聖夜に捧ぐ思い(後編)
クリスマスイブを寂しく過ごすレイヤードの元に訪れた人物。
その正体は一体――?
クリスマスパラレル番外編、後編のスタートです!
真っ赤な上着に、同色のズボンと帽子。20cmはあろうかという白い髭はキラキラと不自然に光り、人工的に作られた物とわかる。左手ですかすかな布袋を抱えているのに、もう一方の手には薄桃色の紙袋が握られていて、その姿はどこかちぐはぐで不審極まりない。
しかし闖入者はそんな違和感にも気づかないのか、胸を張ってにっこり笑っており、背後にいるアイザックの方が余程恥ずかしそうに身を竦めていた。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………、キャス?」
「いえいえ、通りすがりのサンタです。至極真っ当なサンタクロースです。良い子にプレゼント届けに……、って!何この書類の山ー!今日一日何やってたのよ!」
真っ当じゃないサンタってどんなサンタだ。
レイヤードはそうつっこみたかったが、今言うと火に油を注ぐ気がするので黙っておく。
「あーもー!明日はクリスマスの夜会があるから、これら処理する暇なんてないのに!手伝うからさっさと終わらせるわよ!」
「「……」」
整理しよう。
今レイヤードの眼前にいるのは自称サンタ、でもどう見ても仮装したキャサリンに他ならず、他の男の所へ行って朝まで帰らない筈が何故かここにいて、しかも良い子にプレゼントを届けに回っていると言う、けれども仕事サボったのがわかって、今は怒りながらプレゼントじゃなく仕事の手伝いを申し出ている、と。
…………。
解説を希望する。
「いや、うん。キャスに真っ当な思考を要求したのがまずかった……」
「アル?」
自分と同じく度肝を抜かれていたかと思ったアルフレッドだが、どうも違う驚き方をしているようだった。
「あー、キャス。もうバレバレだから、その髭取ったら?」
「えー。完璧な変装だと思ったんだけどなー」
どこが。
しかしその言葉も、レイヤードは胸の内に仕舞い込んだ。触らぬ神に祟りなし、沈黙は金、である。
キャサリンは付け髭を毟り取り、帽子に隠していた髪を引き出した。やっぱり素のままのキャサリンが一番可愛い、そうレイヤードは思った。
「で、これは何の茶番なんだ?」
全ての元凶とレイヤードに睨まれ、アルフレッドは肩を竦めた。あながち間違っていないので、アルフレッドも文句は言えない。
「毎日ご多忙な王太子殿下にささやかなプレゼントを、と思ってね」
まあ、こんな格好してくると思わなかったけど。
溜め息混じりの呟きは、彼女の耳に届くことなく霧散する。どんな格好をさせる気だったのか気になったが、先を予想して口を噤む。腹黒のアルフレッドに訊いたところで、まともな答えを貰える筈がない。
「そうそう。だからね、リリィさんの所で特別にクリスマスケーキ焼いて貰ったの!」
「リリィが?」
キャサリンに掲げられた紙袋は、確かにリリィの店の物。しかし、レイヤードの記憶が確かなら、彼女はクリスマスだからと言って特別な物を作ったりしなかった筈だが。
「レイって、クリスマスも仕事じゃない?だから、せめてケーキでも食べてパーティー気分味わえたらなーって思ったの。ケーキならリリィさんの所が美味しいから、無理言って頼んじゃった」
「明日の朝まで帰らないというのは?」
「だって私がサンタだってこと黙ってるつもりだったもの。もしケーキを食べる時、私も呼んで来ようとなったら困るじゃない。」
すぐばれたけどと、舌を出す彼女の顔に裏はない。そもそもキャサリンがこんな嘘を吐くような人間かどうか、レイヤード自身がよくわかっていた。
つまり、彼女は今日の休みを紛れもなくレイヤードのためだけに使ってくれた訳で――。
(やばい、にやける)
「さて、王太子殿下。僕達はこれで下がりますので、頑張って仕事終わらせておいてくださいね」
「は!?」
レイヤードは、アルフレッドの想定もしていなった発言に目を剥く。キャサリンからの思いがけないプレゼントで浮かれきった感情は一転、予測不能な事態にパニックを起こす。一人でこの量の仕事をこなすのは無茶だ。
「だって、この書類を溜めこんだのは殿下でしょう?僕の分はきちんと終わらせましたから。この後に面会も入っていませんし、僕の仕事はもう終わりです」
「ぐ……!あ、アイザック!俺の護衛であるお前は、ここに残るだろう……?」
「確かに護衛は必要でしょうが――」
アイザックの不敵な笑みに嫌な予感を覚えた。そして同時に、仕組まれたとレイヤードは思った。
「キャサリンがいるなら問題ないでしょう」
「へ!?私、非番ですよ?」
「でも殿下を手伝うんだろう?」
「うぐっ」
返すべき言葉に詰まったキャサリンとレイヤードをおいて、二人はさっさと部屋を出る。
「じゃあ、レイ。明日の午前までの猶予をあげるから、ちゃんと仕上げておいてね」
ばたむと扉が閉まる音で、二人は我に返った。
「「ちょっと待てぇぇえっ!」」
誰にも届かない叫びが執務室に虚しく響く。多数の愛に満ちた王都の中心で、ムードも何もない聖夜が始まろうとした。
◇扉の外で◇
「しかし良かったのかな、二人っきりにして」
「今更ですよ、師匠」
「それはそうだけど……」
「大丈夫です。仕事の量も結構ありますし、それに、あの朴念仁が手を出せるとは思えませんし」
「でも万が一ってこともあるだろう」
「そんな甲斐性があったら、とっくの昔に王太子妃が決まってます。それにもし何かあっても問題ないでしょう?むしろ歓迎しますよ」
「全く……。君の腹黒さは天下一品だね」
「……褒めていただいたと思って良いんですか」
「未来の宰相には褒め言葉だろう?」
「師匠には負けますよ……」