prologue 2/2
「はい?」
彼の上げた第一声はそんな間抜けな声だった。
同僚の女に話しかけたら目の前が真っ暗になり、気づけば知らない場所にいたなどという非常識事態である。頭が真っ白になっても誰が彼を責められようか。
あたりを見渡せば、そこはまさしく廊下である。
天井から床、壁、全てが切り出された石でできている廊下だ。壁には一定感覚で松明が備え付けてあり、揺れる炎で照らされた辺りの光景はなかなかホラーな感じであった。コアなRPGファンなら泣いて喜びそうな気がする、いかにも「ダンジョン」といった作りがよりいっそう混乱を煽る。
「いやいやちょっとまてや。あれ?は?会社は……っと、まずは落ち着こう。えーっと…」
混乱を鎮めるためにか、彼はぶつぶつと独り言をつぶやいていく。
「さっきまで会社のパソコンの前に座って仕事をしていた…のは確かなはずだ。会社ってのは株式会社フューチャー・ソフトウェア。所属はオンラインゲーム管理部フローラディア・オンライン課特殊GM班イベントエネミー担当者……よし、ちゃんと覚えてる。確か今年で二十……大学卒業が三年前だから二十五歳か。うん、よし。大学はうん、あの課題地獄は忘れようがないな。名前は………」
(あれ?)
「名前、は?」
(まてまてまて、嘘だろ俺?いまだにめんどくさい会社の所属先まで全部覚えてたのに二十五年間付き合った名前を忘れるわけないだろう。)
(思い出せ……俺の名前は………)
「名前……名前……な、まえは……」
唐突に、彼を恐怖が襲う。
自分は誰だ?
全部覚えている。子供の頃も、小学校も、中学も、受験、就職、そしてつい先程のはずの記憶。
なのに、名前がわからない。自分がわからない。全ての記憶が疑わしくなる。本当に自分の記憶なのか?……自分はいったい何だ?
わからない。
わからない事だらけだ。
そのとき、彼の頭にはふっと一人の女性が浮かんだ。
たった数分前まで話していた彼女。
(そうだ、アイツもここにいるかもしれない。)
(彼女に会えれば……)
思考がそこまで至るにつれ、ようやく発作のように襲ってきた恐怖が和らいだ。
ゆっくりと深呼吸、心をなるべく落ち着ける。
(多分)10分後
しかし……
「いったい……何が起こったんだろう……?」
根本的問題は未解決のままである。とはいえ平凡な一社会人である彼には荷が重過ぎる難問だと言ってよいだろう。
(あー、つまり問題をまとめるとこういうことになるな。…「仕事をしていたら突然見知らぬ場所にいました。さあどうする?」荷が重いなんてものじゃないだろう!!おい!誰かブルドーザーもってないか!?
…落ち着け俺。
うーんとりあえず今やれることといったら……)
「やはりわかる限りでの現状把握をしたいな。」
瞬間、視界が緑色に染まった。
「うぎゃぼあxhkcpf@:!!?」
わけのわからぬ悲鳴を上げる彼。視界を染め上げた緑の光は彼の目の前で収束すると、ひとつの窓(空中に浮かぶ四角い平面を便宜的にそう呼称する。)をつくりだす。
得体の知れないものから一刻も早く遠ざかりたかったろう彼だが、(実際すでに後方にダッシュの姿勢を取っていた)窓の一番上に記された文字に意識を持っていかれた。
STATUS。
これまた緑色の光によって描かれた文字には確かにそう記されていた。自分にも理解できそうな、というよりオンラインゲームの運営員の一人だった彼からしてみればほとんど専門分野だと言っていいだろう言葉である。目の前で淡い緑の光を放ち続ける窓をよくよく観察していく。
すぐに頭に浮かぶものがあった。
いつもうんざりするほど眺めているウィンドウだ。
「フローラディア・オンラインのステータスウィンドウ……?」
でもあれはゲームの…などと騒ぎ始める自分自身の思考をなだめすかしつつウィンドウから情報を読み取っていく。
上から順にNAME、RACE、RACEABILITY、LV……名前、種族、種族技能、レベル、といったところだろうか。一番下には「TALENT」…キャラクターの持つ才能がまとめられていた。一通りの情報を見た限り、このステータスは間違い無く……
「SQUARE……ゲーム内での俺のプレイヤーモンスターのステータスだな。」
(冗談じゃないぞ?もともと訳が分からない状況だったのに余計おかしな事に……いやまて。もしかしてこのステータスは俺の事を指しているのか?だとしたら……上から2行目)
RACE…直訳して種族。
(このステータスは俺のステータスってことなんだろう、つまり。)
彼は、ギチギチと錆び付いた金属のような動きで自分の身体を視界に入れる。
(なるほどなるほど。)
箱…であった。
取りあえず口を開いてみた。ガパリと音を立てた箱の蓋が意外なほど滑らかに持ち上がり、その内側をさらけ出す。蓋と本体の口の周りには、ヌラヌラとした液体で輝く幾本もの棘…いや、牙。
意識すれば、箱の中からデロリと長い粘着質の舌を出すことさえできる。動きに一切の違和感はなぐ、箱の体は素直に動く。
なるほど、なるほど。
どうやら認めるしかないようである。
彼はミミックになってしまったのだった。
(……とりあえず、俺の視点はどこにあるのだろうか。)
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STATUS
NAME:SQUARE
RACE:ミミックリッチ
RACE ABILITY:体内亜空
Lv:25
HP50/50
MP50/50
TALENT:5th TALENTS
・「財宝に潜むモノ(ミミック)」
L擬態 Ⅲ -773
L強酸唾液-154
L不意打ち Ⅱ- Overwrite
・「骸賢者の欠片」
L不意打ち Ⅳ -896
L魔力生成 (中) -Master!!
L魔術(幻惑) -Master!!
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