲しげだったりダンジョンの設定上暗いマップばかりだったり不人気マップ一直線のようなダンジョンであったのだが、意外にも結構な数のプレイヤーが訪れる。
【怨念と嘆きの大古墳】の人気要素はアイテムドロップだった。
この古墳の主は自分が死ぬときに大量の優秀な兵士や魔術師に古墳の永久の守護を命じたそうで、彼らもまたアンデッドとなりダンジョンをさまよっている。
……という設定だったため、【怨念と嘆きの大古墳】のモンスターは結構優秀な武器や防具を落としやすいのだ。
また、希少な武具をしまいこんだ宝箱も比較的多数配置されている。
こちらに関してはミミックを引き当てる確率も高いのはご愛嬌であるが。
とにかく、このダンジョンではっきりとした足音を立てるのは大体二系統だったはず。
すなわち、スケルトン系の中身だけの奴らか、もしくはゴーストアーマー系の中身が無い奴らか。
彼個人的にはスケルトンであって欲しいのだが。
もちろん、現実に出会うとしたら全身骨格であるスケルトンよりも見た目だけならただの甲冑の騎士であるゴーストアーマーの方が良い。精神衛生的にありがたい。
が、ここはフローラディア・オンラインの世界、もしくはそれに近い異世界である。
ゲーム的に考えれば、ゴーストアーマーというのはスケルトン以上に歓迎出来ないモンスターなのだ。
個人的には歓迎もなにもアンデッド・モンスターな時点でどちらもお帰りくださいってなものだが。
スケルトンがただの使い捨てガイコツだとすれば、ゴーストアーマーは成長する詰め替え…いや、詰め足し鎧なのである。
「悪霊鎧」であれ、そのかなり上位種の「悪夢に住む騎士」であれ、全ての空っぽ鎧系モンスターはRACE ABILITY…種族能力として「魂縛」というアビリティーを所持している。
このアビリティーについての説明は、初めて空っぽ鎧モンスターが出現するダンジョンである「亡者が満ちる古城」のそばにある村の専用イベントNPCがしてくれる。
いわく……
奴らは、魂を喰らう。
生者を見ると襲いかかり、その命を奪って魂を自らの鎧の内部に閉じ込め縛り付けることで無限に強くなってゆくのだ、と。
実際、「亡者が満ちる古城」に出現する空っぽ鎧モンスター、「戯霊鎧」は一定数のプレイヤーを倒すと進化し、「悪霊鎧」に変化した。
「悪霊鎧」であればゲーム的には「封印されし堕ちた賢者」で十分対処可能であったが、変化されると少し怪しくなる。
まぁ、さすがにそこまで運の悪いことにはなるまいが。
そういえば、足音を立てるといえばゾンビ系統もだが…奴らの足音はカツカツでなくベチャベチャであるし。
いや、プレイヤーという線もいちおうあるか?
彼がそんなことを考えている間にも足音の主は近づいて来ている。
(さて…それじゃ、ご対面だ。)
やがて、松明の光がそいつを照らした……
ルビがうまいこと入らない……